第27章「月」
N.「一か八か」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟

 

 バハムートの尻尾の一撃が、立ちつくすセシルを襲う!

「セシル!」

 思わずローザが叫ぶ。
 明らかに逃げ場がない攻撃だ。しかしローザは目を背けずに、じっと事の結果を確認する。

 ローザ=ファレルはセシル=ハーヴィの事を “信じない” 。
 だから何時いかなる時でも、どんなことが起こったとしても、自分の目で結果を見るまで信じない―――そう、決めていた。

「え・・・?」

 その結果を見て彼女は間の抜けた声を漏らす。
 尻尾がセシルを薙いだと思った次の瞬間、しかしセシルは変わらずその場に立っていた。
 いや、全く変わらずと言うわけではない。いつの間にか、腰に差していたはずの剣を抜き放っている。腰をやや落とし、剣を振り抜いたその体勢は―――

「居合い・・・?」
「斬鉄剣・・・だと・・・?」

 弱々しく呻くような声。振り返ってみれば、倒れたままだったヤンが身を起こすところだった。

「ヤン、大丈夫なの!?」
「いや、大丈夫とは言い難いが、な」

 上半身を起こすのが精一杯らしい―――怪我の状態を見れば、それだけでも並はずれた行為ではあるが。
 ヤンはセシルを見つめ、信じられない、とでも言うかのように呟く。と、その時、すぐ近くで何か巨大なモノが地面に激突する音が響き、ローザ達を軽い震動が襲う。

「な、なに―――!?」

 何かと思い見回せば、なんとローザ達のさらに後方にバハムートの尻尾が落下し、地面を割っていた。
 尻尾の断面は、これ以上ないというくらいに綺麗に断たれている。

 ―――これは、驚いた。

 感嘆。
 と、バハムートは思念を飛ばす。
 尻尾には痛覚は無いのか、その思念には苦痛は込められて居らず、純粋に驚愕しているだけだ。

 ―――こうも見事に斬られたのは始めてだ―――が。

 からん、と乾いた音を立て、王の剣が地面に落下した。

「う・・・ぐぅっ・・・」

 続いてセシルはその場に跪き、右腕を反対の手で押さえる。

(腕が・・・こりゃ筋でも切れたかな・・・完全にイカれてる―――)

 セシルは力の入らない腕を押さえながら、声も出せない程の激痛を、歯を食いしばって堪える。ともすれば気が遠くなりそうな激痛に耐えながら、力の入らない右腕を押さえていた左手を放し、その手で地面に落ちている剣を掴んだ。
 そんなセシルを見下ろし、バハムートは感心半分呆れ半分に思念を飛ばす。

 ―――まだ戦う気か・・・しかし。

 すっ―――とバハムートは息を吸い込む。と、その口元に三度膨大な魔力を集め始める。

 ―――丁度五分だ。

 先程よりも、後衛までの距離が短い。
 バハムートはローザ達を含めたセシル達全員を一気に仕留めるつもりで、魔力を集束させる。
 対して、セシルは激痛に耐えるので精一杯の様子だった。
 体中に滝のような脂汗を噴き出させ、左手は剣を掴んでいるものの、それを持ち上げることも出来ない。

「ローザ、回復魔法を!」

 ヤンが叫ぶ―――が、ローザは首を横に振った。

「セシルはまだ終わってない! この程度で終わりだなんて私は “信じない” !」

 ―――その言葉を、セシルは少しでも気を抜けば一気に意識が消し飛んでしまいそうな激痛の中で耳にする。
 無茶を言うなあ、と思いつつ苦笑。そして。

(つまり僕は、彼女にそこまで “不信” を抱かせるほどに無茶をしてきたってことかな)

 思い返せばそうかも知れない。死にかけたことなんて、もう数え切れないほどだ。
 ここ半年ほどが特に多いが、それ以前だってそれなりに無茶なことをしてきた。そしてその度に、彼女は不安を抱え、心配し、苦しんでくれたのだろう―――つい最近まで、そんなことは考えもしていなかったが。

(・・・というか、誰かが心配してくれるなんて考えもしなかったから、無茶してきたのかもしれない―――)

 剣を持つ手に力を込める。
 セシルは天涯孤独の身だ。だから他の誰かが死ぬよりは、自分が犠牲になった方がマシだと無意識のうちに考えていたのかも知れない。
 しかし今は違う。自分の事を愛してくれる人が居る。王として慕ってくれる者たちも居る。それを解っている。だから無闇に命を張るような無茶はできない。

(―――なんて、思ってたんだけどなー)

 苦笑したまま、セシルは膝に力を入れて立ち上がる。
 相変わらず激痛は右腕から伝わって頭の中でガンガン鳴り響いてきてる―――が、慣れてしまったのかマヒしてきたのか、あまり痛みを痛みと感じなくなって来ている。

 見上げる。
 と、巨竜が膨大な魔力の光を顎でくわえ込んでいるのが見えた。人智を一笑するような恐るべき存在。まともな人間ならば、その威風だけで怯えすくんで気を失ってしまうかもしれない。そうでなくても、今から放とうとしている一撃は人間一人分など容易く消し飛ばすほどの威力がある。

 今まで無茶はし続けてきたが、流石にこんなモノと相対する無茶はダークドラゴン・アストスと戦ったくらいで、他は思い当たらなかった。
 ただ、ここは “仮初めの空間” だ。ここで死んでも本当の死ではない。そういう意味ではどんなに無茶をしようとしても無茶にはならない。

 しかし、セシルは仮初めだろうと現実だろうと、同じ状況なら同じ事をしただろうと自覚する。

 結局、関係なかった。
 天涯孤独だろうと愛する者が居てくれようと、セシル=ハーヴィの無茶は変わらない。
 必要とあれば故意に刺されもするし、こうして幻獣の神相手に立ち向かったりもする。
 リディアには悪いと思うが、バッツが死んだ時の話を詳しく聞いて、思わず共感してしまったりもした。きっと自分でも同じ事をやってしまっただろうと。

 ―――立ち上がったところでそれでは何も出来まい。すぐに楽にしてやろう・・・!

 右腕を力無く下げ、ふらつきながらも立ち上がったセシルを見てバハムートが思念を飛ばし、直後溜めていた魔力を一気に解き放つ!

 

 メガフレア

 

 破壊の光がセシルを、そしてローザ達へ向けて放出される。
 対してセシルが行った行動はただ一つ。
 手にした剣を、天井に切っ先を向けて持ち上げる。無論、先程のクラウドのような魔晄の剣など使えるはずもない。剣を振り上げたところで対抗できない―――はずだった。

(とっておきの無茶を行ってみようかぁっ!)

 

 魔封剣

 

 セシルが掲げた剣。その剣にバハムートの放った力が吸い込まれていく。

 ―――馬鹿な! 私の魔力を吸収するだと!?

 破壊の光を吐き出しながら、バハムートが驚愕の思念を放つ。

(このまま、抑え込む・・・!)

 セシルは吸い取った力を魔力に転化せず、そのまま剣へと溜め込んでいく。

 魔封剣はセリスの得意とする技だ。
 敵の魔法の魔力を剣に引き寄せ、己の力とする魔法剣士ならではの技。
 かつてセシルはそれをやろうとして失敗し、死にかけたことがある。
 だがそれはまだ魔法の素養が無かった頃の話だ。

 魔封剣には二つのパターンがある。
 一つは剣に吸収した魔力を自分のものにしてしまうパターン。
 そしてもう一つは、そのまま魔法剣として解き放つパターンだ。

 前者は相手の魔力を自分の魔力へと転化させるため、かなり高度な技術を必要とする。間違っても、魔道士としては見習いレベルであるセシルが使える技ではない。
 対して後者は吸収した魔力を、単に抑え込むだけでいいために難易度は低い。実戦で何度か使ったり、ポロムにある程度教えてもらったりもして、ある程度白魔法を使いこなせるようになったセシルならばやれないこともない。

 しかしそれは普通の人間の魔道士が使う魔法に対しての話だ。

 幻獣が扱うような強大な魔力となってくると話は別になってくる。幻獣の魔力は人間の魔力を凌駕する。特に幻獣神の放つ必殺の一撃ともなれば、セリスでも抑えることは難しいだろう。できたとしても、ルビカンテ戦のように、剣が耐えきれずに暴発してしまう。

(・・・やっぱり剣が持たないか・・・?)

 セシルは必死で左手に持つ剣へ集中する。
 その剣は、ぴしりぴしりと少しずつ細かくひび割れていく―――が、まだ砕け散ったりはしない。

 この場には居ないが、もしもセリスが見ていたら驚くだろう。バハムートの力はルビカンテの比ではない。魔力が付与されたわけでもない剣など、一瞬で砕け散っていてもおかしくはないはずだからだ。前述したように、例えセリスだったとしても、今頃は剣が砕けて魔力の暴発に巻き込まれているだろう。

 ただ、セリスと比較して、セシルには一つだけ有利な点があった。
 それは扱ってきたエネルギー量の差。
 暗黒騎士として今まで使ってきたダークフォースは、単純な力で比べるならば魔道士の魔力よりも遙かに強い。さらに最近では最強の暗黒剣であるデスブリンガーや、聖剣ライトブリンガーの力をも使いこなしてきた。それらの力は幻獣にも匹敵する。

 こと、膨大なエネルギーをコントロールすることにかけては、セシルの右に出る人間はそうそう居ない。
 だが、そんなセシルでも限界というものはある。

 ―――なかなかやる・・・と、言いたいところだが、長くは保つまい。

「ぐ・・・っ」

 バハムートの告げたとおり、今はなんとか抑え込めているが、それもあと一分も保たないだろう。
 王の剣も崩壊寸前だが、何よりもセシル自身が限界だった。
 バハムートほどの力を抑え込むには全身全霊で剣へ神経を注ぎ込まなければならないが、その集中力を右腕の激痛がかき乱す。一瞬でも気を抜けばお終いだが、いつ気が遠くなってもおかしくないような状態だ。

(くそ・・・っ、これじゃあ、予定まで保たない・・・!)

 元々、完全にバハムートの力を抑え込めるとは思っていなかった。
 だから、放たれた力の半分まで力を溜め込んだら、それを解き放って残りと相殺させるつもりだったのだが。
 まだ三分の一にも満たない上に、それを下手に解き放とうものならば、身体が耐えきれずに吹き飛んでしまう。

 ―――もう諦めろ。お前達は良くやった。

 セシルの様子を見ながらバハムートが思念を飛ばす。

 ―――諦めることは恥ではない。これが人と幻獣との差なのだから仕方が・・・

「嫌だね」

 苦笑しながらセシルは呟いた。
 その呟きは小さなもので、しかしバハムートの思考を断ち切るほどの “強さ” があった。

 セシル=ハーヴィは今までずっと無茶をして、何度も死ぬような目にあってきた。
 けれどその一方で、どんな状況でも、これで死んでも “仕方ない” と諦めたことは一度もない。例え相手がガストラの将軍だろうと最強の竜騎士だろうとダークエルフの変化した巨大な竜だろうと、最後の瞬間まで諦めなかった。

 そして今だって、まだ諦めていない―――すくなくともやれることがあるうちは。

(こうなったら一か八かだ・・・!)

“我が剣よ、光の中に―――”

 覚悟を決め、セシルは短く魔法の詠唱をする。
 ビキィッ、と一際大きく剣にヒビが入る。崩壊寸前―――だが、構わずにセシルは魔法を発動させる。

「『テレポ』!」

 使ったのは転移魔法。セシルの魔法に応え、手の中の剣が消え去った。
 しかし詠唱は短く、なおかつ片手間の魔法だ。当然、そんなに遠くに飛ばすことは出来ず、剣が転移したのはセシルから1メートルも満たない程度の場所。

 バハムートの放っている破壊の光の中へ転移した剣は、一瞬で砕け散る。そしてそのまま内包していた魔力を解き放ち、周囲に向かって撒き散らした―――

 


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