第26章「竜の口より生まれしもの」
R.「同盟」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間

 

 ―――翌朝。

 謁見の間に、各軍団の長を初めとする―――もちろん、カインは地底にいるのでこの場には居ない―――主立った者たちが集められた。
 突然の招集だが、大半の者たちはその理由を知っていた。

「朝早く集まってもらってすまない」

 玉座から立ち上がり、セシルが騎士達を見下ろしながら言う。

「今朝、集まってもらったのは他でもない―――ゴルベーザの事だ」

 軽いざわめき。
 もっとも、ロイドの命令で飛空艇団 “赤い翼” が動いていたことは周知の事実であるし、そのことでリックモッド率いる陸兵団が、ロックに協力していた事も、今更隠すことではないので知っていた者も居るだろう。

「聞き及んでいる者もいるだろうが、ついにゴルベーザは全てのクリスタルを集めてしまった。その結果、何が起こるかは解らない―――だが、おそらくはこの国に・・・いやフォールス全体にとって良くないことが起きるに違いない」

 未だにゴルベーザの目的ははっきりしない。
 クリスタルを集め―――その先に、何があって何をしたいのかがセシルには解らない。
 だからこそ、今までこのことを公表して来なかった。

 しかし、ロックとロイドによって己一人の限界を感じ取り、他の者たちの力を借りねばならないと悟り、セシルはこの場で打ち明けた。

 ゴルベーザの策略によって王が偽物にすり替わっていたこと、そして偽の王の命令で、各国にクリスタルを目的とした攻撃を仕掛けたこと。
 それから、偽物の王が暴かれ、セシルが新たな王となった―――途端に、貴族の反乱。

 それもようやく落ち着いたばかりだというのに、ここでまたゴルベーザの名が出てきた。
 深く関わっていない者たちが聞けば、軽く混乱してもおかしくはない。

 セシルの言葉を聞いて、騎士達はさらにざわめく―――だが、セシルが予測していたよりもそのざわめきは少なかった。

「それで陛下」

 大きな声―――それが地声である―――で問いながら前に出たのはリックモッドだ。

「俺達は何をすればいいんですかい?」

 彼はロックやロイドを通じて事情を知っているはずなのだが、こうして皆を代表するように話の先を促してくれる。リックモッドの言葉が響くと、他の騎士達も注目して、ざわめきが収まり、セシルへと注目を集める。

(有り難う御座います、リックモッドさん)

 陸兵団時代から、なにかと世話になっている “先輩” に心の中で礼を言い、セシルは続けた。

「正直なところ、ゴルベーザが何をしてくるかは解らない。目的はここになく、フォールスではなにも起こらないということもありうる」

 「可能性は限りなく低いけれどね」と、セシルは付け足すと、さらに続ける。

「皆に頼みたいのは、この国の守りを固めることだ。ゴルベーザは魔物を操る。もしかすると、いきなり魔物の大軍が押し寄せてくるなんて事があるかも知れない―――そうなった場合、最も被害を受けるのは誰だ?」
「国内の領民達でしょうね。それも、この城から遠く離れた領地の民達でしょう」

 答えたのはロイドだった。
 その表情に苦笑のようなものが過ぎったのは、先日謁見の間で交した会話を思い出したからだろうか。

 まるで申し合わせてたみたいだなあ、とセシルも思いつつ、ロイドに対して頷いてみせる。

「そうだ。下手をすると、かつてのエブラーナ戦争のような事になりかねない」

  “エブラーナ戦争” の事を口にすると、流石に騎士達は大きくざわめいた。
 セシルは当時生まれたばかりの頃だが、謁見の間に集まった騎士達の中には、当時から現役だった者もいる。そうでなくても、物心ついていた者たちが大半だろう。

「あの時の悲劇を繰り返さないようにするためにも、どうか協力して欲しい」
「―――1つ質問がございます」

 即座に声を上げたのは、暗黒騎士団の長、ウィーダス=アドームだ。
 彼はここに集まった騎士達の中でも、古参の一人である。当然、エブラーナ戦争も体験している。

「 “協力” とは各領地の領主達―――つまりは “貴族” も含まれるのですかな?」

 ウィーダスの発言に、騎士達がまたもどよめく。
 かつて、騎士達は貴族の配下にあった。しかし件のエブラーナ戦争で、我が身可愛さに真っ先に逃げ出した貴族達を見限り、離反したという経緯がある。

「そうだ。各領地の領民を守るためには、領主達の協力が必要不可欠だ」
「再び、貴族共に従えと?」

 挑発的ともとれるウィーダスの言葉に、セシルは思わず苦笑した。

「いいや。あくまでも民を守るために、領主達にはあくまでも対等に協力してもらうだけだ。命令を聞く必要はない」
「了解致しました」

 ウィーダスは一礼して素直に引き下がる。

(本当に、有り難い人達ばかりだ)

 先程のリックモッドといい、とセシルは思う。
 あえてああいった質問をして―――さらには質問した自らが素直に引き下がってみせる事で、他のものたちの反発を防いでくれているのだ。

 そのことに感謝しつつ、セシルはさらに続けた。

「もう一つ、ゴルベーザに対抗する上で必要なことがある―――道を開けてくれ!」

 セシルが命ずると、集まった騎士達は左右に寄り、真ん中―――玉座から出入り口の扉まで、一直線の道ができた。
 そして扉が開かれ―――中からは近衛兵に連れられ、エッジが姿を現わす。

 その姿を見た騎士達から殺気が放たれる。
 エッジがエブラーナの王子だということを知っているからだ。

 自分に向けられる殺気に、しかし動揺することなくエッジは進む。
 玉座の置かれた段の下まで来ると、セシルを睨み上げる。

「いきなり呼びつけて何の用だよ?」

 ぶっきらぼうな言い方に、周囲からは「無礼な」「エブラーナの忍者は礼儀というものを知らぬのか」などと、批判するような声が囁く。
 しかしセシルは気にせずに苦笑を返した。

「本当は昨日、話をしたかったんだけどね―――ああいうことがあったし」
「う・・・」

 言われ、エッジは気まずそうな顔をする。
 リディアの雷撃魔法をまともに受けて、エッジは一晩中気絶していた。
 いくら相手がリディアで、気を抜いていたからと言って、エブラーナにしてみれば敵地とも言えるこの城で長々と気絶していたのは迂闊を通り越して情けないという他はない。

 そのことを思い返し、エッジが何も言えずに居ると、セシルが話を切り出した。

「単刀直入に言うよ。エブラーナと正式に同盟を結びたい」
「は・・・?」

 エッジは唖然とした表情を見せ、周囲の騎士達も大きくざわめく。
 それはそうだろう。
 休戦状態とはいえ、エブラーナに対する遺恨は深い。特に、先の戦争では親や兄弟など、身近な人間がエブラーナの忍者に殺されたという者は、騎士や民など身分を問わず少なくない。

 そして、それはエブラーナ側も同様だった。

「陛下、それは流石に無茶かと思います」

 ロイドも気まずそうに否定的な意見を言う。
 と、それに後押しされるように他の騎士達も次々に意見を申し立てる。

「ロイド殿の言うとおり! エブラーナと一時的な協力ならばまだしも、同盟など・・・」
「エブラーナに親兄弟を殺された者は数知れず。陛下はその者たちのお気持ちをどうお考えで!?」
「いつ寝首をかかれるか解らんような連中と手を結ぶことなどできません!」

 などの意見がセシルに向けられ、最後に。

「陛下は先の戦争を知りますまい! あの悲劇を知らぬからこそ、そのようなことが言えるのでしょう!」

 それらの言葉をひとしきり聞いて、セシルは頷く。

「確かに僕はかつての戦争を知らない。知っての通り僕は捨て子で、だから戦争で親兄弟を失った事もない」

 だから、とセシルは謁見の間に集まった騎士達を見回す。
 誰もが不快そうな表情か、或いは戸惑った様子でセシルを見つめている。

「かつての戦争を知る者達に問う! その悲劇を繰り返したいと望む者は居るか!」

 ・・・無論、その声に応えるものは居なかった。
 エブラーナ戦争の悲劇を体感した者ほど、それを繰り返したくないと願うはずだ。

 誰も答えないことに頷き、セシルはさらに声を張り上げる。

「エブラーナと手を結べば、あの時の悲劇と同じ―――いや、あの時以上の悲劇が防げるかもしれない!」
「それはどういう事ですか、陛下?」

 セシルの言葉に疑問を発したのはロイドだった。
 彼は薄々理解しているのだろう。その質問は確認するためのようだった。

「ゴルベーザはバブイルの塔を使い、月へ行ったことは間違いない! そして “行った” ということは “帰ってくる” ということでもある」
「陛下はゴルベーザ達がバブイルの塔に戻ってくると・・・?」
「ああ。おそらくは月にあるという “力” を得て戻ってくるだろう―――エブラーナにあるバブイルの塔にね」

 ここまで言えばもう解っただろう? と、セシルは騎士達を見回して言う。

「エブラーナと同盟を結んでおけば、ゴルベーザの動きを素早く察知出来る―――敵の動きが早くに解れば、対応もしやすい」

 セシルが言うと、すぐには騎士達から反論はなかった。
 だがしばらくして、騎士の一人が意見を発する。

「しかし陛下! 本当にエブラーナを信用出来るとお思いですか? 土壇場で裏切り、それによって我が国が大きな被害を受けるやもしれません」

 その意見に、他の騎士達からも「そうだ!」と声が上がる。
 かつての敵、エブラーナなど信頼できないと。
 その声援を受け、最初に意見した騎士がさらにセシルに問う。

「もしもそのような事が起こった場合、陛下は如何様にして責任を取られるというのか!」

 その騎士の問いに対し、セシルの反応は簡潔だった。
 親指で自分の胸を指し、告げる。

「この命で責任を取るさ」

 あまりにもあっさりとした答えに、一瞬、騎士達はその意味が解らなかった。
 だが、やがてそれが “自分の命で償う” という意味だと気づき、皆言葉を失う。

 静まりかえった謁見の間に、セシルはさらに告げた。

「この場の全ての者が証人だ! もしもエブラーナとの同盟が成立し―――それが原因で、我がバロンに甚大な損害が生じた時、僕はこの首を差しだそう!」

 その言葉に意見するものは居なかった。
 王が命を賭けると言ってまでのことだ。それに意見すると言うことは、王の命を軽んじる事に他ならない。

「―――反論ある者はいるか!?」

 セシルの問いに、しかし応える者は―――応えられるものは居ない。
 ロイドやリックモッドでさえも押し黙っている。

 ただ一人、セシルの傍でベイガンが何か言いたげな表情をしていた。
 唯一意見を言うとすればこの近衛兵長以外には無いだろう。ただし、エブラーナトの同盟のことではなく。セシルが己の命を賭ける事への意見だろうが。
 セシルの言葉ははったりではない。もしも実際に言ったような事が起これば、セシルは躊躇わずにその首を断頭台へ差し出すだろう。

「・・・・・・」

 しかし、そのことを理解しているはずのベイガンはぶるぶると唇を振るわせながら、何も言おうとはしなかった。
 彼は事前にセシルからこのことを聞いていた。
 意見ならばその時に言うだけ言い尽くしていた―――もちろん、セシルの考えは変わらなかったが。

「・・・いないようだね」

 セシルは頷くと、そこでエッジへと視線を向ける。

「さて、エブラーナ国エドワード王子。繰り返すが、僕は貴国との同盟を望む―――返答はいかに?」
「・・・・・・」

 エッジはしばらく、無言でセシルを見返していたが―――やがて、視線をその隣へと移した。
 セシルの傍らに控える近衛兵長―――ベイガン=ウィングバードに。

「・・・俺の要求は一つだけだ」

 すっ―――と、腕を持ち上げ、その指をベイガンへと向ける。

「親父―――エブラーナ王の仇を討つこと・・・」
「ベイガンの命を差し出せと?」
「そんなことは言わねえよ」

 エッジは指先をベイガンに向けたまま、セシルへと視線を戻した。

「そいつと決闘させろ! 一対一の決闘―――それが、同盟を呑む条件だッ!」

 

 


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