第26章「竜の口より生まれしもの」
C.「帰還」
main character:ロック=コール
location:フォールス内海
ファリスがファルコン号を見つけたのはただの偶然だった。
“デビルロード” 建造の関係で、ファリス達は資材をフォールス中に運搬したり、魔道士や技術者を各地に運搬する仕事を請け負っていた。
新しく作られた飛空艇があるとはいえ、元海兵団の新しい飛空艇団は初心者揃いであり、大事な運搬を任せるのは心許ない。
それに、速さは飛空艇に劣るものの、荷物の積載量は圧倒的に船の方が多い。ダムシアンやファブールからも船を出しては居るが、シルドラの居るファリスの海賊船は風に関係なく船足が速いので、特に重宝されていた。
それでファリス達は頼まれた仕事を一通り終えたので、ミシディアからバロンへと戻るところだったらしい。
「でもって、その途中でシルドラが気になる気配を感じたらしくて来てみたらお前らが居たってワケだ」
「なるほどな。ま、兎に角助かったぜ」と、ロックはファルコン号の舳先で作業する海賊達を眺めて言う。
今、舳先ではファリスの船を牽引していたシルドラの “手綱(というのは少し違うかもしれないが)” をファルコン号へと取り付け直しているところだった。ファリス達が来てくれたのは有り難いが、流石のシルドラでも船と飛空艇を二つ引っ張るのは無理がある。
海賊船の方は帆船なので、風さえ吹けば自力でバロンに戻れる。
というわけで、シルドラにはファルコン号を牽引してもらう事となった。「別に礼を言う必要はねえよ。・・・この分の運搬料はきっちり頂くからな」
そう言って、ファリスは親指と人差し指で○を作って笑った―――
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シルドラの換装は約半日ほどかかり、出発したのは墜落してから三日目の深夜だった。
「シルドラは俺の命令しか聞かないからな」とファリスもファルコン号に乗り込み、海賊船と別れを告げて一路バロンへ。それから丸一日航海し、墜落してから五日目の朝、ようやくロック達はバロンへと辿り着く事ができた―――
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「陛下ぁっ!」
ばんっ、と勢いよく扉を開けて、ベイガンがセシルの寝室に飛び込んできた。
普段なら、まだセシルは眠りについている時間だ―――が。「なんだいベイガン。朝っぱらから騒々しいよ」
特に驚きもせずに、穏やかにセシルは答えた。
ベッドに寝ていたわけではなく、机に座ってなにやら書き物をしていたらしい。机の上にはいくつもの書類が散乱し、その中にはバロンやフォールスの地図もあり、各所に細かく色々と書き込まれていた。ベッドの方ではローザが穏やかな寝息を立てていた。
しかしベイガンは知っていた。昨夜遅く、この寝室にメイド長であるレイアナーゼが呼ばれた事を。
推察するに、いつまでも仕事を続けるセシルに付き合い、ローザも寝ないで見守り続けようとしたのだが、耐えきれず眠ってしまった―――ので、レイアナーゼを呼んでローザを寝間着に着替えさせ、ベッドに運んだ・・・と言った所だろう。なんにせよ―――
(・・・また、休まれて居らぬようですな)
これで何日目だろうか。
エニシェルとの連絡が途絶えてから、セシルは一睡もしていないように思う。
普通ならば心身が持たない。体力の方は回復魔法でなんとかなるかもしれないが、気力はどうしようもないはずだ。だというのに、セシルの様子は―――少なくとも見た目は―――なにも変わらないように見える。どうしてそこまで気力を保てるのか、どれだけの精神力を有しているというのか―――(まあ、それが陛下の陛下たる所以なのでしょうか)
思いつつ、自分の報告が少しでも王の負担を軽減してくれれば良いと思いつつ、彼はセシルに告げた。
「ロック殿達が帰還致しました!」
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「・・・よう」
謁見の間に現れたセシルに、ロックはぎこちなく手を挙げる。
そんなロックを、セシルは目を見開いて凝視して―――「陛下?」
「あ・・・ああ」ベイガンに促され、セシルは玉座に着く。
ちなみにその隣りにローザはいない。まだベッドで眠りについたままだ。「・・・ご苦労だったね」
硬い口調でセシルがロック達に告げる。
強い感情を押し殺したような声。僅かに声音も震え、ベイガンはおや? と疑問符を頭に浮かべる。(・・・陛下が動揺なさっておられる?)
―――セシルはロックが “殺された” 事を他の者たちには伝えていない。
それは必要以上に周囲を不安にさせないためと、セシル自身が信じたくなかったためだ。
だから、事情を知らないベイガンは、ロックが生きている事にセシルが驚き、喜び、泣き笑いたいと思うほどの激情を押し殺している事が解らない。対し、こちらをじっと見つめるセシルに、ロックは内心で冷や汗をかいていた。
(・・・げ、やっぱ怒ってるか。そりゃそうだよなあ・・・結局、最後のクリスタルは奪われた挙句、自力じゃ帰ってくる事も出来ずにファリスに助けられるなんて情けない事になってるし)
などと誤解して、この場にはいないカインを恨めしく思う。
本来ならこうして謁見の間で報告しなければならないのは、バロンの騎士であるカインの役目のハズだった。
けれど、帰還したメンバーの中で、まともに報告できるのがロックだけなのだから仕方ない。ちなみに謁見の間に来たのはロックだけだ。
リディアは「眠いからパス」と客室で二度寝。エッジはルゲイエとリダルをとりあえず牢屋にブチこんで見張り、アスラは「人間の街は久しぶりです」とまだ目覚めきってないバロンの街へと向かい、ヤンはロックに付き合ってくれると言ったが、ヤンが来るなら当たり前のようにエアリィも付属するので、面倒事の予感がしたロックは丁重にお断り申し上げた。
最後にファリスだが、あの海賊は別に地底に行ったわけでもない。一眠りしてから改めてセシル国王陛下に報酬の請求をすると言って、リディアと同じように与えられた客室へと向かった。貧乏くじを引かされた気分で、心の中で嘆息する。
そんなロックにセシルは動揺を収めた声音で言った。「とりあえず報告を聞こうか。エニシェルがゴルベーザ達に連れ去られてから何があったのか」
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「ヤンが生きていたのか・・・!」
一通りの報告を聞いて、セシルは驚きと喜びを隠そうとせずに呟いた。
その隣では、ベイガンも似たような表情を浮かべている。「まあ、無事だったとは言い難いけどな。記憶喪失だし」
と、ロックは言うものの、今回唯一の朗報と言っても良い。
セシルの反応を見て、ロックは少しだけ安堵する。(これでちったあ機嫌を和らげてくれりゃいいけどな)
などとまだ誤解したままで、ロックはふと思いついてセシルに言った。
「あ、そうだ。あとで会って話をしてやってくれよ。何か思い出すかも知れないし」
そう言えば、是非もなく頷くだろうと思っていた―――のだが、そんなロックの予想をセシルは裏切った。
表情が失せ、バロン王は静かに首を横に振る。「悪いけれど、それはできない」
「・・・は?」
「仕事があるんでね―――ロック、ご苦労だった。部屋は用意してあるから、ゆっくりと疲れを癒やしてくれ」そう言ってセシルは玉座を立ち上がると、ロックに背を向けて自室へと戻ろうとする。
「・・・って、ちょっと待てよ!」
ロックが言う―――が、セシルは全く反応せずに謁見の間を後にした。
「なんだ、あいつ・・・」
「申し訳ございません、ロック殿」セシルの代わり、とでも言うかのように、ベイガンが玉座のある段上から降りてきてロックへと詫びる。
「エニシェル殿がゴルベーザ一味に連れ去られてから陛下はずっとあんなご様子で・・・」
あんなご様子で、と言われてもいまいちセシルの様子におかしいところは無かったようにロックは思った。
確かに最後の反応はらしくないとは思ったが、逆に言えばそれだけで、後は普段通りに見える。ただ、セシル以外のことで気になっている事はあった。
「・・・城についてから気になってたんだが、どうも城内の空気が前よりも張りつめてる気がしたんだが・・・これもセシルの影響か?」
リディアやヤンなどはあまり気にしては居ないようだったが、なんとなく雰囲気が妙だとは思った。
あからさまに変だと解る程度ではなかったが、どうも城の兵士達や使用人達が居心地悪そうに―――例えば以前ならば廊下を歩いていれば、通りがかった騎士達の談笑の一つや二つ聞こえてきていたのが、すれ違う者たちは皆無言で押し黙り、足早に歩いていたりとか。エッジもそんな雰囲気に気づいた様子で、だから緊張を崩さずに、ルゲイエ達を自ら見張るなどと言い出したのだろう。
ともあれ、ロックの問いに、ベイガンは神妙に頷いた。
「ちょっと見ただけでは陛下のご様子は今までと変わったようには見えませぬ―――ですが、皆、なんとなく感じ取っているのでしょうな。陛下の微細な変化に―――それが伝播して、城内の空気もおかしくなっているようで・・・」
「具体的に何がどう妙なんだ?」ロックが問うと、ベイガンはセシルが消えた王の寝室の方へ振り返る。
「エニシェル殿から連絡が途絶えてより、陛下はこの謁見の間と寝室の他は外に出歩いて御座いませぬ」
「・・・エニシェルが居なくなってからって―――」封印の洞窟からトメラの村に戻って一泊。それからドワーフの城まで、行きよりもさらに強行軍で向かって二日。それから一日かけて飛空艇を飛べるようにして、地上に出て墜落して、そこから五日後にバロンに辿り着いた。
指折り数え、ロックは「げ」と言葉を漏らした。
「十日近くもかよ。あいつにしては珍しいな」
「感心する所ではありませんぞ。陛下は謁見が終わると、すぐに自室に戻ってなにやら書き物をなされていて・・・しかもそのために殆ど睡眠もとって居らず・・・」
「十日も寝てないっていうのかよ? ・・・書き物?」ロックがおうむ返しに呟くと、ベイガンは「はい」と頷いて。
「どうも領主達から領内の人口や作物の収穫量など財政状況などを聞き、それらを地図と照らし合わせているようなのですが―――詳細は聞かされていないので・・・」
「領地のデータと地図ねえ・・・」ふうむ、とロックが思案したところで、不意にセシルが出て行ったところから、別の人影が現れる。
ロックは一瞬、それが誰なのか解らなかった。「ロック、セリスは!?」
悲痛、とも思える叫びで彼女はロックに問いかける。
なんとなくバツが悪い気分で、ロックは自分の足下を指さした。「悪いけど、セリスはまだ地底だ。ここにはいねえよ」
「・・・そう」
「あ、代わりって言っちゃなんだけど、リディアだったら居るぜ?」
「リディア・・・」その名をぼんやりと呟いて、尋ね返す。
「何処にいるの?」
「リディア殿ならば、客室に・・・」ベイガンが答えると、彼女は「ありがとう」と答え、謁見の間を出て行った。
それを見送って、ロックが確認するようにベイガンに問いかける。「・・・あれ、ローザだよな?」
「はい・・・」ベイガンが頷く。
別にローザは奇態な格好をしていたわけではない。
だが、思わず確認してしまうくらい、以前の彼女とは様子が違っていた。
まるで太陽のように輝いていた笑顔は失せ、細く尖った三日月のように憔悴しきっていた。「あれも、セシルの影響で?」
言わずもがなと思ったが、なんとなく問う。
ベイガンは無言で頷いてから、「ロック殿らが無事な事を知れば、少しは普段の陛下を取り戻してくれると思ったのですが・・・」
「・・・やれやれ、仕方ねえな・・・」なんか最近、俺って働きっぱなしじゃねえ? とか思いつつ、ロックはベイガンに問いかける。
「一つ聞きたいんだが・・・今、ロイドとダムシアンの王子が何処にいるか知ってるか?」