第27章「月」
L.「ハンデ」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟
バハムートの口から吐き出された破壊のエネルギーと、クラウドの魔晄の剣が激突し―――その果てに大爆発が起こった。
眼前で起こった爆発に、バハムートの首から上が巻き込まれる。「グアアアアアアアッ!?」
バハムートが思念ではなく、洞窟全体を振るわせるような声で悲鳴をあげてのけぞった。竜王はよろめいて、数歩後退する―――が、やはりあまりダメージは無いようだった。のけぞったのも、突然の爆発に驚いたという意味合いが大きいようだ。
「・・・ちっ」
致命傷を与えられなかった事にクラウドは舌打ちする。
今の力と力のぶつかり合い、ほぼ互角だったが、結果を判定するならばクラウドに軍配が上がったと言えるかも知れない―――が、クラウドは悔しそうに腕をだらりとさげたまま、バハムートを睨み上げる。その手には巨剣は無く、地面に落としていた―――完全に腕が死んでいる、もう剣を振るうどころか握ることも出来ないだろう。頭もいつの間にか、いつも通りのツンと立った金髪に戻っていた。―――まさか私のメガフレアと互角の威力とはな。だが・・・二度は使えまい?
バハムートの思念が飛んでくる。
もう一度どころか、これでクラウドも戦闘不能だ。「・・・・・・っ!」
しかしクラウドは痛みを堪えるように身を震わせながら、ゆっくりと地面に膝をつく。だらりと下げられた手が地面に落ちた巨剣の柄へと触れる。力の入らない手で、それを何とか掴み上げようと―――したところで。
「『テレポ』」
不意にセシルの声が聞こえた、と思った瞬間、クラウドは触れた巨剣ごと転移していた。
気がつけば、目の前にリディアの背中が見えた。「な・・・っ!?」
思わず周囲を見回せば、すぐ傍には倒れたまま小さく呻いているヤンの姿もある。どうやらセシルの魔法によって、ヤンと一緒にローザ達の背後まで転移させられたようだった。
状況を把握したクラウドは剣を握らずに―――完全に壊れた手で巨剣を拾い上げるのは無理だったろうが―――立ち上がると、リディアとローザの向こう側に居るセシルに向かって叫ぶ。「なんの、つもりだ・・・!」
叫ぶ、と言うよりは両腕の激痛を堪えているせいか、押し殺したような声だったが。
しかしその声に対して、セシルは聞こえたのか無視したのか、反応を返さない。
その代わりというわけでもないだろうが、ローザがクラウドとヤンの元へと駆け寄ると回復魔法を施す。完全には回復しないが、それでも多少は痛みは和らいだ。「何のつもりもなにも、貴方達は戦闘不能だから退避させたんでしょう」
「・・・俺はまだ戦える」
「剣が持てないのに?」
「マテリアがある」巨剣に填められた色取り取りの結晶を見やりクラウドは反論する。剣が振るえなくても、マテリアで疑似魔法を使うことはできる―――しかし。
「疑似魔法があの竜に通じるとでも?」
「・・・・・・」疑似魔法は魔道士の素質がない人間でも使え、また詠唱の必要もなく手軽に使える―――反面、魔道士達の使う魔法よりも威力が劣る。戦いが始まってからクラウドは疑似魔法を一度も使わなかった。それは攻撃魔法など幻獣神には通用しないだろうし、補助魔法もローザの援護の方が強力だったためだ。
「あのままあそこにいても、ヤンもろともバハムートの攻撃に巻き込まれて無駄死にしてただけよ」
「だが、あいつ一人でどうなるワケでもないだろうが!」苛立ちまじりにクラウドが言い捨てると、ローザはにっこりと微笑んだ。
あまりにも場違いな微笑みに、クラウドは思わず呆気にとられた。「どうにかすると思うわ」
「え・・・?」
「私には、セシルが勝算も無しに一人で立ち向かおうとするなんて信じられない」そう、ローザが呟いたその時だ。
―――面白い!
バハムートの思念が、ローザ達の所まで届く。
―――仲間を二人失っても尚、この私に勝つつもりなのか!
それは目の前のセシルに向けられた言葉。
その思念をクラウドは呆気にとられたまま聞いて―――やがて、嘆息してローザに問いかける。「そこまで信じられるのは恋人だからか?」
「何を言っているの?」くすっ、と笑ってローザは訂正する。
「私は “信じられない” と言ったのよ?」
「は・・・?」意味が解らずに、また呆けた声を上げたが、ローザはそれ以上答えては来なかった―――
******
「さて、と」
ヤンとクラウドを転移させた直後。
セシルはバハムートを見上げると、苦笑を浮かべる。間近で見ると、本当に巨大だなあ、などと思いながら。「これでヤンとクラウドは戦闘不能―――というわけで、今度は僕が相手をするよ」
―――・・・まだ戦うつもりか?
「暇潰しに戦いを仕掛けて来たのはそっちだろう―――それとも、もう満足したってことかな?」
セシルの言葉にバハムートは返事をしなかった。
言われたとおり、彼にとってこれはただの暇潰しだった。別に何時やめても構わない程度の遊び。
ヤンとクラウドの二人―――前衛が戦闘不能になってしまった以上、後は戦いになどならないだろうと思っていた。白魔道士であるローザに攻撃能力は殆ど無く、リディアは先程から動こうともせずになにやら集中している。残るはセシルだが、パラディンにクラスチェンジしているとはいえ、今のセシルは聖剣を持っていない。
パラディンは聖剣を持ってこそ力を発揮する―――逆に言えば、聖剣がなければパラディンだろうが普通のナイトだろうが、能力的にはさほど代わりはない。リディアが何をする気なのか興味はあるが、まだまだ時間がかかりそうだ。もう一発でもメガフレアを放てばそれで終わり―――そう、バハムートは思っていたのだが。
「ああ、だけど戦う前に一つ頼みがあるんだけど」
セシルがにこにこと愛想笑いを浮かべ、上目遣いにバハムートを見上げて言う。
「やっぱり僕だけハンデ無しっていうのは酷いだろう? というか、むしろ僕がハンデを上げているようなもんだ」
言いながら、彼はぽんっと腰の剣を叩いた。聖剣が無くて、本来の力を発揮出来ないと言いたいのだろう。
だが、ハンデと言ってもバハムートは聖剣など持っていない。神剣の類なら一振り持っているが、それはまだ認めていない者に渡すわけには行かない剣だ。
さてどうしたものかと思案していると、セシルが提案してくる。「なに、ちょっと手加減してくれるだけでいい―――具体的にはさっきの破壊のブレスを使わないでくれるだけで構わない」
―――メガフレアを封じろと?
バハムートが尋ねると、セシルは頷きを返す。
それを見て、バハムートは愉悦が沸き上がるのを抑えきれなかった。―――面白い! 仲間二人を失っても尚、この私に勝つつもりなのか!
ヤンとクラウドを戦闘不能に追い込んだのは、どちらもメガフレアによるものだ。
それさえ封じれば、勝てる―――などとセシルは思っているわけではないだろう。
しかしそれがなければ、セシル一人でもある程度は保たせることができるかもしれない。セシルの狙いは “時間稼ぎ” だということをバハムートは見抜いていた。先程から精神統一し、魔力を高めて何かをやろうとしているリディアを信じ、彼女が準備を完了するまでの時間を稼ごうとしているのだ。絶対的な強者に対し、砂粒みたいな可能性に賭けて立ち向かう意志の力を、バハムートは面白いと思った。
バハムートは思い出す。状況は違うが、今のセシルと同じように、何者も―――バハムートでさえ、遂に挫くことは出来なかった強い意志を持ち、立ち向かってきた女性の事を。
セシルの顔に彼女の面影を重ねながら、バハムートは頷いた。―――よかろう、ならば5分だけ封印してやろう。
「5分って・・・短くないか?」
―――先程の二人が戦闘不能になるまで10分ほど。一人頭で計算すれば5分だろう? ハンデには十分だと思うが。
バハムートの理屈―――屁理屈かもしれない―――に、セシルは苦笑する。
「そういうことなら仕方がないか」と呟いて、腰の剣は抜かずに身構えた―――