第28章「バブイルの巨人」
K.「期待と信頼」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン

 

 遥か遠くにバロンの城が見えた。
 まだ随分な距離があるが、飛空艇ならばそれほど掛らずに帰還出来るだろう。
 城を確認した後、ロイドは僅かに視線を上げ、東の空を見る。
 そこには昇ったばかりの太陽が輝いていた。

 ――― “巨人” の足止めを終え、すでに一夜が明けていた。

 その巨人の姿は今は見える場所にはいない。ロイド達は撤退し、バロンへ舞い戻る途中だった。

(足止めは十分に果たした―――だが・・・)

 周囲を振り返る。
 飛空艇エンタープライズの左右を見回せば、随行する “赤い翼” の飛空艇の姿があった。
 全てを一編に見回すことは出来ないが、その数は城を発った時の半数以下となっていた。

 足止めに専念したが、被害を皆無には済ませられなかった。

 三艇は爆弾として使ったが、後は巨人によって撃墜された。腕の一振りで情け容赦なくはたき落とされたものもあれば、攻撃がかすめたせいでバランスを失い、不時着してしまったものもある。

 前者は絶望的だが、後者は乗組員が生存している可能性が高い―――が、それを救出どころか確認する余裕もない。1人でも多くの部下が無事であることを願いつつ、しかしそれだけの犠牲を払った価値はあったと確信する。
 甲板の舳先から前を見れば、遥か前方に見える城の手前に、その “成果” が見えた。

「しかし、あからさますぎではありませんか?」

 部下の1人がロイドの視線を追って苦笑する。

「 “罠” ってのはあると解ってて見えなければ警戒する―――が、あると解ってて見えてれば逆に油断するものだ・・・って、友人は言ってたぜ」

 自称・トレジャーハンターの悪友(ロイドは彼が冒険家らしいことをしているところを一度も見たことも聞いたこともない)の顔を思い浮かべながら、ロイドは苦笑を返す。

「ま、なんにせよ―――」

 これで作戦の第一段階は終わりだ―――と、続けようとしたところで、不意に目眩が襲う。
 よろめいたところを “赤い翼” の部下に支えられ、「大丈夫ですか!?」と、声をかけられる。

「・・・悪い、ちょっと気が抜けたみたいだ」

 ふーっ、と息を吐いて自分1人で立つ。まだふらつく足下を気力で踏みしめた。

「城につくまで仮眠してくる―――なにもないと思うが、何かあったら叩き起こしてくれ」

 「ハッ」と敬礼する部下に背を向け、ロイドは飛空艇の中へと入る。

 一晩中だ。
 ロイドは一晩中、巨人の足止めのために飛空艇団を指揮していた。
 巨人の周囲を飛び回り、はたき落とそうとする腕をかいくぐり、さらにはすでに使い切った爆弾艇を在るように見せかけてフェイクを織り交ぜ、巨人の進行を遅らせた。

 結果として、飛空艇を10艇以上失ったが、再編されたばかりで練度の低い “赤い翼” でそれだけの被害で済ませられたのは、ひとえにロイドの指揮が的確だったからに相違ない。

 しかし―――

(なっさけねえ・・・っ!)

 ロイドの胸中には達成感は無く、苦々しい悔恨が広がっていた。
 結果的には自分の役目を果たしたと言える―――が、満足できる程ではなかった。

(陛下なら・・・セシル隊長なら、もっと上手くやれたはずだ・・・!)

 セシル=ハーヴィが指揮したならもっと被害は少なかったに違いない。それに帰還直前に気を抜いて、部下に心配かけさせるなんてことも有り得ないだろう。
 自分よりもセシルの方が格上だという自覚はあるが、それだけで納得出来るほどロイド=フォレスのプライドは安くなかった。

「もっとだ・・・もっと強くなりたい・・・もっと・・・せめて―――」

 せめて、カイン=ハイウィンドのように―――

「隊長に・・・ “信頼” されるくらいに・・・強く・・・・・・」

 それが限界だった。
 疲労困憊で仮眠室に辿り着く前に力尽き、ロイドはエンタープライズ内の通路で眠りに落ちた―――

 

 

******

 

 

「くしゅっ」

 突然、セシルがくしゃみをする。

「ん? 風邪かなー」
「なにそれ。あたしのせいだって言いたいの?」

 手鼻をかむセシルに、リディアが半眼で睨む。

 ―――月から地球へと帰還する魔導船の中。
 一眠りしたセシル達は、ボー艦長の居るホールに集まっていた。

「別にいきなり蹴られて気絶させられたまま通路に放置されたから風邪を引いたなんて言ってないけど?」
「言ってるじゃない!」

 もう一回蹴ってやろうか、と足を振り上げるリディアから逃げるようにセシルは「ははは」と笑いながら身を引いた。
 それを、マッシュが呆れたように見つめる。

「というか、よくそんな気楽で居られるな」
「そうだな。その “巨人” とやらに、すでに国が破壊されているかもしれん。不安や心配はないのか?」

 マッシュに続いてヤンも問いかけてくる。セシルは苦笑して「それは―――」と口を開いて。

「あるわよ」

 セシルが答える前に答えたのはローザだった。

「だって、今のバロンにはカインやバッツも居ないもの。セシルが “信頼” しているあの二人が―――そうよね? セシル」
「いや、僕は別に・・・」
「セシルって、割と嘘を吐くのが下手だよね」

 今度はリディアが言葉を遮り、セシルが浮かべている笑みを見つめて言う。

「そうやって、空気読まずに笑ってる時って、嘘ついてたり感情押し殺して居るときだもん」
「そ、そうなの?」

 困ったように、セシルは自分の顔に手を添える。
 今まであまり気にしたことはなかったが、確かにそうだったかも知れない。子供の頃にもカインやローザに指摘されたような気がする。

「ほう・・・そう言えば、セシリアにも似たような癖があったな」

 ほうほうほう、とフースーヤが感慨深げに呟く。

「それにしても、ローザはともかくリディアが良く解ったな。それほど長い付き合いでもあるまいに」

 ヤンが指摘すると、リディアはちょっと慌てたように視線を反らす。

「べ、別にっ、そんなの見てれば解ることでしょっ!」
「そうよね! リディアったら、ずっとセシルの事を見てるものねっ!」
「ずっとじゃないっ! そんなに見てないっ! てゆーか、離れてよ暑苦しいっ!」

 いきなり抱きついてきたローザに、リディアは顔を真っ赤にしながらふりほどこうとする。

 そんな様子を微笑ましく眺め、セシルは少し考えてから呟く。

「・・・そうだね。確かにまだカイン達も地底から戻ってないだろうから不安だし、心配もしている」

 言葉とは裏腹に、笑みを崩さないままにセシルは続ける。

「けれど、バロンには頼りになる部下が居るから」
「それってベイガンのこと?」

 リディアに突き放されて寂しそうにしながらローザが尋ねてくる。
 セシルは頷いて。

「ベイガンなら騎士達を統率してくれる突然、巨人という脅威が現れたとしても混乱は最小限に留めてくれるだろう。それになにより―――」

 セシルはなんとなしに軽く鼻を拭う。
 さっきのくしゃみは、もしかしたら彼が自分に対して愚痴でも言っていたのかもと思いながら。

「ロイド=フォレス。彼が居る」
「ろいどろいど・・・って、確かセシルの副官だった人よね? リサの恋人の」
「今でも副官のつもりだよ。僕も彼も」

 苦笑する。
 君に以前振られた人だよ、とは言わずにおく。

「でもあの人、いっつも『セシル隊長が “信頼” してるのはカイン=ハイウィンドだけだー』とか嫉妬して愚痴ってるってリサが言ってたわよ? これってBL? 三角関係?」
「・・・BLとか言わない」

 流石に嫌そうな顔をしてからセシルは苦笑。

「確かにカインと同じように “信頼” はしていないけれどね。でもカイン以上に “期待” はしてるよ」
「なんだそりゃ?」

 意味が解らない様子でマッシュが首を傾げた。

「カイン=ハイウィンドは良くも悪くも期待を裏切るけれど、ロイド=フォレスはに今まで僕の期待を裏切ったことはない」

 己の能力を過信せず、己の役割を見定めて確実にこなす。
 いついかなる時でも考え得る最善手を行う。セシル=ハーヴィの副官はそういう男だった。

「ロイドなら僕が帰るまで保たせてくれる。絶対に」

 

 

******

 

 

 ―――ロイド率いる “赤い翼” が城にたどり着いてからしばらく後。
 城から見える位置に、バブイルの巨人は姿を現わした。

「城が見えたか・・・」

 巨人内部でその視界の中にある城を見つめ、ゴルベーザは呟く。

「 “赤い翼” に手こずったが、予定に狂いは無い。このまま城を叩き潰し、バロンの民に―――セシル=ハーヴィに “絶望” を与える・・・!」

 ゴルベーザの言葉に応えるように、巨人は歩調を早め、城へ向かって進撃する。
 一晩中、ちょこまかと周囲を飛び回っていた飛空艇の姿もなく、遮るものは何もない。このまま一気に―――と言うところで、ゴルベーザ達はふと妙なものに気がついた。

 城の手前に、なにやら土が小山のように盛り上がっている。そして、そのすぐ傍には巨大な―――

「穴・・・か? あれは?」

 呟いたとおり、それは巨大な穴だった。
 具体的に言えば、この巨人が入れそうなほどの巨大な穴だ。その深さは解らないが、その脇に盛り上がっている土の量からすれば、巨人の半分くらいは収まってしまいそうだった。

「・・・スカルミリョーネ。あれは何だと思う?」

  “土” のスカルミリョーネだからだと言うわけではないが、ゴルベーザが尋ねてみれば、スカルミリョーネはいつもと変わらぬ調子で「フシュルルル・・・」と何かを啜るような不気味な音をあげながら答える。

「穴、でしょう・・・おそらくはこの巨人を落とすための落とし穴」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 返ってきた返答に、ゴルベーザは押し黙る。
 スカルミリョーネの言葉を疑ったわけではない。自分でもそうとしか思えないからこそ、なにも言えなくなったのだ。

 確かに、以前にはあんな穴など無かった。どう考えても、巨人の存在に気がついて掘り始めたのだろう。昨晩の “赤い翼” はこれを掘るための時間を稼いでいたと考えれば合点がいく。

 だが、いくらなんでもあからさますぎる上に中途半端だ。

 たった一晩で巨人が収まるような穴を掘ったのは驚嘆するが、それでも落ちたら巨人が抜け出られなくなる程ではないだろう。第一、これが落とし穴だというのならばカモフラージュしてなければ意味がない。これだけの大きな穴を隠蔽するのは難しいだろうが、穴が見えてしまっていれば、それは落とし穴ではないだろう。

 この巨人を罠にはめようとしたが、時間が足りなくて中途半端になってしまったのだろう。

 などと考え込んでいるうちに、巨人は穴のすぐ傍まで到達すると、その穴を迂回しようとして―――

「待て!」

 不意にゴルベーザが声を上げると、巨人は動きを止めた。
 巨人の視界の中、落とし穴に気が向いて気がつかなかったが、その向こう側に人影が見えたのだ。

 ゴルベーザの命令で、巨人はそちらの方を向いた後、その人影をズームする。

 それは緑の髪の、魔道士然としたロッドを持った女性だ。その姿には、ゴルベーザも見覚えがあった。

「あれは・・・ミストの村の召喚士・・・!」

 まさかなにか幻獣を召喚するのだろうかと戦慄する。
 人智を越えた力を持つ幻獣ならば、巨人に対抗されるかも知れない―――が、あの召喚士にそれほどの幻獣を呼び出せるとは思えないが(呼び出せるならばミストの村で使っていただろう)、魔道士は己の命を糧にして、実力以上の魔法を発動させることができる、油断は出来ない。

「出てくるならば穴の中からか・・・? 警戒を―――」

 指示を仕掛けた瞬間、突然に巨人が穴に向かって一歩踏み出す。
 「なんだ?」と思った瞬間、視界が流れ、巨人が己の背後を振り返った。

 するとそこには、巨人の半分くらいの巨人が腰に組み付いていた―――

 


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