第27章「月」
V.「デスブリンガー」
main character:セシル=ハーヴィ
location:魔大戦
その輝きの元には見覚えがあった。
それは白き鎧に身を包んだ青年が持つ剣。光り輝く聖剣の名は―――「あれはライトブリンガー・・・? じゃあ、あの青年は・・・」
セシルは知っている。ライトブリンガーが他の聖剣とは違い、パラディンにしか使えない聖剣であると言うことを。
つまりそれを手にしている青年は・・・「そう、お主と同じ光のパラディンだ」
フースーヤが肯定するように言う。
と、その強い輝きの周囲に四つの別の光が出現した。
五つの光は次第に輝きを強くして、次第に争いを呑み込んでいく―――やがて世界は完全に光に包まれた。
「世界を憂う光のパラディンによって、地上は一度 “封印” された」
「封印・・・」呟くセシルの眼下、光の中に不意に染み出るように黒い闇が浮かび上がる。
「あれは?」
「光のパラディンの “封印” を逃れた者達も居た―――闇のパラディンの力によって」
「パラディンというのは、クリスタルと同じように光と闇の二種類存在するのですか!?」驚いたようにギルバートが叫ぶと、フースーヤは頷きを返した。
「パラディンとは “世界” の代行者でもある。この時の “世界” は迷っておったのだろうな。世界を滅ぼすほどの戦争を繰り広げる人間達を害悪と思う意志と、最後まで人を信じようとする意志とに」
「でもあの闇、光に比べて随分と儚いのね・・・」ローザの言うとおり、光の中に浮かぶ闇は、今にも周囲の光によってかき消されそうなほど弱々しかった。
「繰り返すがパラディンとは世界の代行者―――つまり、それだけ世界は人間を排除する意志が強かったということじゃ。光のパラディンには聖剣ライトブリンガーが与えられ、しかし闇のパラディンにはそれに対抗する力を持つ武器がなかった」
「まさか―――」あることを察してセシルはフースーヤに視線で問う。
すると月の民はその意を読み取って重々しく頷いた。「そう。光のパラディンが持つライトブリンガーに対抗するべく、暗黒剣デスブリンガーは生み出された―――」
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厳かにフースーヤが告げると同時、場面が切り替わる。
まず初めにセシル達の目に飛び込んできたのは―――「・・・魔法陣?」
ローザが呟く。
暗く薄暗い部屋の一室。
それほど広くはない部屋の中央に、魔法陣が描かれていた。その陣の中央には一人の女性が佇んでいる。
薄衣を身に纏った、まるで絹糸のように美しく長いシルバーブロンドの女性だ。その銀の髪はローザにある人物を連想させる。
「もしかしてあの人、セシルの・・・?」
ローザが見比べるように女性とセシルとを交互に見る。
セシルは自分と同じ髪を持つ女性をじっと凝視していた。「その通り。彼女がセシリア―――お主の母親じゃよ」
フースーヤがセシルを振り返って告げる。
だが、セシルは何も反応しない。ただじっと母の姿を見つめるだけだ。「・・・あそこにいるのは―――」
不意にヤンが部屋の隅に目を向けて呟く。
部屋の中にいたのは女性だけではなかった。彼女の立つ魔法陣の外には三つの人影があった。
二人の青年―――漆黒の鎧を身に纏った青年と、魔道士然としたローブ姿の青年だ―――と、一人の少年。
少年は、まだ生まれて一歳に満たないような赤子を抱えている。「セシル・・・じゃないよね?」
リディアが青年の一人を見つめ、自信なさげに呟く。
そう戸惑うほどに、青年はセシルに良く似ていた―――が、ただ一つ、髪の毛の色は銀ではなく深い闇のような漆黒に染まっている。
と、フースーヤがセシルに良く似た青年を指さしてセシルへ告げる。「あれがクルーヤ―――お主の父じゃ」
「僕の両親・・・か」自分の肉親の姿を見て、感慨のようなものは湧かなかった。
今更、という感じもするし、なによりこれは過去の映像だ。実際にこの場に居るわけでもない。
生まれた時から存在しなかったモノだ。思い返してみても、 “神父” やオーディン王など、父親のように思っていた人達に比べれば、 “実の両親” の事など考えたことは殆ど無い。「父の隣りに居る青年はあなたですか?」
“父” と実際に口にしてみても、何も感じなかった。まあ、そんなものかなあ、と思いながら返答を待てば、フースーヤは少し怪訝そうな表情をしながらも頷きを返す。
「う、うむ。確かに私だ」
戸惑ったように答えたのは、あまりにもセシルの反応が淡白だったせいだろう。実の両親の姿が目の前に在るのだから、もう少し感動するところではないかとでも思っているのかも知れない。
「そして赤子を抱えた少年がゴルベーザ―――お前の兄であり」
「抱えられている赤ん坊が、僕・・・でいいのかな?」
「・・・その通りじゃ」釈然としない様子で頷くフースーヤにセシルは思わず苦笑した。嘘でも感動しておけば良かったかなと思いつつ、セシルは両親達の様子を見つめた。
視線の先では、その誰もが魔法陣の女性をじっと見つめていた。
哀しそうに、辛そうに―――赤子だけは、よく解っていない様子できょとんとしていたが。そんな彼らに向けて、女性は苦笑する。
「そんな顔をする必要はないでしょう? 別に死ぬわけではないのだから」
初めて聞いた母の声はとても穏やかで、しかし芯に強さを感じさせる強い声だった。
どこかローザの声に似ている、とセシルは思った。そう思ってみれば、顔立ちもなんとなくローザに似ているような気がする。(そう言えば男の子は自分の母親と良く似た女性を好きになるって聞いた憶えがあるけど)
今まで一度も母の姿を見たことのない自分もそう言うことなのだろうかと思って居ると、女性の言葉に対して青年の一人が一歩前に出て叫ぶ。
「しかし・・・っ」
声を発したのはセシルの父だ。
漆黒の鎧に身を包み、その鎧からは禍々しい印象を感じられる。
かなり質の高い暗黒の武具を装備しているようだが、そのダークフォースが外に漏れる事はない。完璧に闇の力を制御していた。「最早、こうして会話する事も、温もりも感じ合う事もできなくなるんだよ・・・?」
彼は魔法陣に踏みだし、彼女の元へ歩み寄ると抱きしめる。
鎧を着ているので、優しく、肩を抱くように。「人として生きる事も、死ぬ事もできなくなる!」
「けれど、貴方と共に在り続ける事ができる」彼女は青年に身体を預け―――それから、そっと離れた。
青年を真っ正面から見て呟く。「 “人は死ぬと言う事を知らなければならない” 」
「それは・・・」ええ、と彼女は悪戯っぽく微笑んだ。
「かつて “あの人” に言われた言葉―――人はいずれ死ぬ。だから例え後悔したとしても、望むように生きて、望むように死ぬべきだと」
でも、と彼女は哀しそうに目を伏せる。
「望んだ生き方が出来て、望んだように死ねる人間なんてそうはいない―――だからこそ “あの人” は悩み苦しみ、結果として人に対して絶望してしまった」
けれど、と彼女は目を開いてクルーヤを見返し、笑う。
「私は “あの人” のように絶望しなくて済んだ。それは貴方という人と出会えたからですよ? そして、人間でなくなるとしても、貴方の剣となり、 “あの人” を止める力となれる」
「セシリア・・・私は・・・!」
「クルーヤ!」尚も何かを言おうとした青年を、もう一人の青年が制止する。
魔道士のローブを身に纏った青年だ。クルーヤと呼ばれた青年がそちらを振り返ると、彼はゆっくりと首を横に振った。「もう時間だ。それにこれ以上は辛くなるだけだぞ」
「・・・・・・っ」フースーヤの言葉にクルーヤは何も答えず、しかし黙したまま魔法陣の外へ出る。
クルーヤが魔法陣の外に出たのを確認し、魔道士の青年は朗々と宣言する。「それではこれより “剣化” の術法を執り行なう!」
クルーヤと少年が見守る中、魔道士の青年が懐から巻物を―――呪文のスクロールを取り出し、詠唱を開始する。
詠唱するごとに魔法陣が光り輝き、セシリアを包み込んだ。「・・・・・・」
それまでずっと黙していた少年―――ゴルベーザはそのまま口を開くこともせず、じっとその様子を眺めていた。ただ、母を包む光が強くなるごとに赤子を抱く腕に力がこもり、震えていく。
震えた腕で自分の弟を抱きながら、ただじっと母の姿を目に焼き付けるように、瞬きすることもなく見つめていた。「ゴルベーザ」
光の中で母が少年の名前を呼ぶ。
「セオドールの事、よろしく頼むわね? お兄ちゃんなんだから・・・・・・」
「・・・・・・」母の言葉に、ゴルベーザは何も答える事ができなかった。
ただぎゅっと唇を結んだままだった。
代わりに小さく、こくん、と頷く。それを見たセシリアは、満足そうに微笑み―――そしてその姿が光の中へと消える・・・・・・。
「・・・セシリア」
痛々しそうにクルーヤが愛する妻の名を呟く。
だが、その声に応える声はもう無い。魔法陣から光が消え失せ、その中央、女性が立っていた場所には一振りの剣が残されていた。
闇よりも尚深い、漆黒の暗黒剣。
クルーヤは、愛する者が変化した剣に、手を伸ばしてその手に取る。
「成功したか」
「ああ・・・」苦みのこもった呟き。
それからクルーヤはゴルベーザへ向き直る。「ゴルベーザ」
「・・・はい」
「これを・・・」と、クルーヤはそれまで自分の腰に下げていた暗黒剣を外す。
それを見て、フースーヤがゴルベーザから赤子―――セオドールを受け取った。弟を叔父に預けると、ゴルベーザの目の前にクルーヤの暗黒剣が差し出されていた。
「暗黒剣ダームディア・・・お前にはまだ使いこなせないかも知れないが、もう私には必要のない剣だ―――受け取ってくれるか?」
「はい」ゴルベーザは父から剣を受け取る。
少年にはその剣はまだ大きく、暗黒剣であることを差し引いても上手く振り回す事もできないだろう。
それでも少年は、クルーヤから譲り受けた剣をしっかりと抱え込む。「クルーヤ、その剣の名はなんとする? セシリアの名を取るのか?」
兄の言葉に、クルーヤは一瞬だけ悩み―――それから首を横に振る。
「いや・・・これはライトブリンガーに対抗するために生み出された剣だ。ならばその名は―――」