第27章「月」
J.「竜王の本気」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟
「くそ・・・っ!」
悔しそうにマッシュは拳を地面に打ち付けた。
目の前では、クラウドとヤンが巨大な竜を相手に攻勢かけている。バハムートの力で一時的に潜在能力を上げられた二人は、見上げるほど巨大な竜を相手に互角以上に戦っていた。
しかし、マッシュはその場には居ない。見えてはいるが、バハムートの作り出した “仮初めの空間” に取り込まれては居なかった。「どうして俺はあの場に居ない・・・!?」
戦いの場に居ないことが溜まらなく悔しい。
すでに威圧は解かれていた。バハムートの姿は見えるが、向こうは仮初めの世界に居るためか、恐ろしさは感じるものの、まるで魔導船にあったモニターを通してみいるような感覚で、どこか現実感が無い。「・・・仕方在るまい。我々は竜王の威に屈してしまった。戦う資格すらないということじゃろう」
フライヤが応える。だが、そんな彼女の口調もどこか苦みがあった。
口では仕方ないと言いつつも、自分の無力さを悔しく思うのはマッシュと同様だ。「二人とも、そんなに気落ちするなよ。ありゃあ人智を越えた存在だ、膝を屈しても恥じゃねえって」
むしろああして戦っている奴らのほうが異常だとばかりにロックは言う。バハムートの威圧に対し、ロックは最初から抵抗していなかった。戦士ではなく、トレジャーハンターの彼は強大な相手に下手に立ち向かおうとは思わない。
「恥じゃないにしても悔しいことは悔しいよ」
もう一人、この場に残されたギルバートも戦士ではない―――が、彼の場合はロックほど割り切ってはいない。王族としてのプライドもある。せめて心の準備が出来ていれば、もう少し抵抗出来たのにと思わずにいられない。
「―――でも、このままなら問題なく勝てそうだね」
さっきも述べたようにヤン達はバハムートと互角に戦っていた。二人の波状攻撃で、少しずつ竜王にダメージを与えていく―――その一方で、バハムートも腕を振り回し、足を振り上げ、尻尾を振り回して反撃するが、その殆どをヤン達は回避していた。クラスチェンジした二人は敏捷性も上がっていて、対しバハムートも敏捷性は負けていないが、巨体であるため動きが解りやすい。最初にヤンが叩き落とされたように何度か直撃を受けたが、ローザの防護魔法と回復魔法のお陰で致命傷には至らない。
「そいつはどうかな?」
ロックはギルバートの言葉を肯定しなかった。
彼は、バハムートとは少し離れてヤン達を見守っているセシルとリディアを振り返る。「少なくともあいつは楽勝とは思ってないみたいだぜ?」
ロックの言うとおり、セシルは厳しい表情で戦いの様子を見つめていた―――
******
「―――このまま行ければ良いんだけどね」
ヤン達の戦いを眺め、リディアが呟く。
しかし、その声音にはあまり期待は込められていなかった。
仮にも幻獣神と呼ばれる存在だ。いくらクラスチェンジしたからと言って、それだけで倒せるとはとても思えない。「おそらくバハムートはまだ本気じゃない」
隣にいたセシルが、リディアの気持ちを肯定するかのように呟く。
―――かつて戦ったダークドラゴン・アストスは、ダークフォースのブレスを吐いた。
ならばバハムートも何かしらの特殊攻撃があるはずだが、それをまだ見せていない。
戦う理由を「ヒマだから」とバハムートは言った。あの竜王はこの戦いを暇潰しにしか思っていない。ならば最初から全力を出そうとはしないだろう。「・・・リディア、勝算はあるような事を言ったよね? 何か手があるなら頼むよ」
セシルは言いながらバハムートを見つめる。
「彼が遊んでいるうちにさっさとケリをつけたい」
「解った―――でも、かなり時間がかかるかも。だから・・・」リディアの言葉に、セシルは力強く頷きを返す。
「うん。それまで必ず君を守ってみせる」
その言葉に、リディアは思わず頬を染めた。
「は・・・恥ずかしい事言わないでよ、馬鹿」
言い捨てて、リディアはロッドを構えて精神を集中する。
魔力を高めていくリディアに、セシルは首を傾げた。「・・・? なにか変なこと言ったかな、僕」
******
メテオレイン
魔晄の力が無数の光弾となってバハムートへ降り注ぐ。それを受けて、バハムートはさらに後退―――と、その背中が洞窟の壁に当たって止まった。
遂に洞窟の端まで追いつめ、クラウドとヤンの気勢が上がる。「よし、このまま一気に―――」
―――行かせるわけには行かんな。
インパルス
バハムートの目がギラリと輝き、その眼前に二つの光弾が出現する―――と思った次の瞬間。
「え・・・?」
「・・・なっ!?」光弾は一瞬でクラウドとヤンの胸元へと着弾していた、瞬間、凄まじい衝撃を感じて二人の身体が吹っ飛ぶ。
それは後方で援護していたローザの頭の上を飛び越えて、さらに後方に位置取っていたセシル達の元まで吹き飛ばされた。「ぐっ・・・なんだ・・・?」
「今のは・・・っ!?」防御魔法のお陰でそれほどダメージはない―――が、為す術もなく吹っ飛ばされ、二人は困惑を抑えきれない。
――― “衝撃力” を込めた光弾だ。触れれば吹き飛ぶ。・・・さて!
そんな思念を飛ばした後、バハムートは洞窟の壁にめり込んでいた巨体を起こし、前へと跳躍。
前に出ていた二人が吹っ飛ばされたことにより、最前となってしまったローザの眼前へと着地する。「えっ・・・と」
唖然として巨体を見上げるローザに対し、それを踏み潰さんとバハムートはその足を振り上げた。
―――まずは一人・・・。
「させんっ!」
ズガァンッ、とまるで最強の竜騎士の如くに地面を砕きながら地を蹴り、ヤンがバハムートへ向かって大跳躍する。
一跳びで間合いを詰め、二飛びで竜の腹部へ向かって必殺の蹴りを放った。それはいつもの風を身に纏った風神の如き一撃ではない。
ヤンを取り巻く風が擦れ合い、雷気を生み出す。刹那のうちにヤンの周囲を無数の紫電が走り、それは束ねられ、電光となってヤンの身体を覆い尽くす!(私が長年終業しても完全には成し得なかった技―――今ならば!)
かつてマッシュに対して見せた技、その完成形。
雷神が如き蹴りが一直線にバハムートの巨体を蹴り上げる!
雷神脚
雷霆思わせる一撃がバハムートの腹部にめり込む。足を振り上げていたこともあり、バハムートは簡単に体勢を崩して後ろへとよろめいた。たたらを踏み―――それでもすぐに体勢を立て直す。渾身の一撃さえも、しかしそれほどのダメージにならないことを知り、ヤンは舌打ちした。
「上手く事が運びすぎたとはおもっていたが―――まだ奥の手を隠していたとはな」
―――奥の手?
バハムートを見上げ、呟くヤンに対して幻獣神は疑問の思念を返した。
―――何を勘違いしている。真の奥の手とは・・・。
思念を放ちながら、バハムートは大きく息を吸い込んだ。
と、口の中に輝きが灯る。それは膨大な魔力を圧縮した輝きだ。「ぐっ・・・これ、は・・・!?」
ヤンは呆然としてその輝きを見つめる。魔法の素養の無いヤンでも解る―――いや、魔力に縁の無い人間にすら解るほどの極大な魔力だと言う方が正しいだろう。
ビリビリと肌を震わすような力に、ヤンは振り返るとローザの身体を掴み、力任せに投げ飛ばした。「きゃ―――」
悲鳴をあげながら、ローザがセシル達の方へ向かって投げ飛ばされる。そして―――
―――こういうものを言うのだ!
直後、バハムートの口から、想像を絶するエネルギーがヤンへと向けて放たれた!
メガフレア