第28章「バブイルの巨人」
D.「破壊不可能」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン城

 

「―――これが “バブイルの巨人” じゃ」

 テーブルの上に投影された “巨人” の姿を指し示し、シドが説明する。
 当然実物大ではないが、その姿は確かにロイドが目にした巨人の姿だ。

 その像は、会議を行っていたテーブルの中央に置かれたクリスタルから投影されていた。
 それはシドが連れてきたシュウが手にしていたものだった。

「このクリスタルには虚像だけではなく、バブイルの巨人に関するデータが全て記録されておるゾイ」

 と、そんなシドの言葉に反応したかのように、 “巨人” の周囲に細かな文章がずらっと表示されていく―――が、どうも現代では使われない、随分と古い文字らしい。ロイドも文字自体は目にしたことあるが、殆ど読むことは出来なかった。

「ほほう・・・随分と無茶な性能ですなー!」

 感心したように声を上げたのは、黒いローブに身を包んだ魔道士だった。一応、バロン軍の一つである黒魔道士団を率いる長―――だが、ロイドにはその名前を思い出すことは出来なかった。魔法技術においてはミシディアに頼りきりで、バロンそのものの魔法技術は近年まで皆無に等しかった。クノッサス導師の招聘、飛空艇団を創設するためにシドがミシディアへ留学などしたりして、バロンにも黒魔道士団、白魔道士団が創られたが、白魔道士団に比べて黒魔道士団は影が薄かった。

 その理由は単純で、需要が低いためである。
 黒魔法の華と言えば攻撃魔法―――だが、単純に攻撃力で考えるならば、暗黒騎士団や飛空艇団―――そしてカイン=ハイウィンド率いる竜騎士団には敵わない。
 それに、白魔道士団の様にクノッサス導師のような熟練の魔道士が居るわけではなく、黒魔道士団の長でも大した魔法は使えない。おそらく、まだ子供のパロムにすら劣るだろう。

 周囲からは、あってもなくてもどうでもいいような軍団だと思われ。税金の無駄遣いと思われているような連中である―――が、だからこそ、今の発言にロイドは眉をひそめた。

「あの、読めるんですか?」
「普通は読めるでしょう」

 普通は読めません。
 何言ってるんだね君は? とでも言いたげに首を傾げる魔道士に、内心イラッとしながらもつとめて平静に尋ね返す。

「すいません、どうも不勉強で」
「むう? これくらい、学校で習わなかったのかね?」

 習うわけねーだろボケが!
 ・・・とでも言ってやりたかったが、ロイドはそれを必死で抑え込んだ。
 一般の学校ではまず目にしない文字だ。ロイドも大学で “こういう文字がある” と聞いた程度に過ぎない。

(・・・なんとなく、ローザさんなら普通に読めるような気もするッスけど)

 普段の言動はアレだが、ローザは割と博識で、まず普通の人間では知らないような事を当たり前に知っていたりもする。

「それで、なんと書いてあるのですか?」

 問いかけたのはクノッサスだった。高位の白魔道士でも読めないものなのかと思ってみていると、それに気がついたのか、クノッサスがゴホンと咳払いして、気まずげにロイドの方を見る。

「・・・辞書を引きながらならば訳せますが、さすがに素で読むのは私には無理ですな」

 ということは、この魔道士って割と優秀なのか? と、名も知らぬ魔道士に皆の視線が集まる。

「おおっ? なにか注目を浴びている? 僕の時代!? 僕の時代がやってきた!?」

 自分を注目していることに気がついた黒魔道士が妙に興奮し始めた。普段、全く注目されない反動なのかも知れない。イライラを通り越し、うんざりとしてきたロイド―――周囲の面々も皆似たような感じだった―――は、ブン殴りたい衝動にかられながら、先を促す。

「あの、時間もないので説明を―――」
「ふっふっふ・・・知りたい? あ、知りたい? ならば説明して差し上げ」
「結論から言うと、ワシらにはこの巨人を破壊する手段がない」

 黒魔道士の言葉を遮り、シドが簡潔に告げる。それを聞いて、黒魔道士が「あー!」と悲鳴をあげた。

「ひどいやシドさん! 今、僕が言おうとしたのに!」
「お前がさっさと言わんからじゃっ! 全く、いつまで経っても成長のない・・・!」
「えーと、親方。その “破壊する手段がない” って・・・?」

 ロイドがシドに尋ねると、技師長は黒魔道士の事を無視してキッパリと答えた。

「言ったまんまじゃよ。ワシら―――少なくともこのフォールスには、アレを破壊する力は存在せん。人間の武器では話にならんし、飛空艇の爆撃でも連続で投下してよろめかせられるかどうか―――それほどの強度を持っておる」

  “赤い翼” の爆撃は、ダムシアンの城を半壊させるほどの威力を秘めていた。おそらくは、このフォールスでもっとも強力な兵器のはずだが、それが通用しなければ、確かに破壊する術はない。

 シドの言葉の意味を理解し、会議室の面々の表情に今までにない緊張が走る。
  “巨人” の存在に懐疑的だったウィーダスやリックモッドも、ようやく事態の深刻さが飲み込めてきたらしい。

「本当に、そんなものがこのバロンに・・・?」

 ウィーダスが問うと、ロイドが頷いた。

「今は山の向こうに居るために見えませんが、それを過ぎればここからでもはっきり見えるでしょう」

 巨人が現れたバロンの南端と、この城の間には高い山脈がある。
 飛空艇ならばひとっ飛びだが、幸いにも巨人には飛行能力はないようだ。なので、山を越えるにしても迂回するにしても、それなりに時間は掛るはずだ。

 だが、時間が掛ると言ってもいずれはこの城へとやってくる。それまでにどうにかしなければならない。
 シドに向けて「攻撃魔法は?」「ダークフォースではどうか!?」という質問が次々に飛ぶが、シドは首を横に振るばかりだ。

「陛下ならば対抗出来るかもしれませんがねー」

 不意に、そんな言葉が会議室に投げかけられ、それまでざわめいていた室内が静まりかえる。
 発言をしたのは黒魔道士だった。彼は「お♪」と、再び自分に注目が集まったのに気がついて喜色満面の笑みを見せたが、シドがジロリと睨むと必要以上に勿体振った様子はみせずに告げる。

「僕も情報としか聞いてませんがねえ。陛下が何度か見せたデスブリンガー最大出力のダークフォース。或いは、ダークエルフの王を倒したというパラディンの真の力。そのどちらかならば、この “巨人” にもダメージを与えられるでしょうねえ」

 世界の力を借り受けた光の力とそれに匹敵する闇の力だ。いくら巨人が強大だろうと、この世界に存在するモノである以上、その力が通用しないはずは無い。

 それを聞いた会議室の面々に希望が見えた―――そう思った瞬間に、黒魔道士は尚も続ける。

「けれど、問題が二つありますねえ」
「・・・問題?」

 聞きたくなかったがそう言うわけにもいかず、ロイドが代表して尋ね返す。
 その疑問に、黒魔道士は「待ってました!」と何故か嬉しそうに指を一本立てる。

「一つは、デスブリンガーが敵に奪われていると言うこと。暗黒騎士も聖騎士も、剣がなければ無力ですしねえ」

 あっはっはー、と笑う黒魔道士に、暗黒騎士であるウィーダスが不機嫌そうに睨む―――が、魔道士はそれに気づきもしなかった。
 だが、黒魔道士の言うことは正論で、剣がない以上、世界の力を使う以前の話だ。

「まあ、聖剣のアテはもう一つあるから、問題ないでしょうけれどー」
「・・・エクスカリバーですな」

 ベイガンがその名を口にすると、黒魔道士は「正解」と頷きを返す。
 ただし、そのエクスカリバーは地底に居るバッツが持っている。巨人がバロンを破壊するまでにバッツが戻ってくるかは神のみぞ知るところだ。

 続いて、魔道士はさらに指を一本立てる。

「二つ目。陛下が聖剣を手にしたとして、その力を発揮出来るかという問題。パラディンの力の発動には、色々と条件が必要みたいですしねえ」

 聖剣が完全に力を発揮するのは “世界の敵” と相対した時のみだ。 “巨人” は確かに強力な兵器だが、それを世界が “敵” と認めるかどうかは解らない。

 魔道士はさらに三本目の指を立てて続けた。

「陛下自身がその力に耐えきれるかと言うこと。パラディンの力は強力だけど、だからこそ人の身で耐えきれるもんじゃない」

 幸運にも、今まで “世界の敵” と呼べる相手はアストスのみだ。そのアストスも、聖剣の力の前にあっさりと倒されている。だが、もしも長時間 “世界の力” をフルパワーで発揮しなければならないとしたら、セシルが自滅する可能性が高い―――そう、魔道士は言っているのだ。

「四つ目―――」

 皆が押し黙る中、魔道士はさらに指を立てる―――のを見て、ロイドが「問題は二つだけじゃなかったのかよ!」と口調を荒らげてつっこむが魔道士は無視。

「―――ぶっちゃけ、一番の問題は陛下がこの場に居ないことですよねー。当人が居なければ何にもなんない」

 あっはっはー! と、軽快に笑う魔道士に、周囲の者たちは言いようのない表情を見せた。

「問題が多いですな。特に三つ目と四つ目」

 ベイガンが頭を抱えながら唸る。
 セシル本人が居なければどうしようもなく、また居たとしても国王が死にかねない方法を選択するわけにはいかない。

「他に手は!?」
「後は封印級の魔法ですかね。テラ様が使ったという “メテオ” ならばそれなりに通用するんじゃないでしょうか。もう一度放てるかどうかは疑問ですが」

 ゾットの塔でテラが使ったという “メテオ” 。
 しかしあれは本来は封印されている魔法であり、 “石版” とやらがあったから使えたとも聞いている。しかも術者が命を賭けなければならぬほどの大魔法だとも。

 巨人を倒すために、一人分の命で事足りるならば安い買い物かも知れない―――が。

「けれどそのメテオでも破壊しきれるかは解らない、と」
「絶対に無理でしょうねー。何度も何度も撃てば行けるかもしれませんが。あっはっはー」
「何がそんなに可笑しいのか!」

 遂にキレたベイガンが、バンッ、と机を叩いて立ち上がる。
 しかし黒魔道士は特に反応を見せず、笑ったまま告げる。

「だって笑うしかないじゃないですか。どうしようもないですし」
「だからと言って―――」
「どうしようもないことはないゾイ」

 そう言って、シドはブイっと二本指を立てた―――

 


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