第28章「バブイルの巨人」
C.「威を借る者」
main character:ロイド=フォレス
location:バロン城

 

「なんだか騒がしいのう」

 地底から帰還したシド達が、バロン城の飛空艇ドッグに降り立つと、そこでは新しい赤い翼の兵士(元は海兵団)や、シドの弟子である飛空艇技師達が忙しそうに走り回っていた。
 ドックには、赤い翼の飛空艇がほぼ揃っていた。ざっと見たところ、現在姿が見えないのはエンタープライズと、エッジ達をエブラーナに送り届けた飛空艇だけだ。ここ最近、赤い翼は哨戒や訓練を主とする様々な事由で出払っていることが多い。全てではないにしても、ここまで飛空艇が揃うのは久方ぶりだ。

 シドの見たところ、兵士や技師達が忙しそうに走り回っているのは、それらの飛空艇の整備や補充のためのようだった。

「あ、親方!」

 技師の一人がシドの姿を見つけ、駆け寄ってくる。

「なんじゃなんじゃあ? 戦争でも起こす気かあ?」

 ふぇっふぇっふぇっ、と不気味に笑いながら、ルゲイエも飛空艇を降りてきた。その後ろからは、兵士に取り囲まれたシュウも続く。
 技師はルゲイエの笑い声に、かすかに嫌悪の表情を浮かべたが、そのまま無視してシドへと告げる。

「こっちも良く解ってないんですが、なんでも “巨人” が出たとかで。それでロイドさんが、哨戒任務中の飛空艇を全て呼び戻し、戦闘準備をしておけと・・・」

 その技師も言ったとおりに状況が飲み込めていないのだろう。怪訝そうに、歯切れ悪く説明する。
 だが “巨人” という単語を聞いて、シド達の表情に緊張が走る。

 シドは神妙な面持ちで、背後のシュウを振り返った。

「・・・アンタの言葉が当たったようだゾイ」
「当たってほしくなかったけれど」

 そう言って、シュウは自分の手の中の物を強く握りしめた―――

 

 

******

 

 

「 “巨人” だと・・・?」
「はい」

 会議室に集まった面々を、席を立ち上がりロイドは見回してから頷いた。

「エブラーナの王子と同行したテラ殿からの通信によれば、それはバブイルの塔から出現したとのこと。おそらくはゴルベーザの秘密兵器ではないかと思われます」

 ロイドが言うと、会議室のあちこちから唸るような声が聞こえた。
 会議室に集まったのは、バロン八大軍団の長達だ―――とはいえ、ロイドも含めた何人かは正式な長では無く、 “代理” としてこの場にいる。さらに付け加えれば、海兵団は飛空艇団と陸兵団に吸収されているので、ここに集まっているのは残りの七つの軍の長(或いはその代理)と言うことになる。

「ゴルベーザの目的はおそらくはこの城であるかと思われます。いまさら、何故バロンを狙うのかその理由は不明ですが、移動方向からして間違いはないかと」
「・・・しかし、だな」

 ギロリ、と眼光鋭くロイドを睨む者が居た。
 その視線を受けて、ロイドは背筋が寒くなるような錯覚を覚える。
 ウィーダス=アドーム。
 八大軍団の一つ、暗黒騎士団を束ねる長であり、この会議室の中に居る者の中では最も古参の人間だ。

「その巨人とやらが “本当だったとして” 、これほど性急に対応する必要があるのかね?」

 どうやらウィーダスは、ロイドの報告に懐疑的らしい。確かに “山のような巨人” がいきなり現れたと言っても、実際に目にしなければ素直に信じられるものではない。流石に会議まで開いたのだから嘘だとは思ってはいないだろうが、誇張したか見間違えたかくらいは思っているのだろう。

「聞けば、勝手に飛空艇を招集し、戦闘準備を進めていると聞いたが・・・」
「う・・・っ・・・」

 威圧するような視線に、ロイドは言葉を失う。
 一応、ロイドは飛空艇団の副官である。緊急時に、体調が居なければ代わりに飛空艇を招集する権限を持ってはいる―――が、それにはまず今が緊急事態であると認められなければならない。
 そして、それを認められるセシル王は城には居ない―――つまり、理屈上は今は緊急時ではない。にも関わらず、陛下の命令で哨戒任務にあたっていた飛空艇を勝手に呼び戻すと言うことは、命令違反として罰せられても文句は言えない。

「だよなあ。その “巨人” ってのがどんなものかは知らねーが、陛下の帰りを待っても良かったんじゃねーのか?」

 乱暴な口調でそう言ったのは、陸兵団長の代理としているリックモッドだ。彼はくだけた調子で頬杖をついて、半笑いを浮かべてロイドを眺めている―――が、その目は笑っていなかった。

(・・・まさか、この二人が立ちはだかるなんて・・・!)

 ロイドは内心で冷や汗をかく。
 まさか状況説明しただけで、険悪な視線を向けられるとは思わなかった。しかもウィーダスは説明したとおりだが、リックモッドもそれなりに古株の人間だ。この二人に敵視されることは会議での発言権を奪われることに等しい。

 何故二人がロイドを敵視しているかと言えば、どうも勝手に軍団の長を招集して会議を開いたり、戦闘準備を進めていることが気に入らないらしい。

 ウィーダスもリックモッドも、どちらかと言えばセシルの事を一目置いている。だからロイドの事も、セシル=ハーヴィの副官として、それなりに認めているはずだった。

 ―――しかしだからこそ、ロイドがセシルの居ぬ間に勝手に動くことを良しとしないのだろう。まるで陛下の威を借りているように感じてしまうのかも知れない。

「い、いえ、陛下はいつお戻りになるか解らない状況。陛下を待っていれば手遅れになる可能性も・・・」
「しかしそれを勝手に判断しても良いというわけではあるまい? ・・・それとも、陛下の副官であった貴様にはその権限があるとでも?」
「う・・・・・・」

 ウィーダスの言葉に、ロイドはなにも返すことは出来なかった。
 ハイと答えれば更に不況を買うだけだろうし、イイエと答えれば会議は終わってしまう。

(陛下ならばおそらくイイエと答えるんだろうなあ)

 まず間違いないという確信があった。そしてその上で―――全てを覚悟の上で強引に事を推し進めようとするのだろう。しかしそれは、カインやリックモッドと言った有力な人材がついてきてくれるからだ。この状況でロイドが同じ事をやれば、反逆者として牢屋にブチ込まれてしまうのがオチだ。

 かといって、ハイと答えたならばウィーダスとリックモッド―――つまり、暗黒騎士団と陸兵団は、絶対に協力してくれないだろう。

(駄目だ、八方塞がりだ・・・!)

「何も言うことがないのなら、会議は終わりだ」

 沈黙するロイドに、ウィーダスが席を立とうとする。

「待っ・・・」
「お待ちください、ウィーダス殿」

 引き留めようとしたロイドの声を遮るように、凛とした声が会議室に響き渡る。
 ウィーダスは、浮かせた腰を椅子に戻し、声の主を睨んだ。

「何か言いたいことがあるのか―――ベイガン?」

 言葉を投げかけられ、ベイガンは頷くとちらりとロイドの方を向く。

「ロイド殿が行ったことは、全て私が命じたものなのです!」

 その言葉を聞いて、その場の誰もが即座に同じ事を思った。
 絶対に嘘だ、と。
 うさんくさそうな視線で見られていることにも気づかず、ベイガンは淡々と告げる。

「ロイド殿から “巨人” の報告を聞いて、これは一大事とロイド殿に飛空艇を招集させ、皆様を集めたのもこの私で―――」

 と、そこで周囲の視線に気がついたらしい。
 やや動揺したように言葉を止め、コホン、と咳払いを一つ。

「その・・・・・・ほ、本当ですぞ?」
「嘘つけえ!」

 叫んだのはリックモッドだ。

「それが本当だとしたら、最初っから言ってるはずだろ」
「そうだな。ベイガンの性格からして、ロイドが責められた時に即座に弁護しているはずだろう」

 ウィーダスも続いて言うと、ベイガンは目を白黒させながら泡喰ったように弁解する。

「い、いえ、その・・・ついうっかりしてまして―――」
「いや、もういいですから」

 そもそも、側近とはいえベイガンに陛下と同じ権限があるかと問われればノーだ(それでもロイドよりは周囲も納得しやすいかもしれないが)。
 それでもロイドは苦笑しながらも「ありがとうございました」と、ベイガンに一礼。味方の居ない中、擁護してくれたことが素直に嬉しかった。

 少し気が楽になったせいか、どうすれば良いかが見えたような気がした。
 再びウィーダスへと向き直り、睨んでくる鋭い瞳を怖じけずに見つめ返す。

(何を勘違いしていたんだ、俺は)

 心の中で思うのは、セシルの姿だ。
 先程のウィーダスの言葉。セシルならば「勝手に動く権限などない」とハッキリ言い、しかし己が正しいと判断した道を往くのだろう。そんなセシルに、カイン達も付き従おうとする。

 だが、セシルは別にカイン達が居なくても―――たった一人でも、それが正しいと思えば往くに違いない。
 何故ならば、セシルには誰よりも強い “覚悟” があるからだ。例え、自分を含めた誰かが傷つこうとも、選んだ道が間違っていたとしても、それでもその時に正しいと決めたならば往く、という覚悟。

「私は、間違っていません」
「ほう」

 僅かにウィーダスの視線が緩む。
 どこか愉快げな響きを含ませ、彼はロイドに向かって問いかけてくる。

「では、陛下の代わりの権限があるとでも?」
「はい」

 頷く。
 まさか肯定されるとは思っていなかったのだろう。ウィーダスは怪訝そうに眉を寄せ、他の面々も驚いたように目を見張る。
 そんな中、ロイドは構わずに告げた。

「私は陛下の―――セシル=ハーヴィの副官です。昔から変わらずに・・・今も!」

 そんな当たり前の事を、どうやら忘れていたらしい。
 唖然とするウィーダスに向けて、ロイドはにやりと笑って告げる。

「だからこそ断言出来ますが、陛下がこの場にいたのなら、私にその権限を与えてくれたでしょう」

 まさに虎の威を借る何とやらだな、とロイドは心の中で苦笑。
 実際、その通りなのだから仕方がない。自分にはセシル=ハーヴィほどの覚悟もないし、追従してくれる者も居ない。ならば、陛下の威を借りてでも、己の成すことを成すしかない。

「・・・そんな暴言が通用するとでも―――」
「しますよ」

 なんとか反論しようとしたウィーダスの言葉を、遮ったのはロイドではなく、またもやベイガンだった。
 しかし先程狼狽えていたのが嘘のように、真摯にウィーダスを見つめ返す。

「ロイドは間違いなくセシル陛下の副官です。それは陛下が赤い翼の長であろうと、一国の王となろうが変わりませぬ」

 ロイドに向けられていたウィーダスの視線が近衛兵長へと向けられる。
 しかしベイガンは、臆することもなくさらに続ける。

「カイン殿とローザ殿を除いたならば、この国で―――いや、世界で一番陛下の事を理解しているのは彼でしょう。だからこそ、陛下もロイド殿に対して全幅の信頼を置いていた」
「ベイガン殿・・・」

 セシル王の側近としての矜恃もあるだろうに、己のことを差し置いてこちらを立ててくるベイガンの言葉に、ロイドは感動を覚えていた。有り難いという感謝の気持ちが湧き上がる―――それと同時に覚悟も決まった。

 息を吸い、腹の下に力を込め、威を込めて言い放つ。

「繰り返します! 陛下ならば私に全権を与えてくれたでしょう。ゆえに今の私には陛下と同じ権限があると思って頂きたい―――それが納得出来ないのならば、席を立つなり椅子を蹴るなりどうぞご随意に!」

 言い過ぎか、という想いが胸に広がっていく。だが、今更後には引けない。
 心臓をばくんばくんと爆発しているかのように鼓動を高めながら、ロイドはウィーダスの方を伺う。強気の発言に、ウィーダスはすぐに席を立つ気は無いようだった。ただし腕を組み、不機嫌極まりない様子で固く目を閉じている。

「大きく出たが、そこまで言うにはそれなりの覚悟はあるんだろうな?」

 ウィーダスの代わりとでもいうかのように、リックモッドがロイドに目を向ける。その表情には先程までの笑みは無く、ロイドを値踏みするかのように胡乱な表情を浮かべていた。

 内心の緊張を表に出さぬように、ロイドは静かに自分の首に手を当てる。

「無論ですよ。私の判断が陛下の意に添わぬようでしたら、この首をどうぞお好きなように」
「その言葉、忘れるんじゃねえぞ」

 恐喝でもするかのようなドスの効いた声で言い放つ。
 だが、それでも一応、ウィーダス同様こに席を立つ気はなく、こちらの話を聞いてくれる気にはなっているようだ。
 そのことに安堵しつつ、ロイドはここからが本題だ、と口を開き―――かけたところで。

 バァン、といきなり会議室の扉がノックも無しに開かれた。

「うおーーーい! ちょっと邪魔するゾイ!」
「親方!? それに―――」

 会議室の扉を開き、ずかずかと入ってきたシドの後ろから続いてきた女性を目にしてロイドは言葉を失う。
 彼女は会議室の扉を閉め、ロイド達を見回して告げた。

「・・・私はバラムガーデン “SeeD” に所属するシュウという。 “バブイルの巨人” の情報を持ってきた―――」

 


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