エンタープライズから伸びた綱に引っ張られ、巨大な船―――推定、魔導船―――がミシディアの岸辺にたどり着く。

 突然出現し、海上に現れた船を、エンタープライズで牽引したのだ。
 エンタープライズの飛行速度はそれなりに速いが、出力はあまり強くない。出現した船はエンタープライズの何倍もある巨艦で、もちろんそんなものをエンタープライズの力だけで引っ張れるわけはないが、波の向きも手伝って、船は無事に岸辺に乗り上げた。

「・・・うっわー、でっけー! すっげー!」

 目をキラキラさせて歓声を上げたのはロックだった。牽引し終えて、エンタープライズを着地させるなり飛空艇から飛び降り、魔導船へと駆け寄っていく。
 エンタープライズの甲板上で、一目見た時からロックは強い興味を示していた。

「やっぱりトレジャーハンターとして気になるかい?」

 魔導船を見上げ、感嘆の息を漏らすロックに追いつき、セシルが苦笑する。

「馬鹿野郎! トレジャーハンターとかそういうのなしに、男の子だったら誰だって興奮するだろ!」
「うん、まあ解らないでもない」

 表面上取り繕っているが、セシルの様子もどことなく落ち着かない。
 元 “赤い翼” の隊長として、こういうのに興味がないわけではなかった。

「いやー、ロイドが聞いたら悔しがるだろうな」

 というロックの言葉からも解るとおり、ロイドも “男の子” だというわけだ。

「海の底から現れた船・・・なにか一つ詩が出来そうだね」

 ポロン♪ と竪琴を鳴らしたのはギルバートだ。
 その隣ではクラウドが肩を竦めている。

「お主は興味はないのか?」

 フライヤが尋ねると、クラウドはいつも通り「興味ないね」と応える―――がその視線はチラチラと船の方を見ている。

「私はあまり興味がないな」
「俺も」

 と、興味を示さない男の子が二人。
 ヤンとマッシュだ。
 と、格闘家二人の感想を聞き咎めたロックが、マッシュの方を振り返る。

「でもお前の兄貴は好きそうだけどな」
「そりゃ機械王国のお―――って、なんのことだよ!」

 マッシュが慌てて言い繕う。
 だが、何故そんなにマッシュが慌てるのか、ロックと、苦笑をしているギルバート以外には解らない。

 と、そこへ―――

「おお、セシル陛下でしたか!」

 ミシディアの長老達が、魔道士達を引き連れて姿を現わす。

「飛空艇の姿が見えたのでもしやと思いましたが・・・」
「やあ、長老。ミシディアに向かっていたら、丁度船が海から出現するのが見えたので、流されないように岸まで引っ張ってきたけれど、不味かったかな?」
「いえ、手間が省けました。これからあの船―――魔導船の内部を調べたいと思うのですが・・・」
「ちょいと危険じゃないか?」

 そう言ったのはロックだった。
 彼は巨大な船を見上げつつ、続ける。

「あれだけの大きな船だ。中に何が潜んでいるか解ったもんじゃない。今までずっと海の中にあったなら、海の魔物が住みついていてもおかしくはないしな」
「しかし、危険があろうとも調べないことには・・・」
「いや長老。まずは危険の有無を確認するのが第一だと思います。ここはまず、僕たちが中に入って危険が無いかを確認し、その後で長老達に調査して貰うべきだと思うのだけど、どうでしょうか?」

 セシルが言うと、長老は「確かに一理ありますな」と頷く。
 するとロックがにやにやと笑いながらセシルに言う。

「・・・ていうか、セシル。お前は単に早くあの船の中を見たいだけだろ」
「そういう君も同じじゃないのか?」
「同じに決まってるだろ!」
「よし、じゃあ行ってみようか!」

 肩なんぞ組み合い、セシルとロックは魔導船へと足を向ける―――その背中を、長老が呼び止めた。

「お待ちください、陛下」
「え? な、なにかな?」

 ギクリとしてセシルは長老を振り返る。
 まさかベイガンのように「危険なところへわざわざ行かせるわけにはいきませぬ。危険確認は他の者に任せ、陛下はここでお待ちください」とでもいうのかと身構える。もしそうなら、脇目もふらずに魔導船に向かってダッシュするためだ。

 しかし幸いというか、長老の話は別だった。

「ポロムなのですが、少々お借りしてもよろしいでしょうか?」
「お呼びになりましたか?」

 丁度良くポロムが寄ってくる。

「おお、ポロム。久しぶりじゃな。元気そうでなによりじゃ」
「はい。バロンの方々には良くして頂いてますので―――長老もお変わりないようで」

 ぺこり、とお辞儀するポロムに、長老は「うむうむ」と和んだ表情を見せる。

「それで私に何か御用でしょうか」
「うむ。実はお前に渡したいものがあってな、ちょっと村まで来てもらえんか?」
「私は構いませんが・・・」

 と、ポロムがセシルを見ると、セシルは微笑んで頷く。

「いいよ、行っておいで。久しぶりの故郷だ。ゆっくりしてくるといい」
「それならお言葉に甘えることに致します」

 ポロムは嬉しそうに笑うと、長老と一緒にミシディアの村の方へと歩いていく。
 セシルはしばし見送り―――

「さて、それじゃあ改めて!」

 と、目を爛々と輝かせて、魔導船の方へと向き直った―――

 

 

******

 

 

 魔導船の中にはあっさりと入ることができた。
 しかし中は暗く、ロックがエンタープライズの中にあるランプを持ってこようとするのをローザが制し、二言三言唱えると魔法の明かりを生み出した。
 それは彼女の頭の上に浮き上がると、明るく周囲を照らし出す。

「便利だなあ・・・俺もこういう魔法使えたらなあ」

 羨ましそうにロックが魔法の明かりを見上げて言う。
 トレジャーハンターとして、暗い洞窟の中に潜ることを生業としている者としては、是非とも覚えたい魔法だろう。

「へえ・・・」

 魔法の明かりに照らされた船内を見て、セシルは思わず感嘆の息を漏らす。

 外観からも解るとおり、船の中はやたらと広かった。
 天井が高く、通路も広い。幾つか部屋を覗いてみたが、バロン城の客室程度の大きさがあった。

「船の中と言うよりも、お屋敷みたいね。うちの屋敷よりも広いかも」

 ローザがきょろきょろと船内を見回しながら呟く。
 エンタープライズの上から見た時、ちょっとした集落程度の広さはあると感じた。屋敷の一つや二つは軽く入る程度の大きさはあるだろう―――もっとも、さすがにロイドの実家には及ばないだろうが。

 一行は船の中を進み―――やがて、開けた場所に出る。
 半円形のホールのような場所で、目の前の円弧の形をした壁には、壁にそうように大きな板が貼り付けてある。

「あれは・・・何かのモニターか?」

 板―――モニターを見てクラウドが呟く。

「モニター?」

 聞き慣れない言葉にセシルが首を傾げる。
 科学の発達していないフォールスでは、こういった電気製品は未知の存在だった。

「なにかの映像を映し出すための装置だ―――もっとも、電源は入っていないようだが」

 電源が入って居らず、画面は真っ暗なままだったが、確かにそれは何かを映すためのモニターだった。
 そのモニターの前には、大きな結晶の塊が鎮座している。

「これって・・・クリスタルか!?」

 ロックが近寄って子細に眺める。
 それは、ダムシアンなどの各国で守護していたクリスタルと良く似ていた。
 ただし、各国のそれには赤や青などの色がついていたが、ロックの目の前にあるクリスタルは灰色だった。

 それを見てセシルは思い出す。

「シドの話だと、ゾットの塔にも似たようなクリスタルがあったらしい。なんでも、ゾットの塔はそのクリスタルで制御されていたとか」
「じゃあ、もしかしてこの船も・・・?」

 呟きながら、ロックはクリスタルに触れてみる―――が、なにも反応はない。
 適当に「動け!」とか命じてみるが、それも意味がなかった。

「うーん・・・なにも起こらねえな。魔道士じゃないと駄目とか?」
「じゃあ、あたしがやってみる」

 リディアがロックと交代し、同じように触れたり命じたりするが、やはり反応はない。
 試しに少し魔力を放出するが、それでも結果は変わらなかった。

「・・・駄目みたい。これ、制御用じゃないんじゃない?」
「或いは壊れているとかね」

 なんにせよ、リディアが駄目なら他の者でも駄目だろう。
 後は外にいる魔道士達に調べてもらうしかない。

「しかし不思議な材質だね、金属・・・だとは思うんだけど」

 ギルバートが軽く壁や床を叩きながら呟くと、フライヤも頷く。

「確かに。見たこと無い金属じゃ」
「―――ああ、ギルバートやフライヤは知らないか」

 ギルバート達の発言を聞いて、セシルが気がついたように言う。
 「どういう意味だい?」とギルバートが尋ねると、セシルが応える前にマッシュが勢いよく叫んだ。

「あれだよあれ! ほら、なんとかの塔って塔!」
「 “バブイルの塔” だ」

 マッシュの隣でクラウドが補足する。

 そのバブイルの塔内に使われていた材質と、この船内の材質は同じであるように思えた。

「なるほど・・・言われてみるとバブイルの塔と同じ雰囲気だな・・・」

 ふむう、とヤンが呟く。
 するとリディアが冷めた視線を送り、

「言われてみるまで気がつかなかったのね」
「ぬお!? その言い方はないだろう!? というか、私に対して妙に冷たくないかリディア!?」
「奥さんと恋人のどっちも選べずにみっともなく逃げ出してきたハゲには当然の反応じゃないかしら」
「うぐっ・・・」

 そう言われてしまえばなにも言い返せず、ヤンはがっくりと項垂れる。
 セシルはそんな彼を哀れに思いつつ、

「あ、ええと、話を元に戻すよ? 僕はバブイルの塔に入ったことはないけれど、ゾットの塔も似たような感じだった。おそらくは使われてる技術も一緒だろう」
「ということはやっぱりこれが―――魔導船?」

 ローザが言うと、セシルは頷く。

「・・・さて、こうしてここまで見てきたわけだけど、特に危険らしいものは見あたらなかったように僕は思う。・・・ロックはどう思う?」
「俺も特に危険は感じなかったな―――魔道士達を呼んでくるか?」
「ああ、頼むよ」

 セシルが言うと、ロックは「わかった」と応える。セシルがローザへ目配せすると、彼女はまた魔法を唱え、明かりを生み出した。
 その明かりはロックの頭の上で彼の動きに合わせて移動する。「本当に便利だよなあ」と感心したように言いながら、彼は元来た通路を戻っていった。

 それを見送り、セシルは溜息一つ。

(早くに船の動かし方が解れば良いんだけどな―――できれば、ゴルベーザ達が動き出す前に)

 そんなことを思いながら、セシルはさきほどの “クリスタル” へ、なんとなしに近寄った。

「これで一気に月まで行ければなあ・・・」

 呟きつつ、何となく “クリスタル” に手で触れる―――瞬間。

 ヴン・・・と、羽音のようなものが響いて、目の前のモニターに電源が入る―――のと同時に、パッ、パパパッ、パパッ、と床や壁、天井など、船内の至る所が光り出して、船の中を明るく照らし出す。
 電源の入ったモニターには、魔導船の外の様子が映し出されていた。

「な、なんじゃ!?」
「セシル、一体何を・・・?」

 皆の注目が集まる中、セシルも困惑して首を振る。

「いや、僕にも一体何がなんだか・・・」
「おい! なにが起こったんだよ!? いきなり明かりがついたぜ!?」

 途中で引き返したらしいロックが駆け込んでくる。

「だから解らないって。ただ僕は、月に行ければって―――」

 などとセシルが行った瞬間。
 外の景色を映し出していたモニターが、いきなり暗転した―――

 

 

******

 

 

「これは腕輪・・・ですか?」

 ミシディアの村の長老の家。
 そこで長老に渡された腕輪を見て、ポロムは首を傾げた。
 飾り気のない腕輪だ―――が、なにやら不思議な魔力を感じる。

 残念ながら大人用なのか、子供のポロムがするには大きすぎるが。

「長老、これは?」
「お主らの父の形見じゃ」
「お父様の・・・!?」

 長老は「うむ」と頷く。

「 “ツインスターズ” という名前の腕輪で、双子が身に着けると特殊な効果を発揮するらしい」
「ということはパロムにも?」
「この間、顔を見せた時にな―――ただまあ、見て解るとおり、子供が身に着けるには大きすぎるものじゃ。お前達の父も、お前達が大人になって一人前になった時に渡そうと考えていたんじゃろうなあ・・・」

 長老が目を細めて言うと、ポロムは少し涙ぐんだ。
 目の端に溜まった涙を拭い、ふと感じた疑問を口にする。

「しかし長老、何故これを今お渡しに?」
「お前達はまだまだ子供じゃがな。しかしすでに己の道を歩き出そうとしておる。ならば渡しておくべきだろうと思うてな」
「長老・・・ありがとうございます!」

 ポロムは与えられた腕輪を胸に抱く。
 そんな少女の様子に、長老は「うんうん」と頷いて―――ふと、外が騒がしいことに気がついた。

「村の方々がなにか騒いでいるようですね」

 ポロムも騒ぎに気がついて、二人は家の外に出る。
 すると、村人達は皆一様に首を傾け空を見上げている。

 何事かと、長老とポロムも空を見上げてみれば―――

「・・・星?」

 空の彼方。
 青い大空の中に吸い込まれるように昇っていく、星のような光がかすかに見えていた―――

 


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