第26章「竜の口より生まれしもの」
H.「従者」
main character:ゼロ&カイ
location:月の民の館
猛火が室内を紅蓮に染める。
地球の姿を映す天窓まで伸びる炎の柱は、しかし必要以上に延焼しない。
フースーヤと、そのすぐ傍にいたゾンビ達のみを燃やし尽くし、それ以上燃え広がることはなかった。―――やがて、炎の柱が消えた時。そこには。
「ぬ・・・う・・・・・・」
炎に焼け焦げたフースーヤが仰向けに倒れ、呻き声を上げていた。
それを見てルビカンテが「ほう」と感心したように呟く。「私の炎を耐えきるか・・・」
「フシュルルルル・・・・・・どうやら、炎に包まれた瞬間、とっさに抗魔力を高めたか―――だが、まあそれが限界だ」スカルミリョーネが呟いたとおり、フースーヤにはもう立ち上がる力すら残っていない。
「ここまで、か・・・・・・」
観念して呟く。
仰向けに見上げた視線の先に、地球を映す天窓が見える。(すまぬ、クルーヤ・・・)
かつて、誰よりもその星を愛した弟の名を胸に呟き、フースーヤは目を閉じ―――ようとしたその時だ。
「・・・!?」
天窓に、二つの小さな人影が映った。
誰だ―――と思う間もなく。がっしゃあああああん! と窓が割れ、無数の硝子の破片と共に、その人影が二つ降ってきた―――
******
「なんだ・・・!?」
突然天窓が割られた事に反応してルビカンテが身構える。
天窓の破片と共に何者かが二人降ってくる。子供だった。
双子と思えるような同じ顔立ちの二人の子供は床に降り立つ。それは一組の少年少女。
どちらも黒目黒髪で、同じように髪の毛を短く刈り揃えている。
顔立ちも双子のように同じで、それだけ見れば少年か少女かは区別はつかない―――が、服装の趣味が完全に異なっていた。或いは合わせているのかも知れないが。片方は白と黒のフリルがたくさんついた、いわゆるゴスロリ衣装を身に纏い、もう一方は簡素なタキシード姿だった。胸元の紅い蝶ネクタイがワンポイント。
衣装から見るにゴスロリ衣装が少女で、タキシード姿が少年―――と見れば、顔立ちもそれなりに思えてくる。
もっとも、少女が男装して少年が女装していたとしたならば、その限りではないが。「突然ですが初めましてでございます」
と、タキシード姿の少年が薄い笑みを張り付かせて一礼。
「何者だ!?」
ルビカンテの誰何の声に、少年は笑みを浮かべたまま僅かに眉をひそめた。
「相手の名を尋ねる時は、まず自らを名乗るべきかと思うでございますが・・・・・・まあ、良いでしょう。カイ達は―――」
「カイ、ちょっとこっち向いてです」少年の口上を遮って、後ろからゴスロリ衣装の少女が呼ぶ。どうやら “カイ” というのが少年の名前らしい。
名乗りを邪魔され、また眉をひそめ―――ながらも、薄い笑みは変わらずに―――背後を振り返る。「なんでございますか、ゼロ―――」
振り返る。
見れば少女―――こちらは “ゼロ” というらしい―――は倒れたフースーヤの傍に無表情で跪いていた。
そのフースーヤは全身が焼け焦げ―――さらにはガラスの破片が全身に突き刺さっていた。特にその額には、かなり大きめの破片がさっくりと突き刺さっている。どう見ても即死している。その破片を指さし、少女が無感情に呟く。
「これ、かなりヤバいんじゃないかと、僕は思うですが」
「・・・・・・」少年はしばし硬直し―――それから、くるりとルビカンテ達を振り返る。
「焼いた上にガラスの破片でとどめを刺すとは―――なんたる非道でございますか!」
「「待て」」ルビカンテとスカルミリョーネが声を揃ってつっこみ。
「確かに焼いたのは私だが、とどめはお前達が刺しただろう!」
「失礼ですよ」ルビカンテの言葉に反論したのは、カイの後ろに居たゼロだった。
少女は無表情のまま少年を指さすと。「窓を割ったのはカイです。僕は関係ないです」
「割れと言ったのはゼロでございますよ!?」薄ら笑いを浮かべたままカイが抗議の声を上げる。
が、それを無視してゼロはやはり無表情でフースーヤを見下ろし、「可哀想にフーちゃん。カイが天窓を割らなければまだ生きていたでしょうにです」
「ま、まだでございます! 諦めたらそこで試合終了でございますよ!? バハムート様の所に持っていけば蘇生出来るはずでございます!」すでにモノ扱いである。
と、さすがにルビカンテがそれを聞き咎めた。「バハムート―――幻獣神バハムートのことか!」
「フシュルル・・・バハムートは本来中立のはず・・・」スカルミリョーネの言葉に「ええ」とゼロは頷きを返し。
「バハムート様は中立です。光と闇、どちらにも肩入れすることはないです―――僕たちはただバハムート様には関係なく、 “個人的” にフーちゃんちに遊びに来ただけです」
ゼロはそう言うが、それが誤魔化しであることはルビカンテ達には解っていた。
この局面で “偶然” に幻獣神と呼ばれるほどの力を持った存在に縁ある者たちがこの場に現れるとは考えにくい。しかし、今し方スカルミリョーネが言ったとおりにバハムートは本来は “中立” である。光にも闇にも属さず、どちらにも組しない。力ある召喚士には力を貸すこともあるが、それはあくまでも例外だ。そしてフースーヤは召喚士ではない。つまり、バハムートがフースーヤに直接手を貸すことが出来ない―――だから、バハムート使者として、この二人の子供が現れたのだろう。 “遊びに来た” などと適当な理由をでっち上げて。
そうルビカンテとスカルミリョーネが判断している前で、ゼロが最後に倒れたまま動かないフースーヤを見下ろしてぽつりと付け足す。
「・・・まさかカイがトドメを刺すとは思わなかったですが」
「ふ、不可抗力でございますよ!? 情緒酌量の余地が―――」
「トドメを刺したことは認めるですね?」
「はうっ!? け、検察側は証言を誘導してございますーーーーー!」
「異議は認めませんです」
「何故にゼロが裁判官まで務めるでございますか!?」などと、ぎゃいのぎゃいの喚き合う二人の子供。
それを指さし、スカルミリョーネはルビカンテを振り返り促す。「ルビカンテ・・・」
「う、うむ」意図を察して、ルビカンテは子供達に向けて腕を振り上げる。
火燕流
炎の柱が、二人の子供とフースーヤを包み込む。
子供相手に可哀想だとは思わない。見た目は人間の子供だが、発せられる気配は人のそれではない。
だからこそ、相手が油断している隙に、片を付けるべきとスカルミリョーネが判断し、ルビカンテも同意した―――が。「なに!?」
炎の柱が噴き上がった直後、ルビカンテは驚愕に声を上げる。
何故なら、放った炎が一瞬のうちに掻き消えたからだ。「・・・なかなか美味です」
ケプ、とゼロが口元を抑えて呟く。
それを見て、ルビカンテが叫んだ。「私の炎を吸収―――いや、喰らったというのか!?」
「正確には “炎” ではなく “熱” を頂戴しましたです」
「ゼロ、独り占めはヒドイでございます! カイは殆ど食べてないでございますよ!?」抗議の声を上げるカイ―――表情は、やはり薄ら笑みを浮かべたままだが―――に、ゼロはふふんと無表情のまま鼻を鳴らす。
「僕の方がお姉さんなのです。だから、僕がいっぱい食べる事は当然の事なのです」
「姉ならば弟に譲るべきだと思うでございますよ!」また言い合いを始める子供達。
ルビカンテはふと脳裏に “最強の竜騎士” の姿が思い浮かんだ。「熱を糧にする―――まさかお前達は・・・」
「行け! スカルナントよ!」スカルミリョーネが号令をかける。
火燕流に巻き込まれなかったゾンビ達が、カイとゼロに向かって殺到する―――が。「カイ、出番です!」
「・・・カイが一方的に労働している気分でございますよ・・・」表情は変えずにぶつくさ呟き、少年は右腕を振り上げた。
と、その手が紅く輝き―――幼い子供の手が、歪に鋭く、さらには肥大化し、紅い鱗が右腕全体を―――それもタキシードの上を―――覆っていく。「あっちいけでございます」
言いつつ、カイは紅い鱗の腕を勢いよく周囲のゾンビに向かって振り回す。
途端、衝撃波が爆発的に巻き起こり、群がろうとしていたゾンビ達を一気に吹き飛ばし、破壊していく。
その衝撃波はルビカンテ達まで届き、彼らはその場で踏ん張って辛うじて耐えた。「ぬうっ、その腕は・・・!」
ルビカンテはカイの紅い鱗の腕を睨んで呟いた。
「竜麟の腕―――お前達、やはり竜の化身か!」
叫ぶルビカンテに、しかしゼロは「違うです」と首を横に振る。
「僕たちは竜の力を持っているですが、あくまでもバハムート様の従者です」
などと言いながら、カイがフースーヤの身体を紅い竜麟の腕でしっかりとホールドし、そのカイの身体をゼロが両腕で抱え込む。
「それではそろそろフーちゃんがマジヤバですので、そろそろお暇させて頂くです」
「逃げる気か!?」
「です」頷き、ゼロの背中に光の翼が生える。
それはカイの竜麟の腕と雰囲気が良く似た “竜の翼” だった。但し、紅くはないが。ゼロは、その翼を一度だけ羽ばたかせる。
途端、先程のカイが腕を振るった、衝撃波以上の風圧がルビカンテ達を襲い―――ルビカンテは堪えたが、スカルミリョーネは為す術もなく吹っ飛んだ。「くうっ・・・」
風圧に耐え抜いて、前を見ればすでにゼロとカイ、それからフースーヤの姿はどこにもない。
おそらくは竜の翼で、子供達が登場した時に割った天窓から脱出したのだろう。「逃がしたか・・・」
天窓を見上げ、ルビカンテは苦々しく呟いた―――