第28章「バブイルの巨人」
G.「王の不在」
main character:ベイガン=ウィングバード
location:バロン城

 

 バロン軍の長達を集めた会議の後、ベイガンは謁見の間に各軍団の主立った者達―――先の会議では呼ばれなかった副官以下、部隊の指揮権を持つ、いわゆる “騎士” の位を与えられた者たちだ―――を集めていた。
 但し、ロイド達飛空艇団 “赤い翼” の面々はこの場にはいない。彼らは “巨人” を止める策のために、出撃準備の真っ最中だ。

「―――以上が、現在バロンが直面している危機である」

 騎士達を集めた理由は勿論、その “巨人” の話である。
 ベイガンは王のいない玉座の脇―――普段通りの位置に立ち、騎士達に向かって、このバロンに向かってゴルベーザ達が操る “バブイルの巨人” 進撃していることを告げた。

 ベイガンの話が終わると同時、謁見の間は爆発的な騎士達のざわめきで満たされた。
 いきなり山ほどの巨人がバロンに攻めてくる、などと言われてもにわかには信じがたい―――が、冗談にしては大仰すぎる。王が不在の時に、騎士達を集めた挙句にそんな大法螺を吹くなどありえない。それを口にしたのが、バロンで一番愚直な男として有名なベイガンならば尚更だ。

 信じられない―――しかし、信じるしかないベイガンの言葉に、騎士達のざわめきはやがて恐怖をはらんだものとなっていく。
 なにせ、このフォールスの力では傷一つ付けるのも難しいと言われたのだ。対抗する手段はなく、ただ黙って蹂躙されるのを待つしかないと言われたも同然である。

 青ざめた不安そうな表情で互いの顔を見合わせる騎士達―――それをベイガンや、会議に出席していた軍団の長(代理)達は黙って見つめていた。

 策はある。
 だが、そのロイドが提示した “策” はあまりにも無茶がありすぎる。まともな人間ならばまず考えない、策を疑うというよりロイドの正気を疑うだろう。
 下手にそんな “策” を伝えてしまえば「無理に決まっている!」と一気にパニック状態になりかねない。

 だからベイガンは騎士達が落ち着くのを待ってから伝えるべきだと判断したのだが。

(・・・そう簡単に落ち着けるはずもないか。なにせ前代未聞の出来事だ・・・)

 ベイガンは祈るような気持ちで騎士達の様子を見つめる。
 ここで騎士達の心が折れ、恐慌状態に陥るようならば策を伝えたところで上手く行くはずがない。
 だが、ざわめきは一向に収まる気配はなかった。

(こんな時、陛下ならば―――)

 どうするだろうか、と座る者の居ない玉座へと目を向けた。
 そこへ。

「ベイガン様! 陛下は、陛下は今どちらに・・・!?」

 騎士の一人が疑問を発した。
 その問いかけは予測の範疇―――だったにも拘わらず、ベイガンは平然とすることはできなかった。

 強張った表情で玉座から騎士達へと視線を戻す。
 その疑問は他の騎士達も同様に抱いていたのか、広い謁見の間に満たされていた喧騒は瞬く間に消え、静まりかえってベイガンの返事を待つ。

「へ、陛下は・・・」

  “現在、体調が思わしくなく伏せっておられる”

 ・・・などと、返事は用意してあった。
 だが、ベイガンの実直な性格が、そんな出任せを言わせなかった。平時ならばともかく、バロンの騎士達が一丸とならねばならぬ時に、頼むべき騎士達に対して嘘で誤魔化せば力を得ることはできないだろうと。

 もっとも、ベイガンの場合、嘘を吐いたとしてもあっさりと見破られてしまうだろうが。

 しかし、かといって “ミシディアに行った後、行方不明だ” などと馬鹿正直に言うわけにはいかない。
 どう答えればよいのか、ベイガンは冷や汗を垂らして必死で思い悩む。
 が、すぐに答えが出るわけもなく、黙するベイガンの様子に、騎士達は再びざわめきはじめ―――た、その時。

「陛下がいないからどうだというのです?」

 騎士達が王不在の不安と不満を口にする直前にそんな声が響き渡った。

 

 

******

 

 

「申し訳ないが、前を通して貰えますか?」

 そんな事を言いながら、騎士達の中から一人の青年が姿を現わす。
 それは騎士ではなかった。
 ベイガンの部下―――つまりは近衛兵だ。

 近衛 “兵” という役職名の通り、近衛兵は “騎士” ではない(ただし、一般の騎士よりも強い権限を持っている)。だからと言うわけではないが、ベイガンはこの場に自分の部下達を呼んではいなかった。自分の部下達にはすでに簡潔ではあるがバロンに危機が迫っていることを告げ、それぞれにやるべき事を命じていたはずだった。

「アルフォンス・・・!」

 ベイガンがその名を呼べば、彼は顔に笑みを貼り付けながら一礼を返す。

 アルフォンス=スートライト。
 かつてカルバッハの反乱の時に、王を護る近衛兵でありながらセシルを裏切り、貴族側についた男だ。
 貴族達が仕込んだ傭兵達を城内に手引きする役目を負っていたが、セシルにあっさりと見破られてしまった。

 ちなみにそれを知っているのはセシルとベイガンの二人だけで、反乱後にセシルはある “役目” を彼に与え、罪に問うことはせずに、今までと変わりなく近衛兵の任についている。
 当然、今回も他の近衛兵と同じように命令を与えていたはずだが―――

「貴様―――」
「・・・・・・」

 何故ここにいる!? と、問いかけようとしたベイガンに対して、アルフォンスは他の騎士達には見えないよう、懐から何かを引っ張り出して見せ、すぐにしまい込む。
 それだけベイガンは顔をしかめながらも口を閉ざし―――アルフォンスは玉座の置かれた段上に上がり、くるりと背後を振り返った。

 玉座のすぐ前に尻を向けて堂々と立つ―――平時ならば不敬罪として即刻ベイガンに斬られかねない行為だが、しかしベイガンは顔をしかめたまま、何も言わない。

「皆さん」

 アルフォンスは騎士達に向けて先程と同じ事を繰り返す。

「陛下がいないからどうだというのです? むしろ、居たからといって何が変わるわけでもないでしょうに!」

 不遜なアルフォンスの物言いに、騎士達は再びざわめき始め―――それが大きくなる前に、アルフォンスはやや早い口調で告げる。

「思い返してください。あの新王が今までやってきたことを! オーディン様の偽物を打倒し、貴族の反乱を鎮圧した―――と言えば聞こえは良いが、実際はファブールとダムシアンを利用してバロンを攻めさせ、その隙を突いて偽王を倒し、貴族の反乱も実際に戦ったのはカイン様やウィーダス様を始めとする騎士達でしょう! よく考えなくても解ることです。結局、陛下は有事の際に何もやっていない! 実際に動いたのは私達です!」

 断言するアルフォンスに対して、騎士の一人が反論の声を上げる。

「しかしそれは、陛下の “策” であり・・・」
「逆に問いますが、貴族の反乱の際に陛下の策がなければ、我々は何も出来なかったと?」
「・・・・・・」

 騎士の誇りとして、そこで「できなかった」とは言えずに騎士は押し黙る。

「確かに陛下の策は効果を示しました―――が、そんな策がなくても私達は貴族如きの反乱など、鎮圧出来たはずでしょう!」

 自分が貴族側の人間だった事は全く出さずに、アルフォンスは続ける。

「あの時にカイン=ハイウィンドが言った言葉、あれ自体は陛下の策だったとしても、言った言葉は真実! もしも忘れたというのならば思い出させて上げましょう! 我らの使命は―――」
「―――民を護るため!」
「―――この国を護るためにある!」

 騎士達から上がった返事に、アルフォンスは頷きを返す。

「毎日毎日、城を抜け出して遊び呆けている陛下などに頼る必要はない! 陛下が居なくても、我々には戦うために必要な意志があり、そして―――」

 アルフォンスはそこでベイガンを振り返り、言う。

「―――巨人を止めるための “策” もすでにある! そうでしょう、ベイガン様?」
「う、うむ」

 いきなり話を振られ、ベイガンは戸惑いながらも頷きを返し―――騎士達を見回す。
 すでに先程までの恐慌の影は無い。
 国を、民を護るために戦いの意志を固め、ベイガンの告げる “策” に注目している。

(もしや陛下、貴方は・・・・・・)

 ある懸念を抱き、ベイガンは “策” を騎士達に説明した―――

 

 

******

 

 

「―――こちらでは私の出番は必要なかったな」

  “策” を説明し終えた後。
 騎士達は荒唐無稽とも言えるその策に驚き、少しは不審を抱く者も居たようだが、特にパニックになることなく、その “策” を成すために三々五々と散っていった。

 アルフォンスも他の騎士達と一緒に退室し―――1人残ったベイガンの背後へと、いつの間にか出現した先王が声をかけた。

「古い人間よりも若い者の方が変革を受け入れやすいか・・・」
「オーディン様」

 渋い顔をして、ベイガンはオーディンを振り返る。

「・・・気づいておられたのですか? 陛下のお考えを」

 ベイガンの問いに、オーディンは苦笑しながら頷いて。

「私も考えた事があるからな」
「やはり」

 以前から疑問は感じていた。
 アルフォンスの言うとおり、セシルはベイガンの隙をついては城を抜け出していた。以前は貴族の反乱を探る、という目的があったにしても、反乱が治まった以降もそれは変わらない。

 王としての役目を放り出しているわけではない。最低限やるべき事はやっている―――が、逆に言えば最低限の事しか行っていない。仕事は極力、ベイガンを初めとする配下の騎士達に回している。

  “赤い翼” 時代のセシルは決して勤勉と言うわけではなかった。
 今と同じように、仕事はほとんどロイドに回していたが、それで遊び回っていたと言うわけではなく、訓練に精を出し、本を読み知識を深めるなどして己の鍛錬に努めていた。
 だが、王となってからのセシルはこれ見よがしに仕事を放り出し、街で遊び歩いている―――ように周囲へ見せつけている。

 セシル=ハーヴィは己がやるべき事をやらないような無責任な人間ではない。ならば、この行動の意味は―――

「陛下は “王” を不要にしようと考えて居られるのですね・・・?」
「おそらくな」

 かつてバロンは愚賢王によって国が傾き、騎士王によって持ち直した経緯がある。
 国を活かすも殺すも王次第。良き王が善政を行えば国は豊かになるが、暴君が王座につけば一代にして国は滅ぶだろう―――セシルはそれを良しとせずに、王の必要ない国へとバロンを造り変えていこうとしているのかも知れない。

「―――王に頼らずに、騎士や国民1人1人が己の意志で国を護り、発展させていこうとすれば、もはや王は要らぬだろう」
「しかしそれは危うくはありませぬか?」

 1人1人が己の考えで―――と言えば聞こえは良いかもしれないが、国としてのまとまりが無くなってしまう危険性がある。下手をすれば、国が二つにも三つにも、それ以上にも分かれてしまう可能性だってある。

「だからこそセシルは試しているのだろう? 王が居らずとも、国が動くのかどうか」
「む・・・」
「そのために、先程の近衛兵に “アレ” を渡したのだろう」

 オーディンの言葉に、ベイガンは驚いて息を呑む。

「っ・・・気づいて居られたのですか?」
「いや、セシルがわざわざ許可を取りに来た。あの剣を託してもよいか、と」

 くく、とオーディンは声を漏らして苦笑する。

「代々の国王も・・・当然、私でもそんな事は考えもしなかった―――あいつは本当に面白いな」
「笑い事ではありませぬ」

 はあ、とベイガンは嘆息する。
 それを見てオーディンはもう一度静かに笑い声を上げて。

「それでは亡霊はこの辺りで引っ込むとしよう―――ベイガン、セシルとこの国を頼むぞ」
「ハッ! 命に―――」

 命に代えましても、と言いかけて言葉を止める。
 少し考えてから、ベイガンは自分の腰にある剣を手を置いてから言い直した。

「―――この剣にかけて」
「良い返事だ」

 嬉しそうに微笑み、オーディンの姿はその場から掻き消えた―――

 

 


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