第27章「月」
T.「認めがたい事実」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟

 

「ゼムスはセシリアに懸想しておった―――彼女が人でなくなった時に最も取り乱したのもあやつだった」
「じゃあ、そのゼムスって人はセシルのお母さんが好きだったから、その息子を操ろうとしたの?」

 ローザが言うと、フースーヤは頷きを返す。

「おそらくはな。彼女の息子達を操ることで、クルーヤ―――セシリアの夫へ復讐しているつもりなのかも知れぬ・・・」
「・・・すいません、ちょっと理解が追いつかないんですが」

 混乱しきった表情でセシルが手を挙げる。
 「あら」とローザがおかしそうに笑って口元に手を当てる「セシルがそんな風な顔をするのってとても久しぶりの気分よ?」

(そりゃ昔はローザの言動で一々混乱させられていたからなあ―――最近はなれたけど)

 思いつつ、必死で冷静になろうとしながらフースーヤへと問いかける。

「ええと、そのゼムスって言うのが僕の母親に惚れていたって言うのは置いておいて―――貴方やゼムスは1000年前の人なんですよね?」
「正確には2000年前じゃが」
「にせ・・・い、いやそれはともかく! ていうことは、まさか僕やゴルベーザも―――」

 当然、というようにフースーヤは頷いた。

「我らと同じ、魔大戦の時代の人間じゃ」
「・・・はあ、やっぱりそうなんですか」

 セシルはぽかんとした呟きを返した―――のは、驚かなかったからではない。
 その逆だ。
 フースーヤの言動からそうではないかと予想はしていたものの、はっきり言われても実感出来ない。驚こうにも驚けない、そんな気分だった。

 が。

「えええええええええええええっ!?!?!? セシルって2000年前の人間なの!?」

 さっきと同じようにローザが驚愕の声を上げる。
 他の仲間達はセシルと同じように理解が追いつかないのか、驚くことすらできずに言葉を失っている。
 ローザだけが素直に驚いていた。

 それがとても有り難いとセシルは苦笑した。

 自分の代わりにローザが驚いてくれる。そのお陰で少し落ち着きを取り戻すこともできるし、なによりも理解しがたい言葉を「悪い冗談だ」と頭から否定することなく受け止められる。

(そんなこと、ローザは計算して驚いてくれてるわけじゃないだろうけどね)

 それでも―――だからこそ、なお有り難いと思っていると。

「じゃあ、セシルって2000歳のおじいちゃん!?」
「ちょっと待て」
「だ、大丈夫よ! 年の差なんて関係ないわ! ・・・さ、流石に2000歳差ってちょっと引くけど」

 ちょっとぎこちなく表情を強張らせて、ローザは視線を反らす。

「おいおい、あのローザが視線を反らしたぞ・・・」
「むう。だがその気持ちもわからんでもない」
「そうだよな。2000歳も若作りしてるとか言われたらな」
「いや、若作りしているわけではないと思うんじゃが」
「・・・興味ないな」

 後ろでこそこそと囁き合う声は無視して、セシルは憮然とした顔でフースーヤへと向き直る。

「どういう事か、詳しく説明して欲しいんですが」
「2000年の時を経て、そなたがここにいる理由かね?」
「いいえ」

 そちらの方も勿論興味があったが、しかし聞かなくてもすぐに解るはずだと判断する。
 おそらくは、これから尋ねることに関連しているのだろうから。

「2000年前になにがあったのか―――貴方は僕の “母” は人間ではなくなったと言った。そのことでゼムスとやらが取り乱したとも。・・・それが全ての発端なのではないですか?」

 セシルの言葉に、フースーヤは「ほう」と感心したように呟いた。

「なかなか話の早い・・・発端、というのは少し違う―――が、ゼムスが暴走してしまった要因の一つはまさにそれじゃろうな」
「母に何が?」
「・・・ “光の氾濫” 」

 ぽつり、フースーヤは呟いて天井を仰ぎ見る。
 それはまるで、何かを懐かしむようであり、悔やむようでもあった。

「かつて “光” が世界を救うために、世界を滅ぼそうとした事があった―――その “光” に対抗するべく、セシリアは己の身を闇の剣・・・暗黒剣へと変えたのだ」
「暗黒剣・・・って、まさか!」

 世界を滅ぼそうとするほどの “光” に対抗出来る程の暗黒剣。自然と思い浮かべるのは最強を自称する “無為の絶望” 。
 セシルの頭に浮かんだモノが見えたかのように、フースーヤは頷いて肯定する。

「そなたも知っていよう―――暗黒剣デスブリンガー・・・それが、そなたの母の成れの果てだ!」
「エ、エニシェルが僕の母親!? 流石にそれは嘘だろう!?」

 その事実は許容出来なかったのか、セシルが否定するように叫ぶ。
 隣では、ローザが「わ、私ったらお義母様とは知らずに・・・」などと愕然としていたがとりあえず放っておく。

「ていうか嫌だ! それは断固拒否する! エニシェルが母親だっていうなら天涯孤独のままでいい!」
「・・・そんなに嫌か?」

 フライヤの問いかけに、セシルはしっかりはっきりと頷いた。

「自分の事を “妾” なんて自称する母親なんか欲しくない!」

 ちょっとだけセシルの気持ちがわかったのか、仲間達から「あー」と納得したような響きが返ってくる。

「しかしそうは言っても、事実であるし―――」
「事実でも断わる!」
「いや断わられても」

 ここまで拒絶反応されるとは思わなかったのか、フースーヤがちょっと困った様子で嘆息した。

「聞いても納得出来ぬというのならば、実際に見てみるかね」

 いいつつ、右手を開いて掌を上に向ける―――と、キンッ、と何か軋むような音とともに、掌の上に小さな宝石が出現する。それは大きさこそ小さいが、ゴルベーザ達に奪われたクリスタルと同じもののように見えた。

「このクリスタルの中にはかつて起こったことが記憶されている―――セシリアが暗黒剣となり、それを手にしたクルーヤが “光” と戦い、その結果どうなったのかが・・・」

 フースーヤが言い終えると同時、小さなクリスタルは淡く輝きながら天井に向かって飛翔する。
 と、天井の近くで停止すると、その場で高速回転。その内からは光の粒が漏れだして、回転とともに周囲へと撒き散らす。回転は段々と速くなり、回転が速くになるにつれて光の粒子も増大していき、やがて―――

「光が―――」

 光の奔流がセシル達を包み込んだ―――

 


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