第27章「月」
E.「幻の月」
main character:セシル=ハーヴィ
location:月

 

「どーして!? ありえないわ! 普通、宇宙に出たら息が出来なくって死んじゃうのよ!?」

 魔導船から飛び出してきたローザが怒ったようにまくし立てる。

「宇宙じゃなくてここは月だろ?」
「一緒よ一緒! てゆーかここ本当に月!? なんかっ、地上とっ、全くっ、変わりっ、ないじゃないっ!」

 言いながら、ローザはぴょんぴょんとその場で飛び跳ねる。
 それを他の面々が、可哀想な人でも見るような目で生暖かく見守っていた。

「えっと、ローザ。解ったから落ち着いて」

 奇行に走る自分の婚約者を、セシルが宥めようとする。ローザはようやく跳ねるのを止め、しかし大きく首を横に振った。

「セシルは解ってない! 月って言うのは地球よりも重力が小さいから、地上よりも高く跳べるはずなの!」
「跳べてないじゃないか」
「だからおかしいって言ってるじゃない!」

 きーっと喚くローザ。しかし、科学的な物理法則を知っているのはローザだけで、他の面々はローザがなんでこんなに混乱しているのかが解らない。

「よく解らんけど、でもそれって本かなんかで読んだ知識だろ? 実際に体験してみたら、聞いた話とは全然違ってたのは良くあることだぜ?」
「そうだね。書物というのは、筆者が誇張したり勘違いしたり、解らない部分を想像で補完したりすることもあるからね」

 ロックが言うと、ギルバートも頷きながら言う。
 それでも納得出来ないらしく、ローザは不満げだったが、実際に知識とは違う状況に何も言えない。

「はあ、色々と勉強したのに無駄だったかしら」
「そんなことはないぞい」

 不意にローザの背後から声が響く―――と、同時に自分の尻を撫でられる感触に、ローザは後ろを振り向いた。するとそこには、立派な白い髯を生やした老人がニタニタとスケベ笑いしながらローザの尻を撫でている。

「って、ジジイ! なんでアンタがここに居るのよッ!?」

 リディアが叫ぶ。と、ラムウは尚もローザの尻を撫でながら顔だけリディアの方へと向ける。

「ワシがここにいたらいけんのかい?」
「良い悪いの問題じゃないっての! 神出鬼没にも程があるだろーっ!」
「―――っていうか、いい加減に離れてくれないかな?」

 セシルがラムウの身体を捕らえようと手を伸ばす―――が、その手が触れる寸前、老人の姿は掻き消えた。

「もうちょっと堪能させて欲しいもんじゃのう。美人だけあって、すこぶるエエ感じのケツじゃった・・・」

 声はローザとセシルから少し離れた場所から。
 振り向けば、あぐらをかいて空中にふよふよと浮かんでいるラムウの姿があった。

「あら、美人だなんて」
「いや、照れるところじゃないから」

 両頬に手を添えて照れるローザにツッコミ入れてから、セシルはラムウを指さしてリディアに尋ねる。

「・・・知り合い?」
「・・・一応」

 嫌そうな顔をするリディア。
 ラムウはしみじみと尻をなで回していた右手を見つめている―――確かにこんなのと知り合いって言うだけでも嫌かも知れない。
 と、そんなラムウにロックが疑問を尋ねる。

「おい爺さん、さっきのはどういう意味だよ?」
「うむ」

 ラムウは真面目に頷いて、ローザの方を見る。

「あの姉ちゃんのケツはワシの長い経験の中でもベスト5に入るほどの良い形じゃった。安産型じゃな」
「えっ、本当?」
「だから喜ぶ所じゃないって」
「そもそもンなことは聞いてねえッ!」

 ロックが怒鳴ると、ラムウは「わかっとるわい」と言い返す。

「その美人の姉ちゃんが言った事じゃろう? 大気のない月では息が出来ず、また重力も弱いはずだと」
「うわ、アンタ真面目なこと言えるんだ」

 心底意外そうにリディアが言う。
 ラムウは「失敬な」と言ってから、さらに続けた。

「別に姉ちゃんの言ったことは間違いじゃないぞい。もう一つの “赤い月” ならそれも当てはまる―――が、この “幻の月” はお前さんらの世界とは少し異なる。リディアなら解るじゃろ?」
「あ、やっぱりそう言うこと? さっきから思ってたんだけど、ここって幻獣界と感覚が似てる気がするんだよね」

 リディアが言った言葉に、ローザが気がついたように言う。

「もしかして、ここは異世界ってことなのかしら?」
「ほほう、なかなか察しの良い姉ちゃんじゃ。流石良いケツしてるだけはあるのう」

 「お尻は関係ないだろ」とセシルがつっこむがラムウは無視。野郎の相手なんかしてられるかとでも言いたげに、ローザの方へ向きなおる。

「地上から視認出来ているが、実際はここは異世界―――そうじゃな、 “半異世界” とでも言うべき場所かのう。じゃから問題なく呼吸もできるし、重力も地上と変わらん。ついでに言うと現界からは見えても実体はないから、もう一つの月のように、潮の満ち引きなどにも関係ない」

 そう言って、ラムウはふと目線を上げる。

「まあ、詳しいことは月の民に聞けば良い―――迎えも来たようじゃしな」

 迎え? と、皆がラムウの目線を追いかけて見上げると、何かが飛んでくるのが見えた。何だ? と思う間もなく、それは猛スピードで飛来し、セシル達の近くに墜落する!

「え・・・こ、子供・・・?」

 唖然として呟くセシルの視線の先、今し方頭から墜落してきたらしい子供の両足が、月面から生えるようにして突き立って居た―――

 


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