第27章「月」
K.「一撃」
main character:クラウド=ストライフ
location:幻獣神の洞窟
ローザは空を吹っ飛びながら、自分を投げて強引に退避させたヤンが高魔力のブレスの中に消えるのを見た。
悲鳴を止め、口早に魔法詠唱を開始する。「 “癒しの光よ! 親愛なる友の命を繋ぎ止めよ!” 」
「―――おっと」詠唱しながら飛んできたローザの身体をセシルが抱き止める。
最初からそれを信じていたのか、ローザは全く集中を揺らがさずに魔法を行使する!「『ケアルガ』!」
破壊の光の中に包まれ、姿の見えないヤンに向かって回復魔法を飛ばす。直後、バハムートの放ったメガフレアの余波がセシル達の場所まで到達する!
「く・・・っ!」
ローザを抱きかかえたまま、セシルはバハムートに向かって背を向けた。
衝撃波と共に、砂や土、石などが飛んでくる。ゴン、と割と大きめの石が頭に直撃するが、ローザの防護魔法のお陰かそれほどダメージはなかった。
セシルがわざわざ背中を向けたのは、二人を庇うためだ。それは胸の中に抱いたローザと、今セシルの目の前で一心不乱に集中しているリディアの二人。その集中を乱さぬために、セシルは背中で衝撃を受け止める。「・・・止んだか?」
不意に衝撃波が収まり、セシルは背後を振り返った―――と、その向こう側には悠然と立つバハムートと、その足下でボロボロになり、体中からいくつかの白い煙を上げて倒れているヤンの姿があった。
「ヤン・・・!」
まさか死んだのか? とセシルの頭に一瞬不安が過ぎる―――だが。
「ぐ・・・」
僅かに弱々しくヤンが身じろぎした。
―――ほう、私のブレスを受けてまだ生きているか。
思念でそう呟きながらも、バハムートはヤンが生き残れた要因を見抜いていた。
クラスチェンジにより、ヤン自身も防護能力が増していたこともあるが、それにローザの防護魔法が加わり、最後にヤンがダメージを受けると同時に回復魔法で癒していた。そのうちのどれが欠けても、ヤンは “死んで” いただろう。―――しかし、それではもう戦えまい。どうせならばいっそのこと死んでいれば良かったものを・・・
残酷な言葉に聞こえるが、ここは “仮初めの空間” だ。ここで死んでも実際に死ぬわけではない。 “死んで” この空間から現実に戻れば受けたダメージや痛みも消える。逆に言えば、死なない限り苦痛を受け続けなければならない。
足下で呻き声を上げるヤンに向かって、楽にしてやろうとばかりにバハムートが足を上げる―――と。「させるかっ!」
クラウドが巨剣を握り、バハムートへ向かって突進する。その勢いのまま地を蹴って跳び上がると、ヤンに向かって振り上げた足を狙い、巨剣を一閃―――しようとするのを見て、バハムートは反射的に足を退いた。
一撃が外れ、クラウドは無言で顔をしかめると、ヤンの身体を飛び越えて着地する。それから剣を構えずに、地面へと突き立てる。(くそ・・・もう、限界か・・・)
手に力が入らない。力を入れようとすると痛みが走る。それはまだ堪えられない痛みではなかったが、時間が経つに連れ、剣を振るうにつれて増して来ている。
先程、ヤンが飛び出した時にクラウドも続かなかったのはこれが原因だった。腕に痛みを感じ、逡巡しているうちに出遅れてしまった。
“リミットブレイク” ―――限界を超えた力で巨剣を振り回したせいで、腕が耐えきれなくなってしまったのだ。
しかしまともな状態ならば、この程度で壊れてしまうほどソルジャーの肉体は脆くない。バロンでクノッサスに忠告されたとおり、セフィロスの偽物相手に使った “セカンドブレイク” のダメージはかなり根深いようだった。それでも今まで保ってくれたのは、クラスチェンジのお陰かも知れない。―――なぜ、邪魔をする・・・?
これからどうするか、と悩むクラウドに向けてバハムートの思念が飛んできた。
―――そのものはもはや戦えまい。この空間に留まらせることは、苦しませるだけだぞ・・・?
「それでも死んで貰うわけにはいかないんだよ」
答えたのはクラウドではなかった。
背後から聞こえた声に振り向けば、いつの間にかヤンの元へセシルが駆け寄っていた。
セシルはヤンの具合を見る―――と、一目で瀕死の状態だと解る。まるで赤く燃え上がる焼きゴテでも全身に押しつけられたかのように、ヤンの皮膚という皮膚が焼けただれていた。不思議なことに超高熱に晒されたと思われる状態で、実際にヤンの身体もかなり熱くなっている―――のだが、周囲の地面などからは熱を殆ど感じない。ヤンの服も、プスプスと焦げ臭い煙を上げているが、黒こげになったり燃えたりしていなかった。
ともあれ、ヤンの状態は常人ならば間違いなく死んでいるだろうと思えるほどの有様で、普通の回復魔法ではまともに治癒するのは難しいに違いないとセシルは見て取った。クノッサスのような高位の白魔道士が使う蘇生魔法ならばなんとかなるかもしれないが。
バハムートの言うように、息の根を止めてやった方が慈悲なのかもしれない。しかしセシルはそうしようとは思わなかった。例えこの場が―――
「―――仮初めの空間で、死が本当の死でないとしても、殺させるわけにはいかない」
―――・・・何故だ? 戦闘不能というのは解るだろうに。
しかしその疑問には答えず、セシルはただ不敵に笑う。
―――まあ、いい。どちらにしろやることは変わらない―――蹴散らすまでだ。
そう思念を放ち、バハムートは息を吸う。その口元に、再び破壊の光が輝き始めた。
それを見て、セシルは一瞬だけリディアの方を振り向く。リディアの前にはセシルの代わりに守るというようにローザが立っていた。
リディアが何をする気かは知らないが、それが通じなくても、間に合わなくてもアウトだ。(リディアはまだか―――まずいな、一撃くらいは防げるかも知れないけれど・・・)
胸中で呟きながら、セシルは腰の剣に手を添える。全く使い慣れていない剣だが、振るう以外にも使い道はあった。しかし “それ” をやれば、セシルはヤン同様に確実に戦闘不能になるだろう。が、他に手がないならばやるしかない。
「そうだな・・・どちらにしろ変わらない」
と、セシルが剣を抜こうとした瞬間、クラウドがぼそりと呟いた。
地面に突き立てていた巨剣を引き抜き、両腕で握るとバハムートへ向かって真っ直ぐに掲げた。「どちらにしろ壊れるならば、一撃で決めるッ」
セカンドブレイク
瞬間、クラウドから凄まじい力が放出される。
すぐ傍にいたセシルは気圧され、思わず三歩ほど後退した。「・・・クラウド?」
セシルは疑問詞とともにクラウドを見る―――のは、ほんの一瞬でクラウドの様相が変わっていたからだ。セシルの視点ではクラウドの背中しか見えないが、その背中がいきなり爆発的に伸びたクラウドの髪の毛が覆っていた。今まではツンと立っていた金髪が、まるでハリネズミのように背中を覆っていた。色も、金髪から黒髪へと変化している。
「う、お、お、お、お、おお、おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」
変身したクラウドが雄叫びを上げ、その身体から魔晄の光が噴き出した。
碧い光は掲げ上げた巨剣にも伸び、覆って、巨剣を軸にして魔晄の剣を形成する。それはバハムートの背にも匹敵するほどの超巨剣だ。
それをバハムートも顎の中に魔力集束させながら見て、興味深そうに思念を放つ。―――私のメガフレアに匹敵する力か! 面白い・・・我が一撃とどちらが上か比べてみようかッ!
クラウドが魔晄の剣を生み出すと同時、バハムートも魔力を溜め終わる。
バハムートが破壊の光を放つと同時に、クラウドも魔晄の超巨剣を振り下ろした。
メガフレア
桜花狂咲
二つの高エネルギー同士が激突する。
魔晄の剣は敵を叩きつぶさんとバハムートに迫り、対してバハムートの放つ破壊の光がそれを押し返す。二つの力は押しつ押されつ互角にせめぎ合い、互いに力を喰らい合い、やがて徐々に拮抗して―――爆発が起こった。