第28章「バブイルの巨人」
L.「落とし穴」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン
「それにしても大きいですねー」
のんびりとした様子でミストは呟いた。
目の前には巨大な穴。さらにその穴の向こう側には巨大な巨人が立っている。
その巨人の後ろからは、彼女が召喚した巨人―――死別した夫、タイタンが穴へ向かって押し込んでいる。バブイルの巨人に比べ、タイタンの背丈は半分しかない。
大人と子供ほどの差だ。まともに組み合えば、タイタンはあっさり負けてしまうだろう。
しかしこの巨人は人間を模しているため、その特性も人間に近い。つまり、後ろからの攻撃に対応しにくくなっている。ほんの僅か押し込むだけならば、タイタンでも何となりそうだった。「あなたー! 頑張ってくださいねー!」
「随分と余裕だけど―――」歓声を送っていると、頭の上から声が振ってきた。
見上げれば金髪の美女が、赤い鎧の男と共に空に浮かんでいる。「その余裕が命取りよ! ギルガメッシュ!」
バルバリシアが叫ぶと、ギルガメッシュは途端に浮力を失ったかのように落下する。
ずん、と、ミストのすぐ傍へと降り立つ。手にした槍をミストへと突き付けて。「悪いなねーちゃん。アンタに恨みはないが、死んで貰うぜ?」
―――タイタンを召喚したのがミストだと踏んだゴルベーザは、ミストを殺すことを選択した。召喚士が死ねば召喚獣は力を失うか消えてしまう。幻獣を相手にするよりも、召喚士を殺す方が容易いと判断したのだ。
しかしミストは槍を突き付けられた状態でも、動ずることなくにこりと微笑んで言った。
「それでは、お願いしますね?」
「は? お願いって・・・命乞いのつもり―――」いきなりミストとギルガメッシュの間に光が生まれる。
その光は人の形を作り―――それは手にした幅の広い剣を振るうと、ギルガメッシュの槍を打ち払う。「な、なんだ!?」
「バロン近衛兵長ベイガン=ウィングバード、推参!」ミストを庇うようにして騎士剣 “ディフェンダー” を構えるベイガンに、ギルガメッシュは驚きのあまりに目を見開く。
「に、人間を召喚しただと!?」
「生憎と、この身体の半分は魔物なのでな!」
「だが雑魚が増えたところでよおッ!」叫びつつ、ギルガメッシュはベイガンに向かって突撃。
竜騎士を思わせる強力な跳躍で迫る―――が。がぎいぃぃっ!
次の瞬間、ギルガメッシュの槍は、ベイガンの剣によってあっさりと受け止められていた。
「な、なんだと!?」
「フン、中々の跳躍・・・だが、カイン殿には遠く及ばぬ!」怒鳴り返して槍を弾く。
弾かれたことよりも、簡単に攻撃を受け止められたことに焦り、ギルガメッシュは後退した。「ちょ、ちょっと待てお前! カインやセシルよりも弱いんじゃなかったのかよ!」
「 “陛下” をつけぬか無礼者! ・・・確かに、私はカイン殿はおろか、陛下にも及ばぬ―――が、防御こそが我が真骨頂。守りに専念すれば、バロン最強の槍の一撃すら受け止めて見せよう!」
「ちいっ―――バルバリシア!」
「解っているわ!」ギルガメッシュが空に浮いたままのバルバリシアの名を呼べば、彼女は自分の髪をミストへと伸ばす。もちろん一本や二本ではない。無数の髪の毛だ。いくら防御特化のベイガンであっても、その全てを防ぎきることは出来ない―――が。
円月殺法
円を描く刃が飛来する髪の毛を次々に切り落としていく。
その刃の中心に居るのは一匹のゴブリン。「もう一匹召喚を・・・!?」
「ありがとうございます。助かりましたー」全く緊張感の無い様子で、ミストはのんびりと例を言う。
「助けて貰っているのはこちらですからな。守るのは当たり前です」
ギルガメッシュから視線を外さないままにベイガンが答えれば、ブリットもバルバリシアを警戒したまま頷く。
今、ミストの召喚したタイタンが巨人を穴に落とそうとしているが、それは本来ロイド達 “赤い翼” の役目だった。
爆弾艇を残しておいて、その一撃で落とす予定だった―――のだが、エブラーナに出向いていたテラ達が巨人の出現によりバロンへ戻り、そこへ同乗していたミストが作戦内容を耳にして、それならばと協力を申し出たのだ。お陰で、巨人の足止めの際に爆弾艇を出し惜しみなく使え、余力を考えなくても良かったのだ。
「後は巨人を穴へ落とせば “策” は成ったも同然! 邪魔はさせぬ!」
巨人を落とし穴に落として動きを封じる。
シンプルすぎて策とも言えないような策だが、それがロイドの発案した作戦だった―――
******
時間は昨日の会議に遡る―――
ゴルベーザに情報が漏れる危険性を考え、シュウを退室させた後、集まった各軍団の長(代理)達にロイドは己の策を説明する。
それはあまりにも単純な策だった。「城の近くの平原に、落とし穴を掘って落とす―――そうして動きを封じた後に、巨人の内部へ潜入して、巨人を制御しているシステムを破壊する」
単純で―――簡潔な罠の説明に、会議室の面々は言葉を失った。
「お・・・落とし穴、ですか?」
聞き間違いかと思いつつベイガンが繰り返すと、ロイドははっきりと頷いた。
「ええ、落とし穴です」
「あはあはあはははー! そいつは凄い! 山ほどの巨人が落ちるほどの落とし穴ですかー! 世の中に落とし穴を掘る悪ガキは数居れども、そんな穴を掘るのは空前絶後ってヤツですねー!」愉快そうに爆笑したのは黒魔道士だった。
と、そのけたたましい笑い声に我に返ったように、暗黒騎士団長ウィーダスが顔を真っ赤にしてロイドを睨む。「貴様ぁっ! この非常事態に何を巫山戯ているのだ!」
「うわー、さっきまで巨人の存在に一番懐疑的だった人がなんか言ってるー」黒魔道士がおちゃらけた様子でいうと、ウィーダスが視線をロイドから移す。その鋭い眼光で睨まれて、魔道士は「ひぃ」と小さく悲鳴をあげてテーブルの下に隠れた。
「別にふざけちゃいませんよ」
今にも席を立って黒魔道士をテーブルの下から引きずり出しかねないウィーダスに向かって言うと、暗黒騎士団長はひとまず魔道士のことは放っておいてロイドへと向き直る。
「ほう? 先程もその魔道士が言っていたが、巨人を落とせるほどの穴をどうやって掘るつもりだ?」
「それについてはシド技師長に説明を―――」してもらいます、とロイドが言いかけたところで「ひゃーっひゃっひゃ!」と笑い声が響き渡った。
「穴を掘る方法じゃと!? そんなもんはワシの造ったファルコン号で一発じゃあっ!」
「やかましい! 黙っとれと言ったじゃろ!」ゴツン、とルゲイエの頭をシドが殴りつける。
この狂科学者にしては珍しく静かだったのは、どうやらシドに言い含められていたかららしい。「い、痛い!? 頭が殴られたかのように痛い!?」
「そりゃ殴ったからだゾイ」
「にゅおおおおおっ。天才に天才を加えたようなダブル天才なワシの頭脳が壊れたらどうしてくれる!」
「もとから壊れてるじゃろ―――それはともかく、こいつの言ったとおり、ファルコン号のドリルを使えば巨大な穴を掘ることは難しくはない・・・が」テーブルの中央に浮かび上がったままの “巨人” に関するデータを眺め、難しい表情で唸る。
「なにか問題が?」
「第一に時間が足りん。巨人を落とせる穴を掘るのは可能じゃが、巨人が来るまでに完成させるのは難しいと思うゾイ。それに穴を掘ったところで簡単に落ちてはくれんじゃろうし・・・なにより、落ちたとしても這い上がってこられればどうしようもない」
「落とすのは “赤い翼” でどうにかします。落ちた後も連続で爆撃を行い、這い上がる隙を与えません」
「―――ロイド、一つ忘れてるゾイ」シドは指を立て、嘆息混じりに言った。
「今、このバロンには “最強の槍” が不在だということを」
「そんなことは解ってますよ」
「解っとらん。爆撃の雨の中、巨人に進入する―――などという馬鹿げたことを、このバロンでカイン=ハイウィンド以外の誰が出来ると思っとる?」
「できなくてもやるしかないんですよ。巨人の動きを封じ、その隙を突いて攻め込む―――これ以上の策があるなら、教えてくれませんか?」皮肉めいたロイドの言葉に、シドは唸りながら口を閉じる。その他の誰も答える者はいなかった。
ウィーダスも何か言いたげにロイドを睨むが、何も言葉は出てこなかった。ロイドの策を否定したとしても、その代案など思いつかない。
誰もが黙る中、不意に空気を読まない笑い声が響き渡る。それも二つ。「あっはっはー。あはあはははー!」
「ひゃっひゃっひゃっひゃー」黒魔道士とルゲイエだ。
二人の狂人の笑い声に、がたりとウィーダスが席を立つ。「とりあえず、牢屋にでもブチ込んできていいか?」
「手伝いますぜ」リックモッドも続けて立ち上がる―――と、そんな険呑な二人の様子に、黒魔道士が「おやおや」と困惑そうに声を上げる。
「な、なんで牢屋行きですか!? 悪いことなにもしてないですじょ?」
「状況を考えろ! 笑ってる場合ではないだろう!」
「笑ってる場合じゃないですか」にやにやとした笑みを消さないまま、黒魔道士はロイドの方に目を向ける。
「とっても素敵な打開策が出てきたんですよ? もっと喜びましょうよ」
黒魔道士の言葉にウィーダスは言葉に詰まり―――しかし首を横に振る。
「その策は無理がありすぎる!」
「無理? 何処がですか?」
「何を聞いていたのだ! 巨人を穴に落とし、爆撃で動きを封じたところで、その爆撃の中では―――」
「別に爆撃で動きを封じる必要は無いですよ」
「なに・・・?」怪訝そうな顔をするウィーダスに、黒魔道士は再びそちらへと顔を向ける。その表情は笑みを浮かべていたが、にやついてはいなかった。
「シドさんが言っていたでしょう? 巨人を止める方法は二つあると―――巨人内部に進入して制御システムを止める方法ともう一つあったでしょうが」
「バブイルの塔からのエネルギーの供給を止める方法ですね」ロイドが言うと「その通り!」と黒魔道士は大きく手を叩く。
それを聞いて「成程」と得心したのは、竜騎士団長の代理としてこの場に居るバイス=トルーパーだ。「成程。かつて我が竜騎士団が使った方法ですな。一気に敵の本拠地に攻め込み、落とす―――今ならば飛空艇もある。詰め込めるだけ戦力を詰め込み、攻めれば或いは・・・」
「お待ちください! それでは守りを放棄することに。バブイルの塔を落とすのが遅れれば街や城が・・・」ベイガンが反論すると、クノッサスも同調する。
「今から準備をして、バブイルの塔に攻め込んで、果たして間に合うかどうか・・・」
「しかしそれ以外には―――」
「ちょっと待ってくださいよ」紛糾仕掛けた場に、やれやれ、と黒魔道士の声が割って入る。
「先走らないでくださいよ。別に僕は塔を攻めるなんて言ったつもりはありません」
「では、どうするというのだ?」
「この巨人はバブイルの塔からエネルギーを供給されています―――が、ではその供給方法はなんでしょう?」
「え、ええと、塔から見えないビームとか出てるんじゃないですか?」自信無さそうにロイドが答える。案の定、黒魔道士は「ブー、不正解」と答える。
「正解は “空間を連結させている” でしたー。バブイルの塔と巨人とを空間を連結させて直接エネルギー供給している言わば “空間連結システム” ! 転移魔法でエネルギーを転移させている、と言えば解りやすいですかね?」
「転移魔法・・・ということは!」クノッサスが何かを思いついたように黒魔道士を見る。
「その転移を妨害すれば、エネルギーの供給を止められる・・・」
「できるのですか?」ベイガンが問いかければ、クノッサスは即座に頷いた。
「結界を張ればよい―――試練の山のように永続的な結界ならばともかく、短時間ならば難しくはない」
「ふむ・・・エネルギーを遮断しても、しばらくは稼働出来るみたいだがのう・・・まあ、それこそ穴に落とし、エネルギーが尽きるまで爆撃して動きを封じれば・・・」と、シドが巨人のスペックを確認しながら呟いていると、その隣でまたもやルゲイエが笑い声を上げた。
「ひゃーっひゃっひゃっ!」
「だから黙って居れといったゾイ!」
「おっと! これを聞いてもそんなこと言えるかのう」
「なんじゃ?」
「今のバブイルの塔は完全ではない! エネルギー供給が止まれば、巨人はすぐにでも止まるはずじゃあっ!」
「だから黙って居れと言ったゾイ」
「言いおったあああああああああっ!」ぎゃふん、とルゲイエは背後に倒れた。
面倒そうにその顔をのぞき込み、改めて尋ねる。するとルゲイエは倒れたままの状態で「えっへん」と声に出して胸を張る。「なにを隠そうこんな事もあろうかと、バブイルの塔を半壊させておいたのじゃ!」
「半壊・・・って、あ、もしかしてあの時の・・・」ロイドはかつて地底でバブイルの塔に侵入した時の事を思い返した。
あの時、確かにルゲイエが造ったとか言う兵器によって、バブイルの塔の一部が破壊されていた。「 “こんな事もあろうかと” って、あれって単に兵器が暴発しただけだって聞いたんですが」
「ひょっひょっひょっ。その暴発もワシの計算のウチ・・・と言ったらどうする?」絶対嘘だ。
その場の全員がそう確信した。「ま、そーゆーわけで、今のバブイルの塔は完全に稼働している状態ではなーい。エブラーナから “転移” した時に使ったエネルギーも考慮に入れれば、ちょっとでも供給が止まれば燃料切れじゃい!」
「なら話は決まりです」と、ロイドは席を立つ。
「落とし穴を掘り、そこへ巨人を落として結界を張って動きを封じる。後は巨人の中に攻め込んで、ゴルベーザ達を討つ!」
「―――無茶なっ」ウィーダスが叫んだとおり、確かに無茶な話だった。
山のような巨人を相手にするのも無茶だが、それを穴に埋めようと言うのだから、ウィーダスが与太話だと思うのも仕方がない。だが、無茶でも無謀でも、それ以外に方策が無いのならばやるしかない。
(俺は、陛下からそう教わった)
実際にそう言われたわけではない。
ただ、セシルは常にそうしてきた。どんな無理な事でも、それをやるしかない状況の時は、迷わずに実行してきた。その副官が、荒唐無稽だからと言って二の足を踏むわけにはいかない。「出撃します。時間が惜しい」
納得出来ない様子のウィーダス達を置いて、ロイドは会議室を退室した。
その後、結局はロイドの策以上の案は出ず、オーディンの肝入りもあって、作戦は実行に移された―――