第27章「月」
Y.「次元の穴」
main character:セシル=ハーヴィ
location:クリスタルタワー(過去の映像)

 

「あれって、ファブールの時のセシルと同じ・・・!」

 クルーヤから膨れあがる闇を見つめ、ローザが震える声で呟く。
 そう。今のクルーヤの状態は、ファブールで暴走した時のセシルに酷似していた。

「絶望、悔恨―――孤独・・・とても強い絶望の力を感じる・・・」

 これは過去の映像に過ぎない。
 だから、そんなことを感じるのは気のせいかも知れない―――が、セシルにはなんとなくクルーヤの、父の感情が解るような気がした。

「セシルの父は何故、突然暴走したのだ?」

 ヤンがフースーヤに問うが、今まで色々と解説してくれた月の民は厳しい表情で首を横に振る。

「それは私にも解らぬ―――その場で共に戦っていたクリスタルの戦士達も解らなかった。ただ、おそらくは精神が耐えきれなかったのだろうと思われる」

 フースーヤは膨大な “闇” をその身から噴き出し続けるクルーヤを哀しそうに眺めて呟く。

「最愛の妻を犠牲にしたことが―――それをザイン・・・光のパラディンに指摘され、精神が耐えきれずに壊れてしまったのだろうな・・・」
「そんな情けない男が僕の父なのか」

 吐き捨てるように告げたのはセシルだ。
 その言葉は聞き捨てならなかったのか、フースーヤは険悪な様子でセシルを睨付けた。

「何を言う! お主にあの時のクルーヤの苦悩が、どれだけ後悔したのか解るのか!」
「解るからいってるんだよ」

 セシルはフースーヤの方に視線は向けず、冷酷な視線でクルーヤを見下ろしている。

「妻を犠牲にすることは覚悟していた事のはずだ。なのに、土壇場で耐えきれなくなって暴走するなんて、その最愛の妻の犠牲を無為にするようなものだろう!」
「ぬ・・・ぐ・・・」

 フースーヤは何か言いたそうにしていたが、結局何も言い返すことは出来なかった。セシルの言ったことは正論と言うよりも暴論とも言える。クルーヤが暴走してしまったのは、それだけ妻のことを愛していたと言うことで、それを責めるのはあまりにも酷だろう。
 けれど、セシルの言うとおり、セシリアの犠牲を無為にしてしまったことも確かだ。何故なら、この暴走が原因でさらなる “災厄” が顕現してしまうのだから。

「あれが僕の父親だなんて、情けなくって涙が出るね」

(・・・あ、なんかキレてる)

 セシルの様子を見て、ローザはこっそりと胸中で呟く。一人称こそいつもどおりだが、確かにセシルは激怒していた。
 何故いきなり怒っているのか、ローザにはなんとなく解った。

 セシル=ハーヴィは誰よりも自分自身に対して厳しい。
 自分の過ちを決して許さず、それを後悔としてずっと背負い続けていく。
 そんな彼がクルーヤに対してキレたのは、彼が自分の父親だと認めているからだろう。

 赤の他人ならば、情けないからと言って、罵倒するようなことはしない。
 自分の身内だからこそ、もっとも近い肉親だからこそ、父の不甲斐なさを厳しく責めているのだろう。

 もしくは、 “神父” やオーディンと言った、今まで親代わりだったセシルの “父” 達と比べてしまっているのかも知れない。

 と、周囲の険悪な視線―――フースーヤだけではなく、ローザを除く仲間達も「言い過ぎだ」とでも言いたげに責めるような視線を向けている。そのことに気がついて、セシルは軽く咳払いしてから言葉を付け足す。

「・・・まあ、妻を犠牲にしたことだけが暴走の原因だったら、の話だけど」

 その言葉を聞いて、フースーヤが反応する。

「まさか、それ以外に原因があるとでも?」

 問いに、しかしセシルは「さてね」と肩を竦めていつものように苦笑しただけでなにも答えない。

「おい、光のパラディンが!」

 ロックが叫ぶ。その声に目を向けてみれば、光のパラディン―――ザインも、クルーヤの闇に劣らないほどの光の輝きを見せていた。

「先程までの力とは違う・・・これは!?」
「究極発動・・・」
「なに?」
「聖剣が――― “世界” が闇のパラディンを “敵” と認めたんだ」

 セシルはクルーヤの事を父とは呼ばなかった。恥ずかしい、というよりは自分の肉親というものがピンと来ていないのかも知れない。

「・・・いや、闇の “パラディン” というのは間違いか。おそらくはもう、その資格は剥奪されているはずだから」

 もっとも、パラディンであろうとなかろうとデスブリンガーには関係ない。
 先程と変わらぬ―――いや、徐々にその力を上昇させていく。対して、聖剣ライトブリンガーから放たれる光も、闇に喰われぬように、逆に喰い破らんと、その輝きを増していく。

 本来なら究極発動した聖剣を持つパラディンに敵う存在など、この世界にはいないはずだった。
 何故ならばそれは世界そのもの力だ。その世界に存在している限り、抗うことも出来ない。

 しかし、クルーヤが手にした力の根源は、この世界が生まれる以前の力だ。
 カケラに過ぎないはずの力が、クルーヤの “絶望” によって増幅、暴走して、世界の力と張り合うほどの力を発動している。

 膨大な光と闇が互いを消滅させんと激突している。その周囲を呆然と、光と闇のクリスタルの戦士達が見守っていた。見守ることしかできなかった―――それほどまでに世界の力は凄まじく、その力を前にしてしまえば人の身では立ちつくすしか術はない。

 そのただの映像を見下ろしているセシル達もまた、ただ立ちつくし、いつしか無言で見つめることしかできなくなっていた。

 そんな中。
 クルーヤとザイン以外で、たった一つだけ動く影があった。

 ゴルベーザだ。

 

 

******

 

 

「ゴルベーザ・・・?」

 セシルはまだ幼い少年に気づいて目を向ける。

 光と闇が荒れ狂う中、ゴルベーザは一歩ずつ歩みを進めていた。
 最初にクルーヤが暴走した時、近くに居たゴルベーザは “闇” にはじき飛ばされたのだろう。先程よりも随分と遠くに居た―――そのため、すぐには気づけなかった。
 体中が痛むのか、その動きは凄まじい力の奔流の中に居るのを差し引いても、何処かぎこちない。

(いや、待てよ・・・)

 クルーヤの暴走した闇は世界の力に匹敵するほどの力だ。近くに居れば、そのまま消し飛んでいてもおかしくはない。なのにゴルベーザは吹っ飛ばされはしたが、そのまま立ち上がって父達の元へ近づこうとしている。
 そもそもクリスタルの戦士が立ちつくす中で、まだ少年のゴルベーザが少しずつでも動けるのは―――

「あれは・・・僕・・・?」

 気づく。
 ゴルベーザが抱きかかえた赤ん坊の自分―――そこから僅かに “闇” が染み出るように放出され、それがゴルベーザごと身を守っているようだった。

「原初の、闇」

 本能か、それともクルーヤの闇に共鳴でもしているのか―――自分の事ながら、当時の記憶などあるはずのないセシルには解らないが、ともあれ赤ん坊のセシルに秘められた “原初の闇” にゴルベーザは守られ、父の元へと近づいているのは解った。

 何をする気なのか―――というのは考えるまでもない。暴走したクルーヤを止めようとしているのだろう。愛する者を犠牲にしたことに耐えられずに暴走したなど、母が一番望まなかった事のはずなのだから。

「・・・父さんっ!」

 ゴルベーザの口から父を呼ぶ叫びが放たれる。
 しかしもはやその声は届かないのか、クルーヤもザインもゴルベーザのことに気がつかぬままに互いの力をぶつけ合う。
 闇の力に辛うじて守られているとはいえ、生身で受ければ一瞬で塵と化すような力と力の激突に、ゴルベーザは怯えながらも一歩、また一歩と近づいていく。

「ゴルベーザ様!」

 ようやくそのことに気がついたバルバリシアがゴルベーザに向かって叫ぶ。
 しかしバルバリシアは力に当てられたせいかその場を動くことが出来ず、ゴルベーザもまた止まらない。

「ゴル―――」

 尚もバルバリシアが叫ぼうとした瞬間、異変が起きた。
 光と闇、それが食い合うように激突していた接点がぐにゃりと歪む。歪みはぐるぐると渦を巻き、光と闇を呑み込み―――1つの大きな穴が生まれた。

 それは、闇とも光ともつかぬ、虚空に穿たれた穴―――

「あれは!?」

 それを見下ろしていたヤンが声を上げた。彼はその穴を知っていた。それを思い出し、自然と身体が震える―――その時の記憶はもやがかかったように上手く思い出せないというのに、だ。
 恐怖に身を竦ませるヤンに気がついて、ギルバートが声をかける。

「ヤン、どうしたんだ? あの穴に見覚えが?」
「まさか、知っておるのか!?」

 フースーヤが驚き、その名を口にする、

「あれは次元の狭間。界と界、時と時の狭間に存在する境界―――あまりにも強大な力のぶつかり合いに空間が捻れ、穴が開いてしまった―――そして」
「セシル達が!」

 ローザが叫ぶ。
 見れば、セシルを抱えたゴルベーザの身体が浮き上がり、次元の狭間の穴へと吸い込まれていく。

「うわあああああああああああああ・・・っ」

 少年は悲鳴をあげながらも、しかし弟はしっかりと守るように抱きかかえながら穴の向こうへと消えていった。
 そして少年達が消えるのと入れ替わりに、穴の向こうから何かが出現―――しようとしたところで。

「このクリスタルが記憶出来たのはここまでじゃ」

 フースーヤが呟くと同時、不意に映像が消えた。
 辺りは元の洞窟の姿に戻り、天井近くに浮かび上がって映像を映し出していたクリスタルからは光が失われ、ゆっくりとフースーヤの手元へと落ちてきた―――


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