第27章「月」
G.「バハムート」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月>魔導船

 

 竜王バハムートが住むという洞窟までは少しばかり離れているというので、魔導船で移動することにした。
 移動する途中、遠くの方に建物が見えた。青く巨大な塔が三つ連なった建物だ。無彩色な灰色の月面ではよく目立つ。

「あれがフーちゃん達の住んでいた月の民の館です」

 魔導船に同乗したゼロが説明する。今、あそこにはゴルベーザ達が居るはずだった。
 セシルは逸る気持ちを抑えつける。今はまだ戦うべき時ではないと。

「・・・バブイルの塔と同じ感じがする・・・」

 ぽつり、とリディアが呟いた。

「え、そうか? 形は全然違うじゃんか」

 ロックの言うとおり、月の民の館――― “館” というよりは “塔” に近いが―――と比べ、大きさはともかく形は明らかにバブイルの塔とは違う。バブイルの塔は円形の塔だったが、月の民の館は松葉のような形をしている。

「形のことを言ってるんじゃないの。なんていうか―――なんとなく、感じる魔力が似てるというか」
「ううむ、尻は小振りじゃが、なかなか鋭いのう!」
「尻は関係あるかぁっ!」

 いきなり自分の臀部を撫でられる感触に怖気を感じつつ、リディアは振り向きざま蹴りを放つ―――が、ラムウはあっさりと光速で回避すると、今度はフライヤの尻に手を伸ばした。
 槍を振り回し、助平ジジイを追いかけるフライヤの事は放っておいて、リディアは魔導船のモニターに映る “館” を見つめる。
 遠いのでリディアにもはっきりと解るわけではない。あくまでも “印象” 程度のものだが、なんとなくバブイルの塔と通じるものを感じる。

 そんなリディアの言葉を聞いて、セシルがふと気づいたように呟いた。

「・・・もしかして、あの館ってバブイルの塔に通じているのかな?」
「ふっふっふ、そう思うのが素人の赤坂派です!」

 ちっちっち、とゼロが指を揺らす。

「・・・赤坂派?」

 青い坂派とかもいるんだろうかと、セシルが困惑していると、カイがゼロに耳打ちする。

「ゼロ、それは “浅はかさ” というべきでございます」
「・・・しっ、素人の浅はかさです!」

 言い直した。

「一見すると、バブイルの塔に似ているように見えるですが! 実は!」

 一見すると形は全然違うとロックが言ったばかりだが。

「―――実は、そうなんです!」

 ・・・・・・・・・。
 セシルは困ったようにカイに向かって尋ねた。

「・・・彼女はなにが言いたいのかな?」
「すいません。カイの姉は少々アレでございまして」
「ああ、アレね」

 と、なんとなくセシルは自分の婚約者に視線を移す。視線に気づいたローザはポッ、と頬を染めた。

「やだなにセシル? そんな熱い視線で見つめられたら照れちゃうじゃない♪」
「・・・・・・」

 セシルは彼女には応えず、カイと再び視線を通わせる。

「なんというか・・・君とは良い友人になれる気がする」
「奇遇でございますね。カイも同感でございますよ」

 

 

******

 

 

 程なくして魔導船は目的の洞窟へたどり着いた。月面の、丘程度に少し盛り上がった麓にあいた大きな洞窟だった。
 セシル達が船から下りると、一人の青年が洞窟の前に待ち受けていた。
 ゼロやカイと同じ、黒目黒髪の青年。髪は長く、腰まで伸びている。カイをそのまま成長させたらそんなふうになるんじゃないかという顔立ちだ。服装はゼロやカイとは違い、神官系のゆったりとした巻頭衣を身に着けていた。

 彼の姿を見つけ、ゼロがぱあっと表情を明るくして駆け寄る。

「お―――」
「ようこそおいで下さいました。青き星よりの方々」

 抱きついてきたゼロの言葉を遮るようにして、青年がセシル達に挨拶をする。

「貴方は?」

 セシルが問うと、青年は優雅に一礼してから名乗った。

「私はトム=ハーヴァーと申します。ゼロやカイの兄ですよ」
「そうです! お兄ちゃんです!」

 青年―――トムに抱きついたまま、ゼロも頷く。
 セシルがなんとなくカイを振り返れば、カイは何処か投げやりな様子で「そうでございますねー、お兄様でございますよー」と呟いた。

「中でバハムート様がお待ちです。こちらへどうぞ」

 トムはゼロを抱き上げ、洞窟の中へと進む。その後にロックやリディア達が続こうとする―――のを、セシルが呼び止めた。

「・・・え、なにセシル?」
「なんだよ?」

 なんで呼び止められたのか解らない様子で、二人はセシルを振り返る。

「なにか感じたりはしないかい」
「感じるって・・・何を?」
「あのトムって人から―――魔力とか」

 セシルの問いに、リディアは首を傾げる。
 特になにも感じることはなかった。魔法使いでないロックは尚更で、セシルの問いの意味が解らない様子で怪訝そうな顔をする。
 二人の反応を見て、セシルは「そうか」とだけ呟いて、トム達の後を追った―――

 

 

******

 

 

 洞窟の中は随分と広かった。
 入り口も魔導船がギリギリ入れるほど大きく―――それでも一応魔導船は外に置いてきたが―――中に入ればさらに広い。外から見た時はちょっとした小丘程度のところに開いた洞窟のように見えたが、中はそれ以上に天井が高かった。特に地下に降ったわけでもなく、セシル達が不思議に思っているとトムが説明する。

「ここは幻獣神界とも言うべき場所でしてね。地上の感覚では計り知れない場所でもあります。そこのお嬢さんが不思議がっていたでしょう? 真空のはずの月面上で、何故普通に息が出来るのかと―――それと同じで、あなた方の現実とは多少異なる空間なのですよ」

 月面に降りたばかりの時のローザのことを言われ、それを疑問に出せば。

「私はゼロやカイとは “繋がって” ましてね。この子達が体験したことは私にも解るんですよ」

 その説明に、セシル達は納得する―――が、ロックだけがふと怪訝そうに眉をひそめた。

「ちょっと待てよ。今の―――うぶっ?」

 ロックが何かを言おうとした瞬間、セシルがその口を塞ぐ。
 どういうつもりだ? と、ロックが目で訴えるが、セシルは首を横に振るだけだ。セシルの真意はロックにはわからなかったが、それでもそれ以上は何も言わず、トムの後に続いて歩き続ける。

 

 

******

 

 

「よくぞ来た! 青き星の者たちよ!」

 しばらく歩き続け―――途中、なんかフォールスでは見た事がないような獰猛そうな魔獣(ちょっとした家屋くらいの巨体)に遭遇したが「この子はお友達のベヒちゃんです(ゼロ談)」「一応、ゼロに懐いてるので安全でございます。手を出したら反撃してくるでございますが(カイ談)」・・・というのでおっかなびっくりやり過ごし、ようやく洞窟の最深部に辿り着いたセシル達を出迎えたのは、老人の尊大な声だった。
 洞窟の奥に設けられた祭壇の上、白く立派な髭を生やした老人が、セシル達を睥睨している。

「我はバハムート。竜族の王なりぃぃぃぃぃ・・・!」 

 言葉と共に放たれる膨大な魔力に、魔法の心得があるローザやリディアは息を呑んだ。

「すっごい魔力・・・」
「幻獣神は伊達じゃないってわけね・・・」

 それは魔法を使えない者たちも、それなりに力を感じているらしい。緊張した面持ちで、 “バハムート” を見つめている―――が、ただ一人、 “バハムート” には目もくれず、きょろきょろと周囲を見回す者が居た。

「・・・いないな」
「セシル、なにをやっているんだい!?」

 強大な力を持つ “バハムート” を前に、落ち着き無い様子のセシルを見てギルバートが焦ったように問う。が、セシルはまるで緊張していない様子で、あっけらかんと答えた。

「いやあ、どこにも見あたらないと思って―――ねえ」

 くるり、と、いつの間にか一行の背後に居たトムへと振り返る。

「一体、なんのつもりかお聞かせ願いたいんですがね、バハムート様?」

 えっ? と、セシル以外の仲間達が振り返る。
 セシルの視線の先では、トムに抱かれたゼロが慌てて手を振って否定する。

「ちっ、違いますです! お父さんはお兄さん―――あっ、じゃなくてっ、お兄さんはお父さんじゃないです!」
「ゼロ、誤魔化しても無駄でございますよ」

 はあ、とトムの足下ではカイが肩を竦める。

「お父様も無理矢理隠すつもりはないようでございますし」

 そうカイが呟くと、トムはくっくっく、と愉快そうに含み笑いを漏らす。
 セシルを値踏みするように見やり、尋ねる。

「いつから気がついていた?」
「最初から。ゼロの言葉を無理に遮ったのも気になったけれど、なによりも貴方が出てきてから大人しくなった人が居るんでね」

 そう言ってセシルはラムウを振り返る。自分のことを言われ、雷の幻獣は「これはしまった」と苦笑を返した。

「ひゃっひゃっひゃっ、ワシとしたことが久しぶりに幻獣神様に会ったので、柄にもなく緊張しておったようじゃ」
「後、名前はわざとらしいでしょう」
「名前?」

 きょとんとしてローザが呟くと、それにはロックが笑いながら応える。

「トム=ハーヴァー。逆から読んだらバハムートってわけか」
「やっぱり、ロックも気がついていたのかい?」

 セシルが問うと、ロックは「いいや」と首を横に振った。

「情けねえ話だが、今、お前の話を聞いてようやく気がついた―――こいつからは何も感じなかったからな」

 トレジャーハンターとして危機感知能力に優れたロックは、自分自身の鋭い “勘” を過信していた。だから、トムを最初見た時、なにも感じなかったことにスルーしてしまっていたのだが。

「考えてみれば妙な話だよな。こんなところに住んでるヤツに、なにも感じないってのは」
「あっ、だからさっき・・・」

 リディアも気がついて声を上げる。先程セシルがリディアとロックに聞いたのはこのことだったのだと。

「直感にしろ魔力にしろ、何も感じないのはむしろおかしいってことさ―――あと、ローザが騒いでいたのはゼロカイが来る前の話だ。なのにそれを知っていたという事は、それだけ人智を越えた知覚力を持っているということかなってね―――それこそ “神” と称されるほどの」

 最後に、とセシルはもう一つ付け加える。

「さっきのカイの話では、僕たちを待っていたのはバハムートではなく “フー” という月の民のはずだ・・・けれど、それらしき姿が見えない。おそらく、先程バハムートだと名乗ったあの老人が “フー” という人物なのでしょう?」
「正しくはフースーヤじゃ!」

 祭壇の上に居た老人が叫ぶ。
 それを聞いて、セシルは「さて」と改めてトム―――バハムートを見やる。

「これは一体、なんの茶番ですか?」
「茶番、というかちょっとした余興として盛り上げるつもりだったのだよ。ここは娯楽が少なくてね。久方ぶりのお客相手におふざけするのも愛嬌というものだろう?」

 「盛り上げる間もなく看破されてしまったがね」と苦笑してから。

「では改めて―――私の名はバハムート。幻獣王リヴァイアサンの上位に位置する “神” にして、竜族を統べる “王” !」

 そうバハムートが告げ終わった瞬間。
 圧倒的なプレッシャーが、セシル達に襲いかかった―――

 

 


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