第26章「竜の口より生まれしもの」
O.「仇敵」
main character:セシル=ハーヴィ
location:バロン城・謁見の間

 

 

「―――それじゃあ、引き続き調査を頼むよ」

 とりあえず気持ちを切り替え、セシルはロック達に指示をする。

「あと、ロイドは飛空艇団を使って空からバロンの各領地の地図を作製してくれ。ロックはリックモッドさんと協力して、緊急時の領民達の避難経路の設定と、兵の駐屯地の候補を見繕ってほしい」
「リックモッド?」

 現在、陸兵団を仕切っている男(実質上、陸兵団の長と言えるが、本人は頑なに軍団長となることを固辞している)の名前を出され、ロックは首を捻る。

「陸兵団は最近、各領地で暴れ回っていた野盗達を引き込んで戦力増強している。そう言った者たちは、襲撃のルートや、どこに砦あったら厄介かをよく知っているはずだろう?」

 ゴルベーザが野盗と同じように襲撃してくるとは思わないが、しかし参考にはなるはずだ。
 「そういうことか」とロックは頷く―――と、ふと微妙な顔をした。

「・・・って、なんか普通に働いてるけど、別に俺はお前の配下じゃないよな?」
「飛空艇技師の見習いだろ」
「いや、もう辞めたはずだし」
「辞表を受け取った覚えはないなあ」
「そもそもンなもん出してねえ―――っていうか、そんなこと言うなら、さっさと辞表出して国を出るぞ」

 ロックの言葉にセシルは「冗談だよ」と、苦笑する。

「まあ良いじゃないか。ここまでやってくれたんだ。もう少し頑張ってくれよ―――それに」

 と、セシルは意地の悪い笑みを浮かべる。

「 “バロン” に恩を売っておくことは君にとっても悪い事じゃないだろ?」
「・・・まあな」

 セシルの言葉に、今度はロックが苦笑する。
 シクズスで活動している反ガストラ組織『リターナ』の一員としては、ここでバロンに恩を売っておくことは無益ではない。

 ここフォールスと、ガストラ帝国のあるシクズスとでは大海を一つ挟んでいる―――が、バロンには飛空艇団がある。
 その気になれば、ガストラへ一気に攻め込むこともできる。今回ガストラがセリス達四人を派遣したのは、大部隊で押し寄せて下手にバロンを刺激しないためだった。
 ガストラもバロンに遅れを取る気はないだろうが、まだシクズス統一の最中である。余計な火種は起こしたくないというところだろう―――もちろん、シクズス統一したならば、即座にバロンに攻め込んでくるつもりだろうが。

 ともあれ、バロンと繋ぎをとっておけば、いざというときに心強い。
 バロンが何か事を起こせば、それだけでガストラに対して牽制になるからだ―――今回のように。

「ま、いいさ。お前の言うとおり乗りかかった船だ。できるところまでやってやるよ―――王様に頼み事されるってのも悪い気分じゃないしな」
「ああ、頼むよ」

 任された、とロックは手を振ってセシルに背を向ける。
 続いてロイドもセシルに対して一礼すると、二人は謁見の間を退室していった―――

 

 

******

 

 

「さて、ようやく昼ご飯だね」

 玉座の上でセシルは軽く伸びをする。
 その傍らではベイガンも頷いて。

「すでに用意は整っておりますぞ」

 ―――というベイガンの言葉を無視して、セシルは隣のローザを振り返った。

「ローザは何が食べたい? 僕はいつものナポリタンかなー」
「セシルってばいつもそれね」
「アレが一番安くてボリュームがあるんだよ」
「・・・あの、なんの話をしておられるので?」

 解っているはずだが、それでもベイガンは聞かずにいられなくて尋ねる。

「昼食の話だよ、勿論」
「城のメニューにそんなものはございません! というか、さっきはこちらで用意したものを頂くと仰ったではありませんか!」
「あ、早く行かないと。ランチタイムが終わっちゃう」
「そうね。 “金の車輪亭” のランチタイムは全品5%引きだものね、急がなくっちゃ」

 何故か宣伝口調でいいつつ、セシルとローザは立ち上がる―――その前にベイガンが立ちはだかった。

「お待ちください!」
「むう、ベイガン。王の行く手を阻むとは不遜っぽいよ?」
「おふざけも大概になされませ! 陛下は何故そう極端なのですか! 確かに昨日までは異常なほど働き続け、少しは休むべきだと進言致しましたが、それが終わったら終わったでまた城を出ようとする! その中間というものが―――」
「まあまあ」

 と、セシルはベイガンの肩を叩く―――と、そのまま首に腕を回して肩を組む。

「説教は食事をしながらでもゆっくりと聞こうじゃないか」
「は? 陛下、何を・・・」
「僕がご飯奢るって言ってるんだよ」

 肩を組んだまま、セシルはベイガンを引っ張って謁見の間の扉へと歩いていく。
 今までにないパターンに、ベイガンはひたすら困惑する―――その耳元に、ローザが嬉しそうに囁いた。

「セシルはね、申し訳ないと思っているのよ」
「申し訳ない・・・とは?」
「止まらないセシルのこと、心配してたでしょう? ―――私もだけど。それをロック達に気づかされて、だからセシルは申し訳ないと思っているのよ」
「・・・詫びのつもりなら、真面目に働いて頂くだけで宜しいのですが・・・」

 ベイガンが呟くと、セシルは「あはは」と笑って。

「それじゃあ僕の気が済まないよ」
「私の気が済みますが」
「おや? 忠臣たるベイガン=ウィングバードらしくないな。君の気が済むのと、僕の気が済むの、どちらが大事だと思ってるんだい?」
「それは―――っと、なにか誤魔化されているような気がしますが!?」

 気のせいではない。
 が、どうせセシルは聞きはしないだろうし、それにそう言ったセシルの気持ちは実のところ嬉しくもあった。
 仕方なく、とベイガンが諦めたように吐息した。

 そして、あと数歩で謁見の間の扉だというところで。

「陛下!」

 と、眼前で謁見の間の扉が勢いよく開かれる。
 その向こうから姿を現わした兵士は、すぐ目の前のセシル達の姿に虚をつかれたように言葉を失う。

「何事だ! 騒々しい!」

 ベイガンが一喝するが、セシルに和気藹々と肩を組まれた状態では威厳というものがまるで無かった。
 それでも兵士は我に返ると、姿勢を正して報告をする。

「申し訳ありません! 実は牢屋の方で、シド技師長とエブラーナの王子が―――」

 

 

******

 

 

「いい加減にしやがれ!」

 牢屋内にエッジの怒鳴り声が響き渡る。
 牢獄の中に居るルゲイエとリダルを指さして、

「こいつらの生殺与奪の権利は俺にある! 解放なんかすっかよ!」
「解放しろとは言うとらん!」

 対するのはバロン―――いや、世界でも随一の飛空艇技師、シド=ポレンディーナだ。
 彼はエッジに負けじと大きな声を張り上げる。

「ただちょっと、飛空挺の事で聞きたいことがあるっちゅーとるんじゃっ!」
「さっき牢屋から出そうとしたろ!」
「実際に飛空艇見ながらでなければ説明しづらいじゃろうが!」

 怒鳴り合う二人を、鉄格子の向こう側に見ながらルゲイエは困ったように呟いた。

「うーん、ワシ、大人気?」
「これが噂の “モテ期” ゴブ?」

 などという一人と一匹の間を棒手裏剣が通り過ぎ、後ろの壁に突き刺さる。

「てめえらは黙ってろ!」

 手裏剣を投げたエッジが睨むと、ルゲイエたちは固く口を閉じる。

「―――なんの騒ぎだ?」

 そこへ、兵士の報告を受けてセシル達が駆けつけてきた。
 どことなくセシルの表情が不機嫌そうなのは、もうランチタイムは間に合わないと悟ったからだろうか。

「セシル! お前さんからも言ってやってくれ!」

 シドが味方を得たとばかりにセシルを振り向く。
 セシルはエッジと、牢屋の中にいるルゲイエを見やり。

「・・・そう言えばこんな事もあったね。忘れてた」

 ゴルベーザの一味であるルゲイエを捕らえたという話は聞いていた。
 しかしロックから聞いたところによれば、ルゲイエはゴルベーザの企みを殆ど聞かされていないという。本人は、バブイルの塔の技術を研究出来ればそれで満足だったらしい―――嘘を吐いている可能性もあるが。

(でもまあ、こいつがゴルベーザにとって重要な駒だったら、絶対に取り返しに来てたよなあ)

 ルゲイエが重要人物ならば、地底にいる時に1回や2回、奪還しに来てもおかしくないはずだ。
 それがないと言うことは、さして重要ではないと言うこと―――そう判断して、セシルも優先順位を下げていたのだが。

「シドが来ているという事は・・・飛空艇に関する話かい?」

 セシルが問うと、シドは「うむ」と頷く。

「こいつらが乗ってきた飛空挺――― “ファルコン” とか言ったか?―――ベースはわしが作った “赤い翼” じゃが、中身が全く別物でなあ。おそらくはバブイルの塔の技術だと思うんじゃが、わしにはちと手に負えなくてな」
「それで、開発者の話を聞こうって思ったわけか」
「そう。なのに、この若造が!」

 シドがエッジを指さすと、彼は「うっせえ!」と怒鳴り返す。

「こいつは親父の仇だ! 誰にも渡すわけにはいかねーんだよ!」
「だから別に “許せ” とか “解放しろ” とか言ってるわけではない! ちょーっと話を聞くだけで・・・」
「バロンの人間が信用出来るかよ!」
「・・・大体の話はわかった」

 セシルはそう言うと、シドの前に出る。
 それからルゲイエを指さし、エッジに向けて言う。

「だったらさっさと殺せばいいだろう?」
「・・・なっ」
「あれが親の仇だというなら、さっさと殺せばいい。別に誰も止めやしないよ」
「それは・・・」

 セシルに言われ、エッジは言葉に詰まる―――がすぐに言い返す。

「いや、まだ駄目だ! あいつは仲間達の前で処刑を―――」
「そんなことを言ってると機を逃すよ。君がやらないというのなら僕が殺す」
「なんだと・・・?」
「あいつを仇に思っているのは君だけじゃない―――僕・・・いや、ベイガンだって同じだ」

 セシルは背後のベイガンを見やる。
 ベイガンの身体はルゲイエによって魔物の因子を組み込まれ、改造されている。それだけではなく、ベイガンの配下だった近衛兵も同じように改造され―――完全に人ではなくなり、パロムとポロムの合体魔法で滅ぼされた。
 ベイガン達をダークフォースで操っていたのはゴルベーザだが、ルゲイエが居なければ、近衛兵達は少なくとも人のままで死ぬことが出来たはずだ。

「こっちも仇を討つ権利があるってことさ」
「ふざけんな! コイツは俺が・・・」
「だから殺せよ」

 淡々と、セシルはエッジへと告げる。
 その声音に何も感情はこもっていない―――だからこそ、逆にエッジは恐ろしいと感じた。

「別に止めやしない―――と、さっきも言っただろう? 誰が殺したって仇は仇だ。君が殺すならそれでもいい―――が、君がやらないというのなら僕たちが殺す」
「・・・・・・っ」
「ちょ、ちょっと待てい!」

 セシルとエッジのやりとりを聞いていたルゲイエが溜まらずに叫ぶ。

「なんかどっちにしろ、ワシが殺される方向に話が転がっているように思うんじゃが!?」
「どっちにしろ殺すに決まってるだろ。別にこれは仇云々ってだけの話だけじゃない。お前を生かしておけば、また同じ悲劇が起きるかもしれない」
「お、起きませんよ? 起こしません! 二度とやりませんから! だから許してプリーズ!」
「ああ、いい加減にお腹すいたなー」
「ガン無視ー!?」

 「ワシの命運腹具合以下ー!?」などと喚くルゲイエの事は無視してセシルは再びエッジへ視線を向ける。

「さて、どうする? 殺すならさっさと殺せばいい―――見ててやるからさ」
「くっ・・・畜生っ!」

 エッジは吐き捨てるように叫ぶと、セシル達の脇を駆け抜けて牢屋を飛び出していく。
 それを不可解そうに見送ったシドが呟いた。

「逃げた・・・?」
「彼も解っているんだろうさ。本当の仇が “誰” なのか」
「ゴルベーザの事か?」

 シドが問うが、セシルはそれには特に答えずにベイガンを振り返る。

「一応聞くけど、君は仇を取るつもりはあるかい?」
「私は・・・・・・」

 ベイガンはルゲイエを一瞬だけ憎悪のこもった目で見つめる―――が、すぐにかぶりを振る。

「・・・いえ。ここで私がヤツを殺せば、私はただの卑怯者です。二度と陛下の傍に居ることはできなくなるでしょう」
「どういうこと?」

 ローザが疑問を発すると、セシルは苦笑して答える。

「ベイガンはとても誠実で誇り高い僕の側近だということさ―――さて」

 セシルはルゲイエを見る―――と、狂科学者は牢屋の中で、びくりと身を震わせた。

「ルゲイエ、と言ったね、さっき言ったことは本当かい?」
「さっき・・・?」
「人体改造は二度とやらないと言っただろう」
「・・・あ、それ? と、当然じゃよ! ワシ、人体改造なんて非道なこと、実はやりたくなかったし」

 もの凄く嘘くさく、ルゲイエが言う。
 セシルの背後で、ベイガンが怒りを堪えるように息を止める気配を感じながら。

「なら君はとりあえずシドに預ける。ちゃんと言うことを聞くように」
「イ、イエッサー!」

 びしいっ、とルゲイエは敬礼する。

「・・・宜しいのですか、陛下」

 不快な表情を隠そうともせず、ベイガンが伺う。

「まあ、シドになら任せられると思うよ。なにか妙なことをやろうとしても、すぐに察知して止めるだろうし」

 セシルが言うと、シドは「うむ、任せておけ!」と胸を叩く。

「陛下がそう言うのならば、これ以上は言いませんが・・・」

 内心では承伏しきれないものがあるのか、その表情には不満が見て取れる。
 それを見てセシルは苦笑して―――「ああ」と何か思い出したように、最後に付け足す。

「約束破ったら必ず殺すから」

 それだけ言い残すと、セシルは背を向けて牢屋を出て行く。
 ベイガンとローザも後に続き、その場にはシドとルゲイエ達だけが取り残される。

 セシル達が牢屋を出て、ばたん、と牢屋の入り口の閉まる音が響き、ルゲイエはやや青ざめた様子でぽつりと呟いた。

「こ、怖ぁ・・・・・・―――」

 

 


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