第28章「バブイルの巨人」
O.「旅人の苦悩」
main character:バッツ=クラウザー
location:バロン

 

 

 目の前には魔物の群れ。
 さっき叩き斬ったのと同じブラックプリンの同種族や、骨の竜―――スカルドラゴンに、リルマーダ。他にも地上では見たことのない魔物や、地上の魔物と同系列の強力な魔物の姿が見える。

 立ちはだかるのは魔物だけではない。
 剣を構えた女戦士や、黒衣に身を包み杖を手にした魔道士然とした男など、明らかに人間らしい姿も見える

 しかしバッツはそれら魔物の群れに対しても動じることない。

「・・・ったく、地上に戻ってきたと思ったらこれだ。ちょっと―――」

 数体の魔物がまとめてバッツへ襲いかかる。
 硬い骨の腕や剣、或いは体当たりなど、それらがバッツに襲いかかる―――が、攻撃を仕掛けた瞬間、いつの間にかそこには誰もいない。

「―――忙しすぎねえか?」

 斬。
 と、襲いかかってきた魔物達は、その声を聞いた時には斬り裂かれていた。襲いかかった魔物達は、いつ自分が斬られたのか―――いや、斬られたことすら理解出来ずにその場に倒れ伏す。

「なんだ・・・今のは・・・」

 女戦士―――かつては地上の者たちに “月の女神” とも呼ばれていた者達の1人が声を上げる。
 今、バッツがどうやって斬ったのか、間合いを置いて見ていた彼女達には見えていた。単に魔物達が襲いかかってきた瞬間、バッツは横に移動し、そのまま魔物達の後ろに回り込んで斬っただけだ。
 それは目にも止まらぬ程の速度だったわけではない。速いことは速かったが、驚くほどではなかった。斬られた魔物達が何故気づかなかったのかが不思議な程だ。

 ただ、とても滑らかな動きだった。
 まるで演舞でも見ているかのように、予め演出が決められていたかのように、自然な動きで魔物達を斬っていった。

「正直・・・」

 女戦士が驚愕していると、バッツがぽつりと呟く。
 彼は俯いていた。
 その視線は地面に向けられ、その地面には倒れているものがあった。

「俺は魔物でもあんまり殺したくねえ・・・」

 声音は震えている。それは怒りだろうか恐怖だろうか―――激情で在ることには代わりはない。
 バッツの視線の先には地面に倒れた者の姿があった。
 魔物ではない。魔物の攻撃を受けて殺されたバロン兵の姿だ。

 その姿を目に焼き付けて、バッツは顔を上げる―――と、未だにバッツの動きに驚愕し、立ち竦んでいる魔物達へ向かって叫ぶ。

「死にたいヤツだけかかってこい! 死にたくねえやつはとっとと失せろッ!」

 

 

******

 

 

 前線をカインとバッツに任せ、ロイドはリックモッドと共に、生き残ったバロン兵を率いながら後退する。

「おおおおおおおおおっ!」

 裂帛の気合いと共に、リックモッドが追撃してきた骨の魔物を斬断する。
 いくらカインとバッツの二人が強いとはいえ、全ての魔物を防ぎきることできない―――が、 “最強” 二人が殆どの魔物を足止めしてくれているお陰で、犠牲を払うことなく安全に後退することができた。

「セリス!」

 ある程度まで後退したところで負傷している兵達に、白魔道士団に混じって回復魔法をかけているセリスの姿があった。
 彼女はロイドの姿を見ると、少し安堵したような表情を見せる。

「心配したわよ。1人で敵の中へ突撃したって聞いたから・・・」
「悪い、ちょっとテンパった―――戻ってきてくれて助かった、ありがとう」

 それは心からの言葉だった。
 セリス達が地底から戻ってこなければ、一気に崩壊していたかも知れない。

「ロイド殿! ご無事でしたか!」

 声に振り返れば、ベイガンがミストを背負い、ブリットと共に駆け寄ってくるところだった。
 ちなみにタイタンの姿はすでに消えている。あの巨人の力は絶大だが、乱戦状態では味方まで巻き込む可能性が高い。

「はい、バッツさんのお陰で。ベイガン殿もご無事でなにより―――って」

 ロイドは応えながらベイガンに背負われているミストに気がつく。

 ミストには巨人を穴へ落とす最後の一押しを頼んだ。
 そのため、危険な穴のすぐ傍に配置せざるを得なかったのだが。

「ミスト、どうしたの!?」

 セリスが思わず不安げに問うと、ベイガンの背中の上でミストがおっとりと苦笑する。

「なんでもないですよ? ―――ほら、皆様心配するじゃないですか、そろそろ降ろしてくださいな」
「さっきは少しフラついていたでしょうに」

 言いつつも、ベイガンはミストを降ろす。
 地面に立つ―――なんとか立っているという様子で、ややおぼつかない。心配そうなセリスやロイドの視線に気がつくと、彼女はおほほ、と笑って。

「ちょっとだけ疲れましたね」

 バブイルの巨人を穴に落とすため、タイタンを召喚し、自分の魔力を注ぎ込んで強化した―――さらにはバルバリシアやギルガメッシュから身を守るため、ベイガンとブリットを召喚したのだ。
 エブラーナで、タイタンとミストドラゴンを同時召喚したが、それに匹敵するほど消耗しているのが自分でも解る。

 ちなみに襲いかかってきたバルバリシア達は、巨人が穴に落ちて結界が張られると、さっさと後退して行ってしまった。だからミスト達も退避出来たのだ。

「セリス殿が居られるということは、カイン殿やバッツ殿も?」
「もちろん、一緒に戻ってきている。今、前線で敵を抑えてくれているはずだ」

 セリスの返事に、ベイガンは渋い顔を浮かべる。

「カイン殿はともかく、バッツ殿は大丈夫なのですか・・・? その強さは認めますが、確か殺すと言うことを忌避しているはず・・・」
「大丈夫、今のバッツは普段のバッツじゃない」
「というと?」
「 “バッカスの酒” というのを知っているか? 飲んだ者を強い興奮状態にする酒だ。それのお陰で普段の高所恐怖症もなりをひそめて飛竜に乗って戻ってきた。それに、バロン兵と魔物達が入り乱れる戦場を見て “早く地面に降ろせ! 俺が敵をブッタ斬る!” と妙に好戦的になっていたからな」
「・・・・・・」

 セリスの説明を聞いて、ロイドは少し訝しんだ。
 バッカスの酒の効果で好戦的になっていたと言うが、さっきのバッツはそうでも無かった気がする。だが、はっきりと確認したわけではない。ただ、普段のバッツとは少し違うようには感じられたが。

「バッツ、というと私の息子のことですよね?」

 ぽん、とミストが手を叩いて、何故か嬉しそうに言う。

「そ、そうだったのですか!?」

 ベイガンが驚いて振り返ると、彼女はニッコリ微笑んで頷いた。

「はい。娘の義理の兄なのですから、私の義理の息子ですよね?」
「・・・義理、というか偽の兄だけどね」
「では偽の息子で」
「まあ、なんでもいいけど」

 こいつといいディアナと言い、なんでフォールスの人妻って超マイペースなんだろうかと思いつつ、そんなことを考えている場合ではないとセリスが思い直したところでブリットが声を上げる。

「そのバッツの事でリディアが文句言ってる。さっさと退がらせなさいよ、とかなんとか」
「リディアも邪険にするわりにはブラコン丸出しの所があるからね―――って」

 ふと、皆の視線がブリットに集まる。
 ブリットが言った言葉の意味を理解して、ロイドが叫ぶ。

「ちょっ、もしかしてブリットさん、リディアさんと話せるんですか!?」

 問われて、ゴブリンの剣士はあっさりうなずいた。

「さっきまでミストとの誓約を優先していたから途絶えていたが、基本的に俺とリディアは繋がってる」
「じゃ、じゃあもしかして陛下が何処にいるかとか・・・」
「リディア達と一緒にこっちに向かってる。今まで月に居たらしい」
「月!? ってゆーか、そう言うことは早く言ってくださいよッ!?」

 思わずロイドが絶叫する。
 セシルと連絡がとれたのなら、もう少し状況はマシになっていたのかもしれない。少なくともロイドの心労はかなり減っていたはずだ。

「そうは言っても、巨人が攻めてくるとか聞いたのはついさっきで、すぐにミストと誓約したからな」

 激昂するロイドとは対照的に、ブリットは淡々と答える。
 魔物であるブリットは、無用な混乱を起こさないために、普段は城のあてがわれた部屋で、ボムボム達と一緒に潜んでじっとしている。巨人の襲来で城の中が慌ただしくなったときも、なにか騒がしいなー、と思いつつも特に気にしていなかった。

「あら、言った方が良かったですか」

 小首を傾げながら言ったのはミストだ。

「ブリットを少し借ります、と当人を通してお話ししたんですよ」

 にこにこと微笑んでいるミストにロイドは頭を抱えながらも、なんとか気を取り直す。

「で、その陛下達はあとどれくらいで戻ってこれるんですか?」

 

 

******

 

 

「あと一時間!?」

 あとどれくらいでバロンに戻れるか、とボー艦長に尋ねてみれば、のんびりと返ってきた答えにリディアは叫んだ。

「もうちょっと速くできないの!?」
「無理〜」

 なんでもこの魔導船は、本来は星から星へと移動する星間航行を主とした船であり、大気中を飛ぶことは考えられていないらしい。一応それでも飛ぶことは出来るが、その速度は大気圏外に比べて格段に落ちる。

「ああ、もう! 乗ってる鳥もノロマなら、船自体もノロマだわ!」

 ちなみに、本来の速度よりは劣るとはいえ、現在の地上のどの飛空艇よりも遙かに速い。

「リディア、少し落ち着きなよ」
「落ち着いてるわよ!」

 全然、落ち着いていないリディアにセシルは苦笑。

「てゆーかセシルこそ、どうしてそう落ち着いてられるわけ!? バッツの事、心配じゃないの!?」
「いやむしろ、バッツとカインが戻ってきてくれたって知ったから、割と安心してるんだけど」

 ―――実はリディアがブリットを通してバロンの状況が解ると気づいたのは、ついさっきだった。
 それというのも、リディアがそのことをド忘れしていたせいである。巨人の事で不安になりすぎて気持ちが焦りすぎていたせいか―――或いは、無意識のうちに、地上の事を知るのが怖くて考えないようにしていたのかも知れない。

 リディアが気づいたのは、ミストがブリットを通して連絡してきてくれたお陰だった。

「思った通りにロイドも最善の仕事をしてくれた―――そこにカインとバッツ、セリスが加われば余計な被害は起こらないはずだよ」
「でもバッツは・・・!」

 リディアはそこで一旦言葉を止める。どうして言いたいことが伝わらないのよ、と恨みがましくセシルを睨んで。

「バッツは誰かが死ぬのが嫌で・・・そんなバッツにお酒を呑ませて無理矢理殺させるなんて!」
「・・・聞いてると、犯行内容を聞いてるみたいだなあ」
「巫山戯ないでよ! このままじゃ、後でお兄ちゃんは・・・」

 最後の方は少し涙が混じっていた。
 バッカスの酒の力で、バッツが魔物を殺しまくって―――その後で我に返った時、相手が魔物とは言え生命を奪ってしまったことに酷く傷ついてしまう―――そう、リディアは心配しているのだ。

 そのことを理解しつつ、セシルは嘆息する。
 それから真面目な表情で、リディアを真っ直ぐに見返して、

「君は、魔物を殺すのと人を殺すの、どっちがマシだと思う?」
「な、なによ、いきなり・・・」

 真っ正面から見つめられ、リディアはどきっとして視線を反らした。

「そういう話なんだよ―――僕は、バッツが酒のせいで興奮状態になったからって、平気で生命を奪うようなヤツじゃないって確信してる」
「でも現に魔物を斬ってるって! そのお陰でロイド達が助かったって・・・!」
「バッツ達が戦場に駆けつけた時、バッツが見たものはなんだったんだろうね?」

 言われてリディアは頭に思い浮かべる。
 バッツ達が飛竜でバロンに戻った時、巨人からあふれ出た魔物達にバロン兵は襲われていた。完全に予想外の魔物の出現に、バロン兵達は浮き足立ち、一気に劣勢に陥ったとブリットが伝えてくれた。

「魔物によって兵士達が殺されていく―――魔物を見逃せば兵士を見殺しにすることになり、魔物を殺せば兵士は助かる。どちらにしろ “殺す” ことになるのなら、人間を殺すのと魔物を殺すの、どちらを選ぶ?」
「それは・・・」

 簡単な二者択一だった。
 リディアにとっては迷うこともない単純な問い。

(あたしだったら “仲間” を救う)

 人間とか魔物とか関係なく、自分の仲間を救うために敵を殺す。考えるまでもない話だ。
 だがバッツは違う。
 敵とはいえ、魔物とはいえ、 “生命” を奪うことに忌避感を覚えているはずだ。食して生命の糧とするために殺すのではなく、ただ殺されないために殺す事を、誰よりも望まないのがバッツ=クラウザーだ。

 そのバッツが酒の力ではなく自分の意志で行っているとするなら、今どんな気持ちで刃を振るい、魔物を屠っているのだろうか。
 人間も魔物も殺したくないはずだ。けれど何もしなければ人間が殺される―――だからやむなく魔物を殺す。自分の刃が魔物を断つ度に、バッツは何を思うのだろうか―――

「・・・だったら」

 バッツの気持ちを想像して、リディアはセシルを再び睨み返す。
 その瞳には僅かに涙が溜まっていた。

「だったら尚更でしょ! 早くバッツを助けないと!」
「そうやって、またアイツを故郷へ追い返したいのかい?」

 セシルから返ってきた声音は、どこかリディアを責めているような響きがあった。

「え・・・?」
「君にとっては随分昔の話になるんだろうけど―――ファブールでのことを、忘れてしまったわけじゃないだろうね?」
「・・・あ」

 言われて思い出す。
 まだリディアが幼かった頃の話だ。
 ファブールでレオ=クリストフに敗れ、死にかけたバッツが冗談交じりに「故郷に帰る」と言った言葉を、リディアは素直に受け取った。それは本意ではなく、幼いながらにあくまでバッツの事を案じた故の反応だったが、それで深く傷ついたバッツは故郷であるファイブルへ本当に帰ろうとしてしまった。

「あ、あれは・・・あたしはお兄ちゃんの事が心配で・・・」
「そうだね」

 弁解しようとするリディアに、セシルは優しく笑いかけた。

「リディアの気持ちは良く解る―――し、あの時、バッツが故郷へ帰ろうとしたのはバッツが “弱かった” せいだ」

 バッツのことを貶めるように言った後、「でも」と彼は付け足す。

「君が成長したように、バッツもあれから強くなった―――どんなに苦しんでも、傷ついたとしても、もう二度と折れたりはしない」
「そ、そんなの、なんでセシルに解るっていうの!」
「解るさ」

 断言する。
 セシルは笑いながらはっきりと言い放つ。

「バッツ=クラウザーは僕が認めた最強だ。だから僕はアイツを信じてる!」

 理由になっていないその理由にリディアは一瞬、あっけにとられ―――すぐにムッとして怒鳴り返す。

「あ、あたしだって信じてる! セシルなんかよりもずっと、バッツの事を信じてるんだから!」
「だったら何も焦ることはないだろう?」
「う・・・」

 言いくるめられた、と解った時にはすでに遅い。
 至極納得がいかないが、ここでまた騒ぎ立てればバッツの事を信頼していないと言うことになってしまう。

「うううう・・・・・・」

(セシルの・・・セシルの馬鹿あああああっ!)

 何も言えない代わりに心の中で罵倒する。
 と、そんなリディアに、それまで黙っていたローザが肩に手を置いて声をかける。

「一つだけ、もっと早くつける方法があるんだけど試してみる?」

 


INDEX

NEXT STORY