第27章「月」
P.「光の槍」
main character:ローザ=ファレル
location:幻獣神の洞窟
ローザの唱えていた魔法が完成し、光の柱が出現する―――が、それはバハムートを対象としたものではなかった。
不浄を滅する光の柱は、バハムートではなくローザを中心に出現する。―――なにをするつもりだ・・・?
光の柱をバリア代わりにするつもりか―――と一瞬思ったが、バリアを目的とするならば普通に対抗魔法を使った方が効果が高く消耗も少ない。
「光よ―――我が手に集いて一矢となれッ!」
バハムートの疑問に答えるようにローザが叫ぶ。
と、ローザ達を包んでいた光の柱が急速に縮まっていく。細く短く、それはローザの手に収縮していく。ほぼ一瞬で、数人を包み込むような光の柱は、一本の槍程度の大きさへと凝縮された。(まともに撃っても通じない・・・なら、集束させれば―――)
ローザは賢者の杖を左手に持ち替え、前に突き出す。
杖を弓に見立て、集束させた “光の槍” を矢に見立てて狙いを定める。(狙いは一点・・・!)
今はまだ対抗魔法が防いでくれている、バハムートの放つ破壊の光―――その中心めがけて光の槍を向ける。
「・・・行って!」
ホーリーシュート
ローザが叫ぶと同時、弓に引き絞られて放たれた矢の如く飛び、光の槍が破壊の光へと激突した―――
******
光の槍を放った直後、間髪入れずにローザはバハムートの攻撃を防いでくれている対抗魔法に残された魔力を注ぎ込む。
同時、背中の方で誰かが倒れる音が聞こえた。「セシル! クラウド!」
ヤンの叫び。
倒れた音はセシルのものだろう。クラウドはヤンに支えられていたから倒れなかったようだが、力尽きた事には変わりないようだった。ローザが魔法を完成させる間、代わりに対抗魔法へと注いでくれていた魔力が尽きたのだ。(私一人でも、あと少しくらい・・・!)
ローザは残りのMP全てを使い切るつもりで力を注ぐ―――が、一人では幻獣神の力には到底及ばない。反射魔法で多重に張った対抗魔法はもう殆ど削られていて、皮一枚でなんとか堪えているというレベルだ。あと数秒もしないうちに対抗魔法は突破され、破壊の光は容赦なくローザ達を呑み込んでしまうだろう。
(あと少し、耐え切れれば・・・!)
対抗魔法に力を注ぎながら前を見る。
破壊の光の中、点の様な小さな輝きが光の中にある。ローザが放った光の魔法を集束させた槍だ。如何に集束させた光の槍と言えども、バハムートの力を押し返すほどの威力はない。なのに、わざわざ破壊の光を狙ったのは、光の先にはバハムートの大きく開けた口があったからだ。
普通に攻撃してもバハムートには有効打とはなりにくい。集束させた分、さっきのホーリーよりはダメージを与えられるかも知れないが、ヤンやクラウドが攻撃を繰り返してもさほど通用しなかった。全身全霊を込めた一撃だとしても期待は出来ない。
(竜の鱗は生半可な攻撃を全て弾いてしまう―――それなら、身体の中に直接叩き込めば・・・!)
“光の槍” はバハムートの放つ力に対抗出来るほどの威力はない。
だが細く強く集束させた “槍” ならば貫くことが出来るかもしれない。
破壊の光を貫ければ、開いた口の中―――バハムートの体内へと攻撃を直撃させることができる。(お願い・・・!)
光の中を突き進む “槍” の輝きを見つめ、祈るように胸中で叫ぶ。
リディアを除けば、ローザ以外は完全に戦闘不能だ。そしてローザも、封印されるほどの威力を持つ白魔法を三度も使っている。規格外なMPを持つ彼女だが、それも底を尽きかけている。(・・・貫いて!)
“光の槍” が通用しなければそれで終わりだ。
“槍” は全てを滅ぼす光の中をその身を削りながら突き進んでいく。槍ほどの大きさだった光は、徐々に細く小さくなっていき、半ばを過ぎる頃には “矢” 程度まで小さくなる。その後もバハムートの口を目掛けて突き進みなが小さくなっていき、やがて―――「・・・うそ」
思わず呆然とローザは呟いた。
光の中、ローザが放った “光の槍” 、その輝きが完全に消え失せてしまったからだ。貫けなかった―――絶望的な事実に打ちのめされ、ローザは力無く地面に膝をつく。魔力の途絶えた対抗魔法はその力を失い、あっさりと破壊の光に打ち砕かれ、そのままローザ達も呑み込まれる―――はず、だった。
「GUAAAAAAAAA!?」
突然、凄まじい悲鳴が周囲に響き渡った。
え、と思って膝をついたローザが顔を上げれば、バハムートが首を跳ね上げ、そのまま背後に倒れていくところだった。ズシン、という軽い地震のような揺れとともに仰向けに倒れるバハムートを見て、しかしローザは何が起こったのかが解らない。
「やった・・・のか?」
同じく困惑気味にヤンが呟く。
「どうやら、ギリギリ、だったみたいだね・・・」
倒れたままセシルも呟く。こちらは顔を上げる気力もないのか、力無く地面に横たわったままだ。
ローザが膝を突いたままセシルの元へ移動して「大丈夫?」と尋ねる。回復魔法を使う力すら残っていない、それほど死力を尽くさなければならなかった―――セシルの言うとおり、まさにギリギリだった。「生きては居るよ・・・」
弱々しく苦笑しながらセシルは呟く。ほとんど死んだも同じ状態だが、ここは “仮初めの空間” だ。元の空間に戻れば戦う前の状態に戻るだろう。
しかし “仮初め” だとしても、愛する者が死にかけているのを見るのが楽しいはずもない。ローザは回復魔法すら使えない状態を歯がゆく思う。「・・・それにしても、なんでいきなり倒れたんだ?」
“光の槍” は掻き消えてしまったように見えたのだが、とヤンが疑問に思っていると。
―――なに、消えたように見えただけで、実際は貫いていたのだ。針よりも細い程度の光がな。
「なにっ!?」
驚いてヤン達はバハムートの方を見る。
見れば、バハムートは倒れたままの状態でばさり、と背中の翼を広げ―――それで地面を強く打ってその場に立ち上がった。「きゃあああっ!?」
「うぐっ・・・!?」翼が地面を打った時に生まれた風圧がヤン達を襲う。
最初から地面に倒れていたセシルはともかく、ローザやヤンに支えられていただけのクラウドは為す術もなく、風になぎ倒される。
ヤンだけはリディアを庇うようにして踏ん張り、なんとか耐えたが―――それが限界だった。風が収まった後、もはや立っていることも出来ずにその場に尻餅をついた。ヤンは地面に座り込んだまま、目の前にそびえ立つバハムートを見上げる。
「倒したのでは、無かったのか・・・?」
―――いくらなんでもあの程度で終わったりはせん。いきなり喉に攻撃を叩き込まれ、驚いただけだ。
そんな思念を飛ばすバハムートには、確かにダメージらしいダメージはなかった。
―――驚いてのけぞって・・・尻尾がないせいでバランスが取れず、そのまま無様に倒れてしまったが。
あっさり倒れてしまったのは、セシルに尻尾を断ち切られていたかららしい。
今は、尻尾の代わりにというかのように、蝙蝠に似た翼を大きく広げている。―――しかしクラスチェンジしてやったとはいえ、まさか私のメガフレアを4度も防がれるとはな・・・かつてのクリスタルの戦士達も二度は防げなかったというのに。
賞賛、なのだろうがそれをヤンは悔しげに顔を歪めて聞いていた。
敵わなかったと苦く想う。
相手は幻獣の神と称される相手だ。敵わないのも当然かも知れない―――が、あまりにも圧倒的すぎる差に対して、己の無力さに怒りすら覚える。「これで、終わりか・・・」
「そう―――終わり」ヤンの呟きに答える言葉は背後から。
後ろに居るのは一人だけだ。他は全員倒れてしまっている。「リディア・・・」
振り向けば、今までずっと目を閉じて瞑想していたリディアがヤンに向かって微笑みかけていた。
「ありがと。アンタ達がここまで保ってくれたから―――」
柔らかな微笑みを悪戯っぽく変えて、彼女はバハムートを見上げる。
「―――あたし達の、勝ちよ」
******
覚悟はしていた。
相手は幻獣王リヴァイアサン以上の力を持つ、幻獣神バハムートだ。
人間では計り知れないほどの強大な相手。だから覚悟していた。誰かが死ぬかもしれないと―――いいや、下手をすれば自分を含めてあっさりと全滅していたかも知れないということを覚悟していた―――けれど。
(誰も、死んでいない)
ヤン、クラウド、ローザ―――そしてセシル。
仮初めの空間に取り込まれた全員が、ボロボロになりながらも誰一人として死んでいない。(・・・やっぱり、凄いな)
誰も死んでいないことを、リディアは驚かなかった。
代わりに感じるのは憧憬だ。現界に戻ってきてからずっと思っていることがある。
子供の頃、リディアの周りの大人達はみんな凄い人達ばかりだった。特に、ミストの村を襲撃されてから出会った人達は、誰もが強くて優しくて、そんな人達のようになりたいと子供心に思っていた。そして今、子供の時に比べて、リディアは比べるまでもなく強くなっているはずだった。白魔法は使えなくなったが、攻撃魔法に関しては、人間の魔道士相手ならば負ける気はしない。召喚魔法だって、子供の時よりも使えるようになった。
なのに、成長した今でも、変わらずに周囲の人達は凄い人達のままだった。
(強くなりたい)
ずっとそう思っていた。
ずっとそう願っていた。子供の頃は守られてばかりだった。
なのに成長した今でも守られてばかりだ。守られなくても良いように力を求めて。
誰かを犠牲にしないために力を得たはずなのに。結局、子供の頃からなにも変わっていない。
(でも)
でも、と思う。
子供の頃から変わらなくても。守られてばかりでも。(私にもできることがある―――私にしかできないことがある!)
リディアはバハムートを見上げたまま叫んだ。
「現れ出でよ! 最強たる者!」
その瞬間、爽やかな風が吹いて―――
******
風が吹いた―――と思った次の瞬間、薄暗く味気ない洞窟の風景が色彩豊かに塗り替えられていく。
天井は青く済んだ空の色が広がり、地面には若草萌える草原が描き出されていく。―――馬鹿な・・・私の空間が乗っ取られるほどの強烈なイメージだと・・・!?
バハムートのやや乱れた思念が放たれる。
今までにない思念だ。驚くことはあっても、こうも焦ることはなかった。空間は次々に塗り替えられ、月の洞窟は穏やかな風が流れる草原へと変化していく。
「リディア・・・これは・・・?」
セシルがローザの手を借りて、上半身だけ身を起こす。
と、そのリディアの隣りにさっきまで居なかったはずの―――というより、この場には絶対居るはずのない青年の姿があった。茶色い髪の “ただの” 旅人―――
「バッ・・・ツ・・・?」
「ようセシル。お前、またそんなボロゾーキンみたいになってんのな」そう言って軽快に笑う―――そんなバッツに、セシルは言いようのない違和感を覚えた。
見た目も反応も確かにバッツだ。が、なにかが違う気がしてならない。(なんだ・・・何かが違う。確かにバッツなんだけど、バッツじゃない―――っていうか、そもそもバッツがなんでこんなところに!? リディアが召喚したのか!?)
セシルが混乱しているうちに、 “バッツ” はバハムートの方へと向き直る。
手にした刀―――鞘の代わりに、布きれを刀身にぐるぐる巻きにしてある―――を、バハムートへと向けてリディアに問いかける。「んで、あいつをブッ倒せば言いワケだよな?」
“バッツ” の言葉に、リディアは「うん」とだけ頷く―――と、そこでセシルは違和感の正体に気がついた。
(あの刀・・・って、まさかあの “バッツ” は・・・!)
―――お前は・・・
バハムートの思念が “バッツ” へと向けられる。
それを聞いて、 “バッツ” はバハムートを見上げる。「自己紹介が必要かよ? 俺はバッツ。バッツ=クラウザー―――」
名を名乗り、 “バッツ” はにやり、と不敵に笑って最後に付け加える。
「―――ただの “最強” だ」