第27章「月」
O.「呼吸」
main character:ローザ=ファレル
location:幻獣神の洞窟
光の中で剣が砕ける。
次の瞬間、剣に溜め込まれた膨大なエネルギーが解放され、大爆発を引き起こす!
しかしその爆発は桜花狂咲とメガフレアの激突とは違い、バハムートの眼前ではない。爆発は吸収されなかった分のメガフレアと相殺し、バハムートまでは届かない。
逆に、すぐ近くに居たセシルは巻き込まれる形となって―――「―――っ」
爆発によってセシルの身体が吹っ飛び、リディアの隣辺りまで飛んで地面にバウンドするほど強く叩き付けられる。
「セシル・・・ッ!」
「腕が・・・」セシルの状態を見て、ヤンとクラウドが目を見張る。
左側は割と無事だが、右半身は肌が露出してヤンと同様におどろしく焼けただれている―――特に肩から先は完全に消し飛んでいた。剣を転移させた後、続いて爆発が起こることを予測して、それを逃れようと身を捻ったのだろう。
右半身は惨状とも言える状態だが、それでもまだ生きては居るようだった。うっすらと意識もある様子で、ヤンが直撃を受けた時のように咄嗟に焼け石程度の回復魔法でも使ったのかも知れない。ともあれローザの防護魔法の効果がまだ続いているとは言え、右腕だけで済んだのは幸運といえる。
(もしくは、使い物にならない右腕を犠牲にして他を庇ったのか・・・?)
セシルならばそれくらいの判断はするかも知れない。
そんなことを考えながら、クラウドは無いよりはマシだろうとマテリアの回復魔法を使おうとした―――その時。「『ホーリー』!」
ローザの叫びとともに、地上では封印されている光の魔法が発動する!
******
聖なる光がバハムートの身体を包み込む。
それを放ったのは、 “賢者の杖” を手にした若き白魔道士だった。―――賢者の杖を持っているからもしやと思ったが・・・ホーリーを使えるとはな。
白魔法唯一の攻撃魔法。
不浄なる存在を滅する聖なる光の魔法だが、別にアンデッドなどの不浄なるモノ代表格以外に対してもそれなりに効果はある。その威力は黒魔法の基本的な攻撃魔法を凌ぎ、そこらを歩いている魔物ならば一瞬で消滅させることができるほどだ。ローザはヤンとのやりとりの後、回復魔法の代わりにこの魔法を唱えていた。
バハムートの一撃はセシルが何とかする―――ならば、自分がやらなければならないのはその後の事だと。
すでにヤンもクラウドも戦闘不能、セシルだってもう限界だ。リディアがなにを狙っているのかは解らないが、少しでもバハムートにダメージを与えておくべきだとローザは考えた。それに。(攻撃は最大の防御だって言うものね)
思いつつ、バハムートを包み込む光の柱に力を注ぎながら、さらに魔法詠唱。
“神” と名の付く存在に光の魔法がどれだけ通用するか解らないが、それでも。(重ねて放てばッ!)
「『ホーリー』!」
先にはなった光の魔法に重ねてもう一度同じ魔法を放つ。今度のはさっきよりも詠唱は短く威力も劣る―――が、仮にも地上では封印されているほどの魔法だ。二つ重ねれば、幻獣神といえども多少は―――
―――通じると思ったか?
「え」
聖なる光の中、平然とするバハムートを見てローザは愕然とする。気を取られると同時、光の柱はあっさりと薄れていき、やがて消失する。
「な・・・なんで・・・? やっぱり “神” に聖なる力は通じないって事!?」
普通に考えてそうかもしれないって思ってはいたけれど! と、ローザは頭を抱える。
が、それを否定するようにバハムートの思念が飛んできた。―――そんなことはない。今のは割と驚いた。
「驚いただけ!?」
―――ホーリーの二連発とは大した魔力量だが、肝心の魔力自体はさほど強くはない。クラスチェンジしてもこの程度では・・・こういうのもなんだが、魔道士としての才能が無いのではないか?
「う、うるさいわよ! そんなこと解ってるもの!」
うー、とちょっと涙目でローザはバハムートを睨む。
バハムートの言うように魔力の量は尋常ではないが、元々魔道士としての素養は無い。それを努力と根性とセシルへの愛のみで白魔法を習得したのだ。「こうなったらアレだ! カイン=ハイウィンドも泣き喚いたという噂の “回復魔法” を!」
「・・・だ・・・だめだ・・・ローザはクノッサス導師の修行で、昔ほどの威力を失ってしまった・・・」ヤンの叫びに、半死半生―――というか九死一生とでもいうべきな状態のセシルが弱々しく呟く。クラウドのマテリアで少しは回復して貰ったようだが、他の二人同様にもうまともに戦うことはできないだろう。
「むう、なんという事だ・・・修行したがために弱くなってしまうとは・・・!」
「なにかしら。ここは怒って良い場面の気がする・・・」―――いい加減にそろそろネタも尽きただろう。これで終わりだ!
四度目。
バハムートはその口の中に破壊の光を集め出す。
対してローザは杖を構え直して口早に魔法詠唱。(まだ終わりにはしないわよ!)
心の中で叫び、魔法を発動させる。
「『リフレク』!」
緑の光がセシル達を包み込む。魔法を反射させる反射魔法の光だ。
しかし何故かその光はローザだけを包み込んでいない。そのことを疑問に思いながらも、バハムートは思念を呟く。―――無駄だ。私のメガフレアは反射魔法を貫通する・・・。
(誰もそんなこと期待してないわよ! ・・・・・・ちょっとだけしか)
心の中で呟き返しながら、ローザは続けて魔法を詠唱。
―――しかし、ローザが魔法を発動する直前にバハムートの力が解き放たれた!
メガフレア
膨大な魔力を秘めた破壊の光が四度放たれる。
それがローザに届く直前、彼女の唱えていた魔法が完成する!「『シェル』!」
魔法威力を減らす対抗魔法だ。戦闘開始直後にローザがかけた魔法だが、いまさら重ねがけしたところで幻獣神の一撃を防げるはずもない。
しかしローザは対抗魔法を自分一人ではなく、仲間達全員にかけていた。反射魔法をかけていたセシル達に。その結果、ローザの放った対抗魔法は四人分反射され、ローザに集束する!
淡い緑の光が集束、重なり強く輝きローザの眼前に壁となって出現する。
そこへバハムートの放った光が激突した。「お願い、持ちこたえて・・・ッ!」
ローザが緑の光壁に全精力を注ぎ込む。
何重にも重なった抗魔の輝きによって破壊の光がせき止められる―――が、それでもまだ破壊の光の方が力は僅かに上のようで、抗魔の壁はじわりじわりと押し込まれていく。「ん・・・っ、く・・・ぅ・・・っ!」
両腕を前に突き出し、ローザは必死になって魔力を注ぎ込む―――が、破壊の光の浸食は止まらない。
(駄目・・・このまま、じゃ・・・)
「あきら・・・めるな・・・っ!」
思わず下がりかけた身体を、その背中を何かが支える。
耳元で囁いたその声は―――「セシル・・・?」
半身を傷つき、もはやロクに動けないはずのセシルだった。
彼は残された左手でローザの肩を掴んでいる―――その手から、僅かながらセシルの魔力が流れ込んでくるのをローザは感じた。「その通りだ! まだ諦めるのは早い!」
反対側の肩をヤンの手が掴む。
彼は両腕が砕けたクラウドの肩を抱いてローザの肩に手を添えていた。「・・・ここまでやったんだ、もう少し凌いで見せろ」
ヤンを通し、クラウドの魔力もローザに流れ込んでいく。
「ヤン・・・クラウド・・・―――ええ!」
強く頷いて、ローザは対抗魔法にさらなる魔力を注ぐ。
破壊の光の浸食は僅かに遅くなったものの、しかし止まることはない。このままでは壁が突破されるのも時間の問題だ。
だからローザは一つの決断をする。
彼女は先程と同じ事をもう一度心の中で呟いた。(攻撃は最大の防御―――これに賭けるしかない・・・!)
「セシル、クラウド! ほんの少しの間で良いから持ちこたえて!」
叫び、しかし返答は待たずにローザは魔法の詠唱を開始する。
返事がどうであろうと、無理だというならどのみち終わるだけだ。「 “光は力なり、力は光なり―――” 」
ローザは魔法の詠唱をしながらも、まだ対抗魔法に魔力を注ぎ込み続ける。
対抗魔法を維持しながら別の魔法を唱えるのには極度の集中力を必要とする。簡単に言えば、右手と左手で全く別の作業を同時にこなすようなものだからだ。しかし、対抗魔法の方に魔力を注がなければ一瞬で破壊されてしまうだろう。セシルやクラウドの力は残り少ないため、ギリギリまではローザが力を尽くすしかない。「 “天の輝き、地の灯火、水の煌めき、星々の瞬き―――” 」
―――・・・またホーリーを放つつもりか?
普通、魔法の詠唱を聞いただけではどんな魔法を使うかはハッキリとは解らない。
だが、バハムートはローザの詠唱の内容と、状況を見て再び―――いや、三度目になる光の魔法を放つ気だと推測する。少しでも通じれば、メガフレアを止められると思ったのだろうが――――――無駄だ。その程度の魔力では私に有効なダメージは与えられぬと解っているだろうに。
その諦めの悪さを、しかしバハムートは無様だとは思わなかった。
力の差を見て、早々に諦めることは潔いのかもしれないが、例え敵が遙かに強大であろうとも、勇敢に戦い抜こうとする者こそ認めるに価すると考えている。
すでにバハムートは彼らを認めていた。だからこそ――――――手加減はせぬ。
ローザ達へ向ける破壊の光へさらに力を注ぎ込む。
「ぐぅっ・・・!」と、ローザの顔が歪み、対抗魔法の光壁が一気に削れる―――が、崩壊寸前で持ちこたえた。「 “陽光、月光、あまねく数多の光よ! 集いて我が力となれ!” 」
詠唱を完了し、ローザが魔法を完成させる―――直前。
「クラウド!」
「・・・・・・っ!」セシルがクラウドに合図を送り、二人は同時に持てる力の全てを対抗魔法へと注ぎ込む!
それは絶妙なタイミングだった。特に打ち合わせしたわけではないのに、セシルが自分の呼吸を読んで合わせてくれたことに身が震えるほどの歓喜が彼女の身体を貫いた。(少しはカインに近づけたのかしら)
セシルと出会った頃から、ずっとローザはカイン=ハイウィンドの事を羨んでいた。
誰よりもセシルと息が合う唯一無二の親友。
かつてローザがセシルのことを一方的にでも強引に愛そうとしたのは、セシルとカインの二人ほどの互いを解り合うことが出来ないと諦めていたせいなのかもしれない。戦いの中で呼吸を合わせるという、セシルとカインの二人には当たり前のことであるだろうが、ローザにしてみれば初めての体験に興奮し、自分でも驚くほどの力が湧き上がってくる。
その湧き出た力も、対抗魔法に注いでいた力も全て、ローザはこれから放つ魔法に注ぎ込み―――叫ぶ。「『ホーリー』!」
そして眩いばかりの光の柱が出現する―――