第27章「月」
I.「クラスチェンジ」
main character:セシル=ハーヴィ
location:幻獣神の洞窟
“領域” がバハムートを中心に広がっていく。
目に見えるわけではなかったが、それに自分が包まれた瞬間、何かが変化するのをセシルはなんとなく感じた。「・・・他の奴らが消えた・・・?」
クラウドが周囲を見回し、訝しげに呟く。
バハムートの前に跪いていたギルバート達や、他にもフースーヤやゼロとカイ、ラムウの姿も無くなっていた。「そうか、この経験があるのは僕とリディアだけか」
クラウドとローザ、ヤンはオーディン戦には参加していない。
セシルは “仮初めの空間” についてクラウド達に説明する。「・・・白昼夢の世界―――つまりここでならどれだけ無茶しても現実に影響はない、と」
クラウドが背中の巨剣を引き抜きながら言う。
「肉体的にはね。でも精神は消耗するし、死んじゃえばその恐怖がトラウマとして残る場合もある」
リディアが苦い表情で呟く。以前、オーディンに “殺された” 時のことを思い出したのだろうか。
「さて」
と、声を上げたのはバハムートだった。
青年の姿をした幻獣神はセシルらを見回して告げる。「始める前に “ハンデ” をあげる約束だったね」
「その姿で相手をしてくれるとか?」セシルが冗談半分本気半分で言う。
竜の王というならば、その本性はやはり竜なのだろう。おそらくはかつて戦ったアストス―――ダークドラゴンをも凌駕するはず。あの時はライトブリンガーの力で勝利する事が出来たが、今その聖剣はこの手にはない。現状で、あの時のダークドラゴンに勝てる術を、セシルは思い至ることはできなかった。「それではハンデになりすぎる―――正直、この状態の私には戦闘能力が殆ど無い」
「戦闘能力はなくとも、人間よりは遙かに頑丈だがね」などと言った後、不意に。
「・・・ッ!?」
カッ、とまばゆい光が青年の身体から放たれる。
目が眩み、思わずセシル達は目を覆った―――程なくして光が収まり、目を開ければそこには。「これは・・・」
それを見上げ、畏怖したようにヤンが呟く。
人の数倍―――三階建ての家屋よりも尚巨大なドラゴンが、セシル達を睥睨していた。漆黒のドラゴン―――だが、ダークドラゴンのような蛇身ではなく、二足で立つトカゲの類に似た形をしている。
しかしそれはただの巨大な爬虫類というわけではなく、正に “王” と称するに相応しい威風を纏っていた。「これが・・・竜王バハムート・・・」
「―――あれ? ヤン、動けるようになったのか?」
「む?」セシルに指摘され、ヤンはさっきまでその身を縛っていたプレッシャーを感じなくなっていることに気がついた。
「本当だ。何時の間に―――いや、それどころか身体の奥底から力が沸き上がってくるような・・・?」
身体が妙に軽く感じる。それは、先程まで威圧されていた反動かと最初は思ったが、明らかに普段以上の力を自分自身に感じている。そのヤンの身体をほのかな光が包み込んでいた。
そしてそれはヤンだけではなく、他の者たちも同様だった。「すごい・・・身体が熱くって、今までにない力を感じる」
「うん・・・これなら、きっと―――」ローザが自分自身の肩を抱き、リディアが軽く拳を握る。
クラウドも巨剣を振り回し、身体の感触を確かめた。「これは地底の時と同じ―――いや、それ以上だ」
地底でサイファーと戦った時に発揮した力を思い出す。
流石にセカンドブレイクほどの力ではない。あそこまで行けば逆に肉体が耐えきれない。「なるほど、これが “ハンデ” というわけか」
クラウドがバハムートを見上げて言う。
すると巨竜はその巨大な首を頷かせる、と声ではなく “思念” がクラウド達の頭に直接響き渡った。―――そう、本来ならば “証” 在る者だけに与える恩恵。人間の秘める潜在能力を引き出す――― “クラスチェンジ” を一時的に行った。この仮初めの空間限定だがね。
「これが・・・クラスチェンジ」
リディアは幻獣たちから話には聞いていた。
だが、聞いた時は単にちょっとしたパワーアップだとばかり思っていたのだが。(なんだろ、これ。強い力、っていうよりも知らなかった自分に感覚・・・!)
力が上がった事も確かだが、まるで自分自身が書き換わって、異なる存在になったような気分だった。
今までできなかったこと、考えもしなかったことが今ならばできる気がする。「あのー」
リディア達がクラスチェンジに歓喜している中、セシルだけが困ったようにバハムートを見上げる。
「僕は何も感じないんだけど」
溢れる力を表わすかのように、リディア達の身体はほのかな、しかし力強い光が覆っていた。
しかしセシルだけはまるで変わらない。―――君はすでにクラスチェンジを行っている。私がクラスチェンジさせられるのは一度だけだ。
「え、そんな覚えは―――いや・・・そうか、パラディン!」
そう。セシルは試練の山でパラディンに “クラスチェンジ” している。
つまり、これ以上のクラスチェンジは出来ないということだ。「じゃあ僕だけハンデなしか!?」
「フン、問題ないな」
「ああ、これなら私達だけでもいける・・・!」嘆くセシルに、クラウドとヤンが自信満々にバハムートを睨み上げた。
「かつてないこの力ならば、竜の王と言えども!」
「今の俺ならばどんな “最強” にだって負けはしない・・・!」―――ならば来るがいい。そして私に示せ、お前達の力を!
バハムートの思念が放たれ、戦闘が始まった―――
******
最初に行動を起こしたのはローザだった。
「来て・・・!」
彼女が呟くと、その手に一本の杖が光と共に出現する。
青く大きな宝玉のついた杖。
それをセシルは見覚えがあった。「それって・・・確か “賢者の杖” ?」
ゾットの塔でローザを助けた後、いつの間にか彼女が持っていた杖だ(正確にはローザが手に入れたのはファブールでだが、セシルは暴走したり気絶したりでそれを知らない)。
それを自在に呼び出せるとはセシルは知らなかったが、今のは呼びだしたと言うよりはまるで―――(まるで、オーディン様の “ミストルティン” のように生み出したような感じだった・・・?)
軽く困惑する視線の先で、ローザは口早に詠唱する。
それはリディアに匹敵するほどの短い高速詠唱で、即座に魔法を完成させた。「『プロテス』!」
セシル達全員に魔法の鎧が付与される。さらに続けて。
「『シェル』!」
連続で追加されるのは抗魔の力。クラスチェンジの恩恵なのか、異なる魔法を連続で使用し、さらに本来なら対象が単一の補助魔法を味方全体に付与している。
二つの防護の力を受けて、クラウドとヤンが同時にバハムートへと突進する!
破晄撃
魔晄の一撃がクラウドから放たれる。通常ならば地を這うような光が、まるで津波のようにバハムートへと押し寄せた。
竜の巨体が魔晄を受けてよろめく―――ところに、ヤンの追撃!
風神脚
疾風の弾丸となったヤンの跳び蹴りが、バハムートの身体にめり込んだ。溜まらずに咆哮を上げ、バハムートはさらに後退―――しながら、その巨大な腕を振り回し、ヤンを地面へとはたき落とした。
叩き付けられたヤンの身体は、まるでゴムボールのように地面を跳ねる。普通の人間ならば、それだけで即死だろうが、ローザの防御魔法がお陰か、よろめきながらも立ち上がり―――続けて後方に跳び、踏みつぶそうとしてきたバハムートの足を回避。間合いを取ったところで、ローザの回復魔法がヤンの身体を癒やす。「この程度ではさすがに終わらないか―――だが」
「このままなら、行ける!」一回の攻防で、ヤンとクラウドは手応えを感じていた。
一人だけなら勝ち目はないが、ローザの白魔法の援護もあれば互角以上に戦えると確信し、二人は再びバハムートへ飛びかかった―――