第28章「バブイルの巨人」
H.「巨人の進撃」
main character:ゴルベーザ
location:バロン南部

 

 巨人がバロンの領域を闊歩する。
 不思議なことにその大きな足を踏み出しても、大地が震えることはなく、足が地面にめり込むことも無い。
 山ほどの巨大な巨人だ。それだけの質量のものが、ただ立っているだけならばともかく、歩いたり、さらには走ったりすれば大地が崩壊してもおかしくはないはずだが、その巨人は大地を傷つけることなく進軍する。

 その仕掛けのタネは重力制御だ。
 簡単に言えば、巨人には常に浮遊魔法が付与されているようなもので、流石に宙に浮くことは出来ないが、本来の重量をそれで緩和している。
 付け加えると、巨人内部では重力が固定され、巨人がどれだけ動き回っても、搭乗している者たちは殆ど影響を受けないようになっていた。

 巨人はバロンの領内を進み―――巨人は近くに村があるのに気がついた。
 今、巨人が居るのはバロンの南部。南部には漁村や農村などの集落が数多く存在する。巨人が気がついたのも、それらの村の一つだった。

 巨人は村を見つけると、すぐさま進路を変更してそちらへと歩を進める。
 そしてその足を振り上げ、村を破壊し始めた―――

 

 

******

 

 

 巨人内部の制御室―――

「・・・・・・・・・」

 ゴルベーザはただじっと黙って村が蹂躙されていく様子が映し出される映像を眺めていた。

 制御室、と言ってもそこは殆ど何もない広いだけの部屋だった。
 操縦に必要な操縦桿だの様々なスイッチがあるパネルだのといったものはない。ゴルベーザが見ている映像も、モニターに映し出されたものではなく、まるで見えないスクリーンでもあるかのように、虚空に示されたものだった。

 そう言った操縦機器の代わりに、部屋の中央には黒い球体が浮かんでいた。大人二人が目一杯に腕を広げて、ようやく抱え込めそうな巨大な球体。球体の周囲には、その半分ほどの大きさの黒い球体が漂っている。

 その黒い球体こそが、この巨人を制御するシステムだった。
 巨人を動かすのに細かな操縦は必要なく、この球体に命令するだけで巨人は動いてくれる。それも細かく命令しなくても、ある程度は自己判断で処理して行動してくれる。普通の人間に命令するようなものだ。

「ゴルベーザ様」

 建物が跡形もなく破壊されている様子を眺め続けるゴルベーザに、バルバリシアが声をかける。

「やはり巨人の力は圧倒的ですわね。抗おうとする者すら存在しない―――まあ、逆らったところでこの巨人に敵う存在などありませんが」

 そう言って彼女は邪悪に微笑む。以前のバルバリシアも、決して善良とは言えなかったが、今の彼女にはそれに輪を掛けて禍々しさが滲み出ていた。

「・・・妙だな」
「は?」
「ここも人が存在しない」

 ゴルベーザ達は巨人に命じて、今までにもいくつかの集落やそれらを守るための兵士の駐屯所を潰してきた。
 最初のうちは逃げまどう村人や、弓で迎撃しようとする兵士も居たのだが、途中からは人の姿すら見かけなくなった。

「我らを恐れ、逃げ出したのでは?」

 ルビカンテが横から口を挟む―――が、ゴルベーザは頭全体を覆う兜の下で低く唸る。

「逃げ出したのは間違いないだろう、が、迅速すぎる」

 いきなり巨人が現れたのだ。普通ならばパニックを起こしてしまうところだろう。逃げようとしても何処に逃げればいいか解らずに、逃げ遅れる者や、放心して立ちつくしたり、逆に自棄になって向かってくる者がいてもおかしくはない。
 だというのに、そう言った者は現れずに、巨人は空っぽになった村を破壊するだけだ。

「まるで巨人が現れると解っていたかのようだ。そうでなければここまで綺麗に逃げることはできまい」

 完全に破壊し終わった外の風景を眺めながら、しかしゴルベーザは不満そうに呟く。

 当然、巨人が来ることなど解っていたはずはない。
 しかしこのバロン南部は、かつてエブラーナとの戦争でもっとも戦火に巻き込まれた地域でもある。その時に造られた避難路や避難場所はまだ残されており、さらにはセシルの命令で避難訓練も徹底されていた。
 巨人が戦火の影響の薄かった北部に現れたのなら、かなりの混乱になったのだろうが―――

「・・・判断を誤ったか」

 ゴルベーザ達にくだされた使命は “破壊すること” ではなく “絶望させること” だった。
 黒幕であるゼムスは、とある目的のためにセシルへ “絶望” を与えることを望んでいる。
 だからこそ、ゴルベーザは直接にバロンの城を狙わず、南部から進撃し、じわりじわりと恐怖を与えていくことを選択したのだ。

 バロンの民を殺す事が目的ではないが(それはそれでセシルに打撃を与えられるだろうが)、どれだけ村を潰しても、こうまで見事に退避されているとなると、逆にこちらが不安となってくる。仕掛けたつもりが逆に罠にはまりつつあるような―――

「フシュルル・・・再転移いたしますか?」

 スカルミリョーネの提案に、ゴルベーザは少しだけ悩んだ後、首を横に振った。

「転移には膨大なエネルギーを必要とする。塔の近くであればともかく、ここまで離れているとエネルギーの供給が追いつかなくなる可能性がある―――このまま進む」

 もしかしたら何かしらの罠があるかもしれないが、フォールスの兵器ではこの巨人にかすり傷を付けることすら敵わない。どんな罠でも罠ごと踏みつぶせる自信はある。

「ただし、途中の集落は破壊せずに真っ直ぐ城へ進む。巨人の破壊力をもって、バロンの民へ畏怖せしめるのだ!」

 フォールスにおいて、城は国の象徴とも言える。
 ミシディアのような例外はあるが、基本的に城は国の中枢である。ダムシアンでは城を中心にバザーが栄え、ファブールは城と街が一体化している。

 国の中心に城があるのではなく、城を中心に国が広がっている―――それがフォールスでの国の在り方だ。

 その城が破壊されれば、民が逃げ隠れていたとしても、この上ない喪失感と絶望を与えられるだろう。セシルも平常では居られないはずだ。

 ゴルベーザの命令を受けて、制御システムの黒い球体が淡く光る。
 そして、巨人は城のある北へと足を向け―――すぐに立ち止まる。

「どうした?」

 立ち止まった巨人に対し、ゴルベーザは疑問を呟く。
 すると巨人は僅かに視線を上げる―――その視界が映像となって、ゴルベーザの目の前に表示される。

「あれは・・・」

 視線を上げた先に見えた空はすでに陽が落ちかけて薄暗くなっている。
 その夜になりかけた夕空の向こうから、巨人目掛けて飛来したものは―――

「飛空艇・・・バロンの新しい飛空艇団か!」

 


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