第27章「月」
M.「死に抗う者」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟

 

 竜の攻撃をセシルは必死になってかいくぐる。
 虫ケラのように潰さんと、振り下ろしてくる豪腕や巨大な足を、セシルは四方八方に飛び回り、転げ回って回避し続けていた。

 バハムートは巨体で、それ故に攻撃のモーションが解りやすく攻撃を読みやすい。加えて、先程までヤンやクラウドの戦いを見ていたセシルは、バハムートの動きを完全に見切っていた。
 だが、相手の動きは決して緩慢ではなかった。巨体の割には素早く、しかも直撃を避けたとしても、動きによって生み出された風圧がセシルの行動を阻害し、地面を砕いたその破片が襲いかかる。

 それでも破片は目に入らないようにさえすれば、ローザの防護魔法がほぼ防ぎ、風圧はバハムートの追撃から逃げるために逆に利用する。

 セシルが一人で立ち向かって一分ほど経過したが、まだなんとか生き延びていた。

「このままなら5分くらいは保つか・・・?」

 蚊帳の外でフライヤが呟く。
 彼女らはそもそもバハムートと戦う資格すら与えられず、 “仮初めの空間” の外でセシル達の戦いを眺めていた。仮初めの空間の中からこちらは見えないが、こちらから見ることは可能だ。干渉することはできないが。

「・・・いや、どうだろうな」

 難しい顔をして呟いたのはロックだった。

「このままじゃ保たないと?」

 ギルバートの言葉に、ロックは僅かに頷く。

「いくらなんでもセシルの方に不利すぎる。地面を軽々と砕くほどの一撃だぜ? 直撃どころかかすっただけでもそれで終わり―――だからセシルは一つ一つ、全力で逃げ回らなきゃなんねえ。しかも休むヒマもなく」

 ロックの言うとおり、動きを見切っている割に、セシルには余裕はなく全力で逃げ回っていた。
 戦闘開始からまだ一分少々だというのに、完全に息を切らせている。

「しかもアイツ、昨日は寝てないだろ」
「「あ」」

 指摘され、ギルバートとフライヤは同時に声を上げた。
 魔導船の中で、セシルはずっとボー艦長の話を聞いていた。昨晩は一睡もしてないはずである。
 セシルは多少寝なくても平気な体質だとは言っているが、だからといって完調であるはずがない。

「そんな状態で、あと数分とはいえ保つとは思えねえな―――剣が使えればまだマシかもしれないけどよ」

 セシルは剣を抜いていなかった。
 使い慣れていない剣では、抜いても邪魔になるだけだと考えたのだろう。そもそも、聖剣や暗黒剣ならばともかく、ちょっと切れ味が良いだけの剣が、幻獣に通じるとは誰も思っていないが。

「あれ? でもそれならなんで剣を捨てないんだろう?」

 ギルバートが疑問を呟く。
 使えない剣なら、捨ててしまった方が身軽になる。
 確かに、とロックも首を傾げた。

「そういやそうだな・・・捨てるヒマが無かったってわけでもないだろうし―――てか、さっき抜こうとしてなかったか?」

 バハムートが二度目のメガフレアを放つ際、セシルは剣の柄に触れていた。
 結局、その時はクラウドの桜花狂咲によって防がれたが、あの時確かにセシルは剣を抜こうとしていたように見えた。
 ギルバートとロックが不思議そうにセシルを見つめるその隣で、フライヤがハッとする。思い出されるのはバロン城、謁見の間でのベイガンとの戦いの記憶が脳裏に蘇った。

「まさかセシルはあの時と同じ事を―――?」

 

 

******

 

 

「はあ・・・はあ・・・ッ」

 セシルがバハムートと相対してそろそろ4分が立とうとしていた。
 たった数分間とはいえ、全力で逃げ回っていたために全身汗だくで、それだけではなく息も切らせっぱなしであえぐように呼吸をし続ける。その割りには顔色が青ざめているのは酸欠のためだろうか。

 ―――よくぞここまで保った。

 セシルを見下ろして、バハムートが思念を飛ばす。

 ―――久方ぶりに随分と楽しませてもらったが、そろそろ終わりにするとしようか!

 そう言って、バハムートは巨大な足を振り上げる。
 それでセシルを踏みつぶそうとするのだろう。セシルは強引に息を止め、歯を食いしばって跳んで逃げようと―――

「!?」

 ―――したところで、思わず硬直する。
 バハムートの狙いはセシルを踏みつぶす事ではない事に気がついたからだ。その巨大な足は勢いよくセシルの頭上を通り過ぎ、その横手に踏み込まれた。地面を割り、その破片が風圧とともにセシルを襲う―――が、それを足を踏ん張り耐えて、踏み込まれた足とは逆の方向を振り向いた。

 振り向いた瞬間、半ば予測していた通り、眼前へと迫るものが見えた。
 バハムートの巨大な尻尾だ。今まで、バハムートは尻尾による攻撃を行ってこなかった。それもあってか、疲労の極限にあったセシルは対応が遅れる。振り向いた時には、もはやどうしても回避不可能なくらいに目の前に迫っていた。

(死ぬ―――)

 そう思った瞬間。
 セシルの目の前で、尻尾の動きがピタリと止まった。

 

 

******

 

 

(これは―――)

 正確には止まったわけではなかった。止まって見えているだけだ。
  “死” を目前にした瞬間、瞬間的に集中力が極限まで高まり、思考が加速したために起こる現象。

(前にもあったな、こんな事)

 目の前に “死” が迫っていると言うのに、ぼんやりとそんなことを思い出す。
 かつてミシディアでクラウドと対峙した時、その圧倒的な力に死を覚悟した時だ。
 あの時と同じように、自分を含めた世界の全てが停滞している。周囲も停止しているが、同じように自分自身も止まっていた。身体どころか視界も動かすことは出来ない。そしてその視界には、バハムートの尻尾が目一杯広がっている。

(こりゃ駄目だろ)

 冷静に判断した。
 今は止まっているが、世界が動き出せば猛スピードでセシルへと到達し、その身体を打ち砕くだろう。回避している余裕はない。もう少し早く気づいていれば転移魔法でギリギリどうにかなったかもしれないが。

(どうしようもないな)

 繰り返し、認める。
 こうなってしまえば仕方ない。諦めて “死ぬ” しかない。別に死んだって構いやしない、どうせ “仮初め” なのだから。ここで死んだとしても、本当に死ぬわけじゃないから問題は―――

 

 ―――バッツが死んだわ。

 

 響くのは少女―――彼にしてみれば彼女はまだ幼い少女で―――の声だ。

 バッツ=クラウザーは自ら命を断った。
 それは生き返ることが前提での事だった―――が、それでも彼女は心に深い傷痕を残していた。

 

 ―――後で生き返ったからって、それが何だって言うの!? あの時の光景、あの時受けたショックは一生忘れない!

 

 セシルは自ら命を断つわけでもない。
 けれど彼女の目の前で死んだなら、同じようにショックを受けてくれるだろうか。
 そんなことを思い、思考の中でセシルは苦笑した。

(死んでたまるか)

 思う。

(人は死ぬと言うことを知らなければならない・・・仮初めだろうと現実だろうと、それは容易い気持ちで受け入れて良いもんじゃないだろうッ!)

 少なくとも、それで誰かが―――身近な誰かが傷ついて、哀しみ苦しむのならば。

(死ぬ直前まで活路を見いだせ!)

 だから、とセシルは自分自身に命じた。

(動けッ! 生きるためにッ!)

 全てが停止した思考だけの世界で、セシルは声なき絶叫を上げた。
 世界が動きだしてしまえば、セシルにはどうする術もない。だからこの状態のままで、眼前に迫る “死” を打ち砕くために。

(動けええええええええええええええええっ!)

 思考が爆発する。
 途端、まるで呪縛から解き放たれたかのように、右手が動いて腰の “王の剣” に触れる。

 そして次の瞬間、世界は再び動き出す―――

 


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