第26章「竜の口より生まれしもの」
K.「明朝」
main character:ポロム
location:バロン城・廊下

 

 

 

「ベイガン様」

 もはや習慣となっている、城内の見回り―――と言ってもそう物々しいものではない。朝の散歩、程度の気持ちである―――の最中に声をかけられ、ベイガンは振り向く―――と、そこには幼い白魔道士の姿があった。
 相手がまだ自分の数分の一しか生きていない幼子でも、しかしベイガンは礼を失することなく対応する。

「おお、ポロム殿。この様な朝早くになにか御用ですかな?」
「その・・・陛下は・・・?」

 やはり心配なのだろう。
 セシルは結局、昨日は起きてくることはなかった―――久方ぶり睡眠を取ったのだから当然かもしれないが。

 朝一番に王の寝室へと向かってみれば、寝室を警護する近衛兵達からは「まだ起きられた様子はございません」と返事が返ってきた。
 徹夜は得意だが、朝はとことん弱いセシル王の事だ。まだ起きてはいないだろうと考えて、ベイガンはそれをポロムに伝える。

「そうですか・・・」

 ポロムは表情を曇らせる。
 こんな朝早くから登城するほどセシルの事が心配なのだろう。

(陛下は果報者ですなあ)

 と、ベイガンはのんびりと微笑ましく思う。
 彼も昨日まではセシルのことを心配し、心を痛めていた一人だったが、もう心配はないだろうと思っていた。
 リディアのお陰で(強制的に)睡眠をとったことも心配解消の要因の一つだが、なによりも今頃はロック達が―――

「あっ、それでは私はこれで。お引き留めして申し訳ありませんでしたっ!」

 ベイガンが物思いに耽っていると、ポロムがはっとして一礼。そのまま踵を返して去っていこうとする―――のを、ベイガンが呼び止めた。

「ああ、ポロム殿。ちょっと待っていただきたい」
「はい?」

 なんでしょうか、とポロムはベイガンを振り返る。

「いえ、陛下がようやく休息を取られたことは喜ばしいのですが、流石に丸一日以上も寝かせておくわけにはいきません―――なので、ご足労ではありますが、ポロム殿に陛下を起こしてもらいたいのですが・・・」
「私が陛下を? しかし、それはベイガン様やレイアナーゼ様が・・・それに陛下の寝室までいくのは近衛の方々でなければ・・・」

 昨日はベイガンが共にいたからともかく、本来国王の寝室は易々と立ち入って良い場所ではない。
 基本的にはベイガン配下の近衛兵や、レイアナーゼ配下の近衛メイド達しか立ち入ることを許されて居ない。他に昨日のリディアやポロムのように、王妃(予定)や近衛兵長が同行したり、セシル王本人が許可した時などが例外としてあるが、基本的に王と王妃、近衛の者以外は立ち入り厳禁である。

 ・・・のはずだが、カインやバッツなどはその辺り全く気にせずに入り込んでいる。
 まあ、あの二人を止められる者などこの城には殆ど居らず(当人同士と、あとはセシルくらいだ)、それにあの二人ならセシルも許可を出すということで黙認されている。

「寝室の外には私の配下が常駐しておりますし―――これを見せて、私が許可を出したと言えば通してくれるでしょう」

 そう言って、ベイガンは肩に突いていた小さな盾のバッジを外すと、ポロムに差し出した。

「え!? でもそれは近衛兵長の証ではありませんか!」

 差し出されたバッジを、ポロムは目を見開いて見る。

「そ、そのような大切なものを預かるわけには・・・」
「構いませんよ。ほんの一時の事です―――さあ、どうぞ」

 ベイガンはポロムの小さな手に無理矢理に近衛兵長の証を握らせる。

「け、けれど私なんかが陛下を起こすなんて・・・」
「むしろポロム殿の方が効果的かも知れませぬ。私などが起こしに行っても、陛下はなかなかお起きになられないので」

 はあ、と表情を曇らせて嘆息する。
 それは演技でもなんでもなく、ベイガンの本音だった。
 最近はともかく、朝の弱いセシルを叩き起こすのがベイガンの朝一番の仕事でもあった。最初はレイアナーゼがあの手この手でセシルを起こしていたのだが、だんだんと効果が薄くなっていて、今はもっぱらベイガンが力尽くでベッドから引きずり出している始末だ。

「無理なようでしたら私も後から行きますので。どうぞよろしくお願いします」
「う、え、えっと・・・は、はい! なんとか頑張ってみます!」

 緊張のあまりか、ポロムは敬礼の真似事ようなポーズをとると、近衛兵長の証を握りしめて、謁見の間へと駆けだしていく。
 それを見送り、ベイガンは城の見回り―――散歩を再開した。

 

 

******

 

 

 謁見の間の奥、玉座の後ろにある通路からさらに先へ進むと、途中に近衛兵の詰め所があり、さらに奥に王の寝室がある。

 謁見の間の入り口と、近衛兵の詰め所、さらに王の寝室の前にはベイガン配下の近衛兵が常駐しており(詰め所には最低四名、その他の場所には二名ずつ)通るたびに、ポロムは緊張しながらもベイガンから預かった “証” を見せ「許可はもらっています」と説明した。

 幸いにも、警備していた近衛兵達は昨日の朝、ベイガンと一緒に寝室に行った時に居た近衛兵と同じだったので、そのことを覚えていた近衛兵達は特にに疑うことなくポロムを通してくれた。

 謁見の間、近衛兵詰め所をパスして、王の寝室の前へと辿り着く。
 「何用か?」と問いかけてくる寝室の警護をしている近衛兵に、ポロムはさっきまでと同じように近衛兵長の証を見せて。

「あのっ、陛下を起こしにきました! ベイガン様より許可は頂いています!」

 緊張のあまりか、かすれそうになる声を無理矢理に絞り出す。
 そんなポロムに、近衛兵達はやはり特に疑うことなく「そうですか」と微笑むと頷いた。まあ、ポロムのような幼女が陛下の命を狙う刺客などと考えにくいこともあるのだろう。ポロムはほっとして、寝室のドアに手を伸ばす―――その時だ。

「ぎゃあああああああっ!?」

 寝室の中からセシルの悲鳴が響いてきた―――

 

 

******

 

 

「・・・・・・あ?」

 ぼんやりと声を漏らす。
 まぶたの向こうで眩しい朝の光を感じながら、セシルはゆっくりと目を開けた。

 眠っていたという事に気がつくが、眠る前のことが上手く思い出せない。

「なんだろ? 身体が・・・」

 身体が重い―――のは、寝起きのせいばかりではなく、なにか・・・というか誰かが、前と後ろ、セシルの身体にしがみついているからだった。
 そのうちの一人が「あ、起きたの?」と、セシルに声をかける。

 目の前に、セシルが抱きかかえるような形で、誰かが居る。
 その女性を寝惚けた目で眺めて、自然とその口から名前が漏れた。

「・・・ローザ?」

 ―――それが失敗だと気づいたのは直後だった。
 その ”緑の髪の” 女性はなにやらムッとした後、口早に何言かを唱える。
 段々となんかマズイ事言ったような気がすると思い始めたその時―――彼女の魔法が完成する。

「『サンダー』!」
「ぎゃあああああああっ!?」

 雷撃が身体を貫いて、セシルは悲鳴をあげた。
 直後、寝室のドアが勢いよく開かれる。

「陛下! どうなされましたっ!?」

 セシルの悲鳴を聞いて、寝室に飛び込んできたのはベイガン―――ではなく、何故かポロムだった。その後ろからは寝室を警護していた近衛兵二人が油断無く寝室の中を覗き込んでいる。
 と、ポロムはベッドの上でくんずほぐれつ抱き合うようにして寝ている(と、ポロムには見えた)セシル達三人を見て硬直する。

「あ、ポ、ポロム・・・?」

 電撃で軽く痺れながらも、セシルは身を起こしてポロムに気がつく。
 ポロムは何故か真っ赤な顔をしてセシルを凝視して―――

「へ、陛下がローザ様と、あと知らない女性と3Pを!?」

 ちなみに、リディアは石化していたポロムのことを知っているが、ポロムはリディアの事を知らない。
 セシルはそんなポロムの叫びに、慌ててツッコミを入れる。

「ちょっと待て! どーしてそんな単語を知ってるんだ5歳児!」
「男女三人が同衾するのは3Pと呼ぶのだと、ミシディアの魔道書に・・・」
「どんな魔道書だよ!?」
「てゆーか、服を着てるし」

 リディアの言うとおり、ローザは寝間着に着替えているが、リディアとセシルは昨日の服のままだ。
 セシルとは対照的に淡々としたリディアの指摘に、割と冷静だなとセシルが彼女を振り返ると。

「・・・・・・」

 氷点下と思うほどの冷たい視線がセシルを見つめていた。
 え? あれ? 僕、なんか悪いコトした?―――とは思うが、それを問い返す勇気が持てずに―――というか、そのことに触れるともっと事態が悪化しそうだと本能的に察し、なにも言わずに再びポロムへ視線を戻す。

 ポロムはというと、リディアの指摘を受けてなにやら神妙に考え事をしている様子だった。
 が、やがてはっとした表情をすると、セシル達を眺めて呟く。

「着衣プレイ・・・!?」
「プレイじゃないッ!」

 とりあえずミシディアの魔道書は18歳未満閲覧禁止にするようにミシディアの長老に要請するべきか―――などと本気で考えていると、背中の方で動く気配があった。

「ん・・・」

 というローザの声。
 今度こそ本物か、とセシルは振り返る。

「あ、ローザ、おは―――わあああっ!?」

 セシルの悲鳴、本日二度目。
 見れば、ローザの長い髪の毛が割と酷い事になっていた。
 怒髪天、という単語がぴったりなほどに天井に向かって荒々しく逆立っている。

「あ。私の魔法のせいかも」

 「しまった」という表情で、リディアが呟く。
 どうやらリディアの雷撃魔法がセシルの身体を通して、ローザにまで影響を及ぼしてしまったらしい。
 よくよく見れば、ローザの逆立った髪の毛がパリパリと、青白い静電気を発している。

 だが当の本人はそんなことに気がつかず、セシルとリディアの姿を認めると、

「あら、おはようセシル、リディア。今朝はとても良い朝―――どうしたの? セシル、とても面白い顔をしているわよ?」
「ええっと・・・」

 どう説明したもんかなー、とセシルが悩んでいると。

「おはようございます! ・・・どうかなされたのですかな?」

 ベイガンが遅れてやってきて、なにやら騒がしい様子に眉をひそめる。
 それに気がついたポロムが真っ赤な顔をして振り返った。

「た、大変ですベイガン様! 陛下とローザ様と、あと知らない女性が3Pで着衣プレイで、さらには電流プレイを・・・!」
「だからなんでそーゆー単語を知ってるんだよッ!?」
「アンタもね」

 ポロムが暴走し、セシルが叫び、リディアは何故か不機嫌そうで、よく解っていないローザはきょとんとして、事態の飲み込めないベイガン達は戸惑っている。
 そんな風に騒がしい朝から、その日の一日は始まった―――

 


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