第28章「バブイルの巨人」
N.「最強降臨」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン
「地上に〜、ついた〜、よ〜」
のんびりとしたボー艦長の声を聞くまでもなく、外の様子を映し出すモニターには、地上の風景が映し出されていた。
「巨人は!?」
「・・・というか、ここ何処?」セシル達は魔導船のモニターを見つめるが、巨人の姿は影も形もなく、映し出されている風景も見覚えのないものだった。フォールスでは見られない広大な平原が広がり、さらに地上には街のようなものも見える。まるで塔のように高い建物がいくつも建ち並び、建物の中を巡るようにして透明なパイプが巡っていた。
それを人の住む “街” と言うには、セシル達が知っている “街” とは随分と掛け離れすぎていた。
「えっと〜、ここが〜、何処かと〜、いうと〜・・・」
ボー艦長がのんびりのんびりと呟いた後、不意にモニターが切り替わった。
それは地図だった。しかもフォールスやファイブルと言った、地方毎に分けられた地図ではなく―――「世界地図じゃないか!」
驚き混じりにセシルが歓声を上げる。
世界全てを表わす “世界地図” は極希少な存在である。希少、というか需要が少ないと言っても良い。この世界では、フォールスやファイブルなど、いくつかの “地方” に分けられているが、地方間の移動は時間が掛る上に危険も少なくない。
地方と地方を渡り歩くのは交易商や、バッツのような旅人だけで、大抵の人間は別の地方へ足を踏み入れることなく一生を終える。交易商も交易するのは二つの地方、多くても三つなので、自分の交易路の地図だけあれば十分。風の吹くまま気の向くまま旅する旅人は、必要以上に荷物を持たず、地図は持ったとしても次の目的地までの分で、用が済めば捨ててしまう。
つまり “世界地図” なんてものは完全に趣味の領域であり、それに興味を示すのは学者かコレクターくらいなものだ。もちろんセシルのように “未知なる世界に想いを馳せる” という者も居るだろうが。
「ここらへん〜」
と、地図の右上の地方に光が灯る。しかし地図には地名は書かれて居らず、その場の面々は「ここらへん〜」と言われても困惑するだけだ。
ただ1人、セシルだけがその位置を見て渋い顔をした。「って、そこはエイトスのエスタ地方じゃないか」
以前、セシルが持っていた世界地図には地名が記されていた(主な都市や有名な場所だけだが)ので覚えていた。
「エスタって、世界で一番科学技術が発達しているって言われる国よね? ただ、10年以上も前から他国との交流を断っていて現状は謎に包まれているらしいけれど」
「おい、なんか来るぜ」ローザが解説すると、マッシュがモニターを見て呟く。
見れば、魔導船のモニターには “街” から何かが飛んでくる。それは人間だった。
5人ほどの―――おそらくはエスタの人間が、なにやら空を飛ぶ機械に乗って魔導船に向かって飛んでくる。
そのうちの1人が、何かを口元に当てた。『所属不明機に告ぐ! そちらは我が国の領空を無断で航行している。大人しく我々の誘導に従い着陸せよ! 従わなかった場合、当方に迎撃の用意がある! 繰り返す! 所属不明機に―――』
口元に当てたのは拡声器だったらしい。
モニターを通じて聞こえてくる警告に、セシルは困ったように苦笑する。「どうやら大人しくしないと撃ち落とすぞ、と言っているみたいだね」
「こんな馬鹿デカイ船、そう簡単に落とせるとは思えないけどな」マッシュの言葉にはセシルも同意見だった。半分は脅しだろう―――が、エスタはこちらにとっては未知の国家だ。何かとてつもない兵器を持っていてもおかしくはない。
「なんにせよ、大人しく従ってる余裕はないね―――ボー艦長」
「な〜に〜?」
「彼らを振り切って、フォールス―――この魔導船が沈んでいた所まで飛ぶことはできるかい?」尋ねれば、ボー艦長はやはりゆっくりと頷いた。
「ま〜かせて〜」
そう言い終えた瞬間。
一瞬でモニターの風景が切り替わり、気がつけば眼下には平原や街ではなく、海が見えていた―――
******
「カカカカカッ! 人間どもめ、泡喰っておるわ!」
巨人の視界内で、魔物達の襲撃に悲鳴をあげて逃げまどうバロン兵を、カイナッツォが愉快そうにあざ笑う。
バロン兵に襲いかかっているのは、月の地下にゼムスと共に封じられていた魔物達だ。
予定では、巨人でバロンという国を破壊した後に、生き残った人間を “狩る” ために用意していた手駒だった。「巨人の動きを封じられるのは誤算だったが―――結果は変わらぬ」
カイナッツォの様に哄笑することはないが、ゴルベーザも満足げに次々と屠られていくバロン兵達を眺める。
思っても見なかった魔物の群れに、兵達はまともに応戦する事も出来ずにいた。「 “結界” もどうやらそう長くは続くまい。空間連結システムが復旧するまで、奴らの悲鳴を聞きながら待つこととしよう・・・」
******
(畜生ッ、俺のミスだ・・・!)
自分の嫌な予感が的中してしまったことにロイドは苦い怒りを感じていた。
“魔物” という切り札を用意していた敵にではない。そのことを考えもしなかった自分自身に対しての怒りだ。(見えてる情報が全てじゃない・・・そんなの当たり前のことだったろうがッ!)
巨人に関する全ての情報は事前に解っていた――だから、巨人内部にこれだけの魔物の群れが潜むスペースがあったことも解っていた。なのに、その可能性を考えもしなかった。敵はゴルベーザと四天王達だけだと決めつけていた。
それが、ロイドにとって唯一にして致命的なミスだった。
苛立ちながらチョコボを走らせる―――と、ようやく前線に辿り着く。
辿り着いたその時、宙に浮かび上がったゴブリン―――リルマーダーがロイドに向かって斬りかかる。「うわっ!?」
反射的に身をかわすが、その反動でチョコボから落下してしまう。痛みを堪えているうちにチョコボは逃走―――さらにリルマーダーがとどめをささんと飛びかかってきて―――
ざむっ!
と、その首が横一文字に跳ね飛ばされる。
「何やってんだ!」
怒鳴ったのは大剣を手にした巨漢―――
「リックモッドさん・・・」
よく見知った顔を見て、ロイドは悔しさに顔を歪める。
「すいません・・・俺のミスで・・・こんな―――」
「ああ!? まさか責任感じて―――」言いつつ、リックモッドは剣を振り回す。
襲いかかってきた骨の竜を薙ぎ払い、チッ、と舌打ちを挟んでロイドに向かって再び怒鳴った。「責任感じてこんなとこに来たっていうのかよ! 馬鹿か!」
「・・・・・・」キッパリと言われてロイドは何も応えられなかった。
「てめえがここに居て何が出来る! やんなきゃなんねーことは他にあるだろ!」
叫びながらも、リックモッドは停滞することなく巨剣を振り回し続ける。
それを見て、ロイドはさらに深い自責の念にかられた。(くそっ・・・本当に何やってるんだ俺は・・・!)
自分のミスに気づいて、居ても立っても居られずに前線まで駆けてきた。
だがリックモッドの言うとおり、ロイドでは戦力の足しにもならない。こんなところに来るよりも、後方で部隊を立て直すことに専念するべきだった。「すいません、リックモッドさん! ここはお願いします!」
叫び、ロイドは後退しようとする―――が、そこに黒いブヨブヨとした魔物が立ちはだかる。 “プリン” と呼ばれる魔物の一種で、名前の通りにプリンというかゼリーような身体をした、非常に物理防御力の高い魔物だ。
「ちいっ!」
リックモッドがブラックプリンに斬りかかる―――が、大抵の魔物ならば叩き斬る事のできるその一撃も、ブヨっとしたプリンの身体には通用しない。それどころか大剣は粘性のある身体に絡め取られてしまう。
(・・・やべえっ!)
そう思うと同時、武器を封じられたリックモッドへ、別の魔物が襲いかかる。
百戦錬磨の戦士であるリックモッドは、自分1人ならばあっさりと剣を手放し、逃げることを選んだだろう―――が、ここで退いてしまえば自分が助かったとしても、ロイドを初めとする仲間達が犠牲になる。「ぬああああああああっ!」
何とか剣を振るおうと、剣を持つ手に渾身を込めて天を仰ぐ―――その視界に、何かが振ってくるのが見えた。
(あ・・・?)
それは回転しながら、リックモッドの剣を絡め取っているブラックプリン目掛けて刃を振り下ろした。
スピニングフォール
リックモッドの一撃すら通用しなかったプリンの身体が、空から降ってきたその一撃によってあっさりと両断される。
断たれた瞬間、力を失ったように絡め取られていた巨剣が解放され、リックモッドはそれを襲ってきた魔物に向けて叩き付けた。悲鳴をあげ、魔物が吹き飛ぶのを確認してから、降ってきた存在に目を向ける。「お前は―――」
それは茶髪の旅人だった。
手にはバロンではあまり見ない、片刃の剣――― “刀” を手にしたその名は・・・。「バッツ・・・バッツ=クラウザー!」
ロイドの呼んだ名に、応える代わりに彼は魔物達を見回しつつ告げる。
「ここは俺が引き受けた―――お前達は体勢を立て直せ」
「まさか1人で魔物の軍勢を相手にする気なのか!?」思わずロイドが叫ぶ。
魔物の群れは、未だに巨人の中から吐き出されてきている。その勢いは留まることを知らないようだ。しかし、バッツは向かってくる魔物達を斬り伏せながら短く呟いた。
「1人じゃねえよ」
ドラゴンダイブ
近くで何かが地面に激突し、僅かに揺れる。
なんだ、と思って激突音のした方を見れば、人や魔物の陰に隠れてよく見えなかったが、僅かに青い光が見えた気がした。それはロイドも何度も目にした力―――竜騎士が使う “竜気” の輝きだ。(そうか・・・・バッツさんが戻ってると言うことはカイン隊長も・・・)
「退きましょう、リックモッドさん」
「退くって・・・本気でバッツ1人に任せるつもりかよ!」言われ、ロイドは無理矢理に笑みを作る。
「大丈夫ですよ」
剣聖ドルガン=クラウザーの息子にして、ただの “最強の” 旅人。
老いたとは言え剣皇オーディンを打ち破った、全てを貫くバロン “最強” の槍。
「 “最強” が二人も居るんです」
これは自分のミスが招いた事だ。
本当だったら今すぐ命がけで突貫してしまいたい気分だ。
けれど、そんな事をしても意味がない。自分のミスを自分1人では償えない以上、どんなに情けなくても無様であっても、他人の力を借りて、その上で成すべき事を成すしかない。だからロイドは自分を殺す。
二度と同じ過ちを繰り返さぬように己の感情を殺し、自分が出来る “最善” を選択する。「言われたとおりに体勢を立て直します―――それが今の俺に出来る最善です」
言いつつ、一瞬だけ刀を振るうバッツへと目を向ける。
一瞬だけ、殺したはずの感情に想うのは “羨ましい” という憧れと嫉妬。バッツもカインも―――セシル=ハーヴィも。
彼らは己のミスを己で取り返せる力を―――強さを持っている。それが羨ましいと思う。(俺にはその強さはない。ならば、その “弱さ” で出来ることをやるしかない・・・!)
羨望を振り切って、ロイドはバッツに背を向けた―――