第27章「月」
S.「兄弟」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟

 

「まず初めに自己紹介をしておこうか」

 コホン、と老人は咳払いをして己を告げる。

「私の名はフースーヤ。セトラの民の眠りを守る者・・・」
「セトラの民・・・?」
「聞き覚えがあるな」

 そう呟いたのはヤンだ。
 彼は地底で聞いた話を思い返し、セシル達に告げる。

「確か、バブイルの塔を建造し、クリスタルをドワーフ達に託したのがセトラの民だと・・・」
「さよう。月の民と言い換えた方が解りやすいだろうか? 私の同胞はこの幻の月で永き眠りにつき、目覚めの時を待っていた」

(待っていた・・・?)

 語尾が過去形だった事に疑問を感じながら、セシルは次の言葉を待つ。
 と、ローザが不思議そうに首を傾げて尋ねる。

「どうして眠っているの?」

 その問いにフースーヤはふむ、と頷き一つ。

「―――遙か昔のことだ。火星と木星の間にあった星が崩壊の危機に瀕した。その星に住む者たちは次々と死んでいき、僅かに生き残った者たちは船で青き星へと脱出した・・・それが私達の祖先」
「青き星?」
「そなたらの住む大地―――地球のことじゃ。私達の祖先は地上の者達と交流し、技術を与えた―――が、それが要因となってとても大きな争いが生まれた・・・」

 「大きな争い」と聞いて、ローザが「まさか」と息を呑む。

「魔大戦・・・?」
「その通り。その魔大戦の後、私達はバハムート様の協力を得て、地上にもたらした “力” を封じ、この月を造り眠りにつこうとした。青き星の傷が癒え、私達を受け入れてくれる時を願って―――だが、それを拒んだものが居る」

 フースーヤはく、と呻く。杖を持つ手が震えるのは怒りか、それとも悔やみのためか。

「その者は青き星に存在する全てを焼き払い、自分たちのものにすれば良いと考えた」
「ひどい・・・!」

 嫌悪を顕わにギルバートが呟く。他の者たちも同じような表情を浮かべていた。

「その名はゼムス。ヤツは精神をクリスタルへ封じて眠りについた同胞の肉体を破壊し、この月を支配しようとした。まだ眠りについていなかった私は、精神だけの存在となってしまった同胞たちの力を借り、何とか封じる事ができた―――それが1000年前の話だ」
「せ、1000年前? どんだけ長生きなんだ」

 驚く、というよりは呆れた様子でマッシュが呟く。
 だがフースーヤは首を横に振り、

「寿命はそなたらと変わらんよ。言っただろう、眠りにつく、と。普段は一種の仮死状態となって眠りにつき、何か問題が起きた時にだけ目覚めるというシステムなのだ」

 今回のようにな、とフースーヤは付け足した。
 と、ふと思い出したようにセシルが声を上げる。

「ゼムス・・・あの時の・・・!」
「セシル、知ってるの?」

 ローザの問いかけに、セシルは頷きを返す。
 ファブールで “暴走” する直前に邪悪な声を聞いたことを思い出し、それを皆に説明する。

「その時の声が、確かゼムスと名乗っていた・・・」
「ちょっと待てよ。ゼムスってのはここで封印されてたんだろ? そんなのがどうしてセシルを操ろうとすることができるんだ?」

 マッシュの疑問に、フースーヤは苦い表情で答えた。

「ゼムスは強力な思念を持っている。遠く離れた場所にいる者の精神に介入し、操れるほどのな」
「・・・まさか、ゴルベーザは・・・」
「気づいたか」

 セシルの呟きにフースーヤは苦い表情のまま頷いた。

「そう、ゴルベーザはゼムスに操られているだけに過ぎん。ゼムスはゴルベーザを操り、クリスタルを集めさせてバブイルの塔を起動させた。その目的は青き星に災厄を降ろすため」
「あ、しつもーん」

 脳天気な調子ではいはーい、とローザが挙手。
 深刻な話をしていたところに茶々入れられた気分で、フースーヤは眉根を寄せる―――が、構わずにローザは続けた。

「そのゼムスって人、どうしてセシルを操ろうとしたの?」
「え?」
「だってすでにゴルベーザを操っていたんでしょう? なんでセシルまで操る必要があったのかなって」

 言われてみればそうだ。
 バロン王となった今ならばともかく、あの時は国を裏切った騎士崩れでしかない。操らなければならない必然性は無いように思える。

「そういえば、僕のことを “みつけた” とか言ってたなあ」

 頼りない記憶を思い起こして呟く。
 つまりゼムスはセシルのことを探していたことになる。けれどセシルには全く心当たりがない。
 が、フースーヤはその疑問にあっさりと答えた。

「推測じゃが、おそらくお前達がセシリアの息子達だからだろうな」
「? なんでそのセシリアさんの息子だと操ろうとするのかしら?」
「ちょ、ちょっと待ってローザ。なにか今、凄く不可思議な事を聞いた気がするんだけど」

 セシルの表情はかつてないほどに引きつっていた。
 「どうしたの? 面白い顔して」とローザが聞いてくるが、セシルはそれに答えようとして―――言葉を失う。それほどまでに、敬愛する王を暗殺し、バロンを秘密裏に操り、フォールス中に混乱を巻き起こした “仇敵” との関係はショックが大きすぎた。聞き間違いであってほしいと思うが、聞き直す気にもなれない。

 その代わりと言うかのように、セシルほどではないが、軽く痙攣しているような表情をしたギルバートがフースーヤに問いかける。

「あの、 “息子達” って事は、まさかセシルとゴルベーザは・・・」
「うむ。二人ともセシリアの息子―――つまり兄弟ということじゃ」
「ええええええええっ!?」

 言われてようやく気がついたらしく、ローザが驚いたような声を上げた。

「ゴルベーザがセシルのお兄様!? ど、どうしようセシル! 私、お義兄様に対して失礼なことしなかったかしら!? とゆーか今からでも菓子折持ってご挨拶に伺うべき!?」
「ローザ、今はそんなこと気にしなくていいから」

 本気でオロオロと取り乱すローザ。
 ローザらしい反応にセシルは苦笑しながらも、少しだけ気が楽になるのを自覚した―――

 

 


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