第28章「バブイルの巨人」
F.「轍」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン城

 

 シュウはバロン城の廊下を歩かされていた。
 前と後ろに二人ずつ、近衛兵がついている。早い話、牢屋へと連行されている途中だった。

 ロイドが「策がある」と言った直後、流石に敵側のスパイかも知れない者にそれを聞かせるわけにはいかないと判断されたのだろう。シュウは会議室を追い出され、牢屋へ入れられることとなった。まあ、妥当な判断だとは思う。

 ―――大丈夫でしょうか?

 不意に、不安そうな―――というか不信そうな呟きが、シュウの頭の中だけに響いた。

 その言葉はロイドの “策” とやらに対する疑念だ。
 巨人の情報を与えたが、それだけであの巨人をどうにかできるとは思えない―――が、それでもセシル=ハーヴィならば何かしら活路を見いだすかとシュウ達は期待していたが、残念ながらバロンの王は姿を見せなかった。
 臆病風に吹かれて隠れてるというのでなければ、なんらかの事情でこの国には居ないということだろう。

(・・・さあ、どうかな。なんにせよ私にできることはこれで終わり。後は、ゴルベーザやバルバリシアたちが救われる事を祈るしかない・・・)

 ゴルベーザ達がバブイルの塔を起動し、月へと昇る直前、シュウはバルバリシアにバブイルの塔のクリスタルを託された。
 その時に、ゴルベーザが “ゼムス” という月の民に操られていること。バルバリシア達はそれと決着を付けるために月へ行くことを聞いて、さらには自分達が敗北した時の “保険” として、巨人の情報が詰まったクリスタルをバロンへ届けてくれと頼まれた。

 バブイルの塔の本来の姿―――それは “巨人” を運用するための基地だった。
 単に月へと渡るだけならば、世界各地に眠っているはずの魔導船を探し当て、掘り起こした方がリスクが少ない。なのにわざわざクリスタルを集め、塔を起動させたのは “巨人” を使用するために違いないと。

(その巨人が姿を現わしたと言うことは、バルバリシア達が敗北したと言うこと―――か)

 軽く嘆息して、シュウは足を止めた。
 背後の近衛兵も同じように足を止めて「おい?」と怪訝そうな声を発する―――瞬間、虚空から小さな影が出現し、兵士の顔面に飛びつく。

「うわあっ!?」
「キャハハハハッ!」

 突然の奇襲に、兵士はバランスを崩し、そのまま背後へと倒れ込んだ。ゴン、と頭をぶつけてそのまま気絶する。
 その騒ぎに前方を歩いていた兵士が振り返る―――のを狙って、シュウはその足を払う。綺麗にすっ転んだ兵士の上に、今度は丸い巨体が出現して押しつぶすようにそのままフォール。

「シュウ様」

 と、シュウの傍らに長身の女性が姿を現わした。彼女は持っていた槍の刃で、シュウの縛めを断ち切る。
 解放された手首を回しながら、シュウは長身の女性へ微笑みかける。

「ありがとう、ラグ」
「ドグです」
「あら、ごめんなさい」

 気まずげに謝ると、ドグは澄ました顔で「いえ」と呟き。

「それよりも目的は果たしたのですから長居は無用です」
「そうだな」

 その言葉に異論はなく、シュウは疑似魔法を使い、メーガス三姉妹と共に転移する。
 後には、気絶した兵士が二人だけ残されていた―――

 

 

******

 

 

 ―――と、シュウがあっさりと脱走していた頃。
 会議室では、丁度ロイドが ”策” を説明し終えたところだった。
 その “策” を聞いて、ロイド以外の誰もが難しい表情をしている。先程はロイドの肩を持ってくれたベイガンですら、難色を示していた。

 やがて。

「―――無茶なっ!」

 どんっ、とテーブルを叩き、ウィーダスが声を荒らげた。

「ウィーダス、少し落ち着け」

 気を昂ぶらせているウィーダスを窘めたのは、竜騎士団の代表としてこの場に来ている老人だった。
 正確には “元” 竜騎士の老人で、かつてのエブラーナ戦争でオーディン王やウィーダス、それにカインの祖父と共に戦った竜騎士だったが、その戦争で片足を失ってしまい、一線を退いていた。戦えぬ身体となってしまったが、それ以降は竜騎士団のご意見番として、竜騎士達の指導にあたったり、相談に乗ったりしている。

 長であるカインや、その副官であるカーライルが不在のために急遽引っ張り出されてきた人物だった。

「バイス、貴様はこの与太話に賛同するというのか?」

 ウィーダスがかつての戦友に問う。
 しかし元竜騎士―――バイス=トルーパーは直接には答えず、視線をシドへと向ける。

「与太話かどうか、ワシらには計れまい―――のう?」
「ふむ・・・」

 話を振られ、シドは投影されたままの巨人のデータを眺め―――やがて首を横に振った。

「―――無理だゾイ。やってやれんことはないじゃろうが、いかんせん時間がなさすぎる。 “巨人” の移動速度からして、遅くとも明日の朝にはここに辿り着く。それまでに “準備” を終えるのは不可能だゾイ」
「やはり与太話ではないか。それでよくも陛下に任されるなどと大口を叩けたものだな!」

 非難するようなウィーダスの言葉に、しかしそんな反論など予測していたと言わんばかりにロイドは態度を崩さない。

「時間は私が稼ぎます」
「ほう。決して破壊出来ぬ巨人相手にどうやって時間を稼ぐというのだ!?」
「・・・飛空艇団 “赤い翼” の力を舐めないでいただきたい」

 その言葉は怒鳴るでもなく吼えるでもなく、とても静かな言葉だった。
 にも関わらず、その言葉には強い力が秘められているかのように、ウィーダスは思わず気圧され、反論することを忘れた。
 対し、ロイドはウィーダス達に背を向け、そのまま会議室を出ようとする。

「何処へ行く!?」
「出撃します。時間が惜しい」

 扉の手前で足を止め、ロイドは振り向かないまま答える。

「俺の事を100%信頼しろとは言いません。正直、陛下のように上手くやれる自信はない―――けれど、少しでも信じてくれるのならば・・・後のことはお願いします」

 それだけを言い残して、ロイドは会議室を後にした。
 後に取り残された面々は互いに顔を見合わせた。

「どうするべきか・・・?」
「どうするもなにもない。あんな荒唐無稽な策などに乗れるはずがない!」
「しかし巨人を止めるにはそれしかないというのも事実」
「ですよねえ? ここで話し合っていても、巨人が来るのを待つだけですよ」
「・・・一旦、国民を国外へ脱出させるというのは? 飛空艇やデビルロードを使えば・・・」
「逃げ出した後はどうするというのか!? 結局、巨人を倒さねばバロンに未来はない」
「ああ、こんな時に陛下は一体何処へ行ったというのか」

 誰かがぽつりと漏らす。
 バロンは王国だ。王の下に国が成り立っている。国にとって重要な決断を行う時は、必ず王が決めなければならない。
 その王がこの場にいない―――だから戦うにしても退くにしても、決めようがないのだ。

 それは特にウィーダスやバイスなど、古くからずっとそういうシステムでやってきた者たちほど影響が強い。
 ロイドに反発していたのも、なにも彼の事を認められないというだけではない。国の命運を決める決断を王以外の者がやることなど慣習が無いため、受け入れ難いのだ。

「戦うにしても逃げるにしても、陛下不在のまま決めるには―――」
「―――再び過ちを繰り返すつもりなのかね?」

 不意に会議室内に、この場には居ないはずの者の声が響き渡った。

「この声は・・・まさか―――」

 呆然とウィーダスが目を見開くその先。
 本来は王が座るべき上座の位置に、騎士の鎧に身を包んだ老人が出現する。

「オーディン陛下・・・!? まさか、そんな・・・」
「久しいな、ウィーダス」

 騎士王オーディンは穏やかに笑う―――のを、ウィーダスは信じられない想いで見つめていた。

「陛下はゴルベーザの手の者に殺されたはず」
「うむ、殺された。ちゃんと死んでおる」
「は?」

 理解できなかったのだろう。戸惑うように間の抜けた声を出したウィーダスに、オーディンは眉をひそめた。

「わからぬか? つまり私は幽霊というやつなのだ」
「・・・・・・」

 やはり理解出来なかったらしい。
 ウィーダスは困惑しきった表情で、何も言えずに口をぱくぱくと開閉させている。

 と、その代わりにとリックモッドが引きつった顔で尋ねる。

「その・・・化けて出たってことですかい?」
「そのとおりだ。・・・そうか、化けて出た、か。解りやすいな。今度からそう言うとしよう」

 うむうむ、と感心したように呟くオーディンを見て、ウィーダス達はようやく理解する。
 この反応。間違いなくオーディン王であると。

「素晴らしい! 陛下の国を想う気持ちが未練となり、幽霊となってこの世に残ったわけですねー!?」

 ぱちぱちぱち! と、大仰に拍手する黒魔道士に、オーディンは否定するように手を振った。

「あ、そういうのとはちょっと違うようでな―――・・・というか、お前はなんという名前だったかな?」
「超ショック!」

 オーディンに問われ、黒魔道士はばたんとテーブルの上に突っ伏した。

「オ、オーディン様も忘れられていたなんてー!」
「いやいや、ちゃんと覚えておる。単に名前を忘れただけだ」
「それでもショック!」

 テーブルに突っ伏したまま黒魔道士はさめざめと泣く。
 それを放っておいて、クノッサスがオーディンを見つめ、神妙に頷いた。

「―――確かに仰るとおり、幽霊・・・つまりアンデッドとは違うようですね。ダークフォースが感じられません」
「そうだろう。・・・む、待て。そうなると “化けて出た” というのは少し不適切なのか?」
「いや、その辺りは今はどうでも良いでしょう」

 なんだか話があらぬ方向へ脱線していくのを聞いて、ベイガンが止める。

「オーディン様。 “過ち” とは一体・・・?」

 ベイガンの問いにオーディンは「うむ」と頷いて、ベイガンにではなくウィーダスへ視線を向ける。

「かつてのエブラーナとの戦争の過ち―――そう言えばウィーダスには解るはずだな?」
「!」

 その言葉にウィーダスは息を止め―――やがて、意を決したように立ち上がる。
 それはウィーダスだけではない。会議室へ集まった他の面々も頷き合い、同じように立ち上がる。

「解りました。エブラーナ戦争と同じ轍を踏むわけにはいきませぬ―――騎士は騎士の成すべき事を成すとしましょう!」

 

 

******

 

 

 ウィーダスの宣言の後、その言葉を実行するために会議室に集まった面々は次々に退出して言った。
 そして後にはオーディンとベイガンだけが残される。

「・・・すまなかったな」
「オーディン様?」

 突然の謝罪に、ベイガンは訝しげにかつての王を振り返る。

「すでに私は死した身だ。本来ならばこうして口を挟むのは良い事ではない」
「いえ」

 と、ベイガンは首を横に振る。

「オーディン様が出てこなければ、あのまま無為に時間を失っていたでしょう。そうなればロイド殿の “策” が台無しになるところでした」
「ロイド=フォレスか」

 実の所、オーディンはロイドの事を良く知らない。ロイドは元々は貴族側の人間であり、王とはいえ騎士よりのオーディンとは縁は薄かった。直接に言葉を交わしたことも無かったように思う。
 しかし、先ほどのロイドの言動を見て思うのは。

「セシルは良い副官を持ったようだな」
「アーサー殿を思い出しますか?」

 即座にベイガンが口にした名前に、オーディンは少し驚いてみせる。
 そんな騎士王に対し、ベイガンは苦笑して。

「エブラーナ戦争のことを引き合いに出したのも、ロイド殿をかつてのアーサー殿に姿を重ねたからでは?」

 エブラーナとの最後の戦争の時。
 バロンは絶体絶命の窮地に立たされていたにも関わらず、貴族たちは己の身の安全のことしか考えていなかった。当時、貴族の配下であった騎士たちは、そんな貴族たちを守る命令しか与えられず、そのままエブラーナの忍者たちに攻め滅ぼされてしまうのを待つしかできなかった。

 先程、オーディンが言った “過ち” とはそのことだ。

 そんな時に一人の騎士が立ち上がる。
 アーサー=ランドール。
 後に聖剣エクスカリバーに選ばれ、バロン陸兵団の長となって永い間オーディン王の力となった騎士。

「・・・アーサー殿がご存命ならば、と事あるごとに思わずには居られません」

 本当に惜しい人物を亡くした、とベイガンは思う。
 アーサーはゴルベーザが事を暗躍する数ヶ月前に病没していた。
 もしも彼が生きていたならば、あそこまでゴルベーザに良いようにはさせなかっただろう。アーサー=エクスカリバーはオーディン王が最も信頼していた騎士だ。彼の騎士ならば、オーディンの偽物にも惑わされることは無かったはずだとベイガンは確信している。そうであれば、ゴルベーザがクリスタルを集めきることもできなかったかもしれない。

 かつてオーディンの偽物に惑わされていたベイガンは、その事を悔やんでも悔やみきれない。アーサーが没していたならば、その代わりを自分が果たさなければならなかったのにと。
 そんなベイガンを見て、オーディンは呟く。

「歴史を知るものは皆、 “アーサー=エクスカリバーがあの時立たなければ、バロンという国は失われていた” という」

 アーサーは結局エブラーナの侵略を止めることはできなかった。
 その進撃を遅らせただけで、実際にエブラーナの侵攻を食い止めたのは、その後にバロンへ帰還したオーディンである。
 だが、アーサーが立たなければオーディンは間に合わなかっただろう。

「後世の歴史家はまた同じ事を言うのだろうな “ロイド=フォレスがいなければ、バロンという国は失われていた” と」
「オーディン様・・・?」
「ベイガン、今は悔やむべき時ではないぞ。かつてのアーサーと同じように、ロイド=フォレスが大敵に立ち向かおうとしている。ならばお前の成すべき事は?」

 問われ、ベイガンの表情が引きしまる。
 彼は迷い無く、淀みのない口調で即座に答えた。

「陛下がお戻りになられるまで、この国を護ることです」

 その返事に、オーディンは「うむ」と微笑みながら頷いた―――

 


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