第27章「月」
X.「暴走」
main character:セシル=ハーヴィ
location:クリスタルタワー(過去の映像)

 

 

 場面が切り替わる。
 屋内であることには変わりないが、先程の小部屋に比べて随分と広い。
 周囲を見回せば、まるで壁は遠くに見え、見上げれば天井は遥か彼方にあった。

 明るいような暗いような、よく解らない雰囲気の場所だ。
 その不可思議さは、まるでクリスタルルームのようだった。

「・・・バブイルの塔?」

 なんとなくロックがそんなことを口にする。
 別に見覚えのあった場所というわけではない―――が、なんとなくあの塔を連想させる広さだとロックは感じたのだ。

「惜しい、というほどでもないが―――バブイルの塔ではない。 “塔” で在ることには違いないがな」

 フースーヤが告げる。

「ここはシルクスの塔―――別名、クリスタルタワーとも言う。私はその場にいなかったが、闇のパラディンであるクルーヤが、闇のクリスタルの戦士達を率い、光のクリスタルの戦士達を伴った光のパラディンと激突した場所じゃ」

 そう告げ、視線を下へと向ける。
 セシル達はさっきまでと同じように宙に浮かんでいた。高さは天井と床の中間ほど。床の方を俯瞰してみれば、そこでは激しい戦闘が繰り広げられていた。

「戦っているのはセシルの父親達か・・・」

 闇の鎧に身を包み、デスブリンガーを手にしたクルーヤが、白銀の鎧に身を包んだ騎士と斬り結んでいる。
 その周囲では、8人の男女が半々に別れて刃を交え、または魔法を撃ち合っている。それらがクリスタルの戦士とやらなのだろう。

 数の上では5対5の状況だが、連携を取って戦っているわけではなく、それぞれ目の前の敵に対して1対1で戦っている―――というより、クルーヤ達二人の戦いを邪魔しないように、他の者たちは互いを牽制している、といった様子だった。

「―――ちょっと待て、アイツらって確かゴルベーザの・・・」

 ロックが気づく。
 クルーヤ達の周囲で戦い合う “クリスタルの戦士” 。その中に見覚えのある顔があった。

 巨大な斧を軽々と振り回して威嚇する巨漢の戦士に対し、炎の渦で対抗する炎の魔人―――ルビカンテ。

 素早い動きで翻弄する小柄な男に対し、髪を四方八方に伸ばし絡め取ろうとする妖女―――バルバリシア。

 ハンマーを手にした神官風の男に対して、次から次へとゾンビを召喚しては浄化されていく死霊術士―――スカルミリョーネ。

 だとすれば、耳が長い女性が魔法で生み出した氷の防壁を、水の刃を放って打ち破ろうとしているのはカイナッツォだろう。

 それぞれ若干風体が異なるが(変身能力を持つらしいカイナッツォだけは、そもそもセシル達はその正体を知らないので風体が異なる以前の話だが)、確かにそれは今まで戦ってきたゴルベーザ四天王の姿だった。

「なんでゴルベーザの部下がセシルの父親と!?」
「てゆーか、 “クリスタルの戦士” って何?」

 ギルバートやリディアの疑問を口にすると、フースーヤは気むずかしい顔をした。

「彼らは元々セシリアの元に集い、それが縁で “クリスタルの戦士” としてクルーヤと共に戦った者達――― “クリスタルの戦士” とはパラディンと同じく、この世界を守護する存在。ただし、パラディンの様に直接的に世界の意志を代行するわけではない。この世界を司る真のクリスタルに導かれ、世界の守護者の使命を負った者を “クリスタルの戦士” と呼ぶのだ」
「 “真のクリスタル” って、フォールスにあったクリスタルとは違うのかしら?」

 ローザが呟くと、フースーヤはそのとおりだ、というように頷きを返す。

「あれは真のクリスタルを元に我らの祖先が作り上げたものだ」
「クリスタルに導かれ世界を守る―――か。話を聞いてると、クリスタルこそが世界の意志のように聞こえるね」

 セシルが言うと、しかしフースーヤは首を横に振る。

「いや。クリスタルは “世界” に干渉するための道具でしかない。 “クリスタルの戦士” とはクリスタルに適合して “世界” に干渉出来る者たちのことでもある」
「よくわかんねえ」

 むっつりと不機嫌そうに言ったのはマッシュだった。

「安心しろ、私もよく解らん」

 清々しい顔でヤンが言うが、何の慰めになるわけもなく、マッシュは大きく肩を落とす。

「脳筋コンビにも解るように簡単に翻訳すると、 “真のクリスタル”とやら の力を使えるのは “クリスタルの戦士達” だけってこと―――でしょ?」

 小馬鹿にしたようにリディアが言い、最後にフースーヤに確認すれば「その説明で間違っておらん」と返す。
 マッシュがムッとしてリディアを睨む―――が、その隣ではヤンが明るい顔でコクコクと頷いた。

「うむ、確かに簡単だ。よく解った」

 どう聞いても馬鹿にされたとしか思えないリディアの言い方に対して、素直に頷きを返すヤンを、マッシュは感心したように目を向けた。

「今の普通に流せるなんて、やっぱりこの人は大物なのかも知れない・・・!」

 ちょっと最近、なんかアレな言動が目立ったが、やはり同じ格闘家として尊敬できる人物なのかと思っていると、クラウドがぼそりと呟く。

「でもそいつ、 “ハゲ” とか言うと割と簡単にキレるぞ?」
「だからハゲではないッ!」
「ほらな?」
「・・・・・・」

 見直しかけていたマッシュは、クラウドにくってかかるヤンを残念な眼差しで見つめた。

 そんな残念なモンク僧長のことはさておき。

「 “クリスタルの戦士” たちはあくまでクリスタルを使う “資格” があるというだけだ。 “世界の守護者” と言っても、どうしても世界を守らねばならぬ義務があるわけではない―――パラディンと違ってな」

 フースーヤが加えて説明すると、ローザはセシルの方を振り返った。

「なにか、パラディンは世界を守らなきゃいけない義務があるように聞こえるけど?」
「正確には “世界の敵” を排除する義務があるということだよ。そのためのパラディンの力―――世界の力なのだから」
「 “世界の敵” を放置するとどうなるの?」
「パラディンとしての資格を剥奪され、その力を失うだろうね―――まあ “世界の敵” というのは、すなわち世界を滅ぼそうとする要因の事で、放っておけば世界ごと自分達も滅びてしまうわけだから、放置するなんて事はまずありえないんだけど」

 言いながら、セシルは眼下の光と闇の戦いを見つめる。

 フースーヤが言ったように、クリスタルの戦士達に “世界を守る義務” が無いというのなら、つまり彼らは強制ではなく自らの考え、意志に基づいて戦っていると言うことになる。
 そう思って、光と闇のクリスタルの戦士達を見比べてみれば、光の戦士達はどこか消極的だった。闇の戦士達の攻撃に対して防戦一方か、もしくは牽制する程度の攻撃しかしていない。世界を滅ぼしかねない人間達を封印するべきだという光のパラディンに同調したとはいえ、迷いを感じているのかも知れない。

 クリスタルの戦士達は、全ての決着を二人のパラディンに委ねているようにセシルには思えた。

 そしてそのパラディン同士の戦いは―――

「・・・フースーヤ殿の言うとおりじゃな」

 フライヤの呟いたとおり。
 クルーヤのデスブリンガーが、光のパラディンを圧倒していた―――

 

 

******

 

 

 剣と剣が打ち合わされる。
 世界の力を引き出すことの出来る光の聖剣と、原初の闇のカケラを力の源とする闇の暗黒剣。
 かつての世界が始まる前の力とはいえ、カケラ程度では聖剣には及ばぬはずだった―――だが。

「・・・・・・っ」

 ダークフォースの力に、光のパラディンは吹き飛ばされる。
 それをクルーヤは静かな視線で見つめ、告げる。

「もう諦めろ、ザイン。私はお前を殺したくない」
「・・・黙れ!」

 光のパラディン―――ザインと呼ばれた騎士は、荒く息を吐きながらライトブリンガーを構え直す。
 聖剣を通し、体中に力がみなぎる。
 その力を持って、ザインはクルーヤに斬りかかった。

 聖剣と暗黒剣が激突し合い、剣戟の音が響き合う。
 二人の剣技はほぼ互角だった。荒々しくも真っ直ぐで迷いのないザインの斬撃に対し、クルーヤも同じように斬り返す。技量だけではなく、剣技の性質までも二人は似通っていた。

「・・・くおおっ!」
「・・・はあっ!」

 決着の突かぬまま、二人は延々と斬り結ぶ。
 ただの斬り合いではない。それぞれ世界の加護と、暗黒の力で身体能力は常人離れしている。剣が合わさるたびに衝撃波が周囲に巻き起こり、空気が震え、床や壁が鳴動する。
 だからこそ、クリスタルの戦士達はパラディン同士の戦いに干渉せず、離れた場所で戦いを繰り広げているのだろう。

「かあああああっ!」

 

 ライトブリンガー

 

 決着が着かないことに苛立ったのか、ザインが聖剣の力を解放する。
 光が剣から放たれ、クルーヤを包み込む―――刹那。

 

 デスブリンガー

 

 暗黒剣からダークフォースが吹き出し、闇が光を押し返す。
 闇はあっさりと光を呑み込み、そのままザインの身体を吹き飛ばした。

「くうううううっ!」

 吹き飛ばされながらも、ザインはなんとか体勢を立て直して床に着地する。
 凄まじいダークフォースだった。
 常人ならば今の一撃で消し飛んでいてもおかしくはない―――が、加護をその身に受けたザインは耐えきることができた。そしてそのダメージも、聖剣から流れ込む力によって即座に回復する。

「諦めろ、ザイン」

 クルーヤは先程と同じ言葉を繰り返す。
 勝負はすでに決していた。
 剣技は互角―――だが、暗黒剣は聖剣を上回っている。クルーヤがその気になれば、すでに決着は着いていたに違いない。

 だが、ザインは降伏勧告を受け入れない。

「俺は妻も息子も捨て、人間ごと地上を封印した―――全ては世界を救うためだッ!」

 聖剣の切っ先をクルーヤへと向けながら叫ぶ。

「今更諦めるわけにはいかん・・・! いかんのだッ!」

 聖剣が輝き―――真っ直ぐに光がクルーヤに向かって飛ぶ。
 光がクルーヤに迫る直前、デスブリンガーから闇の障壁が生み出され、光をあっさりと蹴散らした。

「馬鹿な・・・このライトブリンガーを凌駕するだと!? その剣は一体・・・?」
「この剣はデスブリンガー」

 静かに淡々と、クルーヤは感情を抑えた声で告げる。

「 “原初の闇” の力を取り込んだ、最強の暗黒剣だ・・・!」
「・・・なんだと?」

 その意味に気がついたのか、ザインは目を見開く。。

「き・・・さま・・・」

 愕然とした様子で、唇を振るわせながら言葉を紡ぐ。

「まさか・・・まさか―――まさか貴様ぁッ! セシリアを・・・っ!」
「・・・・・・・・・」

 クルーヤは答えない。
 その無言を肯定としてザインはクルーヤに向かって激情を発した。

「貴様あああああっ! セシリアを犠牲にしたというのかッ!」
「彼女の意志だッ!」

 苦しそうに顔を歪めながら、黙っていられなくなったのか、クルーヤが怒鳴り返す。

「私だって彼女を犠牲にしたくなどなかった! お前を止めるためにはこうするしかなかった!」
「黙れ・・・! 貴様に俺を止める資格など無いッ!」
「く・・・・・・っ」

 ザインの言葉にクルーヤは気圧される。
 そこへ―――

「父さん!」

 この場にいないはずの少年の叫びが二人に届く。
 二人のパラディンが驚いて声のした方を振り返れば、赤ん坊を腕に抱えた少年の姿があった。

「ゴルベーザ! 何故ここに来た!?」

 どうやって、とはクルーヤは問わなかった。
 方法は即座に解った。デスブリンガーを得た時に、ゴルベーザに譲り渡した神剣ダームディア。ダームディアの “闇渡り” の能力を使えば、この場所に来ることはさほど難しくはない。

「戦いを、止めたくて・・・」

 セシルを胸にぎゅっと抱きしめながら、ゴルベーザはザインに向かって叫んだ。

「母さんはどんな事をしても止めたいって言ってた―――けど本当は、こんな風に戦う事なんて望んでなかった! だから、お願いだから・・・・・・」
「黙れ・・・!」
「!」

 ザインがゴルベーザに剣の切っ先を向ける。
 それを見て、クルーヤが動く―――直後、ライトブリンガーから光の一撃がゴルベーザに向かって放たれる。

「誰であろうと、俺を止めることなど出来ん!」

 ゴルベーザを打ち倒そうとする光の一撃は、しかし二人の間に飛び込んだクルーヤがデスブリンガーで防ぐ。

「ならば・・・!」

 覚悟を決めた様子で、クルーヤはザインと相対する。

「・・・資格が無かろうと私はお前を止める。そのために彼女はライトブリンガーを越える力を私にくれ」

 そこで不意に言葉が止まる。
 クルーヤは何かに気がついたかのように目を見開いて、自分の手にした剣―――デスブリンガーを凝視する。

 そして次の瞬間。

「あ」

 ぽかん、としたようにクルーヤの口が開く。
 口はゆっくりと大きく開かれていき、裂けそうなほど大きく開かれ―――

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 絶叫。
 それと共に、デスブリンガーからクルーヤの身体を通し、膨大なダークフォースが噴き出された―――

 


INDEX

NEXT STORY