第26章「竜の口より生まれしもの」
G.「師弟」
main character:フースーヤ
location:月の民の館

 

 火燕流

 

 初っぱなから、ルビカンテの必殺技が放たれる。
 炎の柱がフースーヤの立っていた台座を包み込む―――が、それを “読んで” いたフースーヤは事前に唱えていた転移魔法で回避する。

(敵は五人―――とりあえずは三人、か)

 敵を見回しフースーヤは胸中で呟く。
 ゴルベーザはまだ “呪い” に苦しんでいるのかバルバリシアに支えられたままの状態だ。その二人は戦闘不能とすれば―――

 

 火燕流

 

 再び炎の柱が立ち昇る―――が、それもフースーヤは難なく魔法で回避する。
 と、転移した目の前にこちらに向かって剣を振りかぶるゴルベーザの姿が見えた―――がそれは無視して魔法を詠唱する。

“神々の怒りよ、不浄なりし者に裁きの一撃を―――”

 魔法を詠唱するフースーヤに “ゴルベーザ” が剣を振り下ろす!
 ・・・だが、それがフースーヤに当たった瞬間、剣の形は崩れ、水となってフースーヤの髭を濡らしただけだった。カイナッツォの “幻影” だ。

「俺の幻影を見破ったというのか!?」

 驚愕するカイナッツォに向けて、フースーヤは杖を振りかざす。

「『サンダガ』!」

 凄まじい雷撃がカイナッツォに直撃する。
 水の属性を持つカイナッツォにとって、雷撃は弱点となる。弱点をつかれ、カイナッツォは悲鳴をあげ―――そのまま動かなくなる。

(まずは一体―――)

「カイナッツォ! ・・・ぬうっ!」

 ルビカンテが再三、フースーヤに向かって必殺技を放つが、前の二度と同じようにあっさりと回避される。

「―――何故だ!? 何故こうまで避けられる!?」

 自分の必殺の技が三度も避けられ、ルビカンテは憤りと同時に疑問を感じていた。
 ルビカンテの放つ “火燕流” は魔法詠唱などの、事前準備―――いわゆる “タメ” というものを必要としない。せいぜい、腕を振り上げる程度で、即座に標的の足下から炎の柱を吹き上げさせる技だ。
 前触れもなく、突然立ち昇る炎を避けられる者はそうはいない―――もっとも、最近では二人も回避するものが居たが。

(だが、こいつはエブラーナの女忍者やバッツ=クラウザーとは違う・・・)

 ジュエルもバッツも、炎が吹き出るのと同時か、もしくは直前に回避していた。
 それぞれに “羽衣” や “無拍子” など、回避能力の高い技を駆使して―――だが、フースーヤは明らかに技を出す前から察知している。

「まるでこちらの心を読んでいるような―――」
「読んでいるのだ」

 フシュル・・・とルビカンテの疑問に答えたのはスカルミリョーネだった。

「フースーヤもセトラの民だ。その感応能力で、周囲の思念を読むことができる・・・」

 もっとも、複雑な思考を読むことは出来ないがな、とスカルミリョーネは付け加える。

「なるほど・・・それで私の “火燕流を放つ” という思念を読み取り、こちらが仕掛ける前に対応出来たというわけか!」
「そのとおり!」

 隠す気もないのか、フースーヤはルビカンテの言葉をあっさりと肯定する。

「例え一人であろうとも、私は負けるわけにはいかぬのだ!」
「ぬう・・・」

 その意気に、ルビカンテは思わず気圧された。

「こちらの攻撃が通じぬとあれば、どうすれば・・・」
「フシュルルル・・・・・・なにも問題は、ない」

 すっ・・・とスカルミリョーネが前に出る。
 「スカルミリョーネ?」とルビカンテが訝しげにその名を呼ぶ―――ゴルベーザ四天王の中でも、スカルミリョーネは魔法に長けている反面、逆に言えば魔法と不死者であることくらいしか取り柄がない。
 戦闘能力で言えば、ルビカンテとバルバリシアには遠く及ばず、カイナッツォにも今一歩と言うところだ。

 しかしルビカンテは彼を制止しようとはしなかった。
 何故ならばスカルミリョーネはフースーヤにとっての―――

「スカルミリョーネ殿・・・」

 ローブに身を包んだ不死の魔人はフースーヤと相対する―――と、フースーヤが僅かに顔をしかめた。

「まさか貴方ともう一度相まみえようとは・・・!」
「フシュルルル・・・随分と研鑽を積んだと見える・・・すでに魔法は私を超えておるな・・・?」

 フードの下でスカルミリョーネは薄く笑う。
 対し、フースーヤは険しい顔のまま頷いた。

「貴方を師と仰いだことは忘れておりませぬ―――ですが、敵となるならば容赦はせん!」

 躊躇いながらも杖をスカルミリョーネに向ける。
 しかし、スカルミリョーネは余裕を崩さずにかつての弟子に向かって告げた。

「確かに魔法では私を超えた―――が、それでも貴様はまだ甘い!」
「なにを―――むうっ!?」

 フースーヤはスカルミリョーネの思念を読み、ぎくりと表情を強張らせる。
 慌てて魔法の詠唱をするが―――

「無駄だ! 出でよスカルナント共!」

 スカルミリョーネの呼び声に応えるように、周囲にゾンビの群れが召喚される。

「『ファイガ』!」

 フースーヤの火炎魔法がゾンビの何割かを消し炭へと変える―――が、すぐにスカルミリョーネが新たなゾンビを召喚する。
 ゾンビたちは特にフースーヤを攻撃しようとはしない―――が、不死者の群れに取り囲まれ、フースーヤは青ざめた顔で杖を取りこぼし、その場に膝をつく。

「ぐ・・・ううう・・・おのれ・・・・・・」

 フースーヤは呻き声を上げながら、ゾンビの群れの隙間からスカルミリョーネを睨む。

「どういうことだ、これは?」

 意味が解らずにルビカンテが困惑する―――と、スカルミリョーネは「フシュルル・・・」といつもの不気味な笑い声を立てた。

「思念を読む、とは必ずしも有利であるということではないということだ」

 思念とは良いものばかりではない。
 誰しも仄暗い情念というものを心の奥底に持っている―――そういった負の感情に己の精神を侵されぬよう、フースーヤは必要以上に深く思念を読もうとしない。

 スカルミリョーネが召喚したゾンビ―――アンデッドたちは、死んでも死にきれぬものたちの怨念の塊だ。
 いくら浅かろうとも、そんな思念を、しかも大量に読み取ればただごとでは済まされない。まだ精神力の高いフースーヤだからこそ、膝をつく程度で済んだが、もしも並の人間がそう言った怨念を無数に読み取ったならば、一瞬で精神が死ぬ。

「フシュルル・・・スカルナントに囲まれている限りヤツは動けぬ―――ルビカンテ」
「・・・いいのか? かつての弟子であろう?」
「ヤツが言ったとおりだ。敵となるならば容赦はせん」

 スカルミリョーネの言葉に、ルビカンテは「そうか」とだけ呟き、勢いよく腕を振り上げる。

 

 火燕流

 

 四度目の炎の柱が、周囲のゾンビごとフースーヤを包み込んだ―――

 


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