第26章「竜の口より生まれしもの」
L.「貴族」
main character:ルディ=フォレス
location:フォレス邸

 

「―――よし、とりあえずはまとまったな」

 ロイドがざっと書類を確認して、その書類の束をトントンと机の上で揃える。

 ―――フォレス邸の一室だ。
 無闇に広いこの屋敷の一室もそれなりに広い。
 部屋の中には三人の人間が居るが、三人ばかりでは逆に広さを感じさせるほどに広い。

 ロイド達は部屋の中央にある大きなテーブルに腰掛けて、書類整理の作業を今終えたところだった。

「あーあっ、と。ようやくか―――まあ、一晩でこんだけまとめられたなら良しとするか」

 ロックが椅子に腰掛けたまま大きく伸びをする。

「一晩、というかもう昼に近いと思いますけど・・・」

 どこか覇気のない、疲れ切った様子で呟いたのは14,5歳の少年だった。
 ルディ=フォレス。ロイドの実弟で、フォレス家の現当主である。

 目を閉じたり開いたりと、眠気をなんとか堪えている様子の弟に、ロイドは苦笑して呟く。

「お前もここまで付き合わなくても良かったのに」
「兄様達を放って、一人で眠るわけにはいかないでしょう」
「兄貴と違って、随分と生真面目だな」

 ロックが言うと、ロイドも苦笑したまま、

「生真面目って言うか強情って言うか」

 言いつつ、まとめた書類を手に立ち上がる。

「さて、と。そいじゃ俺達はこれから陛下に会ってくる―――お前はゆっくり寝てろ」
「そんな! 僕だって・・・!」

 慌ててルディは立ち上がるが―――軽い目眩を覚えて、テーブルに手をついた。
 それを「ほらみろ」とロイドは呟き。

「無理しすぎだっての。だいたいお前は、普段から色々心労疲労が溜まりまくってるだろ」
「う・・・」

 ロイドに指摘され、ルディは言葉に詰まる。兄の言葉は正鵠を射ていた。

 父や兄に逃げられ、若くして新当主となったルディは、今家を建て直そうと必死になっていた。
 それこそセシルと同じくらいに、寝る間も惜しんで他の貴族達の所に足を運んでは、なけなしの財産をはたいて縁を結ぼうと走り回っていたのだ―――

 

 

******

 

 

 ―――現状、フォレス家は孤立した状態だ。
 なにせ先の反乱の首謀者の片割れとも言える。セシル王の温情により、家を取り潰されるどころか財産の没収も免れた。
 だが、このままではその財産も食い潰すだけである。

 領地を持たないフォレス家は、領民からの税収がない。
 つまり、収入がないということだ。

 

 

******

 

 

 フォレス家に限らず、現在バロンには領地を持たない貴族が多くいる。
 そんな貴族達はどうやって生活費を得るのか?
 一般人と同じように汗水垂らして働いているわけではない。

 実は貴族達は、働かなくても国からお金が支払われる。
 それは貴族が貴族として身分を得た際の功績に対して支払われるものだ。
 だが、一般人の一ヶ月分の給料よりも遙かに多く貰えるものの、それだけでは貴族の生活費にするには少しばかり厳しい。どうしても貴族の生活は一般人よりも贅沢になってしまう。着ている服や装飾品、日々の食事などもそうだし、何より使用人たちの給料もある。さらに自分の家の力を見せ付けるために――― “見栄” とも言う―――他の貴族を招いてパーティなんぞ開けば、それだけでとんでもない額の費用がかかる。

 なので、領地を持って領民からの “税” という収入がある領主達はともかく、領地を失った貴族達は毎月の収入よりも支出の方が多くなる。
 そこでどうするかというと、今までに溜め込んだ財産を少しずつ売り払ってなんとか凌いでいる。
 だが、財産も無限に沸いてくるわけではない。貴族の多くの台所は火の車である。

 先の貴族の反乱が起こってしまったのは、そこらへんの事情も関係していたのかもしれない。

 ―――ちなみに、ローザの実家であるファレル家は、没落貴族ではあるが、使用人もキャシー一人だけで、家のことは彼女一人で(ディアナも時々手伝ったりしている)まかなっているので、国からの支給金だけでなんとかなっている(当然、豪勢なパーティなどしない。せいぜいが内々の誕生日会程度だ)。
 つけくわえると、当主であるウィル(現在はエイトスへ出張中)は毎日登城しているが、それは賃金を稼ぐと言うよりは、友好的な騎士達と顔を繋いでおくためである。とある事情で他の貴族達と敵対、もしくは無視状態にあるウィル=ファレルは、騎士達を味方に付けることで自分の身や家族を守っている。

 

 

******

 

 

 さて。
 フォレス家は巨大な―――それこそお城のような屋敷を所有している。
 国からの支給金では、その屋敷の維持費にも足りない。ファレル家のように節約してなんとかなるレベルでもない―――し、ルディ一人では当然、屋敷の手入れなど出来ず、数年も経てば幽霊でも住みつきそうな朽ち果てた屋敷に成り下がるだろう。

 では今までどうしていたか?
 フォレス家は大貴族である。領地は失ったものの、他の貴族達への影響力―――発言権は大きかった。

 ぶっちゃけた話、お山の大将のようなものだ。フォレス家の前当主、ザイン=ズィード=フォレスが「右を向け」と言えば他の貴族達は右を向くし、「あそこの家、最近生意気でムカつくからみんなシカトなー」とでも言えば、そこの家は他の貴族から無視されて孤立する(その中の一つがローザの実家だったりもする)。

 だから他の貴族達はご機嫌を取るために、フォレス家に金銀財宝などの贈り物をした。何かあったとき、自分の肩を持って貰うために。特に対立している貴族同士などが居ると、片一方が贈り物をすれば、もう片方も張り合ってさらに良いものを贈る―――と、フォレス家は何もしなくても財産を増やすことができた。

 が、反乱が失敗に終わり、当時の当主たちも姿を眩ませた今、フォレス家のご機嫌を取ろうとする者はいなくなった。というか、する必要が無くなった。

 

 

******

 

 

 繰り返すが、現状のフォレス家は周囲の貴族達からは無視されて、孤立している状態―――だがそれはまだマシと言える状況で、下手すれば “攻撃” されていたかもしれないのだ。

 例えば、先の反乱で被害を被ったとか、以前にフォレス家の一声で酷い目に遭わされただのと難癖つけて、王に没収されなかった財産を賠償金代わりに寄越せと言ってくる貴族が居てもおかしくはない。
 だが、それは事前にセシルが「反乱の首謀者の一人、ザイン=ズィード=フォレスは逃亡した。新当主であるルディ=フォレスに咎めるべき罪は存在しない。もしもザイン=ズィード=フォレスの悪行を言い分にフォレス家へ “攻撃” する者がいれば、厳罰を与える」と、貴族達に言い渡していたため、フォレス家にちょっかいを出そうとする者はいない。
 だが、その代わりに無視され、孤立状態になってしまったわけだ。当然、フォレス家に援助してくれる酔狂な貴族も居ない。

 

 

******

 

 

 このまま何もしなければ、ルディは財産を食い潰し、結局は家をすてなければならなくなる。
 実は領地を失った貴族の中には、身分を捨てて市井に溶け込み、一般人となった者も少なくない(シド=ポレンディーナもその一人である)。

 しかしルディは貴族であることを捨てようとはしなかった。
 まだ生まれて二十にも満たない若年者だが、それでもこの歳になるまでずっと、貴族としての誇りと責務を叩き込まれてきた。

 曰く、貴族とは己の家を誇りとし、未来永劫に存続、発展させ続けていくものであると。

 それを叩き込んだ両親はすでにいない。
 特に父は貴族の誇りも捨てて逃げ出してしまった―――が、それでもルディは与えられた “誇り” を捨てようとはしなかった。

 なによりもセシル陛下への恩義もある。
 家を取り潰さず、ルディを当主と認め、その誇りを奪おうとはしなかった。
 それなのに容易く家を捨てると言うことは、陛下の気持ちを裏切ることになる、とルディは考えている。

 だからルディは貴族であることを捨てない。

 

 

******

 

 

 この屋敷は貴族としてのフォレス家の象徴でもある―――だから、この屋敷を維持するために、ルディは独自に金を稼ぐ必要があった。

 具体的な案はまだ無い―――が、一つだけ考えていることがある。

 そのためにも、ルディは協力してくれる貴族を必要としていた。
 だから、日々走り回り、なけなしの財産をはたいて他の貴族達と関係を持とうとしている。

 しかし、先の反乱の事もあり、成果はあまり芳しくない。
 ただ、少しだけ光明はある。
 それは、セシル王がルディの事を気に掛けていると言うこと――― “恩赦” を与えたことや、他の貴族の “攻撃” から守ろうとしたことなど―――と、そのセシル王の信任厚いロイド=フォレスの弟ということだ。

 残酷な言い方だが、今のルディ=フォレス自身にはなんの価値もない。
 ただ、ルディを通じてセシル王やロイドと縁ができれば、それは貴族にとって益となる。
 だから、ルディが訪ねていっても、無下に追い返すような貴族はあまり居ない。一応、話は聞いてくれることが多い。

 ただし、そう言った下心しかない相手は、ルディの方からお断りだった。
 セシルやロイドの名を出せば、殆どの貴族は協力してくれるだろう。だが、それでは兄達に迷惑をかけることになる。それに、ルディが求めているのは “対等な信頼関係” だ。
 自分のことを見ようともしない人間が相手では意味がない。

 それが難しいことはルディ自身解っている。
 なにせ他の貴族達にとって、ルディには何の価値もないのだ。これも酷い言い方だが、そこらの道端に落ちている石ころと信頼関係を結ぼうとするようなものだ。

 それでもルディは諦めない。
 必ず自分が望み、自分を望んでくれる者が現れると信じている。
 何故ならば。

 ―――兄やセシル陛下は僕を認めてくれた。

 それが根拠だった。
 今、ルディが最も尊敬する二人である。その二人が認めてくれたのならば、他にも認めてくれる人が居るはずだ。
 居なければ、それがルディ=フォレスの限界だったのだろう。

 だからルディは諦めない。最後まで。

 

 

******

 

 

 兄の言うとおり、疲労は溜まっていた。
 その上で、兄とロックに付き合って一晩徹夜したのだ。気を張ってなければ今にも倒れそうだった。

 それでも。

「でも、僕だって最後まで・・・」
「バァカ」

 ぽん、とロイドは手にした書類の束で弟の頭を軽く叩く。

「これで最後じゃねえんだ。また後で手伝って貰うことはある」
「でも・・・」

 尚も食い下がろうとするルディに、ロックは「安心しろよ」と笑いかけて。

「セシルにゃお前さんが手伝ったことはちゃんと伝えておくさ。そうすりゃ、自然と耳聡い貴族にも知れ渡るだろ」

 ロックもフォレス家の現状は解っている。
 セシル王の仕事を手伝い、成功させたとなれば、それはルディの “価値” となる―――そう、ロックは言ったのだ。

 だが、それを察したルディはロックをキッ、と睨んだ。

「勘違いしないでください!」
「え?」
「僕はそんな事のために手伝ったわけじゃありません! 陛下には返そうにも返しきれない恩があるから・・・!」
「あっ・・・と、悪ぃ」

 少年の気迫に気圧され、ロックは思わず謝る。
 ロイドは苦笑して、そんな弟の頭をもう一度叩く。

「はいそこまで―――だったら尚更休んでろよ。お前が無理して倒れることを、陛下が望むわけねえだろ?」

 「もちろん、俺もな」と付け加える。
  “陛下” を持ち出されれば、ルディはそれ以上いうことは出来ない―――が、代わりというように弟は兄を半目で睨む。

「・・・本当は、兄様が当主となってくれたら、僕がここまで無理することは―――」
「さて、ロック! さっさと行こうぜ!」
「え? ああ―――」

 ルディの言葉を、かなり強引に聞こえなかったフリをして、ロイドはスタスタと部屋を出て行く。その後をロックも続く。
 一人部屋に残されたルディは「はあ・・・」と嘆息して、再び椅子へと腰掛けた。

「全く、兄様は・・・」

 仕方ないなあ、と思いつつ、少年はテーブルに突っ伏した。
 もう気力も限界だ。
 とてもじゃないが、寝室まで持ちそうもない。

(・・・とりあえず、少しここで仮眠して―――それから寝室に行って―――起きたらまた兄様達の手伝いを―――・・・)

 これからすることを頭の中に思い浮かべながら。

「すぅ・・・・・・すぅ・・・・・・・」

 ルディの意識は夢の中へと溶け込んでいった―――


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