第26章「竜の口より生まれしもの」
D.「悲嘆」
main character:リディア
location:バロン城・客室
「う・・・ん・・・・・・?」
与えられた寝室でうとうとと微睡んでいたリディアは、部屋の中の空気が動く気配に目を覚ます。
それでもまだ半分ほど寝惚けた意識で首だけを起こし、部屋の入り口を見る―――と。「・・・・・・っ!」
入り口に立っていたものをみて、リディアの意識は完全に覚醒した。
声なき悲鳴を漏らし、上半身を素早く起こしてベッドの端まで後ずさる。“それ” はまるで幽鬼のようであった。
カーテンを閉め切り、明かりも灯していない部屋の中で、半開きに開けられた逆光だけがその存在をぼんやりと浮かび上がらせる。
その逆光を受けて金の長い髪が暗く煌めき、ゆらりゆらりと揺れている。まるで生気を感じさせないその表情は女性の―――「って、ローザ!?」
それが誰であるか気がついて、リディアはその名を呼んだ。
「・・・リディア」
まるで気の抜けた、弱々しい声でローザが返事をするように名前を呼びながら部屋の中に入ってくる。
部屋の入り口が閉められ、薄暗かった室内がさらに暗くなった。「え・・・ええと、どうかしたの?」
カーテンを開き、外の明かりを取り入れながらリディアが尋ねる。
生気がないように思えたのは薄暗かったせい―――かもしれない、と思ったがそれは間違いで、太陽の光に晒されてもローザの表情はまるで幽霊のようだった。(ロ、ローザ、だよね? 実は病弱の双子の姉か妹が居たとかそう言うワケじゃないよね!?)
ちょっと混乱するほど、リディアの知っているローザとは雰囲気が違っている。
などと思っていると、ローザはリディアの寝ていたベッドにすがりつくようにして、ぽつりと呟いた。「セシルが・・・」
「セシル!?」その名を聞いた瞬間、リディアは妙に納得してしまう。
なるほど、ローザがこんな風に憔悴する理由はセシルをおいて他は無い。「セシルがどうかしたの?」
問いかけるリディアに、ローザは瞳を涙で潤ませて、ぽつぽつと話し始める。
エニシェルと連絡が途絶えてから、セシルの様子がおかしい事。
殆ど食事も取らず、眠らずに仕事をし続けている事。
それをローザは見ている事しか出来ない事―――「見た目はね、いつものセシルと変わらないのよ。でもね違うの。セシルは相当無理してる」
体調は一時的だが魔法で無理矢理に整える事ができる。
けれど内面―――心はそうは行かない。
セシルの精神は、確実にすり減り続けている。「・・・・・・あの、馬鹿」
ローザの話を聞き終えて、リディアは苛立ちを呟いた。
そしてそのまま部屋を飛び出そうとする―――のを、ローザが反射的にその腕を掴んで引き留める。「待って!」
「何よ!」
「どうするつもり?」
「馬鹿が無茶してるっていうんでしょ! だったら無理矢理にでも止めてやるわ!」
「止めて!」
「・・・どうして?」リディアはローザを振り返る。
すると、ローザはリディアの腕を放して。「セシルの邪魔をしたくない・・・」
「はあ?」
「解ってるから・・・セシルがどうしてあれだけ無理をしているのか。それが解るから」
「・・・エニシェルが連れ去られたから?」思い当たる事はそれだけだった。
デスブリンガー・エニシェル。彼女は人間ではなく、その正体は最強の暗黒剣だ―――けれど、セシルは彼女の事をただの剣、道具だとは思っていないだろう。「 “仲間” が連れ去られたから? でもそんな理由だったらあたしは許さない!」
“仲間” が連れ去られたのはこれが初めてではない。
ずっと前にも―――リディアにとっては十年以上も前になる――― “仲間” が連れ去られた。ティナ=ブランフォード。
リディアが絶対に取り戻さなければならないと思っている “仲間” だった。
そしてそれはセシルにとっても同じハズであり―――(ティナの事は放っておいて、エニシェルの事だけ気にするなんて、そんなの絶対に許せない!)
怒りがこみ上げてきて、再び部屋を飛び出そうとした時。
「それだけじゃないわ」
ローザが呟いた。
え? とローザを見れば、彼女は苦しそうな哀しそうな表情で、じっとリディアを見つめていた。「ねえ・・・誰か、死んだり・・・殺されたりしたの・・・?」
「―――!」一瞬、リディアの息が止まった。
それを肯定の返事と受け取って、ローザは「そう・・・」と呟いた。「セシルは言わなかったけど・・・やっぱりそうなのね・・・」
「・・・死んで、ないわよ」低く、強く力を込めてリディアは言葉を吐く。
それだけを言うのに、全身の気力を振り絞らなければならなかった。
何故なら、その言葉を言うには、必然的に “あの時” のことを連想してしまうからだ。ロックがギルガメッシュの槍に貫かれ―――アスラが蘇生魔法を使って―――でも、ロックは生き返らなくて―――バッツが―――
「・・・・・・」
「ごめんなさい」言葉を失ったリディアをローザは謝る。
「本当に、ごめんなさい」
もう一度謝りながら、リディアを優しく抱き寄せた。
リディアの身体は力無く、されるがままにローザの胸にその身を委ねた。「辛い事、思い出させてしまったようね」
「・・・・・・っ」一瞬、リディアの身体がびくりと震える。
そんな彼女の身体を抱きしめるローザの腕は柔らかく、優しく・・・。それはとても暖かで―――
「―――ぅ・・・ぁっ」
思わず声が、漏れた。
駄目! と思ってももう遅い。堪えるようとする事もできず、涙が瞳に溢れてローザの胸を濡らす。泣くものか、と思っていた。
馬鹿なんかのために泣いてたまるかと思った。
あの時の事は絶対に外には漏らさずに、ずっと自分の中で溜め込んで、絶対に絶対にあの馬鹿野郎を許してたまるかと思っていた。絶対に。そう、この胸に秘めた―――
「く・・・やしい・・・よ・・・」
―――悔しさは、絶対に忘れるものかと。
「・・・ん、の・・・た・・・めに・・・・・・ちから・・・・・・」
リディアがなんのために力を手に入れたのか。
あの大馬鹿はなんにも解ってない。「おにぃ・・・ちゃん・・・・・・しん・・・で・・・・・・あたし・・・・・・」
今でもはっきりと思い出せる。あの時の事は。
ケフカにティナが連れ去られ、さらにバッツがレオに殺されたと思った時の事だ。あんな想いを、絶対に二度としないために力を得たはずなのに。なのに!
「う・・・わ、ああ・・・・・・ああああああああああああああああああああああああああああああああああああ・・・・・・・・・っ!」
ファブールでの出来事と、ついこの間の地底での出来事が脳裏にフラッシュバックして、めちゃくちゃになって、もう何も考えられなくなって―――
もうなにも呟く事も出来ず、ただただリディアは絶叫するように泣き声を上げ続ける。そんなリディアの嘆きを受け止めるように、ローザは何も言わずに、リディアをただ優しく抱きしめていた―――