第27章「月」
Q.「呼ばれし存在」
main character:バッツ=クラウザー
location:地底/幻獣神の洞窟

 

「・・・ん?」

 誰かに呼ばれたような気がして、バッツは何気なく顔を上げる。
 見上げる先の視線には空はなく、溶岩の輝きで赤茶色く映る地底の天井があった。

 ―――と、気配を察して反射的に無拍子で後ろに下がる。その目の前を、淡く蒼く光る刃が勢いよく振り下ろされていった。

「うわ、危ねー」
「それはこっちの台詞よ!」

 剣を振るった相手―――セリスがやや青ざめた様子でバッツを睨んでいる。

「いきなり余所見をしないで! 危うく斬るところだったじゃない!」
「悪い悪い。なんかリディアに呼ばれた気がしてさー」

 あまり悪びれてない様子でバッツは謝る。

「リディア?」

 セリスは周囲を見回す―――が、地上にいるはずのリディアがこんなところに居るはずもない。

「幻聴でしょ」
「だよな。・・・ってことはあれか? リディアが居ない禁断症状が!」

 「うおー、リディアー!」などと馬鹿みたいに叫ぶ馬鹿に対してセリスは嘆息。

「・・・それはいいから続けるわよ」

 言いながら、手にした剣を構えた。

 今、バッツとセリスはククロの家の庭で簡単な手合わせをしていた。
 手合わせ、と言っても試合や特訓といったものではなく、互いに新しく得た武器の感触を確かめる程度のものだ。

 バッツの手にはククロがドルガンのために作り上げた刀が鞘付きで握られていて、セリスもまた新しい剣を手にしていた。
 セリスの持つ剣は、形状は騎士剣のように両刃であり、その刃には細かく文字が刻まれている。それはバッツには見たこともないような文字で、なんでも “魔法” を文字にして刻み込んだものがそれなのだという。

 剣の名は “ルーンブレイド” 。
 ククロの作ではなく、地上を修行で渡り歩いている時に手に入れた剣らしい。

「しっかし良く似合ってるよなー、その剣」

 バッツは剣を手に提げ持つセリスの姿を見て呟く。
 言うとおり、その剣はまるで彼女のためにあるような剣だった。ククロに柄の部分を少しいじって貰ったが、それ以外は何も調整されていない。だというのに重量や重心、長さに至るまでセリスにとってしっくりくる。

「私も驚いてる―――能力まで私向きだしね」

 ルーンブレイドには特殊な能力があった。
 それは、魔力を注ぐことで切れ味が増すというものだ。際限なく、というわけではないだろうが、一度試したところ、全力を注ぎ込めばアダマンタイトも斬ることができた(バッツの斬鉄剣のように綺麗な切り口にとはいかなかったが)。

「手の方も治ったみたいだな」

 バッツの視線の先、セリスの左手は火傷で醜く焼けただれていた。
 だが、毎日少しずつ回復魔法で癒していたのが功を奏したのか、見た目はともかく普通に剣を握れるようにはなっている。

「火傷の跡までは消せなかったけれど」

 そう言ってセリスは哀しげに笑う。
 戦って傷つくことを厭うつもりはないが、それでも女性として身体に傷が残ることを、嘆くことはあっても喜びはしない。
 しかしバッツはにやりと笑って、

「別にいいだろ。そういうの、ロックは気にしないと思うし」
「・・・なんでそこでロックの名前が出てくるのよ」

 誤魔化すように視線を反らして呟くセリスに、バッツは呆れたような表情をする。

「まさか隠してたつもりなのかよ? どう見てもお前らお互いに―――」
「わああああああああああああっ!」

 突然、セリスは大声を上げてバッツの台詞を遮った。
 顔を真っ赤にして、もじもじと身体をくねらせて恥ずかしそうに呟く。

「へ、変なこといわないで! 別に私とロックは・・・だっ、だいたい、私はともかくロックは私の事なんて・・・」
「しかし腹減ったなー。あいつらまだやってんのか?」

 スルー。
 バッツはククロの家の工房の方へと目を向ける。
 そちらの方ではククロがカインと一緒に、 “槍” を作っているはずだった。

 少し前までは上手く行かずに行き詰まっていたようだが、三日前にカーライルが飛竜のアベルを連れてきてから道が開けたらしい。それからずっと工房に篭もったまま、ろくに食事も取らずに一心不乱に最高の槍を制作している。

「カーライルとタットも大変だよなあ、あの二人の面倒をずっと見て―――おわっ?」

 殺気を感じ、バッツは慌ててその場を飛び退く―――と、一拍遅れて蒼い光を帯びた剣がバッツの居た場所に振り下ろされる。

「な、なんだよいきなり! 危ねーな!」
「黙れ馬鹿! いいからさっさと再開するわよ! 今度は寝惚けたこと言ったら容赦なく斬るからね!」

 殺気じみたセリスに、バッツはなんでいきなり怒ってるんだとか思いつつ、「ま、ヒマだしな」と鞘に収まったままの剣を握りなおした―――

 

 

******

 

 

「バッツ・・・クラウザー・・・」

 リディアが召喚した青年の名を、 “外” から眺めていたマッシュが呟いた。
 マッシュはバッツの強さを知っている。
 旅人でありながら、シクズス最強のレオ=クリストフと互角以上に渡り合った男だ。

 しかし―――

「いくらバッツでも・・・無理だ・・・」

 マッシュの心中を代弁するかのようにギルバートが呟く。

 確かにバッツは “最強の旅人” だろう。
 レオ=クリストフ、セフィロス、カイン=ハイウィンドという最強を相手に戦い抜いた。
 けれども、今回はその最強達と比べても次元が違いすぎる。

 相手は人智を越えている。竜の王、幻獣の神―――バハムート。
 人間では到底敵うはずのない存在だ。

「これで終わり、か」

 諦めたような言葉を吐いたのはフライヤだった。
 まだセシル達が健在だったなら解らなかったかもしれないが、リディアと新たに召喚されたバッツ以外は全員戦闘不能だ。対して、バハムートは尻尾を斬られたものの、ダメージは大して受けていない。

 フライヤの言葉を、否定することはマッシュにもギルバートにもできなかった。
 だが。

「・・・馬鹿な・・・っ」

 震えるような声が絞り出された。
 なんだ? とマッシュ達が振り返れば、ラムウが目を見開いて、仮初めの空間に召喚されたバッツの姿を凝視している。

「どうなされました? ラムウ殿」
「ラムちゃん、すっごい汗です?」

 フースーヤとゼロが声をかける。
 ゼロの言うとおり、ラムウは滝のような汗を―――冷や汗を流していた。
 だが、二人に声をかけられたことにも気づかぬ様子で、ラムウはバッツとリディアを見つめ続ける。それは、いつものおちゃらけた調子とは縁遠い真剣な表情だった。

「なんというものを召喚したのだ、あの娘は!」
「ひうっ!?」

 反応のないラムウの顔を指でつつこうと近づいていたゼロは、突然にラムウが怒鳴ったのを聞いて驚く。

「い、いきなり叫ばないで欲しいです」

 というゼロの抗議は無視して、ラムウはゼロカイに向かって叫んだ。

「ゼロ、カイ! 今すぐ用意しなければならんものがある!」

 

 

******

 

 

「―――ただの “最強” だ」

 風そよぐ草原の中で呟くその姿を見てヤンは愕然とする。
 バッツの強さはヤンも知っている。まず間違いなく、現代での “最強” の一人だろう。
 しかしそれは人間に限った話だ。いくらバッツ=クラウザーでも、バハムートの相手になるとは思えない。

「リ、リディア・・・散々待たせておいて、これがお前の切り札なのか・・・?」

 つい文句を口にしてしまったのは、それだけ失望が大きかったせいだろう。
 突然、周囲の風景が切り替わった時には驚き、期待もした。
 強大な力を持つ幻獣を召喚出来るリディアならば “もしかしたら” と思った。

 けれどそれはものの見事に裏切られた。
 どれだけ最強の存在であろうと、人間が目の前の超越存在に敵うはずもない。

「・・・終わった」

 呆然と呟くセシルの声が耳に届いた。
 あのセシルでさえ、諦めてしまった。割と粘った方だと自分でも思うが、これで終了だ。

(まあ、ここで殺されても死ぬわけではないらしいしな・・・)

 諦めの境地でバハムートを見上げる。
 あとはバハムートがメガフレアを放てばそれで終わる。5度目を防ぐことはできない。
 覚悟を決め、攻撃を待ち構える―――が。

「・・・む?」

 ふと気がついた。
 先程からバハムートは微動だにしていない―――思念も発していない。
 こちらにはもはやバハムートの攻撃を防ぐ術はなく、バハムートが躊躇う理由もないはずなのだが―――?

「なん・・・だ? 何故、とどめを刺さない・・・?」
「おいおい、セシルの言ったことを聞いてなかったのか?」

 ヤンの疑問に、バッツが呆れたように言う。

「とどめもなにも、もう斬ったって」

 さらりと言ったその台詞をヤンは理解出来なかった。
 斬ったもなにも、バッツの刀は未だに布にくるまれているままだ。
 何を言っている? と思いながらもバハムートを凝視していると、その身体が左右でずれた。

「なんだ・・・と!?」

 バッツの言葉の意味が理解出来ず、目の前に見ている光景を信じることも出来ない。
 そんなヤンの眼前で、バハムートの巨体は縦一文字に断ち切られ、二つに分かたれる―――瞬間、周囲の草原の風景が粉々になって消し飛んだ―――

 


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