第28章「バブイルの巨人」
J.「正念場」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン南部
「―――っ」
はっ、としてゴルベーザは頭を上げる。
どうやら倒れて気絶していたらしい―――頭上、さっきまでと同じ場所に展開している映像には空が広がり、いくつもの飛空艇が浮かんでいる。どうやら “巨人” もゴルベーザと同様に倒れているようだった。(・・・というよりも、巨人が倒れた衝撃で私も倒れてしまった、というのが正しいか)
今、ゴルベーザ達が居る制御室は、人間で言えば “心臓” に当たる部分に位置する。
頭頂部で無いにしろ、胸部だけで百メートルは越える。それが一気に地面に倒れた―――つまりは落下したようなものだ。即死していてもおかしくないはずだが、巨人の体内は重力が固定されているために衝撃の殆どは緩和され、また巨人が倒れている状態でも床は床として下にある。ただ、完全には衝撃を殺せなかったようで、そのためにゴルベーザは倒れ、気絶していたようだ。
「大丈夫ですか、ゴルベーザ様」
そう言って文字通り飛んできたのはバルバリシアだった―――が、以前の彼女に比べ、ゴルベーザを心配している様子はない。まるで床に落ちてしまった “道具” が壊れていないか確認するような、そんな無機質な声音だった。
しかしゴルベーザは、それを違和感として感じることもなく、頷いて起きあがる。バルバリシアや、倒れたままの巨人の様子から、自分が気絶していたのはほんの数秒だと把握しつつ。
「損傷は?」
「倒れた衝撃で各部にダメージがある様子です―――が、運用には問題ないかと」
「ならば良い―――フン、味な真似をしてくれる」映像に映る飛空艇を睨み、ゴルベーザは苦々しく呟いた。
高々度から爆雷を落とす “赤い翼” の爆撃は、このフォールスではもっとも破壊力のある兵器だろう。
だがそれでもこの巨人に対しては傷つけるどころかビクともしない。だから敵はもっと強力で破壊力のある爆弾を用意したのだ。
火薬を詰め込めるだけ詰め込んだ飛空艇を爆弾にするという方法で。だからこそ、爆弾と化した飛空艇の乗組員を別の飛空艇へと乗り移らせたのだ。それでもこの巨人には致命傷は与えられない―――だが、それほどの強い衝撃を受ければ、如何な巨人でも揺らぐ。不用意に歩いている状態なら、バランスを崩してそのまま倒れてしまうだろう。
巨大な巨人ゆえに、それが倒れた時の衝撃は凄まじい。いくら重力制御で緩和出来ると行っても限度がある。同じ事が何度も繰り返されれば、巨人とてただでは済まないだろう。(・・・背後に控えていた飛空艇は巨人に対抗するための “切り札” だったというわけか・・・)
巨人を円状に取り囲む飛空艇は残り9。その全てが爆弾艇とは思えないが、あと幾つかはあるに違いない。
「起きろ」
制御システムに命じれば、命令通りに巨人は立ち上がろうとする―――だが。
「む・・・!」
巨人が倒れた地面に手を置いて起きあがろうとした瞬間、飛空艇に爆撃される。それ自体ではダメージはないものの、身を起こしかけた巨人は衝撃にバランスを崩し、再び地面に倒れる。
それでも巨人は再度、起きあがろうと試みて、爆撃されながらもなんとか立ち上がった―――その巨人の眼前に飛空艇の姿が見えた。さきほどのようにその場に停止しているわけではなくゆっくりと向かって来ている。単調に真っ直ぐ突っ込んでくるだけの飛空艇に、先程と同じ爆弾艇だと察したゴルベーザは、即座に巨人へ命令した。
「振り払―――いや、捕まえろ!」
下手に叩き潰しても爆発するだけだ。ただ真っ直ぐに飛んでくるだけならば、爆発しないように受け止めてしまえばいい。
ゴルベーザの命令を受けて、巨人が飛空艇を捕まえようと手を伸ばす―――その瞬間、ゴルベーザは気がついた。飛空艇の甲板上に、人が乗っていることを。
「なに!?」
てっきり爆弾艇だと思っていたが、そう見せかけていただけだった。巨人が捕まえようと腕を伸ばすと、飛空艇はその手をすり抜けていきなり上昇。ついでに巨人の頭に爆雷を一つ落とす。
爆雷一つでどうにかなる巨人ではないが、小馬鹿にしたようなその一撃に、ゴルベーザは苦々しく舌打ちを一つ。そして、次の命令を出そうと口を開きかけた―――ところで、巨人が何かを察して振り返る。すると、そこには飛空艇が二つ、同じようにこちらへ向かってくるところだった。
甲板上を確認すれば、今度こそ人影は見えなかった。それすらもフェイクかもしれないが、もしも爆弾艇だった場合、まともに喰らえば再び倒れる可能性もある。「避けろ」
同時に二つの爆弾艇を、爆発させないように捕まえることはできない。
命令を受け、巨人は身をかがめてやり過ごそうとする―――「―――なっ!?」
身をかがめ、空を見上げる形となった巨人の視界にあるものを見つけて、ゴルベーザはぎくりとした。
それは飛空艇だった。爆弾艇と見せかけ、ゴルベーザ達を小馬鹿にするようにして上昇した飛空艇。その姿を見て、ゴルベーザはイヤな予感を感じて叫ぶ。「伏せろーーーーーー!」
だが遅い。
ゴルベーザが叫ぶ直前に、遥か高みにある飛空艇はもう一度爆雷を落とす。それは丁度、身を低くした巨人の頭上を通り過ぎようとした爆弾艇に命中、そのまま大爆発を巻き起こす。「ぐうぅ・・・・・・っ!」
至近距離での大爆発を直撃ではなかったものの、不完全な体勢で受けた巨人は、再び地面に倒れ込む。今度は幾分か身を低くしていたせいか、ゴルベーザは倒れるほどの衝撃は受けなかった。
だが、絶対無敵のはずの巨人が、二度も土をつけられたことに、激しい苛立ちを覚える。「おのれ・・・っ!」
「私が参りましょうか?」そう言いだしたのはバルバリシアだ。
空を自在に飛び回れる彼女ならば、飛空艇を各個撃破出来るだろう―――が。「いや・・・もしも集中砲火を受けた場合、流石に耐え切れまい」
バルバリシア1人では、複数の飛空艇を相手にするのは分が悪すぎる。それに上手いこと立ち回れたとしても、運悪く爆弾艇に攻撃した場合、それに巻き込まれてしまえば同じ事だ。
「焦る必要はない。爆弾艇にも限りはあるだろう・・・し、同じ手は二度と喰わない」
ゴルベーザは自分に言い聞かせるように呟き、己の苛立ちを鎮める。
向こうにできるのはこんな足止めだけだ。それ以上の事はできない。この巨人がある限り、これは絶対に負けることのない戦いなのだ―――
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「・・・さて、ここからが正念場だ」
エンタープライズの甲板の舳先で、ロイドは地面に倒れた巨人を睨付ける。
今まではある程度こちらのことを舐めていてくれた事もあるだろう。ロイドの狙い通りに事が進んだ。これでゴルベーザがムキになってくれればラッキーだが、それほど甘い相手ではないはずだ。同じ手は二度と通じないだろうし、実はこちらに爆弾艇は残っていない。
それを何個も作るのはリスクが高すぎる。なにせ一歩間違えれば乗組員ごと―――下手をすれば他の艇も巻き込んで無駄に自爆してしまう可能性があるのだ。(だが、 “切り札” を最も効果的に使うことができた・・・これでこっちを無視する事は出来なくなったはず・・・)
あとは “切り札” が無いことを悟られないように、撃墜されないように立ち回り、限界まで時間を稼ぐだけだ。
「気を引き締めろ! ここからが本番だ!」
起きあがろうとする巨人を眺めながら、ロイドは号令を発した―――