第27章「月」
F.「ゼロカイリターンズ」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月

 

「・・・・・・」

 月面が突き立っている子供の下半身を眺め、セシル達は呆然としていた。

「えっと・・・なにこれ?」
「死んで・・・は、ないみたいだけど」

 ちょっと自信なさげにギルバートが呟く。下半身しか見えないが、その足がぴくぴくと動いてるところからして、まだ死んでいないようだ―――が。

「でも、さっきの勢いからしてフツーは生きてないよね?」

 リディアもまた自信無さそうに呟く。
 もの凄い勢いで空―――月には空が存在しないので、つまりは上の方から―――墜落して突き刺さったのだ。普通ならば間違いなく即死コースだ。というか頭や首の骨が砕けてスプラッタ風味になることは間違いない・・・のだが、何故かこの子供はギャグマンガよろしく地面にめり込んでいる。

「と、とりあえず抜いてあげた方が良いのかなあ・・・」

 と、セシルが呟いたその時だ。

「―――ぷはあっ!」

 子供が自力で地面から上半身を引っこ抜いた。
 少年だ。
 黒目黒髪で、髪の毛は短く刈り揃えられている。如何にも良いところのお坊ちゃんという様相で、その服装もタキシードという正装姿でだった。彼は簡単に体中についた砂を振り払ってから服装と髪型を整えると、セシル達に向き直る。ちなみに少年は―――ついでにタキシードにも―――砂埃で汚れてはいたが、傷ついた様子はない。

「お初にお目にかかりま」

 と、一礼―――しかけた瞬間、少年の頭の上にもう一人子供が振ってきた。今度は少女で、少女は少年を蹴倒すようにしてその背中の上に乗って、セシル達へにっこり微笑んだ。

「初めまして。僕はゼロと申しますです」

 少女は短いスカートの裾をつまんでお辞儀をする。少年と同じ顔立ちをした少女だった、髪型まで同じように刈り揃えられているが、服装はタキシードではなく白と黒のフリルがいくつもついた、いわゆるゴスロリファッションというやつだ。

(なんかエニシェルと印象がかぶるな・・・あっちはフリルは少なくて、代わりにスカートが大きいけど)

 などとセシルが感想を抱いていると、ゼロと名乗った少女は自分が踏みつけている少年の背中をヒールでぐりっと捻る。「ギャー」と少年が実に悲鳴らしい悲鳴を上げるのを聞きながら少年の紹介をする。

「こちらは弟のカイです」
「とゆーか、いつまで乗ってるでございますかーっ!」

 カイが勢いよく跳ね起きる―――と、その上に乗っていたゼロは中に跳ね上がり、しかし華麗に一回転してふわりと地面に着地する。

「カイ、いきなり起きあがると危ないです」
「高速飛行中に『カタパルト発射です♪』とか言っていきなり人を射出した挙句、いきなり頭の上から踏みつぶす方が危ないでございますよっ!」
「まあ、確かにそれは危ないです! ・・・でも、そんな危険なことをする人はいないと思うですよ?」
「・・・・・・」

 “今、カイの目の前にいるでございます” とでも言いたげに恨みがましい目で見つめるカイをさらりとスルーして、ゼロは唖然としているセシル達に向き直った。

「貴方達がフーちゃんのお友達です?」
「フーちゃん?」

 聞き覚えのない名前にセシルは訝しがると、カイがぼそりと呟いた。

「別にこの方達はフー様のお友達というわけではないでございますよ? 単にクル様のご子息というだけでござ」

 肘。
 目にも止まらぬ動きでゼロの肘がカイの側頭部にめり込み、カイは勢いよく吹っ飛んだ。十数メートルほど、月面上を何度かバウンドしてようやく止まる。

「べっ、別に解ってましたですー! 今のはカイを試しただけですー!」
「・・・姉というのはかくも不条理なものでございますよ」

 遠くで喚く姉の声に、カイは倒れたまま仏頂面で呟いた。

「全く、相変わらずじゃのう」

 ひょっひょっひょと苦笑しながらラムウが前に出ると、ゼロは「あ」と声を上げる。

「ラムちゃんです!」
「「ラムちゃん!?」」

 ゼロが口にした呼び方に、ロックとリディアはぎょっとしてラムウを凝視した。

「どこがラムちゃんってツラだ!?」
「ジジイに似合わないこと甚だしいわね・・・」
「何を言う! ワシは雷の幻獣じゃぞ!」

 ラムウの反論になってない反論に「それが?」とリディアが聞き返す。

「なんじゃ知らんのか? 『トラ柄のビキニまといし “ラムちゃん” なる者、宇宙の彼方より飛来し雷撃を撒き散らさん』・・・という伝説があるんじゃよ。つまり、同じ雷属性なのでワシがラムちゃんでも問題なし! いや、むしろぷりちーでチャーミングなワシにピッタシカンカン!」
「意味がわかんないっつーの!」

 リディアがツッコミと同時に蹴りを入れる―――が、ラムウはあっさりと光速回避。
 と、そんなやりとりを眺めながら、吟遊詩人として神話伝説の類に詳しいギルバートが怪訝な顔をする。

「聞いたことないなあ、そんな伝説」
「聞いたことあったらむしろ驚きじゃい。なにせこの世界が始まる前の世界の話じゃからのー」
「じゃあ『知らんのか?』なんて聞くな。つーか、なんでジジイがそんな昔の事知ってるのよ」
「ワシ、偉いもーん。なんでも知ってるもーん。ほらほら敬え〜」

 リディアに向かってえっへんと胸を張るラムウは無視して、セシルがゼロに尋ねる。

「それで結局、君達はなんなんだい? 敵、じゃないよね?」

(・・・敵意は感じられないから敵じゃないと思いたいけど)

 もしも敵だったらかなり間抜けかつ緊迫した状況だなあと思いつつ、ちらりとカイの吹っ飛ばされた方向を見る。
 見れば、カイはあれだけ吹っ飛ばされながらも普通に立ち上がり、こちらえ向かってのんびりと歩いて来るところだった。冗談みたいなやりとりだったのでスルーしかけたが、小柄な少年相手とはいえ十数メートル吹っ飛ばすゼロの力は凄まじいし、それを受けても平然としているカイも脅威だった。
 もしも戦闘になればこちらもただでは済まないだろう。下手すれば全滅もあり得る。

 しかしセシルの問いに、ゼロはきっぱりと「敵じゃないです」と答えた。それを鵜呑みにするわけにはいかないが、とりあえずは安堵していると、少女はさらに続けて言った。

「お父さんに言われて迎えに来たです」
「お父さん?」

 セシルが首を傾げると、ラムウが説明する。

「竜王バハムート様の事じゃ」
「竜王じゃと!?」
「バハムートって、幻獣神バハムート様のこと!?」

 ラムウの出した名前にフライヤとリディアが驚愕の声を上げる。他にもギルバートも心当たりがあるのか、目を見張ってゼロを見ていた。

「・・・地上からは姿を消したと聞いてたけど、まさか月に居たなんて」
「なんだ? そのバハムートというのはそんなに凄いものなのか?」

 ヤンが良く解らない様子で呟くと、それを聞き咎めたフライヤが重々しく頷く。

「うむ。竜に関わる者ならば知らぬものはおるまい。かつて竜―――ドラゴンが地上を当たり前のように闊歩していた頃、それら全てのドラゴンの頂点にいたと言われる、史上最強の竜」
「力だけではなく深い知識を持ち、また “証” を持つ者の潜在能力を引き出す力も持っていたと言う―――あと、幻獣達を生み出したとも言われ “幻獣神” と称されることもあるらしいね」

 フライヤに続いてギルバートも説明する。
 ほうほう、と頷くヤンの隣では、セシルとロックも同様に「へえ、そうなんだ」と聞き入っていた。

「あら? セシルやロックも知らなかったの?」

 ローザが尋ねると「名前くらいは聞いた覚えがあるんだけどね」と照れたようにセシルが答える。それはロックも同様のようだった。
 するとギルバートが苦笑して、フォローする。

「まあ、千年以上も前に地上からは姿を消したって言われてるから、普通はあまり知られてないと思うけど」
「で、その幻獣神様があたしたちに何の用? もしかして力を貸してくれるとか?」

 リディアが尋ねると、ゼロは「さあ?」と首を傾げた。

「僕は迎えに来いと言われただけです」
「・・・用があるのは父様ではなく、フー様の方でございますよ」

 吹っ飛ばされた先からひょこひょこと歩いて戻ってきたカイが訂正する。

「フー様というのは月の民の “管理者” でございまして、ゴルベーザとか言うものたちに襲われたので、カイ達が助け出した人でございます」
「ゴルベーザ! やっぱり来てたのか・・・それでゴルベーザ達は今どこに?」
「月の民が眠る館でございますが、その前にまずカイ達の洞窟に来てもらいたいでございます。そこでフー様が待っておられるので、まずは事情を聞いて欲しいでございます」
「そういうわけです。解りましたです?」

 カイの話が終わると同時、ゼロが威張ったように言う。「なんで最後にゼロが締めるでございますか」とカイがぶつくさ文句を言ったが、ゼロは当然の如く無視。

(ゴルベーザのことは気がかりだけど・・・ここは後回しにするしかないか)

 セシルとしては、今すぐにでもゴルベーザの後を追いかけたいところだった。
 しかし、未だにゴルベーザの目的も解っておらず、何が待ち受けているのかも解らない。さらにはいきなり地上を飛び立ったせいで、戦力的にも心許ない。ならばまずは情報を集めるべきだろう。せめてカインかバッツが居れば強襲も選択肢に入れられるのに、と思いつつセシルはゼロカイに向かって了解を告げる。

「解った―――じゃあすまないけれど、案内を頼んでいいかな?」
「オマカセです! 僕の案内は迅速迅雷ですよ!」
「・・・安全の文字は入ってないでございますが」

 次の瞬間、余計なことは言うなですとばかりに、ゼロの膝がカイの腹にめり込んで、少年の身体は高く高くに打ち上げられた―――

 


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