第26章「竜の口より生まれしもの」
Q.「理由」
main character:リディア
location:バロン城・廊下

 

 

 ―――リディアは一人、城内を歩いていた。
 朝、セシルの寝室での一騒動の後、リディアはあてがわれた客室に戻ったが、妙にイライラしてじっとしていられず、すぐに部屋を飛び出した。

 話し相手にアスラの姿を探したがどこにも居ない。聞けば、ヤン達と一緒にファブールへ向かったのだという。
 他の連れ―――ボムボムとトリスも城の外に出ているだろうし、召喚するのは容易いが、こんなところに “魔物” が居れば騒ぎになりかねない。

 仕方なく適当に城中を見て回っていると、それを見つけた黒魔道士団―――クノッサスやローザと言った、何かと目立つ者たちが居る白魔道士団に比べると地味だが、一応バロンには黒魔道士団も存在する―――に、黒魔法について教えを乞われ、どうせヒマだからとそれを請け負った。

 気分がささくれていたせいか、ちょっと魔法の制御に失敗して、ちょっと攻撃魔法が暴発して、ちょっと黒魔道士団達が怪我したりしたりもしたがそれはともかく。

 そんなこんなで怪我した黒魔道士団を、医務室へ連れて行くと、何故か全身に青アザつくった筋肉(マッシュ)とチョコボ頭(クラウド)が治療を受けていた。
 付き添っていたフライヤに事情を聞いてみれば、なんでもようやく怪我が治ったので身体慣らしに殴り合ったのだと、呆れた表情で教えてくれた。
 事情を聞いて、馬鹿二人をひとしきり馬鹿にしてから医務室を出る―――頃には、なんだかんだで時間を潰れていたらしく、窓から覗く外の風景は夜の闇に染まっていた。

(・・・ま、気分は晴れたかな)

 魔法をぶっ放したり、馬鹿を笑ったりして、リディアの機嫌は概ね直っていた。
 ランプの灯火に薄暗く照らされた廊下を歩き、客室へと向かう―――と、行く手に見覚えのある人影があった。

 エッジだ。

 彼は廊下の壁に背中を付けて仏頂面で立っている。
 リディアはそれを通り過ぎようとして―――しかし、機嫌が良かったこともあり、なんとなく立ち止まって声をかける。

「なにしてんの?」

 その声を耳にして、エッジがリディアに顔を向けた。
 気のない表情でぽつりと呟く。

「なんだお前か・・・」
「なんだとは何よ。辛気くさい顔してさ」
「うっせえな、お前にゃ関係ないだろ」
「まあ、そうだけど」

 別にそれほど気になったわけでもない。
 リディアはさっさと歩き去ろうとする―――

「・・・ちょっと待てよ」
「なによ?」

 背中から声をかけられ、リディアは振り返る。
 すると、エッジは何か言おうとして―――しかし躊躇うように口を閉じた。

「何もないなら行くけど」
「いや・・・聞きたいことがあるんだ」
「嫌」

 即答。
 思わずエッジは面くらい、リディアはさっさと歩き出そうとする―――のを、エッジは慌てて止めた。

「待てコラ! 俺、まだなにも聞いてねえだろ!」
「どうせアンタの質問なんてロクでもないことでしょ。あたしのスリーサイズを知りたいとか」
「はっはっは。女の子のスリーサイズくらい、聞かなくても見りゃ解る―――いやだから行こうとするなよ! 聞きたいことがあるんだっつーの!」

 歩き去ろうとしたリディアは面倒そうな顔をして振り返る。

「あーあ、面倒くさいなあ! 声なんてかけなきゃ良かった!」
「そういうこと口に出して言うなよ! ・・・ああ、えっと聞きたいのは・・・」

 一瞬息を溜め、意を決したようにエッジは質問を口にする。

「お前、なんで戦ってるんだ?」
「・・・はあ?」
「いや、だからさ。お前は別にバロンの人間ってわけでもないだろ? なのになんでここで戦っているのかって」

 エッジの問いに、リディアは完結に「成り行きよ」と答えようとして―――やめる。
 その問いが真剣なものだと気がついたからだ。

「前にも言ったでしょ」
「え・・・?」
「あたしは、あたしの大切な人達が失われる事が耐えられない。だから、失わないために―――失われたものを奪い返すために戦ってる」
「失わないために・・・か」

 自分の言葉を繰り返すエッジに、リディアは怪訝そうに尋ねた。

「あんたもそうじゃないの?」
「俺、も・・・?」
「だからセシルに協力しようと思ったんじゃなかったの?」
「俺は・・・」

 わからない。
 大切なものを失いたくないという気持ちは確かにある。
 だが・・・

「俺は、仇を討ちたいんだ・・・」

 ぽつり、とエッジは呟く。

「親父の仇を、俺は討ちたいんだよッ!」
「勝手に討てば?」

 好きにすればいいじゃん、とでも言いたげにリディアは言い捨て―――さらに続ける。

「それでアンタの気が晴れればそれでいいんじゃない?」
「・・・どういう意味だよ」
「 “仇” ってあんたのお父さんの話でしょ? 仇を討ってもらう事なんて、望んでいたのかなって」
「てめえに何が解るっていうんだよッ!」

 思わず声を荒らげたエッジに、しかしリディアはその怒りを受け流すように肩を竦めてみせる。

「あたしはあたしの思ったことを言ってるだけ。・・・少なくとも、あんたのお父さんは、満足して逝ったようにあたしにはみえた―――あんたはそう思わなかった?」
「それは・・・」

 エッジの父、エブラーナ王エドワードは妻と息子に看取られて、笑って逝った―――それはエッジも認める。
 しかし―――

「だけど、それじゃ俺の気が済まねえんだよ!」
「だから言ったじゃない。あんたの気が晴れればそれでいいって」

 「 “仇討ち” なんてその程度のもんでしょ」とリディアは付け足してから。

「話は終わり? ならもう行っていい?」
「・・・お前はどうなんだ?」
「え?」
「失われたものを奪い返すって言ったよな? それがもしも奪い返せなかったら―――永遠に失われたらどうするんだよ?」

 エッジの問いに、リディアは即答で答える。

「考えてないわよ」
「へ?」
「奪い返せないなんて考えてない―――絶対に取り戻すって決めたんだから」

 その言葉はとても、とても強かった。
 特に力が籠もっていたわけではない。さっきまでと変わらない、普段の口調だ。
 しかしだからこそ―――自分の決意を躊躇いも気負いもなく自然に言葉にできる、リディアの胸に秘める想いの強さをエッジは感じた。

「・・・お前は強いよな」

 憧憬のこもったエッジの言葉に、しかしリディアは笑った。

「弱っちいわよ、あたしは」

 強くなったと思った。攻撃魔法を修行して、幻獣達と誓約も結んで力を得た。
 ―――それでも、自分の大切な人達にはまだ適う気がしない。

「引き留めて悪かったな」

 エッジが言う。

「別に。声をかけたのはあたしが最初だし―――それじゃ、おやすみなさい」

 そう言ってリディアは自分が向かおうとしていた方へ振り返る―――と、通路の向こうから誰かがやってくるのが見えた。
 その姿に気がついて、リディアは思わず渋い顔をする。

「げ、セシル・・・」
「やあリディアこんなところに―――エドワード王子も一緒か」

 「丁度良い」とセシルはにこやかに笑いかけながら歩み寄ってくる。
 対して、リディアは「ふんっ」とそっぽを向く。

「国王様がわざわざわたくしめをお探しですか? 呼びつけてくださりましたらすぐにでも参上致しましたのに」
「何その変な口調―――ていうか、まだ機嫌悪いのかい?」
「たった今、アンタの顔を見たら悪くなったのよ!」

 とても嫌そうな顔をセシルに向ける。

「それで、お忙しい国王様がなんの用よ?」
「いや、だからそれだよ。なんで不機嫌なのかなって」
「アンタの知ったことじゃないでしょ!」
「僕が至らないばっかりに迷惑かけたとは思ってるよ。すまないとも思ってる」
「そんなんじゃないわよ」
「じゃあ、どんな事なんだい?」

 セシルに問い返され、リディアは口を閉じる。

(ローザと間違われたのが悔しかっただなんて言えるわけないじゃない!)

 つまりはそう言うことだった。
 寝起きとはいえ、開口一番に出た名前が自分の名前ではなくローザの名前であったこと。
 それは或る意味当たり前のことではあった。セシルとローザは恋人同士で、それこそあんな風に抱き合って寝ることもあるのだろう(それを連想してしまった事も不機嫌の理由の一つだったりする)。

 だからセシルが悪いわけではない。そんなことを気にする自分の方がおかしいのだ―――と、リディアは思ってはいるのだが。
 けれど理性はそうでも感情は納得してくれない。
 ムカムカとした気分で黙っていると、答える様子のない彼女に対してセシルは「はあ」と溜息を吐いて。

「答えたくないなら別にいいけど・・・でも、言う気になったら言ってくれ。僕に至らないところがあるなら直すし、出来ることならなんでもするから」
「なんでも・・・」

(・・・もしもセシルに「ローザと別れて、あたしと結婚して」とかいったらどんな反応するかな・・・)

 反射的にそんなことを考えて―――すぐに自己嫌悪に陥る。

(何考えてるんだろ、あたし・・・っていうか)

 落ち込みながらセシルを見やり、溜息を吐く。

(なんか認めたくないけど・・・あたし、セシルのことが好きなのかなあ・・・?)

 好意を持っていることは確かだ。
 けれどそれが愛情と呼ばれるものなのか、リディア自身判別はつかなかった。

「えっと、リディア・・・? 本当にどうしたんだ? 僕が謝れば気が済むのなら、いくらでも謝るけど・・・」

 心配そうなセシルの様子に、さらに心がざわめく。
 っていうか、察しろよ気付けよ鈍感男ー! とか思いつつ、リディアは首を横に振る。

「なんでもない放っておいて」
「そうした方が良いならそうするけど」
「そうして」

 と、リディアはそっぽを向く―――と、顔を向けた方にちょうどエッジの顔があった。
 エッジはリディアを凝視して、わなわなと身を震わせている。

「ま、まさかリディアお前、こいつのこと―――」
「アンタは察するなっ!」
「嫌だああああ! 俺は認めねえ、認めねえぞ! リディアは俺の女―――」

 喚くエッジに、リディアは口早に魔法を詠唱して、魔力を解き放つ!

「『サンダラ』!」
「ぐあああああっ!?」

 悲鳴をあげてばったり倒れるエッジ。
 倒れた状態で、ぴくぴくと身を痙攣させている。

「今の悲鳴はなにごとですか!」

 悲鳴を聞きつけたらしく、近衛兵を数名引き連れたベイガンが駆けつけた。
 「大したことじゃない」と、ベイガン達に一声かけてから、セシルは気絶したエッジを見下ろす。

「・・・彼にも話したいことがあったんだけどなー」

 また明日にするか、とセシルは溜息をついた―――

 


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