「俺は月に残る」
魔導船に乗る直前、ロックがそう言い出した。
「残るって・・・まさかここに住むつもりなのか!?」
「そんなわけあるか馬鹿」的はずれな事を言うマッシュに、ロックは半眼でツッコミを入れる。
「・・・エリクサーか」
セシルが言うと、ロックは肯定するように頷いた。
「バハムートはさっきのが “最後の一本” とか言っていたけど、もしかしたらこの月を探索すればどこかに見つかるかも知れない」
「それならハミングウェイ達の所へ行ってみると良いです」声は洞窟の中から。
一同が振り返れば、洞窟の中からゼロカイがラムウと一緒に姿を現わす。
ラムウは一振りの剣を手にしていた。「お見送りに来たでございます」
礼儀正しくカイが一礼。
「ハミングウェイ?」
「月に住んでいる種族でございます」
「色々と珍しいものを売ってるです。エリクサーも売ってるですよ?」
「売ってるのかよ!?」
「一本、10万ギルだったと思うです」
「高ッ!? ていうか、 “ギル” って地上の金がここでも使えるのか!?」ロックが色々とツッコミを入れているのを聞いていると、ラムウがセシルへ手にしていた剣を差し出してきた。
「剣?」
「バハムート殿からの餞別じゃ。お主になら使うことが出来るだろうと」差し出された剣をセシルは受け取る。
見た目は普通の剣。特に目立った飾りもなく、形状も普通のロングソードと変わらない。
だが、セシルが手にした瞬間、剣がぼんやりと淡く発行する。「 “神通剣ラグナロク” ・・・?」
剣を手にしたままセシルはぼんやりと呟く。それを聞いてラムウが「ほう」と感心したように呟いた。
「剣に名を教えて貰えたか。やはりお主にはそれを使う資格があるようじゃな」
「なに? なに? なにか凄そうな名前だけれど!」ローザが覗き込むようにしてセシルの手にした剣―――ラグナロクを見つめる。
「ねえねえ、ちょっと抜いてみてよ、セシル」
「うーん・・・」ローザに促され、しかしセシルは何故か困ったように苦笑しながら、鞘に収まった剣を抜こうとする。
―――が、しかし剣は抜くことは出来なかった。「抜けないのか?」
剣士として、特殊な剣は気になるのだろう。珍しくクラウドが興味ありげに尋ねてくる。
セシルは苦笑したまま頷いて、手にした剣を提げ持った。「今はこれを使う時ではないみたいだよ」
「それは人が神に通ずるための剣―――武器と言うよりは “祭器” のようなものじゃからのー」セシルの言葉をラムウが補足する。
「じゃが、そのうち必ず必要になる時が来る」
「解りました。有り難く譲り受けます」そう言ってセシルは礼をする。
そこへ、ロックが揉み手なんぞしながら声をかけてきた。「な、なあセシル、10万ギル持ってないか?」
「持ってるわけないだろ、そんな大金」ロックの気持ちが解るものの、セシルは半ば呆れたように返事をする。
「城に戻ればそれくらいは掻き集められるだろうけどね」
だが、今までロックに色々と貢献して貰ったとはいえ、その見返りとしては10万ギルは大金すぎる。
まあ貸してやることくらいは出来るかもしれないが。「だよなあ。くそ、ギルバート! お前商業国家の王子だろが。財布の中にポンっと10万くらい入れとけよ!」
「無茶言わないでよ。そんな大金、持ち運べるわけないだろ!」
「くっそ、じゃあリディア! 金とか召喚出来ないか!?」話を振られたリディアは何も言わずに視線だけで答える。
「お、おお、なんだその可哀想なヤツを見る目! やめろ! そんなバッツを見るような目で俺を見るなー!」
さりげに酷い言い様である。
「お金かあ。酒場で歌えば100ギルくらい稼げるけど」
ギルバートが竪琴をポロロン♪ と鳴らしながら言う。
「たった100ギルでどうしろっつーんだ! だいたい、酒場なんてどこにもねーだろ!」
「いえ、それでよろしいと思うでございます」
「へ?」ロックがぎゃあぎゃあと喚いているところに、カイが口を挟む。
「ハミングウェイは歌が好きな種族でございますので。地上の歌でも聞かせれば、譲ってくれるかもでございます」
「おおおおっ! さっすがギルバート様! 私は貴方様の事を信じてました!」カイの話を聞くなり、ロックはギルバートの前に跪いて褒め称える。
あまりの掌の返しっぷりに、フライヤが半眼で言い放つ。「ロック、今のお主最高に格好悪いぞ?」
「うっせ、目的のために手段を選んでられるかっ!」
「というか、王子にも月に残れと言っておるようなもんじゃぞ?」
「言ってるんだよ」ロックは立ち上がるとフライヤとにらみ合う。
「ギルバートの歌で何とかできるってなら、ギルバートにも月に残ってもらう」
「馬鹿者! 王子をこんなところに残せるわけが無かろう!」
「僕は構わないよ」
「王子!?」当の本人の許諾に、フライヤは驚いたように目を向ける。
「危険すぎます! ここにはゴルベーザを操る真の敵が居るのでしょう!」
「・・・僕はロックがどうしてここまで必死になるのか知っている―――その気持ちも良く解る」ロックと同じようにギルバートも愛しい恋人を失っている。
そのことを持ち出されてしまえば、それ以上何も言えなくなる―――フライヤも恋人を失う辛さは良く知っているのだから。「・・・・・・解りました。ならば私とクラウドも付き合うことにします」
「俺もか?」
「お主もギルバート王子の護衛じゃろうがっ! ちったあそれらしくせんかい!」
「興味ないな」やれやれ、とクラウドが肩を竦める―――が、特に異論はないようだった。
「なら僕たちがご案内するです!」
はいはいはーい! と、ゼロが挙手。
「って、カイもでございますか!?」
「当然です。弟はお姉ちゃんに常に付き従わなければならないのです!」
「はいはい、わかったでございます」何かを諦めたようにカイががっくりと肩を落とす。
「それじゃあロック達は月に残るんだね?」
「ああ。どうせお前だってまた戻ってくるんだろ?」ロックに言われ、セシルは頷きを返す。
この月には諸悪の根源が居る。ならばいずれは戻ってこなければならない場所だ。「けれど、地上で “巨人” とやらをどうにもできなかったら解らないよ」
「どうにかするだろ、お前なら」ニッ、と笑ってからロックは「それに」と遠くに見える三つ連なった塔を眺める。
「いざとなったらバブイルの塔を使って地上に戻るさ」
「―――死ぬなよ?」
「そりゃこっちの台詞だ!」笑いながら言いあって、セシルとロックは互いの拳を軽くぶつけ合う。
それ以上は何も言葉を交すことなく、セシルはロックに背を向けて、共に地上へと戻る仲間達に号令をかけた―――
******
「バロンが見えたゾイ」
飛空艇の甲板上、進行方向に遠く城の姿が見えた。
シドは呟いた後、ちらりと背後を振り返る。
そこにはバロン兵に取り囲まれた状態で立ちつくす一人の女性の姿があった。名はシュウという。
ゴルベーザと共に行動していたSeeDの女性らしい。
ドワーフの城でその技術を見せてもらっていた時、ふらりと城を訪ねてきた。彼女はシドがバロンから来た人間だと知ると、セシル王に会わせるように要求してきた。なんでもゴルベーザに関することで重要な情報を持っているのだという。
正直、敵と行動していた事もあり、あまり信用出来ないとは思ったが、ゴルベーザに関してこちらは情報が少なすぎる。ならば一応バロンへ連れ帰り、セシルの判断を仰ぐべきだとシドは判断した。武装解除はしたが、SeeDは疑似魔法を使う。
ならば艇の中に閉じこめておくよりは、目の見える位置に置いたほうが良いと思い、こうやって一緒に甲板上に連れ出している。「ん〜、別にそう警戒することもないと思うんじゃがのう。シュウちゃんは良い子じゃぞ?」
などと彼女と顔見知りらしいルゲイエが口添えしてくる。
“シュウちゃん” などと気安く呼ばれ、シュウは露骨に嫌な顔をしたが、捕虜扱いの手前余計なことは言わぬ方が良いと判断したらしい。
その代わりに、シドが半目でルゲイエを睨む。「・・・いっとくが、お前さんのこともまだまだ信用出来たもんじゃないゾイ」
「なんじゃあ!? 色々と協力してやっとるじゃろーが!」
「協力しなければセシルか、あのエブラーナの王子に殺されるゾイ」
「きょ、脅迫!? 脅迫されてますよワシ!?」本気か冗談か解らない反応だが、それでも牢屋の中でセシルに向けられた殺気を思い返したのか、ルゲイエは押し黙った―――
******
「やはりまだ駄目か・・・」
エッジの話を聞いて、テラはふう、と嘆息する。
「ああ、悪いな。今もオフクロが何とか説得しようとしているが、まだバロンとの同盟を受け入れるのは難しそうだ」
と、エッジも同じように嘆息する。
「ったく、大人は頭固くて駄目だよなー。ンな事行ってる場合じゃないってのにさ」
やれやれ、とパロムが呟くのを聞いてエッジは苦笑い。
「ガキに駄目出しされたらお終いだぜ」
―――エッジ達は今、エブラーナ沿岸に着地している飛空艇の一室に居た。
エッジやジュエルを連れてきた艇だが、そこにテラやパロムも便乗していたのだ。テラ達の目的は、デビルロードを造り、エブラーナとも連絡、移動手段を確保するため。
しかし、バロンとの同意を他の忍者達は未だに受け入れようとしない。このままデビルロードを強引に作ろうとすれば、さらなる反感を買い、下手をすれば反乱が起きかねない。「バロンと同じように、ウチだってかつての戦争の生き残りは多い―――それに、俺の親父・・・先王もバロンで殺されたようなもんだ」
「えー。アンタの親父はゴルベーザ達にやられたんだろ? それに攻め込んで返り討ちにあったって聞くぜ? それって逆恨みって言わねーか?」
「・・・さっきから痛いところばっか突いてくるガキだな」笑みを浮かべながら苛立ち、エッジはテーブルに身を乗り出して対面に座っていたパロムの額を弾く。
忍者の素早さにパロムが反応出来るはずもなく、打たれた額を抑え、涙目になって叫ぶ。「いってーな! なにすんだよ!」
「俺やオフクロだって、まだ完全に受け入れられたわけじゃねえ。この分じゃ、正式な同盟はもう少し時間がかかりそうだ」
「しかしエブラーナの忍者は上の命令に絶対服従と聞いた憶えがあるがのう。お前さんか、お前の母が一言命令すればそれで済むのではないか?」バロンの騎士たちも上下関係にはそれなりに厳しいが、忍者はさらに厳しいものとなる。
下忍が上忍に逆らうことは絶対に許されず、上忍が「死ね」と命じたならば、下忍は理由も聞かずに自ら命を断たねばならない。「フツーはそうなんだけどな。国主である親父が死んでから、オフクロが “国王代理” となってるだけで、誰も王を継いだわけじゃねえ。要するに上忍達の感情を無視して命令するには、俺やオフクロじゃ貫目が足りねえってわけだ」
「お前が正統な後継者であろうが」エブラーナの先王の息子はエッジ一人。
ならば、バロンなどよりもスムーズに引き継げるはずだ、とテラは思ったのだが。「そうなんだけどな。ただ、王となるにはそれなりの資格が必要なんだよ」
仕返しとばかりにデコピンしようとするパロムの手を払いのけながら、エッジが苦い表情で答える。
「資格?」
「ぶっちゃけいうと、王になるためにはいくつかの試練を乗り越えなきゃいけないってな」
「良くある話じゃのう」テラは苦笑。
「へー。じゃあ、アンタはその試練を乗り越える自信がないってことかよ」
デコピンをことごとく避けられ、諦めたパロムが嘲笑とともに言う。
「馬鹿言え。今までやる余裕が無かっただけだ。俺にかかれば試練なんて屁でもねえ」
「じゃあさっさと今やればいいだろ」
「・・・・・・」パロムの言葉にエッジは押し黙る。
「やっぱ駄目なんじゃん」
「ちげーよ! 別に試練なんて余裕だっつーの。ただ・・・」
「ただ?」
「・・・・・・」エッジは再度押し黙る。
それを見てパロムがさらに囃し立てようとする前に、テラが口を挟んだ。「王位を継ぐのが不安なのかね?」
「うぐ・・・」図星だったらしい。
エッジはバツの悪そうな様子で素直に頷いた。「正直、俺はまだまだ親父の域には達してねえ。バブイルの塔でだって勝たせてもらったようなもんだ―――親父が魔物なんかに改造されずに本調子だったら、絶対に勝てやしなかった」
「しかしいずれは継がねばならぬだろう」
「解ってるよ、そんなことは。だけどな―――ん!?」三人ははっとして顔を上げる。
唐突に凄まじい魔力を感じたからだ。「なんじゃこの魔力・・・バブイルの塔か!?」
思い当たるのはそれしかない。慌てて三人は部屋を飛び出し、飛空艇の甲板上へと出る―――と。
「なんじゃ・・・あれは・・・」
呆然と、テラはそれを見上げた。
バブイルの塔の傍に、塔にも引けを取らぬほどの巨大な人影があったからだ。「鉄の巨人・・・?」
エッジも唖然として呟く。パロムや、飛空艇を操縦してきたバロンの兵士達も呆けたようにそれを見上げることしかできなかった。
「まさかあれもゴルベーザの―――」
震える声でテラが言いかけたその時。
不意に巨人は光に包まれ、その姿を消した。
現れた時と同じように唐突に消えた巨人に、テラ達はしばらく息をすることもできなかったが―――「いかん!」
不意にテラが叫ぶ。
「誰か! バロンに連絡を! 確かルゲイエが造ったとか言う通信機があったはずじゃろ!」
「お、おいおいじーちゃん、何をそんなに慌てているんだよ?」パロムの問いかけに、テラは青ざめた表情で答える。
「バブイルの塔は月へ転移するための転送装置と聞いた―――ならば、月だけではなく別の場所に転送することも可能かもしれんじゃろうが!」
「まさか、あの巨人はバロンに・・・?」
「わからぬ。じゃが、どこかに転移したことは間違いない・・・」不安な様子で、テラは巨人の消えた場所を眺めて呟いた―――
第27章「月」 END