第27章「月」
R.「最強概念」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟

 

 

 草原の風景が砕け―――そして、再び元の洞窟の中に戻る。

「む・・・?」

 ヤンは身体が軽くなるのを感じた。激闘のダメージが、まるで無かった事のように消えている。

「仮初めの世界から戻ってきたからか―――って、おい?」
「・・・・・・っ」

 完全に回復したヤンに対して、他の面々はそうでもなかった。
 セシルにローザ、クラウドの三人は疲れ切った様子でその場に崩れ落ちている。

「どういうことだ? 私は回復したというのに、何故そこまで疲労している?」
「 “仮初めの空間” は言わば精神の世界。物質的なダメージは消えるが、精神力は消耗したまま―――だったかな」

 理由を説明したのはギルバートだ。
 彼の言うとおり、セシル達はバハムートのメガフレアに抗するために、持てる魔力を全て使い切っている。

「・・・さ、流石にちょっと苦しいわね」

 比較的ダメージの少なかったローザも、戦いが終わって気が抜けたためか、立つ気力もないようだった。

「あれ、そう言えばバッツは何処に行ったんだ?」

 マッシュが周囲を見回す―――が、どこにも茶髪の旅人の姿はない。

「あれは召喚士の娘が一時的に召喚した存在―――仮初めの空間が消えればともに消える」

 ―――と、呟いたのは長い黒髪の青年。バハムートの人間形態だ。
 彼は苦笑しながらセシル達を見回す。

「いやはやまさか負けるとは思わなかった。私が敗北したのは、かつての “クリスタルの戦士” 以来だよ」
「・・・あまり喜べんがな」

 舌打ちしながら不満そうに返事をしたのはクラウドだった。

「俺達の攻撃は殆ど通用しなかった。最後、バッツが居なければどうしようもなかった」

 そんなクラウドの文句に、バハムートは「いやいや」とかぶりを振る。

「謙遜しなくてもいい。私のメガフレアを四度も防いだからこそ勝利に繋がったのだ。それにそこまで持ちこたえたからこそ彼女も “アレ” を呼び出せたのだろう」

 言いつつ、バハムートはリディアへと視線を移す。
 彼女は何故か無表情でぼーっと突っ立ったままだった。

「そう言えばリディア、さっきから静かじゃな。勝ったのだからもう少し喜べば良いじゃろ」

 そう言って、フライヤがリディアの肩をぽんっと叩く。
 すると、リディアの身体はそのままあっさりと倒れていった。

「・・・え?」

 地面に倒れたリディアを見て、フライヤが息を止める。

「リディア!?」

 セシルが呼びかける―――が、彼女はぴくりとも動きを見せない。その目は開かれたままで、息もしている―――生きてはいるようだが、まるで心が何処かへ行ってしまったかのように反応がない。

「まさか・・・」

 はっとしてローザが疲れ切った身体に鞭打ってリディアの傍らに移動し、その身体に手を添える。

「・・・やっぱり」
「やっぱりって、何か解ったのか?」

 セシルの問いに彼女は振り返る。その表情は蒼白で、今にも泣き崩れそうだった。

「リディアの魂が消えかかってる・・・」
「魂・・・?」
「精神が死ぬと言うこと。そうなれば、身体が生きていても死体と変わらない。生理的な反応はしても、意志がないから喋ったりもしないし、自分から動くこともない―――息をしているだけの人形みたいなもの」
「・・・・・・よく解らんが、魔法でどうにかすることはできんのか?」

 ヤンが尋ねると、ローザはその瞳に涙を溜めながら首を横に振る。

「肉体を対象にする魔法に比べて魂―――精神に直接干渉する魔法は極端に少ないの。少なくとも私の知る限りでは、魂を復元する魔法なんて聞いたこともない・・・!」
「どうしてこんなことに・・・」

 セシルもローザの説明を完全に飲み込めたわけではない。
 けれど、このままではリディアが “死ぬ” ということだけは解った。

「君が嘆かなくて済むように仮初めの中でも生き抜いたって言うのに、君が死んだら意味がないだろう・・・っ!」

 叫ぶ。が、やはりリディアの反応はない。うつろな目を見開いたまま、セシルの方へ瞳を向けようともしない。

「代償だ」

 呟いたのはバハムートだった。振り返れば、幻獣神は冷めた表情でリディアを見つめていた。

「仮初めの空間でとはいえ、あれだけの存在を喚びだしたのだ。下手をすれば精神が完全に消し飛んでいてもおかしくはない」
「呼び出したのって・・・バッツだろ!? バッツ=クラウザーがそれほど大層なものだっていうのか!」

 叫んだのはギルバートだった。彼にしては珍しく声を荒らげ、攻撃的にバハムートを睨付けている。
 突然の理不尽な “死” を前にして、自分の恋人の事を思いだしているのかも知れない。

 対して、バハムートは返答しようと口を開きかけ―――

「・・・あれはバッツじゃない」

 答えたのはバハムートではなかった。

「セシル?」
「僕も完全に理解しているわけじゃない―――けれど、あれはバッツじゃない。少なくとも “今の” バッツじゃない」
「どういう意味だい?」

 セシルはギルバートの方を振り向くと、自信なさそうな表情で問い返す。

「ギルバート、あなたも覚えているはずだ。バッツと出会ったばかりの頃、彼は父親の形見の刀を持っていた」
「うん、覚えている。一度修繕したために、鞘に収めることが出来ず、刀身を布にくるんでいた―――あ」

 気づく。
 そう言えば、リディアが喚びだしたバッツもまた、昔と同じように布にくるんだ剣を手にしていた。

「じゃあ、リディアは過去のバッツを召喚したってことなのか・・・?」
「いや・・・それも少し違う」

 セシルはバハムートの方を向いて、確認するように告げた。

「あれは “最強” のバッツ=クラウザー・・・・・・砂漠で行き倒れていた僕たちを助け、レオ=クリストフを退け、リディアのために道を切り開いて守り抜いた―――リディアが “最強” だと信じていた頃のバッツ=クラウザーだ」
「うむ」

 バハムートはセシルの言葉に満足そうに頷いた。

「君の言うバッツ=クラウザーの事は知らんが、召喚士の娘が喚びだしたのはまさしく “最強の存在”」
「・・・アイツが最強だっていうことなのか?」

 膝を突いたままクラウドが、どこか釈然としない様子で言う。
 それを聞いてバハムートは首を横に振った。

「いいや。その召喚士の娘―――リディアと言ったかね? 彼女は “最強” という概念を具現化させて召喚した――― “今の” バッツ=クラウザーの形となったのは、彼女にとって最も “最強” に近しいイメージだったからだろう」

(・・・ “今の” ?)

 セシルはバハムートの言い回しが少し気になったが、今はそんなことを気にしている場合ではないと思い直す。

「だけど、それでどうしてリディアの魂が消えかかってるんだ!?」
「言っただろう、代償だと。本来は概念でしかないものを具現化するなど神に等しい―――神ですら至難の業だ。仮初めの空間とはいえ、ただの人間がそれを行ったのだ。さっきも言ったとおり、魂が完全に消し飛んでもおかしくはなかった」
「って、そんなこと話してる場合じゃないわ! 早く何とかしないと、このままじゃ残されたリディアの魂が・・・!」

 リディアに寄り添っていたローザが悲痛な声を上げる。
 しかしセシルはそちらの方を振り向くことなく、バハムートを見つめたまま落ち着いた声で―――いや、無理矢理自分を落ち着かせ、言う。

「・・・リディアを救う方法はあるんでしょう?」

 先程からバハムートは落ち着き払っていた。
 幻獣の神ならば人間一人どうなろうと興味がないのかも知れない―――とも思ったが、仮にも自分を倒し、認めた人間を容易く失うことを望みはしまいとセシルは考えた。

 そのセシルの考え通り、バハムートは苦笑して頷いた。

「なかなか冷静な男だ。安心したまえ、もうすぐ―――おっと、来たようだ」

 そう言うバハムートの視線を追って振り返ると、洞窟の奥からゼロとカイが駆けてくるところだった。
 カイはその手に古ぼけた硝子の小瓶を掲げ持っている。その瓶の中にはなにやら液体が入っているようだった。

「お父様ー! ラムウ様に言われて持ってきてございます」
「僕に渡すです! 僕が持って行くですよ!」

 カイが持っている瓶を、横からゼロが取ろうと手を伸ばしている。
 それをカイは巧みにガードしつつ走ってくる。

「こらカイ! お姉ちゃんの言うことを聞くです!」
「駄目でございます。ゼロに渡したらきっと大惨事に・・・」
「隙アリ! とう! ゼロスティール! です!」

 一瞬の隙をついて、ゼロの手刀が下からすくい上げるようにカイの手に叩き込まれる。
 したたかに手を叩かれ、カイの手から持っていた小瓶が跳ね上げられた。

「あーーーーー!」
「カ、カイ! ちゃんと持ってるです!」
「何いってやがるでございますかこの馬鹿姉ーーー!」

 などと言い合いしている間にも小瓶は放物線を描いて飛んでいき―――

「おっと?」

 地面に落ちる寸前、丁度近くにいたクラウドが受け止める。受け止めた弾みで瓶の蓋が取れ、中身がクラウドの掌の上にぶちまけられた。

「なんだこの水―――」
「零すなクラウド! 早くそれをリディアに!」

 瓶の中身が何か察したセシルが焦った様子で叫ぶ。
 いまいちピンと来ない様子で、それでもクラウドは液体をなるべく零さないように両手でお椀を作り、リディアの傍まで移動する。

「・・・って、もしかしてそれって―――」

 セシル同様に瓶の中身を察したロックも目を見開く―――その視線の先、クラウドの掌から液体がリディアに向かってふりかけられた。とは言っても小さな小瓶に入っていた程度の量で、しかも少し零れてしまっている。リディアの頬から口元へ垂れる程度しかなかったがしかし―――

「う・・・ん・・・?」
「リディア!」

 呻き声を上げるリディアに、ローザが名前を呼ぶ。
 すると、虚ろに開かれていたリディアの瞳に意志の光が宿り、傍らにいたローザの姿に目を向けた。

「ロー・・・ザ? 私は―――きゃうっ!?」

 ぼんやりとしていたところ、ローザがいきなり上半身を抱き起こして、そのまま抱きすくめる。
 声もなくただひたすら抱きしめてくるローザに、「なんなのよ、もう・・・」とリディアは困惑しながらも、あまり嫌ではないのか、されるがままにしていた。

「お、おい・・・!」

 抱き合う二人を横目に、ロックがバハムートへと詰め寄る。
 先程のように、バハムートから強烈なプレッシャーを感じることはない。おそらくは意図的に抑えてくれているのだろう―――が、それでも少し気圧されているように声を震わせながらも意気を振り絞って問いかける。

「今の小瓶の中身、まさか―――」
「エリクサーだ。あらゆる傷を瞬時に癒やす霊薬。それは肉体だけではなく、精神をも癒やすことができる―――もっとも、完全に失われたものは元に戻すことは出来ないがね」

 もしもリディアの魂が完全に消し飛んでいれば、いかなエリクサーと言えどもどうしようもなかっただろう。

「やっぱり・・・まだ他にないのか?」
「確かあれが最後の一本だったように思うが・・・」
「・・・そうか」

 バハムートの言葉に、ロックはがっくりと肩を落とす。

「さて―――」

 と、不意に言葉を切り出したのは、さきほどバハムートの名を騙った老人だった。
 彼はセシルの方へと目を向ける。

「後回しになってしまったが、そろそろ本題に入ろうか―――聞きたいことがあるのだろう?」

 


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