第26章「竜の口より生まれしもの」
I .「封印」
main character:ゴルベーザ
location:月の民の館
「敵を逃したか・・・まあ、良い」
フースーヤ達が去った直後、低い呟きの声が響いた。
ゴルベーザだ。
ルビカンテ達が振り返ると、彼らの主たる暗黒騎士は、すでにバルバリシアに支えられてはいない。
先程まで苦しんでいたのが嘘だったかのように、いつもどおりの様子を見せた。「ゴルベーザ様、お具合は・・・?」
「? 私がどうかしたか?」
「・・・いえ」まるでさっきまでの記憶―――いや、苦しんでいたという記憶だけか取り除かれた様子で、ゴルベーザが疑問を返す。
それに対して、ルビカンテは深くは追求しなかった。「それよりも先に進むとしよう―――この先に私の求める者があるはずだ・・・」
―――いつもどおりではなかった。
普段のゴルベーザならば、少なくともフースーヤの魔法で傷ついたカイナッツォに声の一つでもかけるところだ。
しかし、まるで熱に浮かされた様子で、他のことなど気にせずに先へと歩みを進める。「お待ちください、ゴルベーザ様」
ルビカンテが声をかけるが、ゴルベーザの耳には届かない。
仕方なく急いでカイナッツォを癒やし、目覚めさせると、先を進むゴルベーザの後を追った―――
******
―――そこはクリスタルルームだった。
部屋中が煌めく光に満ちあふれ―――しかし不思議と眩しさを感じない。
ただし、その広さは今までのクリスタルルームよりも遙かに広い。フォールスでクリスタルを守っていた、ファブールやダムシアンにあったクリスタルは各国でひとつずつ。
クリスタルルームにあったクリスタルを安置する台座も一つだけだった。光と闇の八つのクリスタルを鍵として発動するバブイルの塔にあったクリスタルルームは、当然台座も八つあり、それ相応の広さがあった。
そして “ここ” のクリスタルルームはさらに広い。
部屋の端が見えないほど広く、つまりそれだけの―――「無数のクリスタルが・・・」
目の前に広がる光景を見て、バルバリシアは息を呑む。
このクリスタルルームにあるクリスタルは十や二十を遙かに超える。何せ奥まで見渡すことも出来ないのだ。どれくらいの数があるのか見当もつかない。「話には聞いていたけれど、こうしてみると流石に圧倒されるわね・・・」
こくり、と息を呑んでバルバリシアが呟くと、その隣でルビカンテも頷く。
「うむ・・・この全てのクリスタルにセトラの民の意志が秘められている―――か」
「カッ―――もっとも、その意志は残っていても、戻るべき肉体は失われているはずだがな」カイナッツォが吐き捨てるように言えば、フシュルルル・・・とスカルミリョーネも呟く。
「・・・ゼムス様に殺されて、な」
「スカルミリョーネ!」バルバリシアが叫び、ゴルベーザの様子を伺う。
しかしゴルベーザは彼女達の話を聞いていたのか居ないのか、特に反応を見せずに―――「行くぞ」
と、短く一声呟くと、クリスタルルームの奥へと進んだ―――
******
―――引き返せ!
という思念が一行の頭に響き渡る―――が、ゴルベーザたちは構わずに先へ進んだ。
―――引き返せ!
繰り返し繰り返し強い思念が飛んでくる。
だが、ゴルベーザ達の足が鈍くなる事はない。
―――引き返せ!
―――引き返せ!
それは周囲のクリスタルから放たれる思念だ。
しかしそれだけである。
クリスタルはゴルベーザ達の行く手を阻もうとしている―――が、直接的な妨害はできないようだった。ただ思念を送るだけしかできない。「・・・無力な」
どこか痛ましそうにルビカンテが短く呟く。
「フシュルル・・・仕方在るまい。ゼムス様を封印するのに力を使い果たしてしまったのだろう。もはやこれらに大した力は残されておらん」
スカルミリョーネが “その名前” を出すが、ゴルベーザは無反応だった。
それを見て、ルビカンテやバルバリシア、カイナッツォの表情がさらに苦痛に歪む。スカルミリョーネも表には出さないが、それ以上は何も言うことなく押し黙る。
―――引き返せ!
―――引き返せ!
―――引き返せ!
四方八方から放たれる思念を無視して進み続け―――やがて目的の場所へとたどり着く。
「・・・これが “封印” か」
ゴルベーザが足を止めたその前に、巨大な石版があった。
正方形の巨大な―――大人一人寝ころんでも優に余裕があるくらいの大きさの石版。
それが、ゴルベーザの足下にある。「ダームディア・・・」
呟く、とゴルベーザの手の中に暗黒の剣が出現する。
そして切っ先を下に向けて、たかだかと振り上げ―――
―――やめろ!
―――それを破壊してはならぬ!
―――その先にはこの月の “悪意” が秘められておるのだ!
今まで以上に強い思念がゴルベーザの脳裏に響く。
思念を受け、ゴルベーザの動きが一瞬だけ止まる―――が。「う、お、お、おおお、おおおおおおおおっ!」
思念を振り払うように雄叫びを上げると、石版に向かって剣を振り下ろす。
がきっ、と切っ先が石版に突き刺さる―――と、そこを起点にして幾つものヒビが入っていく。
無数のヒビは石版を細かく砕くように広がっていき、やがてそれは次々と連鎖して、粉々に砕けて、カケラも残さずに塵となって霧散する。
―――なんということを・・・
無念そうな力のない呟きを最後に、クリスタルの思念は聞こえなくなった。
しかしゴルベーザは、思念が聞こえようといまいと、変わらぬ様子で石版の下にあったものを見下ろす。
それは穴だった。
石版と同じ正方形の、それを塞いでいた石版よりは一回り小さな穴。
その穴の中には闇が “渦巻いていた” 。
不可思議なことに、闇が動き、蠢めいているのがはっきりと感じられる。「この、先だ・・・・・・」
顔を覆う兜の下でゴルベーザはぼんやりと呟いて―――迷わずその穴の中へと飛び込んでいった・・・・・・。