第28章「バブイルの巨人」
M.「嫌な予感」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン
「止まらぬか・・・!」
巨人の視界の中、少しずつ穴が迫ってきている。
背中を押してくるのは巨人の半分ほどの巨人タイタン―――だが、タイタンの力はかなり力強い。巨人は何度か振り払おうと手を伸ばすが、無理な体勢では力が入らない上に、強引に振り払おうとすれば、逆にバランスを崩して押し込まれてしまう。「フシュルルル・・・穴に落ちようとも問題はないのでは?」
スカルミリョーネのいうことにも一理ある。
おそらくは落とし穴に落として埋めてしまおうとでも考えているのだろうが、ちょっと埋まった程度では簡単に這い出ることが出来る。だが、ゴルベーザは何か嫌な予感を感じていた。このまま落とし穴―――罠にはまってしまえば、抜け出られなくなるような・・・。
「爆弾艇の事もある。ここで相手の思惑通りに事が運ぶのは避けたい」
呟きつつ、巨人の視界にある穴の反対側を見る。
そこではバルバリシアとギルガメッシュが、それぞれブリット、ベイガンと戦っている。召喚士1人だけならばバルバリシアでも十分だと考えたが、それでも伏兵の可能性を考え、暇そうにしていたギルガメッシュをお供に付けたのだが、それでも不十分だったようだ。「ならば私が出ましょうか」
そう言ったのはルビカンテだった。かつても戦った経験のある彼ならば、タイタンを撃退出来るかも知れない―――が。
「いや、もう遅い」
すでに穴は眼前だった。
今からルビカンテが出撃しても間に合わないだろう。ゴルベーザは落とし穴を睨付け、叫ぶ。
「―――飛び越えろ!」
穴は巨人が収まるほど大きい―――が、巨人の歩幅なら越えられないほどではない。
それまで後ろに荷重をかけて踏ん張っていた巨人は、ゴルベーザの命令を受けて前に大きく足を踏み出した。その足は、穴の反対側で戦っているバルバリシア達を踏みつぶすような勢いで、穴を飛び越えようと―――ズガアアアンンッ!
「なにっ!?」
穴を越えようとした瞬間、突然、衝撃音が鳴り響いて巨人が僅かに揺れる。
それで巨人は体勢を崩し、足は対岸には届かずにそのまま穴へと落ちていく。なにが起きたのか、とゴルベーザ達が理解する間もなく、巨人は穴の中に落ちてしまった―――
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「ひゃーっひゃっひゃ! ナイス命中!」
“落とし穴” からやや離れた、城の近くの森にルゲイエの高笑いが響き渡る。
そして森の中には不釣り合いな火薬の匂いが漂っていた―――その発生源は、ルゲイエの目の前にある砲塔だ。砲塔からは今し方、砲弾が放たれたばかりで、それが穴を越えようとした巨人に命中し、そのまま穴の中へ叩き落としたというわけだ。ルゲイエは今、森の中に潜んでいた戦車の装甲上に座り込んでいた。それは地底のドワーフ達から譲って貰った壊れかけの戦車で、砲塔は何とか動く者のキャタピラが壊れて自走出来ない状態だった。
「やったんか!?」
戦車の中からシドが姿を現わす。壊れかけの戦車は、内装も半壊していて、照準器はおろかモニターまで死んでいた。そのため、ルゲイエが目測で照準を定め、シドが砲撃したというわけだった。
「ちゃんと巨人に当たったわー! ワシの天才を甘く見るなー!」
「というかコイツのお陰じゃろうが」戦車の中から顔だけ出したシドは、砲塔の上をまたいでいる小さい鉄の人形に目を向ける。
カインが見たら微妙な表情を浮かべたかも知れない。
その人形は、かつてバブイルの塔でカインやセリスと戦った、ルゲイエの造ったロボット “バルナバ” を小さくしたようなロボットだった。「このバルナバ23号はワシが開発したもんじゃ! つまり、照準を合わせたのもワシのお陰!」
「わかったわかった・・・ともあれ、巨人が穴に落ちたならばワシらの役目も終わりだゾイ。一旦、城に戻るとするか」そう言って、シドは戦車から這い出てくる。
さっきも述べたように戦車は自走出来ない。だから飛空艇で吊り上げて運ばなければならないのだ。「いっそのこと、飛空艇と同じように浮遊石で空を飛べるようにしたらどうじゃい?」
ルゲイエの提案に、シドは少しだけ考える。
空を飛ぶ戦車―――悪くない、と一瞬思ったが。「しかし飛空艇に比べて小さいからのう。浮かんだ状態で砲撃したら、その反動で思いっきり後ろに吹っ飛ぶゾイ」
「反対側にも砲塔を付ければ問題解決じゃあ! 2WAYに同時攻撃して、敵も味方もコッパミジン! ヒャッホーウ!」
「アホな事言うとらんでさっさと戻るゾイ」べしん、とルゲイエの頭を叩いて、シドは戦車を降りた―――
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大地の怒り
巨人が穴に落ちた瞬間、タイタンが局地的な地震を起こす。
落とし穴とその周辺だけが激しく揺れる―――が、幻獣の力であるためか、ミストやベイガン、ブリットには影響はなく、空に浮かんでいるバルバリシアも同様だった。「のわああああああっ!?」
ただ1人、ギルガメッシュだけがその場に盛大にすっ転ぶ。
「なっ・・・巨人が!?」
バルバリシアが巨人を振り返り、叫ぶ。
穴の深さは、巨人の腰ぐらいしかなかった―――が、タイタンの起こした地震のせいで穴の底が割れでもしたのか、巨人の身体はさらに沈み込む。続いて、穴を掘った土の山が崩れて穴の中になだれ込み、一気に巨人を埋め立てる。土によって、穴から出ていた部分も殆ど埋まり、土山の上に巨人の顔だけが出ているという状態になっていた。
「しかしこの程度、巨人の力なら―――」
「いいえ、これで詰みですよ?」ミストの言葉に応じたかのように、周囲を蒼い光が包み込んだ―――
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「良し! 結界は完成した―――これで巨人は身動きが取れなくなったはず!」
巨人を落とした穴から少し離れ、バロンの街のすぐ近く。
結界の色と同じ、蒼い光を放つロッドを見つめ、クノッサスは吐息を漏らす。そして、傍らの友人に声をかける。「テラよ、助かった。私1人ではここまで強力な結界を張ることは出来なかっただろう」
古い友人の礼に、テラは「謙遜するな」と返答する。
「ほんの少し手を貸したに過ぎん。お前なら1人でも、この程度は可能だっただろう」
「しかしその場合、もう少し近寄らねばならなかった」基本、結界は “核” となる触媒を中心にして、その周囲に張るのが一般的である。しかしその場合、結界の中に入られればあっさりと “核” を壊され、結界が解かれてしまう可能性がある。特に今回は、結界の中に敵を閉じこめるため、この方法は使えない。
だからクノッサスは、結界の外―――なるべく離れた場所に “核” を置いて結界を張ることにした。
“核” は敵から遠ざけた方が破壊される心配はないが、結界から離れれば離れるほどに難度は高くなり、強度も低くなる。それをテラが補佐してくれたお陰で、随分と離れた場所に “核” を設置することができた。
「しかし良いのか? 強度を増した分、持続時間が短い。保って数時間というところだろう」
「なに、巨人の制御システムとやらを破壊するまで保てば良い。事前情報で巨人内部の様子も解っている、そう時間は掛らぬだろう」答えるクノッサスの目の前では、巨人に向かって行軍していくバロン軍の姿があった。
巨人の中にはゴルベーザやルビカンテなど、強力な敵が待ち受けている。セシルやカイン達を欠いた状態でそれらを撃破するのは難しいだろうが、こちらの勝利条件は巨人の制御システムを破壊する事だ。いくらゴルベーザや四天王が一騎当千であっても、バロン軍全てを相手にしきれるわけがない。「状況は、どうですか・・・?」
クノッサス達の背後から声がかけられる。
振り向けば、そこにはロイドの姿があった。更にその後ろには、ロイドが乗ってきたらしいチョコボの姿もある。「目を覚ましたのですか。もうすこし休んでいればいいものを・・・」
クノッサスが苦言とも心配とも取れぬ様子で声をかける。
赤い翼が帰還した時、ロイドは完全に意識を失っていた―――それほど巨人を相手にするのに消耗していたのだ。クノッサスの気遣いに、ロイドは苦笑して首を横に振る。
「これは俺が発案した策です。首尾を見届けるまでおちおち休んでは居られませんよ」
そう言うロイドの表情は、疲弊しているためか随分と青白かった。そんな彼の心労を軽減させようと、テラが状況を説明する。
「今し方、結界に巨人を封じ込めた所だ―――お主は大したものだよ。あの巨人を相手にセシル達を抜きにして、封じ込めてしまったのだからな」
「・・・いえ。それもこれもシドの親方が持ってきてくれた情報のお陰です。アレがなければどうしようもなかった―――けれど」ふと、ロイドは真剣な眼差しで、頭だけ外に出た状態の埋まった巨人を見つめる。
その様子にクノッサスが怪訝そうに尋ねる。「何か問題でも?」
「・・・・・・上手く、行きすぎてる」ざわり、とロイドはなにか嫌な気分が胸に湧き上がるのを感じていた。
あまりにも上手く行きすぎている―――何かとてつもない見落としがあるような気がしてならない。
城に寝かされていたロイドが、目を覚ました瞬間に慌ててチョコボを使ってここまでやってきたのは、そんな不安な気持ちがあったからだ。予め得た情報のお陰で、ロイドは今回の作戦を立てることができた。しかし、その情報ばかりに目を取られて、何か重要な情報を見落としているような気がする。
(・・・持ち込まれた情報の信憑性は親方やルゲイエが保証してくれた―――けど、なんだ? なんか忘れている・・・勘違いしている・・・?)
あと少しで解りそうなのに、思いつかない―――早く考えろと気分だけが焦る。
ここまではあまりにも順調だった。殆ど全て、ロイドの思惑通りに事が進んだ。後は、巨人の内部に攻め込んで制御システムを破壊するだけ―――(・・・陛下なら?)
ふと、頭に浮かんだのは、セシルならどうするかという事だ。
セシルならばこの後どうするだろうかと。(決まってる。自ら先頭に立って巨人の中へ攻め込むはずだ)
それは何故だ? と理由を考えれば。
(決まってる。巨人の中は外から見えないからだ。外ならば高台でも飛空艇の上からでも戦場を見れば指揮できる。けれど、巨人の中は入ってみなければどんな状況か解らない―――)
悩み込んでいるロイドに、テラが苦笑をして声をかける。
「そんなに悩むな。上手く行きすぎているのはむしろ良いことで―――」
「あああああああああああっ!」突然、ロイドが大声を上げた。
「な、なんだ!? どうした!?」
困惑するテラには応えず、ロイドは自分の乗ってきたチョコボに飛び乗ると、二人の魔道士を一度だけ振り返り。
「すいません、結界は任せます!」
それだけ言って、巨人へ向かってチョコボを走らせる。
兵達が進軍するその先頭を目指しながら周囲に向かって絶叫する。「全軍止まれええええええっ! 一旦、退くんだあああああああああっ!」
叫んでも、ロイド1人の叫び声ではたかが知れている。
それにロイドは “赤い翼” ならばともかく、他の軍団に対しては権限を持っていない。そんなロイドに命令されても、兵士達は困惑するだけだ。
それでもロイドは叫ばずには居られなかった。胸中で必死に願いながら。(頼む・・・! 俺の勘違いであってくれ・・・!)
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ロイドがチョコボに乗って走り出したその頃。
バロン軍の先頭部隊は、すでに巨人の頭部にまで辿り着いていた。「さーて、一番乗りだ! 巨人の見取り図は頭に叩き込んであるな!」
部隊長の騎士の言葉に応え、部下達が応、と応える。
シュウが持ってきた情報には、巨人の内部の事まで細かに記されてあった。「良し、では突撃するぞ!」
号令をかけ、まずは巨人内部に進入するため、巨人の口へと向かう。その口から内部へ入れるはずだった。口は閉じられていたが、その開き方も解っている。
そうして意気揚々と、バロン兵が巨人の口の前まで辿り着く。そして、口を開けるための仕掛けを探そうとしたその時。いきなり、口が勝手に開かれた。
「え?」
ぽかん、と騎士が声をあげる。
開かれた口の先。
そこには無数の―――「な・・・っ!?」
無数の、地上では見たこともないような魔物達の姿があった。
「まっ、魔物だと!?」
「いっ、いかん! 退―――」思っても見なかった魔物達の出現に、騎士達は恐慌状態に陥る。
そしてその悲鳴ごと呑み込むように、魔物の群れが巨人の口から外へと溢れ出していった―――