第26章「竜の口より生まれしもの」
S.「決闘」
main character:エドワード=ジェラルダイン
location:バロン城・謁見の間

 

「さて、エブラーナ国エドワード王子。繰り返すが、僕は貴国との同盟を望む―――返答はいかに?」

 バロン王セシルはそう、エッジへと告げる。
 対してエッジは、王を見つめ返した。

 若い王だ。
 特に目を惹くような風貌はなく―――強いて言うならば、銀髪と人の良さそうな顔が特徴か―――王としての風格は感じられない。
 しかし、その言葉の一つ一つに、何か無視することの出来ないと思わせる力があった。

(そこが俺との決定的な違い、か)

 それはさして特殊な力ではなかった。
 昨晩のリディアにもあった力。

( “覚悟” ―――俺になくて、こいつやリディアにはあるもの)

 心の中で苦く認める。自分に “覚悟” と言うものが無いことを。
 今までに自分の意志がなかったわけではない。
 だが、父についてバロンを攻め込み、父を失ってからは母に従っていた。

 己よりも経験があり、能力も高い両親に―――いや “国王” に従うことは当たり前のことと言えた。

 けれどそこにはエッジ自身の “覚悟” はない。
 己の全てを賭けて事を成そうとする “覚悟” はなかった。

(バロン王やリディアにはそれがある)

 リディアは “奪われたもの” を取り返すことを望み、セシルはこの国の民を守るためにエブラーナとの同盟を望み、そのために己の命を賭けた。

 エッジには命がけで事を成そうとしたことなど無い―――いや。

(1回だけ、あったか)

 バロンからの使者―――ギルバート達がエブラーナに来た時のことだ。
 ルビカンテの襲撃を受け、ジュエルはエッジに逃げるよう指示して―――エッジは一旦従い、しかし身を翻してルビカンテと戦った。
 あの時には確かに覚悟があった。絶対に母達を守り抜くという覚悟が。

 それを思い出しながら、エッジは視線を移動させる。
 セシルから、その脇に控えるベイガンに―――父を殺した “仇” へと。

「・・・俺の要求は一つだけだ」

  “覚悟” を決める。
 どんなことがあっても “仇を討つ” と。
 己の能力の全て―――さらには “意地” と “誇り” を賭けて事を成すと!

「そいつと決闘させろ! 一対一の決闘―――それが、同盟を呑む条件だッ!」

 ベイガンを指さし、セシルへ告げる。

「・・・・・・」

 今度はセシルが即答せずに、ただじっとエッジを見つめる。
 その表情から、なにかを読み取ろうとするように。

 周囲の騎士達も固唾を呑んで見守り―――しばし静寂の時が流れる。

 やがて―――

「―――いいだろう」

 セシルは頷きを返し、傍らのベイガンへ視線を移す。

「ベイガン、決闘を受けてやれ」
「御意に」

 王の命令に、近衛兵の長は跪いて了解した―――

 

 

******

 

 

 騎士達が詰めかけた状態では謁見の間では狭すぎる。
 と言うことで、場所を城の中庭に移し、その中央でエッジとベイガンは向き合う。

 その周囲には謁見の間に居た騎士達や、騒ぎを聞きつけた野次馬が集まっていた。

 以前なら、ロックやらユフィが席取りや賭けの元締めなどをして “商売” を始め、さらには実況解説まで用意されたものだが、今回はその二人は居らず、またそう言った悪ふざけするような雰囲気でもない。

 緊迫した空気が中庭に満たされる。
 そんな中で、ロイドがセシルの傍に寄ってきて小声で尋ねた。

「陛下、本当にやらせて良いんですか? 下手なことがあって、どちらが死んだりしてもマズイ展開だと思うんですが」
「それが同盟の条件というなら仕方ないだろう。白魔道士団だって待機させてある」

 セシルの言うとおり、騎士達の中にはクノッサスや、ポロムを初めとする配下の白魔道士達の姿が見える。

 ちなみにローザの姿は朝から見えない。
 実は昨日の昼に街に出た時―――牢屋での一件の後、予定通りに強引にベイガンを連れ出して食事に出かけたのだ。ランチタイムは終わっていたが―――ローザはそのまま実家に帰っていた。
 ローザはここ一週間ほど実家には帰らずにずっとセシルの傍にいた。無理をするセシルの事が心配で、何をすることができなかったとしても離れられなかったのだという。

「それにね、きっと彼は大丈夫だよ」

 セシルはエッジを見ながらそう呟く。
 「それはどういう意味ですか?」と、ロイドが尋ねたところで。

「いっくぜええええええええっ!」

 裂帛の気合いと共にエッジが動き出す。
  “決闘” が始まった―――

 

 

******

 

 

 地底で手に入れたばかりの刀――― “阿修羅” と銘の打たれた刀を抜き放ち、エッジはベイガンに向かって斬りかかる!

「!」

 速い。
 目にも止まらぬ高速の斬撃を、しかしベイガンは幅広の騎士剣――― “ディフェンダー” で難なく受け止める。
 金属同士の激突音が鳴り響き、互いの間で火花が散る。

「うおりゃああっ!」

 雄叫びを叫び、エッジの動きは尚も続く。
 連続して色んな角度からベイガンに向かって斬りかかる―――が。

「甘い!」

 四方八方から迫る高速斬撃を、しかしベイガンの剣は次々に受け止めていく。
 数分間、エッジが一方的に斬りかかり―――ベイガンはその全てを防いで見せた。

「ちぃぃぃっ!」

 舌打ちしつつ、エッジは一旦ベイガンから間合いを取り、離れた。
 息を切らせ、ベイガンを睨む。
 わずか数分間の攻防だというのに、エッジは肩をで息をしている。エッジはなにも馬鹿正直に真っ正面だけから斬りかかったわけではない。側面や背後に回り込みつつ斬りかかり、刀を全力で振り回し続けた。僅かの間とはいえ、それだけ激しく動き回れば忍者と言えども息は切れる。それで疲労しないのは、 “無拍子” を使う何処ぞの旅人くらいなものだ。

 対して、ベイガンは息一つ切らせていない。
 側面や背後に回り込むエッジに対して、ベイガンは自分の向きを変えるだけだ。さらに振り回される斬撃を、ただ受け止めるだけである。

「くそっ、やっぱり堅ぇ・・・」

 自分の斬撃が全く通用せず、エッジは苦々しく呟く。
 それに対して、ベイガンはディフェンダーを構えたまま怪訝そうに言う。

「何故、刀しか使わぬ? 忍術はどうした?」

 さっきからエッジは斬りかかるばかりで術の類を使っていない。

「へっ。てめえだってまだ本気を出してねえだろが。そっちが出してないのに、こっちも簡単に手の内見せられるかよ!」

 エッジの言う “本気” とは魔物の力の事だろう。
 防御特化のベイガンだが、魔物の力を使えば人間一人を破壊することくらい容易い力を得る。

 しかしベイガンは見下すようにエッジを見やり、告げる。

「使う必要はないでしょう」
「そうかよ! なら意地でも使わせてみせる!」

 そう言って、エッジは軽く息を整えると、再びベイガンに向かって突進する!
 同時、両手で刀を握りしめると大きく振り上げた。
 先程からベイガンは侮っているのか、攻撃する素振りを見せない―――ならば、相手の反撃は考えずに、全力の一撃を振るうことをエッジは選択した。

(この一撃なら・・・!)

 突進の勢いに己の膂力を加えただけの、強力だが単純な一撃だ。
 おそらくベイガンはこれをも防ぐだろう―――が、僅かにでも受け損ねれば体勢が崩れる。そうすればその隙を狙い、次の手が打てる。

 そう判断しての全力攻撃―――だが、対してベイガンは思っても見なかった対応を見せた。

 次の瞬間―――

「―――なっ!?」

 エッジの表情が驚愕に歪むと同時に、目の前に鮮血が噴き上がった―――

 

 

******

 

 

 噴き上がった鮮血はエッジのものではなかった。
 エッジの刀がベイガンの軍服ごと肉を斬り裂く。
 布とはいえ、ある程度は防刃性能のある服だ―――が、流石はドワーフ一の名工の作と言うべきか、そんなことお構いなしに軍服を斬り、肉を裂いた。

 ベイガンは鎧を着ていなかった。
 王のすぐ傍に居る近衛兵は、自然と王に謁見する賓客とも対面することが多い。その時にいかつい鎧を着込んでいては、相手を威圧してしまうためだ。
 なのでベイガンに限らず、近衛兵は有事の際には鎧を着用するが、平時では軍服のみ着込んでいる。

 もっともベイガンの場合は、下手に鎧を着込むよりも “ディフェンダー” で受けた方が堅い―――はずだったのだが。

 鮮血が噴き上がったのは一瞬だった。
 噴き上がった血が重力に従い落ちるのに合わせるように、ベイガンの身体も仰向けに倒れていく。

「クノッサス導師!」

 さすがにこの展開は予想していなかったのか、セシルは白魔道士団の長の名を呼びながらベイガンの元へ駆けつける。
 と、セシルが辿り着くよりも早く、エッジが血の付いた刀を放り捨て、倒れたベイガンの元へ膝をつく。

「てめえ!」

 その顔を覗き込むようにして睨み、怒鳴り声を上げた。

「なんで剣を下げた!?」

 今の一撃は、確実に防がれるはずの一撃だった。
 少しは受け損ねることを狙ったが、今のはそれ以前の問題だ。
 エッジが斬りかかった瞬間、ベイガンはそれを剣で受けようとはせず、逆に剣を下げて己の身で受けた。早い話、わざと斬られたのだ。

 ベイガンは睨むエッジを薄目を開けて見やり、力無く呟く。

「・・・そちらこそ、何故寸前で剣を引いた・・・? そうでなければ今頃仇を討てていただろうに・・・」

 全力の一撃だ。阿修羅の切れ味も相まって、まともに決まれば如何に魔物の因子を持つベイガンといえど、もう絶命していただろう。
 それがまだ生き存えているのは、ベイガンが剣を降ろした瞬間、エッジも僅かだが剣を後ろに引いたからだ。
 とはいえ、勢いのついた一撃だ。完全に止めることは出来なかったが。

「―――『ケアルラ』!」

 クノッサスがベイガンに回復魔法をかける。
 中威力の魔法が傷を癒し、出血を止める―――が、傷は完全には塞がらない。
 これが普通の刃ならば問題なかったのだろうが、名刀で斬られた傷は割合深く、クノッサスは急ぎ高威力の魔法を詠唱しようとする―――のを、セシルが止めた。

「もういい」
「しかし陛下、傷はまだ・・・」
「ベイガンならこの程度では死にはしないよ―――どうせ暫く謹慎させるつもりだし、その間ゆっくり傷を治してもらえばいいさ」

 冷たく言い捨てるセシルに、ベイガンが抗議じみた声を上げる。

「陛下!? それはどういうことですか!」

 まだ傷は完全に塞がっていない―――が、その声には力が戻っていた。
 これならば確かにこれ以上の魔法は必要ないと判断したクノッサスの前で、セシルは怒りのこもった眼差しでベイガンを見下ろす。

「どういうことかって? それはこっちの台詞だ!」

 セシルは完全にキレていた。
 ここまで怒りをあらわにするセシルは珍しく、周囲の騎士達もその剣幕に気圧されて、一言も発せずにいる。

「俺が何時、お前に死ねと命じた!?」
「陛下こそ、命をお賭けになったではありませんか」
「何・・・?」

 訝しがるセシルに、ベイガンは続けた。

「陛下はエブラーナとの同盟に、ご自分の命を賭けられた―――ならば臣下たる私がしなければならないことは、この命を持って同盟を成すこと!」

 ベイガンはセシル同様、こちらをじっと見つめているエッジに視線を移す。

「前エブラーナ王の仇を討たせれば、遺恨の一つは晴らせましょう。それに陛下ならば、その上で私の仇をとろうという愚行はなさりますまい!」

 ベイガンの言葉を聞き終えて。
 セシルは険しい表情のまま、深々と溜息を吐いた。

「ベイガン、お前はなんにもわかっちゃいない」
「・・・は?」

 怒りと呆れの混ざったようなセシルの言葉に、ベイガンは眉をひそめる。
 すると、それまで黙っていたエッジが口を開いた。

「俺は・・・もう、てめえの命なんか欲しくねえよ・・・!」
「何を・・・?」
「親父の仇はお前じゃない」

 エッジの言葉の意味が解らない。
 エブラーナ王にとどめこそ刺さなかったものの、打ち倒したのは間違いなくベイガンだ。
 だからこそ、ベイガンは仇と言えるはずだ。

「どういう意味ですか・・・? 仇を討ちたいから私との決闘を望んだのでは・・・?」
「・・・・・・っ」

 困惑するベイガンに、エッジは何か己の感情を堪えるように、唇を強く閉じる。
 が、やがて意を決したように、重々しく口を開いた。

「仇は・・・本当の仇は――――――この、俺だ」

 認める。
 認めた瞬間、堰を切ったようにエッジはまくし立てた。

「解ってたんだよ、最初ッから! 俺が未熟だったから、親父は命を張って俺を逃がしたんだ。あんとき俺がもっと強ければ、親父を助けることが出来ていれば、親父は死ぬことはなかった!」
「では何故決闘を・・・?」
「討ちたい仇はてめえじゃねえ! この俺の “弱さ” なんだよッ! だから俺は親父を倒したてめえを倒すことで、仇を討ちたかった―――てめえを超えたかったんだよッ!」

 血を吐くようなエッジの叫びを聞いて、ベイガンは倒れたまま愕然とする。

「それでは私のしたことは・・・」
「全くの無意味だね」

 まだ怒っているのか、セシルは吐き捨てるように言うと、周囲の騎士に呼びかける。

「おい、誰かベイガンを家まで連れてってやれ」
「陛下!? それはどういう意味ですか!?」

 実はベイガンは、バロンの街に屋敷をもっていたりする。
 だが、近衛兵として常に王の身辺を守る彼は、普段の寝泊まりを城内で済ませていた。セシルが知る限り、ベイガンがその屋敷に帰ったことは一度もない。オーディン王に使えていた時から―――下手すると、屋敷を手に入れた頃から一度も帰ってないんじゃないかと思われる。

 で、その屋敷に帰れと言うことは―――

「さっき言っただろう? しばらく謹慎させると」
「な、何故ですか!?」
「罰だからに決まってる。俺の命令なく勝手に死のうとした罰だ―――いいか? 今後、二度と勝手に命を捨てようとするな。俺が “死ね” と命じない限り、死ぬことは絶対に許さない」
「し、しかし・・・」
「返事はどうした?」
「む・・・りょ、了解いたしました。申し訳ございません―――ですが、謹慎だけは・・・」

 謹慎だけはご容赦を、と言おうとしたベイガンの身体を、巨躯の騎士が抱え上げる。

「リ、リックモッド殿!?」
「はいはい暴れないでくださいよ。傷口がひらいちまう―――んじゃ、陛下。ちょっくら送り届けてきます」
「私は城を出るつもりなどございません! 降ろしてくだされ!」

 ベイガンの抗議を無視して、セシルはリックモッドに「頼んだ」と告げると、彼はベイガンを抱え上げたまま中庭を出て行く。
 最後に「陛下ぁーーー」というベイガンの叫びが聞こえたが、当然無視だ。

「まったく・・・・・・さて、エドワード王子―――」
「エッジでいい」

 ぶっきらぼうに応じるエブラーナの王子に、セシルは苦笑して言い直す。

「それではエッジ。同盟の話は・・・」
「不完全燃焼だが、まあ仕方ねえ―――約束だしな、とりあえず俺はオッケーだ」

 不完全燃焼、という割りには随分とスッキリとした表情で、エッジは笑う。

「けど、俺の一存じゃ決められねえ。今んとこ、エブラーナを引っ張ってんのはオフクロだし、他の上忍達にも話を通さねえと」
「解った。とりあえず今は貴方が納得してくれればそれいい」
「エッジで良いって言ったろ。かしこまった言葉遣いは止してくれ。苦手なんだ」

(・・・ギルバートと言い、 “王子” ってみんなそう言うのが苦手なのか・・・?)

 そんなことを考えて、セシルは苦笑した―――

 


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