第26章「竜の口より生まれしもの」
J.「呪縛」
main character:ゴルベーザ
location:月の民の館

 

 石版に封印された闇の中をくぐりぬけると、そこは “迷宮” だった。
 クリスタルの柱で構成された闇の迷宮。周囲には邪悪な気配が至る所に潜んでいる―――が、それらの気配は先を進むゴルベーザ達に手を出そうとはしなかった。

 もはやゴルベーザは何も喋らずに、ただ黙々と先へと進む。
 バルバリシア達の事を覚えているのかも怪しく、まるで先往く道しか見えていない様子だった。

  “迷宮” と称したとおり、行く手には幾つもの分かれ道があった。
 しかもそれは隠された通路であったり、転移装置のような仕掛けも含まれていた。
 だが、ゴルベーザは何かに導かれるように、一瞬も迷わずに道を選び、先へと進んでいく。

 ・・・やがて、ゴルベーザたちは迷宮の奥へと辿り着いた。

 そこには一人の魔道士が待ち受けていた―――

 

 

******

 

 

 それは黒ずくめの魔道士だった。
 漆黒のローブを身に纏い、それだけではなく、肌の色も闇と同じ色に染まっている。
 人間のカタチをしているが、およそ人とは思えぬ風貌の魔道士は、やってきたゴルベーザ達を迎え入れるように両腕を広げる。

「ククク・・・よくぞ封印を解いてくれた・・・」
「貴様は・・・? ―――グッ!?」

 ゴルベーザが不審そうに漆黒の魔道士を見た瞬間、苦しみ呻いてその場に膝をつく。

「ゴルベーザ様!」

 バルバリシアが駆け寄る―――が彼女の事など気づかない様子で、ゴルベーザは膝をついたまま魔道士を見上げ、その名を呼ぶ。

「ゼムス・・・様・・・」
「そう。我が名はゼムス・・・この “月” の支配者・・・」

 広げていた腕を閉じ、魔道士―――ゼムスはゴルベーザを見下ろして労うように告げる。

「セシリアの息子よ、お前は私のために良く働いてくれた。礼を言うぞ」
「私は・・・今まで・・・なんの・・・ために・・・」

 ゴルベーザの意識は朦朧としていた。
 目の前の魔道士に従わねばならぬと言う脅迫観念がゴルベーザの精神を支配している―――その一方で、心の隅で誰かが囁いている。

 

 ―――月に行って―――力を手に入れてどうするんだ?

 

 誰かの問いかけだ。相手が誰だったかは思い出せない。
 ただ、彼女のお陰で少しは救われたような気がした。

 思い出せない。けれど思い出さなければならない。
 それはとてもとても大切な事で―――

「・・・ほう? 我が呪縛に綻びが出来ている? 流石はセシリアの息子といったところだが―――」

 ゼムスがゴルベーザに向かって手をかざす。
 そこから闇の波動―――ダークフォースが放たれる。

「きゃあっ!?」

 それはゴルベーザに寄り添っていたバルバリシアをはじき飛ばし、ゴルベーザの身体を包み込む。

「ぐ、あああああ・・・・・・」

 闇がゴルベーザの精神を浸食していく。
 思い出しかけていた何かが闇の向こう側に消え、ゴルベーザの思考もまた闇の中へと沈んでいく―――

「お前にはまだ働いて貰わねばならんのだ。今しばらく私の操り人形として―――」

 

 火燕流

 

 突然、灼熱の炎がゼムスの身体を包み込む。
 放たれていた闇の波動が途切れ、ゴルベーザを包み込んでいた闇が霧散する―――と、ゴルベーザは力無くその場に倒れ込んだ。

「ゴルベーザ様!」
「バルバリシア! ゴルベーザ様を連れて退け!」

 ルビカンテの叫びにバルバリシアは「え?」と怪訝な顔をしてルビカンテを振り返る。

「手応えが感じられん。おそらくは通用していない―――」
「その通りだ」

 ルビカンテの言葉を肯定するように炎の中から声が聞こえる。
 しかしそれはゼムスの声ではなかった。聞き覚えのない声にバルバリシア達が戸惑う前で、炎の中から純白の鳥の羽が無数に舞い、ついで炎が掻き消える。あたかもその羽が炎を消したかのように。

 炎が消えると、ゼムスの前に一人の青年が立っていた。
 ゼムスとは正反対に、こちらは白ずくめの青年だった。髪や肌の色は新雪のように白く、身に纏っているのも白い巻頭衣だ。
 さらに、人間ではないと主張するかのように、背中からは純白の翼を背負っている。

「くっ!」

 バルバリシアは誰何の声を上げることはしなかった。
 相手が何者かはわからないが “敵” であることは間違いない。しかもルビカンテの必殺技をいともあっさりかき消した―――ならば先手必勝と、バルバリシアは己の髪の毛を伸ばし、青年へと目掛けて殺到させる。

(絡め取ってしまえば!)

 それで青年を倒すことはできなくとも、ゼムスから引きはがせばルビカンテの火燕流が使える。
 と、バルバリシアは考えたが、目論見通りには行かなかった。

 

 ギルガメッシュジャンプ

 

 上から赤い影が降ってくる。
 それは手にした剣で容易くバルバリシアの髪を切断していく。斬られた髪は、力無く地面に落ちていく。

「ギルガメッシュ!」
「おう、俺だ―――悪いなあ。俺達、こいつと同盟結んでるんだわ」

 ギルガメッシュはバルバリシア達の方を向きながら、親指を立てて後ろ―――ゼムスを指さした。
 俺 “達” と称するところを見ると、どうやら白い青年はギルガメッシュの仲間のようだった。

「バブイルの塔から姿が見えないと思ってはいたが・・・!」

 忌々しそうにカイナッツォが呟く。
 クックック、とゼムスは愉快そうに笑い声をあげる。

「貴様らの思惑など読めていたわ。今まで私の思念に忠実に従っていたのも、ゴルベーザの呪縛を解くために私を殺そうとしたからだろう?」

 ゼムスはゴルベーザを呪縛し、操っている。
 それを解くには、ゼムスを殺すしか無い。
 だからこそ、バルバリシアたちは今までゼムスの命令に従い、直接殺すために封印を解いてここまできたのだ―――が。

「しかし考えが甘かったな。なんのため、貴様らに “混沌のカケラ” を与えたと思っている?」
「なに―――う、ぐっ!?」

 どくん、とルビカンテ達の “中” で何かが蠢くのを感じた。
 それは次第に彼らの精神を蝕んでいく―――

「これ、は・・・? きさ、ま・・・ゼム・・・ス・・・」

 苦しそうに呻き声を上げるルビカンテ達に、ゼムスはにやりと笑う。

「秩序に対する混沌―――その分身たる四つの “カオス”。かつて “クリスタルの戦士” 達に滅ぼされたそのカケラだ。それを私の思念で活性化してやれば・・・」

 それが答えだ、と言わんばかりにゼムスはバルバリシア達を愉悦の表情で眺める。

「最後に一つ教えてやろう。あのセシル=ハーヴィという男だが、あれこそがセシリアのもう一人の息子―――セシリアの “闇” を継承した、クルーヤとの間にできた子供だ!」
「!」
「お前達には感謝せねばならん。 “セシリア” を手に入れ、さらにはその息子まで見つけてくれたのだからな」
「そん、な・・・」

 バルバリシアは愕然とする。
 知らぬ事とはいえ、守るべき者に対して牙を剥いていたことに。

(けれ、ど・・・確かに、あの、力は―――)

 ファブールでセシルと相対した時の事を思い返す。
 セシルの放ったダークフォースが、セシリアから継承した “原初の闇” だというのなら、あの時に感じた恐怖も頷ける。

(セシリア、様、申し訳ありませ・・・ん―――私、たちは・・・)

 朦朧とする意識の中で、バルバリシアはかつての主の顔を思い返して謝罪する―――が、そんな思考も徐々に自分の中に巣くう “何か” に呑み込まれていく・・・。

「わ、私の中の、私じゃない何かが・・・・・・!?」
「俺が、俺でなくなっていく・・・ぐうう・・・」
「ここまで、か・・・」

 バルバリシア、カイナッツォ、そしてルビカンテの三人が次々と倒れていく。
 最後に残ったスカルミリョーネも、ゆらゆらと身体をふらつかせている。屈するのは時間の問題だろう―――が、最後にゼムスの方を見やり。

「フシュルルル・・・・・・予言してやろう。貴様の望みは叶うことはない・・・・・・」

 スカルミリョーネの言葉に、それまで邪悪な笑みを浮かべていたゼムスの表情が歪む。

「貴様は私の望みを知っているというのか?」
「フシュルルル・・・知らんが、予想はついている・・・」

 スカルミリョーネの顔は、ローブのフードの影になっていて見えない―――が、どうも嗤っているようだった。

「例え、貴様の思い通りに全て事が進んだとしても、最後の最後で貴様は―――」

 そう言い残し。
 スカルミリョーネもその場に倒れ込む。

 不吉な予言にゼムスは不快な顔をして、倒れたスカルミリョーネを睨んでいたが―――やがて、バルバリシアに近づくと、その懐からクリスタルを取り出した。
 エニシェルが封じられたクリスタルだ。
 それを見た瞬間、先程までの不快感は消え失せて、ゼムスは愉悦混じりに愛おしそうにクリスタルを撫でる。

「ついに手に入れたぞセシリア・・・あと少し、あと少しで私はお前と一つになれる―――永遠に!」

 ゼムスは叫び、狂ったように高笑いを上げた―――

 


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