第26章「竜の口より生まれしもの」
T.「出現」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間
エッジとベイガンの “決闘” から五日間経過した。
その間、国内の防衛に努め、その一方で地底へ飛空艇をいくつか派遣し、地底に残されていたエッジの母、ジュエル=ジェラルダインや、バラムガーデンのSeeD達を回収し、バロンに連れてきた。
それとは逆に、地底の技術に興味を持っていたシドが、ルゲイエと一緒に地底へと赴いている。ドワーフ達の戦車の威力は、ゴルベーザに対して有効な武器となるはずだと、ジオット王に交渉して、壊れた戦車の一台や二台を貰ってくると言っていた。カイン達については、なんでも “槍” がまだ完成していないとかで地底に残っている。バッツとセリスの二人もそれに付き合うらしく、それを聞いたセシルは彼らの帰る手段として、カインの飛竜アベルを送り届けるようにカーライルへ命じた。
地底から地上に出てきたSeeD達には現状を説明し、エイトスのバラムガーデンへ向かったウィルが帰還するまでは待機するように言い、しかし緊急時には協力してもらうことを取り付けた(無論、それに対する報酬は支払うと約束し)。
そしてジュエルとは改めて、バロン・エブラーナの同盟を要望し、ジュエルはそれに応じた。
その後、エブラーナに居る忍者達に現状説明と、バロンとの同盟の事を伝えるため、飛空艇でエッジと一緒にエブラーナへと戻っていった。「―――ふう、終わった終わった、っと」
本日分の謁見が終わり、セシルは玉座の上で大きく伸びをした。
ベイガンが居れば窘めるくらいはするだろうが、まだ彼の謹慎は解かれていない。代わりに別の近衛兵がセシルの傍らに居るが、王に対して事細かに苦言を呈するのはベイガンくらいなものだ。「さて、これからどうするか―――とりあえずあらかた一段落しちゃってるしなあ」
ゴルベーザへの対策に関係する指示は、騎士達に出し終えている。
セシル自身はとりあえずこれと言ってやることはない。
いや、厳密に言えば雑務はいくらでもあるのだが、今すぐにやらなければならないというものはない。と、そんな風にセシルが呟くと、傍らの近衛兵がセシルに向かって言う。
「おお、忘れておりました。陛下、本日の分です」
そう言って、懐からなにやら分厚い封筒を取り出す。
それを見てセシルはげんなりとした表情を見せた。「・・・読んだと言うことにしておいてくれないか?」
「しかし、ベイガン様に返事をお伝えしないと」
「・・・・・・・・・・・・わかったよ」はあ、と嘆息して封筒を受け取る。
その厚さ―――封筒がはち切れそうなほど膨れあがっている―――のを見て、隣りに座っているローザが小さく噴き出した。「また増えているわね。ベイガンの詫び状」
「・・・すでに詫び状じゃ無くなってるけどね」セシルも苦笑しながら封筒の中から手紙の束を引き出す。
謹慎となったその日から、ベイガンはセシルへ “詫び状” を書き送っていた。
最初は単に『陛下やエドワード殿のお気持ちも解らず、勝手なことをして申し訳ありません』と言った、つまりは “反省していますから、謹慎を解いてください” という反省文程度のものだったのだが、次の日にはそれに加えて、自分が居ない間の代わりは誰々に任せます、とか、近衛兵達に対する指示など、自分の仕事のことが追加され、三日目にはセシルに対する細かな注意―――例えば、玉座の上ではしたなく伸びをしたり欠伸をしたりしない、とか―――が付け加えられるようになった。そして五日も過ぎれば、今までのセシルに対する不満の数々に対する説教がびっしりと書かれている。
目の前にベイガンが居て、延々と説教されている気分になりながら、それでも手紙を読み終える。「・・・そろそろ、謹慎を解いてあげたほうがいいんじゃないかしら。そのうち、手紙じゃなくて本になって届けられるかもしれないわよ?」
「それ、君がやったよね」ローザが言うとセシルが笑う。
まだ子供の頃、ローザはファレル家に恨みを持つ人間に誘拐されたことがある。
しかもそれはセシルの家―――旧市街に行っていた時のことで、その後ローザは無事に救出されたが、しばらくは旧市街へ行くことを禁止させられた。仕方なくローザはセシルへと手紙を書いていた―――ちなみにそれを届けたのはキャシーだ―――のだが、セシルはそれに返事を出さないでいると、手紙の量は日増しにエスカレートしていき、最終的には数十ページ分のものが製本されて届けられた。
「あれは私じゃなくて、キャシーが勝手にやってくれたのよ」
本、と言っても簡単に端の方をのり付けしただけのものだ。
あの分量を書いた上で、それをきちんと製本すれば、それだけで一日が終わってしまう。流石のローザもそこまでする気力はない。「―――ま、それはともかく確かにそろそろ謹慎は解くべきか」
近衛兵に手紙を返し、「明日から登城するようにと伝えてくれ」と言ってから、
「いつゴルベーザが動き出すか解らないしね」
「というか、まだ何も動きを見せないのが不気味よね」ゴルベーザがクリスタルを全て揃えてから、すでに半月近くになっている。
こちらの準備が整わないうちに襲撃してこられるのも困るが、こうも静かだと逆に不安になる。
実際、こちらが一ヶ月もゴルベーザの姿を見失っている間に、地底で闇のクリスタルを半分集められていた。もしももっと早く、地底の存在に気がついていたら、現状は大きく変わっていただろう。今回はゴルベーザが何処に居るかは解っている。
ただ、そこへ行く手段が無い。「何か月に行く方法があればいいのにね」
ローザが言う。
それがないから困っていると、セシルは笑おうとして―――ふと、表情を険しくした。「いや・・・待てよ?」
―――大いなる眩き船―――魔導船ですじゃ。
―――魔導船・・・?
―――そう、それこそが月へと至る船。もう一つの月へと至る方法!
ふと、ミシディアの長老との会話を思い出す。
未だにその魔導船が出現したという報告は届いていないが―――「・・・ミシディアに行ってみようか」
「ミシディアに?」ローザが首を傾げると、セシルは「ああ」と頷く。
「ミシディアにある書物には、闇のクリスタルや魔導船の事が記されていた。なら他に手がかりがあるかも知れない・・・」
殆どミシディアの長老を初めとする魔道士達が調べているだろうが、一応調べてみる価値はあるかも知れない。
そう思ってセシルは立ち上がる―――と、謁見の間の扉が開き、謁見の間の門番が客の来訪を伝えに来た。
セシルが謁見を許可すると、ロックとギルバート、さらにその護衛としてフライヤが姿を現わす。
聞けば、国内の調査が一段落ついたので、その報告に来たらしい。その来訪者を「丁度良いところに来たね」とセシルは笑顔で出迎えた―――
******
数時間後―――
セシル達は飛空艇エンタープライズに乗り、ミシディアへと向かっていた。
操縦しているのはロックで、彼とセシルの他にはローザが当然としてついてきて、ロックと一緒に謁見の間を訪れたギルバートとフライヤが居る。
さらには最近、黒魔道士団の詰め所で暇を潰しているリディアと白魔道士団の詰め所にいたポロムを、ローザが引っ張ってきた。
ミシディアを故郷とするポロムはともかく、リディアを何故連れてきたのかとセシルが問うと、ローザは「乙女心よ」とよく解らない返事を返した。同じようにフライヤもクラウドを「お主も一応、王子に雇われた身じゃろう」とついてこさせ、クラウドと一緒に居たマッシュも「ヒマだから」とついてきた。
そして最後に―――
「ふうむ、良い風だなあ―――」
何故か、エンタープライズの舳先で腕を組み、朗らかな表情で気持ちよさそうに風を感じているハゲが一人。
「・・・えーと、ヤン? そんなところに居ると危ないよ?」
戸惑った様子でセシルが言うと、ヤンはこちらを振り返り、「お、そうか? すまんすまん」と、やたらと明るい調子で髪のない頭を掻きつつ、甲板上へと戻る。
セシルが―――というか、ヤンを知るものなら戸惑うのも無理はない。何故か今までにない軽薄な雰囲気を感じる。ヤンに再会したのは、城を出ようとした時だ。
最初、セシルはデビルロードを通ってミシディアへ向かおうとした―――所で、ヤンが現れた。
ファブールからデビルロードを通ってやってきたらしいが、ヤンが通った直後、ダムシアンに新設されたデビルロードとの接続実験を行うとかで、一両日はデビルロードが使えないという。それでセシルは城に残っていたエンタープライズを使ってミシディアに行くことにしたのだが、それを聞いたヤンがついてくると言いだし―――そして何故か、先程からこんな調子で浮かれていたりする。
「あのハゲ、あんな性格だったか・・・?」
「い、いや、もうちょっと真面目で堅物だったような気が・・・」クラウドとマッシュがひそひそと囁き合う。
その声はセシルにも届き―――おそらくはヤンにも届いているはずだが、彼は気にせずにセシルの肩をばしばしと叩きながら。「はっはっはー! どうしたセシル? なんかテンション低いぞ? もっと楽しく行こうじゃあないかー!」
「え、ええと・・・」困った。
セシルはいつにないヤンに対して、どう対応すればいいか困る。
記憶喪失が治ったという事は、デビルロードの通信で聞いていた―――詳しい経緯までは聞いていない―――のだが、もしかしてこの性格の変化は、記憶喪失の後遺症なのだろうか。
もしも後遺症ならばさせたいようにさせて置くのが一番かも知れない。(・・・正直、果てしなくウザイけど)
他の面々も同じ気持ちなのか、ヤンの相手はセシルに一任し、皆―――ローザも含めて―――遠巻きに見守っている。
「おお、そう言えばセシル。ミシディアにはなんの用事でいくのだ?」
目的も解らずについてきたのかよ! と、思いつつも、それは言わずに「ちょっと調べ物をしに」とだけ答える。
「調べ物かー! いやあ、すまんなあ。私はそう言うの苦手でな?」
見れば解る。
ちなみに、ロックとギルバートを連れてきたのは、文献調査が得意そうだからという理由だった。
トレジャーハンターや吟遊詩人なら、遥か過去の記録に触れる機会も多いだろうと考えての事だ。あと、ローザが連れてきたリディアやポロムも魔道士として、魔道書を調べるのには役に立つのかも知れない。もっとも、セシルとしてはこれ以上余計な知識を与えないように、ポロムには魔道書に触れさせないつもりでいたが。
だが、他の者たちはアテになるかよく解らない。
特にマッシュとヤンなどは見る限り、明らかに向いて無さそうだ。というか、ヤンがついてきた理由が本気で解らないと、セシルは彼に尋ねる。
「そういえば、ヤン。君の用事を聞いていなかったけど・・・」
「む? 用事?」
「うん。用事があるから、わざわざバロンまでやってきたんだろう?」
「・・・・・・」セシルが問うと、ヤンはふと黙り込む。
さっきまでの明るさは何処へ行ったのか、神妙な顔つきになり―――しばらくすると、ダラダラと全身に脂汗を流し始めた。「え、なに? どうしたの?」
「か、かくまってくれ!」
「・・・は?」本気で意味が解らない。
と、セシルが困惑していると、ヤンはすがるような目でセシルを見る。「今、ファブールで私は妻と恋人の板挟みになっているのだ」
「・・・は、はあ」ますますどう反応すればいいのか困るような事を言われ、セシルは呆然とする。
「毎日毎日、顔を合わせればケンカばかりして、フライパンが唸り、風の魔法が放たれ、包丁が飛ぶ―――そんな殺伐とした中に飛び込んで、必死で二人を宥めるのだが、二人の感情がようやく沈静化する頃に、ひょっこりアスラ殿が顔を出して余計な一言を言って煽るのだ」
「アスラ様、まだファブールに・・・ていうか、恋人ってエアリィの事でしょ? あんなの『地底に帰れ!』って、追い出せばいいじゃない」リディアが口を挟むと、ヤンは照れたように頭を掻く。
「いや、あれでエアリィのやつも可愛い―――もとい、命の恩人を無下にするわけにもいくまい!?」
「おーい、セシルー。そいつ殴っちゃっていいぞー」操舵しているロックが、半眼で言ってくる。
うん、僕もそう思うよ。と同意する気持ちを心の奥に押し込めていると、ヤンがもう一度セシルに懇願する。「頼む! しばらくの間で良いんだ! 平穏な時間を過ごしたい―――お前だって愛人の一人や二人ができたらそう思うはずだ」
「いや、愛人なんて作らないし」
「えー?」何故か不満げな声を上げたのが一人。
「って、なんでローザが不満そうな声を出すんだよ!?」
セシルがローザを振り返ると、ローザはにこにこと微笑んで、
「愛人の一人や二人や三人くらい、男の甲斐性ってものよ? ―――ねえ、リディアにポロム」
「ちょっ!? なんでこっちに話を振るのよ!?」
「わ、わたくし、子供ですから意味が解りません、解りませんわー!」何故か顔を赤くするリディアとポロム。
そんな様子を見て、ヤンは親しげにセシルの肩を叩く。「はっは。互いに苦労するなあ」
「へ? 互いって?」
「・・・まさか、気がついて無いのか?」
「何が?」きょとんとするセシルに、ヤンは眉をひそめながら、リディアとポロムを指さす。
「彼女達をみろ。あれはどう見てもお前に―――」
「『サイレス』!」
「―――っ!?」ポロムの魔法によって、ヤンは言葉を失う。
見れば、顔を真っ赤にしながらポロムがヤンを睨んでいた。
その隣では、リディアが険悪な表情で魔法の詠唱を始めている。「・・・・・・!」
慌ててヤンが “もう言わん!” と首を横に振ると、リディアはとりあえず詠唱を止める―――が、その目は物語っていた。次、妙なこと口走ったら消し炭にしてやるわよ、と。
「こら、ポロム。人にいきなり魔法を使っちゃ駄目だろう」
「申し訳ありません、陛下」セシルが注意すると、ポロムは反省したように頭を下げて―――続ける。
「ヤン様がちょっと耐えられないほどにうざったくなってしまったので、つい」
「まあ、気持ちは解るけど」
「・・・・・・」つい正直にこぼしたセシルを、言葉を封じられたヤンが微妙な表情で見る。
「っていうか、それ。今からファブールに返しに行った方が良くない?」
リディアがヤンを指さして言うと、彼はぎょっとして目を見開く。
するとポロムもリディアに続いて、「そうですね。おそらくヤン様の言動から察するに、黙って国を出たのでしょうし・・・今頃、ファブールでは騒ぎになっているかも・・・」
あくまでも心配そうなフリを装いながら、その瞳にはギラリとした輝きがあった。
「言われてみればそうだね」
と、セシルはヤンの方を再び向く―――その背中の方では、リディアとポロムが互いに親指を立て合い、ローザが「仲良しさんね♪」と微笑んでいる。
「というわけで、ミシディアに行く前にファブールへ―――」
「・・・! ・・・! ・・・・・・!」言葉を失ったまま、ヤンは首を激しく振りながら、その場に膝をつくと額を床にこすりつける。
「ちょっと!? ヤン、そこまでしなくて良いから!」
「・・・・・・・・・! ・・・・・・!」
「解った! 解ったから! ファブールには行かないから!」土下座するヤンの身を、セシルは起こさせながら言う。
「・・・俺、あんなヤツに負けたんかなあ・・・」
飛空艇の隅では、マッシュがヤンのとてつもなく情けない姿を目の当たりにして、ちょっと涙ぐんでいたり。
「はいはい。そろそろミシディアにつくぜー」
と、ロックの声に前を見れば、確かにミシディアの村が見えていた。
「こうして空から見ると、確かに竜の姿に見えないことはありませんね」
ポロムが言うとおり、ミシディアを “目” にして、その大地は首の長い竜の姿に見える。
「となれば、あそこが “竜の口” ・・・」
竜の口から飛び立つという “魔導船” の話を思い出しながらポロムが呟く―――その時だ。
「光・・・?」
その竜の口から、虹色の光が立ち上る―――と思った瞬間、海面がうねり、渦を巻いて、その中から何かが浮上してくる。
ミシディアの村ほどではないが、小さめの集落程度の大きさはある巨大ななにかだ。
それはよくよく見ると、 “船” の形をしていた―――「まさかあれが・・・」
信じられないものを見るように、セシルは海の中から出現した巨大な船を凝視する。
船は、完全に海の上に浮かび上がると、次第に渦が小さくなり、うねっていた海面は元の静けさを取り戻す。最後に七色の光が消え去り―――伝説に謳われる船は、何事もなかったかのように、穏やかな海の上を漂っていた―――