「 “巨人” か・・・一体、どんなものなんだろうな・・・」

 魔導船内部。カプセルベッドが並ぶ寝室で、壁にもたれかかっていたマッシュが不安そうに呟く。

 寝室にはマッシュだけではなく、仲間達全員が揃っていた。
  “巨人” との戦いに備え、休むため―――だが、誰もが不安を感じているのか、殆どの者は眠る気にはなれないようだった。

 と、マッシュの言葉を聞いて、フースーヤが口を開いた。

「 “バブイルの巨人” はウェポンを基にして、ウェポンに対抗するために作られたものだと伝え聞いている」
「ウェポン? なにそれ? 武器?」

 ベッドの一つに腰掛けていたリディアの疑問。同じ疑問を他の仲間達を感じている様子で、不思議そうな表情でフースーヤを見つめている。

「知るはずもないか。私とて、実物を見たことがあるわけではないが・・・」
「知りたいのは、その巨人がどれほど強いのかってことだ」

 真剣な表情でマッシュが問う。
 大地が引き裂かれるほどの凄まじい力が飛び交った魔大戦。バブイルの巨人はそんな時代の兵器だという。
 そんな兵器に立ち向かえるのかと、不安に思うのも当然のことだろう。

「・・・おそらく、地上の兵器ではダメージを与えることすら難しいじゃろう」
「魔法は?」
「生半可な魔法では傷一つつけられん。メテオやフレアと言った、封印された魔法ならばなんとか・・・と言ったところか」
「勝ち目は、あるのか・・・?」

 さらに不安を募らせるマッシュに、リディアが冷淡に言い放つ。

「怖いのなら月に残れば良かったじゃない」
「だっ、誰が怖いって言った!」

 マッシュがムキになって怒鳴り返す。
 そんな彼を、ヤンは「落ち着け」と宥めて、

「恐れを抱くことは悪いことではない。それを乗り越えられるならばな」
「だから俺は別に・・・」
「不安を無視して虚勢を張っても、なにも良いことはないぞ? ―――私だって怖いと感じている」

 そう言って、言葉とは裏腹に何故かにやりと楽しそうにヤンは笑う。

「説得力がないぞ」
「嘘ではないぞ? ただ、その恐怖が楽しみであるだけで」
「え、マゾなの?」

 リディアが眉をひそめ、身を退く。

「違う。恐怖とは、屈してしまえばトラウマなるが、乗り越えられれば己の糧となる―――故に我が前に立ちはだかる恐怖を楽しみに思うのだ」
「あー、なんかモンク僧らしいかも」

 モンク僧として日々修行を繰り返し、己を鍛えてきたヤンにしてみれば、恐怖―――というか “障害” は己をさらに鍛え上げるための “試練” に過ぎないのだろう。
 そんなヤンに、マッシュが渋い顔をして口を開く。

「最近、気がついたことがあるんだが」
「なんだ?」
「アンタの頭、ズレてるっていうか、ちょっとおかしいんじゃないか?」
「誰がハゲだ!?」
「だからそう言うことは言ってねえっ!」
「あんまり騒がないで! セシルが寝てるんだから!」

 ヤンとマッシュの言い争いに、ローザが口を挟む。
 彼女は一つのベッドに寄り添う様に膝をついていた。そのベッドの中では、セシルが静かな寝息を立てて深い眠りについている。そんな恋人の寝顔を、ローザは幸せそうに眺めていた。

「・・・寝ていなかったとはいえ、よくこんな時に穏やかに寝れるもんだ」

 半ば呆れたようにマッシュが呟く。
 彼の言うとおり、セシルの寝顔は穏やかそのもので、とてもこれから超兵器と戦いに行くようには見えない。

「信じているからよ」

 きっぱりとローザが呟く。

「信じてる? 何を?」

 リディアが呟いた疑問に、ローザは「ええ」と頷いて。

「地上には、セシルがとても信頼している人達がいるから。だから、安心して眠っているのよ」

 「ちょっぴり妬けちゃうけれど」などと呟いて、ローザはセシルの寝顔を愛おしく見つめている。
 そんなローザとセシルをリディアはじっと眺めながら、誰にも聞こえない声で呟く。

「信頼か・・・・・・」

 

 

******

 

 

 一方その頃、バロン南端の沿岸―――

 小さな漁村が集まるその地域に突如として巨大な影が出現する。
 バブイルの塔に現れ、そしてすぐに消え去った巨人だ。

「なんだ・・・あれは・・・!?」

 その巨人を、飛空艇団 “赤い翼” の副長ロイド=フォレスは飛空艇の甲板上で呆然として見つめていた。
 雲を掴めるような巨大な巨人。
 それが今、目の前にある。

 ロイド達は飛空艇団の訓練がてら、フォールス各地を巡回中だった。
 ゴルベーザの狙いがハッキリしない以上、どこで何を起こすかも解らない。だからかすかな異変も逃さぬよう、定期的に各地を回っていたのだが―――

「―――! 転身だ! 急ぎバロン城へ帰還する!」

 はっとしてロイドは周囲に命令を飛ばす。
 巨人の正体が何かは解らないが、間違いなくゴルベーザの仕掛けてきたものだろう。
 ならば、急いで城に戻り、対策を講じなければならない。

 だが、ロイドは今、バロンにセシルが居ないことを知っていた。

(こんな時に陛下は行方不明か―――あの人のことだから死んじゃいないとは思うけど!)

 そもそも行方不明になるなよな、と胸中でぶつくさ呟きつつ、巨人に対抗する策を頭の中で練りながらロイド達はバロンへと舞い戻った―――

 

 

******

 

 

「―――よろしいのですか?」

 巨人の内部、外のモニターに映し出された飛空艇が反転し、遠ざかっていくのを眺めながらバルバリシアがゴルベーザに尋ねる。
 転移した直後に遭遇した飛空艇に対し、ゴルベーザは撃墜ではなく逃がすように指示をした。

「構わん。逃げ帰り、この巨人の恐ろしさを喧伝するならば好都合というものだ。我らの目的は恐怖を与えること―――バブイルの巨人の脅威を見せつけ、抗えぬと思い知らせ、絶望を振りまくことにある。そのために直接バロンの城ではなく、こんな場所へと転移したのだ」

 淡々とゴルベーザは答える。
 もしもこの場にシュウが居れば疑問を感じたかも知れない。ゴルベーザのその言葉は普段通りに見えて、しかし何処か感情に乏しくもあった。

「―――進撃せよ。途上にあるものは全て蹴散らし、滅ぼし、恐怖と共に進撃せよ」

 ゴルベーザが号令をかける。
 そんな主の様子を、バルバリシアは邪悪な微笑みを浮かべて見守っていた―――

 

 

******

 

 

「冗談じゃねえぞ!」

 地底にバッツの悲鳴が響き渡った。
 バッツはいつになく青ざめた表情で、目の前に鎮座する飛竜を凝視する。

「こんなのに乗って空を飛ぶくらいなら、歩いて地上に出た方がマシだッ!」
「徒歩でどれくらいかかると思ってるの? 第一、溶岩を越えることはできないでしょう」

 喚くバッツに、セリスが呆れながらも諭すように言う。
 しかし、バッツは中々承伏しようとしない。

「何を騒いでいるんじゃ?」

 騒ぎを聞きつけて、家の中からククロが姿を現わす。

「お前ら、まだ帰っとらんかったのか。すでに立ったとばかり思っていたが・・・」

 ククロが飛竜―――アベルに跨っているカインに目を向けると、彼は「フン」とやや苛立った様子で答えない。代わりに、その後ろに控えているカーライルが嘆息混じりに答えた。

「そいつがごねて居るんですよ。高所恐怖症らしくて、飛竜なんかに乗りたくないと」

 カーライルの言葉に、バッツが言い訳するように叫ぶ。

「飛竜なんて普通は一人乗りじゃないのかよ! 4人も乗れるのかよ!?」
「ゾットの塔の時は最大で8人乗って、さらに空中戦闘までしたけれど?」
「だ、だけどなあ・・・怖いだろ!」

 結局はそこらしい。
 足をぶるぶると震わせるバッツの姿に、これが本当にレオ=クリストフやカイン=ハイウィンドと互角に渡り合った最強の旅人なのかと情けなく感じ、セリスは溜息をつく。

「乗りたくないのならおいていけばいいだろう。そんな臆病者は必要ない」

 冷たく言い捨てるカインの手には新しい槍があった。早く思う存分に振り回し、敵をなぎ倒したいとうずうずしているのが傍目でも良く解る。

「そう言う話ならば、ちょっと待っておれ」

 そう言って、ククロは家に入ると、しばらくして何かを手に戻ってくる。

「コイツを飲めぃ!」

 そう言ってバッツへと手にしていたものを差し出した。
 それは酒瓶だった。封はしていたが、それでも強いアルコールの匂いがぷうんと漂っている。

「酒? いくらなんでも酒飲んで酔ったくらいでどうにかなるもんかよ! 俺の高所恐怖症は筋金入りだぜ?」
「自慢出来ることじゃないでしょ」

 胸を張って言うバッツに、セリスは半目でツッコミ。
 しかしククロはにやりと笑って酒瓶をぺしんと叩いた。

「この酒は特別製でな? 一口飲めば、どんな恐怖も消えてなくなる勇気の酒じゃ。餞別にくれてやるわい」
「勇気の酒? ホントかよ」

 うさんくさそうにしながらも、バッツは酒瓶を受け取ると、直に口を付けて一口だけ口に含んだ―――

 


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