第26章「竜の口より生まれしもの」
B.「漂流」
main character:ロック=コール
location:フォールス内海

 

 ―――それはまるで小山のような水柱だった。

 ファルコン号が勢いよく海面に墜落し、しかし沈むことなく海に浮かび上がる。
 ちなみにファルコンツーとやらに変形したファルコン号は、今は元の飛空艇の形に再変形していた。水に浮いたのは、一応は船の形をしていたからかも知れない。

「・・・あらあら、大丈夫でしょうかね」
「ロック達は浮遊石ってのを持ってたはずだけど」

 アスラとリディアは海の上を漂う飛空艇を空から見下ろしていた。
 ちなみにアスラはトリスの足に掴まり、リディアはボムボムの背に乗せて貰っていた。ファルコン号が墜落すると解った瞬間、助けて貰ったのだ。
 あと、エアリィも普通に空を飛んで退避していた。

 エアリィ達はゆっくりと降下していく―――見れば、ファルコン号の甲板上に、水浸しになったロック達が倒れている。

「ヤン、大丈夫!?」

 リディア達が甲板に降り立つよりも早く、エアリィが倒れているヤンの元に飛んでいき声をかける。
 その呼び声に反応したように、ヤンは少し呻きながらも起きあがる。

「エアリィ・・・か? 私は大丈夫だ」

 全身の水を払いながらヤンは言う。
 ファルコン号が墜落し、海に落ちる寸前、ヤン達は浮遊石の力で一瞬落下速度を止めた―――のは良いのだが、ファルコン号が墜落した時に上がった水柱が頭の上から降り注ぎ、甲板上に叩き付けられるハメになったという。

 それはロックとエッジも同様で、二人ともリディア達が甲板上に降り立つ頃には意識を取り戻し、起きあがっていた。

「・・・あー、死ぬかと思った」

 生き返ったばかりなのにこんなところで死にたくねえよな、とロックが苦笑する。
 そしてエッジは、甲板上に倒れたままのルゲイエとリダルを見やる。この二人は浮遊石を持っていない。当然、ファルコン号と一緒に落ちたということだ。
 落ちたのが海とはいえ、高々度からの墜落だ。死んでいてもおかしくない。

 しばらく見つめていても、ピクリとも動かない。

「流石に死んだか・・・?」

 因果応報だ、とエッジは吐き捨てるように呟く。
 しかしできれば、ルゲイエには、こんな事故ではなく、然るべき報いを与えて殺してやりたかった―――などと思っていると。

「あー、死ぬかと思った!」

 あっさりとルゲイエは身体を起こした。
 続いてリダルも「死んだと思ったゴブ」と呟きながら立ち上がる。

「って、生きてるのかよ!?」
「フェーッフェッフェッ! 飛空艇が墜落したくらいで死んでたまるかーっ!」
「今、 “死ぬかと思った” とか言わなかった?」

 リディアがつっこみを入れると、ルゲイエは何故か自慢げに胸を張る。

「言ってみたかっただけじゃっ!」
「意味わかんないし」
「てゆーか、普通は死ぬだろ! 墜ちたら」

 エッジが言うと、ルゲイエは胸を張ったまま偉そうに言う。

「ワシは普通じゃないんじゃー!」
「それはよく解ってる」

 うんうん、とロックが呟き。

「・・・まあ、生きていてくれて或る意味助かった。この飛空艇の操縦方法、お前らしかわかんないしな」

 右も左も水平線しか見えないような、こんな大海原のど真ん中で墜落されたら、ロック達だけではどうしようも無いところだった。

「んで、燃料は自然に溜まるとか言ってたが、バロンに行くくらいの燃料溜まるまでどれくらい必要なんだ?」
「一週間くらい?」

 即答を返すルゲイエに、ロックは一瞬きょとんとして―――

「はああっ!? 一週間もかかるのかよ!」
「チャージに時間がかかると言ったじゃろう」

 困っちゃうネ☆ と、ぺろりと舌を出すルゲイエの顔面をとりあえず殴り倒す。

「ぼ、暴力反対じゃ!」
「やかましいっ! 時間がかかるとは聞いてたけどかかりすぎだろ! 燃費がよいって話はどうなった!?」
「燃費が良いのはホントじゃぞ! 飛べるくらいの燃料が溜まれば、変形とかせずに通常速度でならばフォールスを一週するくらいの距離は飛べるし! ただ、そんだけの燃料溜めるのが一週間かかるというだけで!」
「そりゃたしかに燃費いいな・・・使えねえけど」

 はあ、とロックは嘆息する。

「エニシェルが居れば、セシルに飛空艇で迎えに来てもらうって手もあったんだが」
「あ。ならトリスに飛んでいって貰う? 手紙でも書いてセシルに届けて貰えば・・・」

 リディアの提案に、ロックはしかし渋い顔をする。

「なによ?」
「いや、バロンまでたどり着く事ができるのかなって。コカトリスって渡り鳥ってわけじゃないだろ?」
「バロンにたどり着くまでに力尽きるかもしれないって?」
「それもあるし、なによりバロンが何処にあるのか解るのか?」
「うっ・・・」

 ファルコン号が墜ちたのは、バロンとアガルトの間の海である。
 アガルトはバロンの南にある―――だから、北へ向かえばバロンにたどり着くはずだが。
 しかし渡り鳥ではないトリスが、正確に北へ飛び続ける事ができるのかという懸念がある。

「それにトリスは魔物だ。城に近づいた瞬間、弓矢で撃ち落とされないとも限らないし・・・」

 上手くバロンにたどり着けたとして、不用意に城に近づいたら問答無用で弓矢を撃ってくるだろう。
 特にバロンは、以前に鳥系の魔物が街の中に飛び込んで子供―――実はセシルの事だが―――が殺されそうになったと言う事もある。だからバロンでは空からの魔物に対しては、特に厳重に警戒していた。

「じゃあ、どうするのよ?」

 自分の提案に文句付けられて不機嫌になりながらリディアが聞き返す。
 対してロックは肩を竦めて。

「どうもしない。一週間で飛べるようになるっていうならそれを待つさ」
「そんな悠長なこと言ってて良いの!? 早く戻ってセシルに色々と報告する事とか・・・」
「ゴルベーザが最後のクリスタルを手に入れた事は、エニシェルを通じてセシルも知ってるはずだ。だから、特に急いで報告しなきゃならないことなんてねーよ」
「むぅ・・・・・・」

 確かにロックの言うとおりだった。
 だからといってハイそーですかと納得するのも癪を感じ、リディアはくるりとロックに背を向ける。

「どうした?」
「手紙書くのよ。セシル宛の」
「おい、だから・・・」
「うっさい! 別にいーでしょ、確かにあんたの言うとおりかも知れないけど、もしかしたらすぐにあたしたちの力が必要かもしれないじゃない! 早めに戻れるなら越した事はないでしょっ」

 振り向かないまま怒鳴るリディアに、ロックはやれやれと嘆息する。

「なら好きにしろよ。別に止める理由もねえし」
「そうするわよっ!」

 リディアは苛立たしげに足を踏みならし、手紙を書くためか、飛空艇の中へ入っていく。
 と、リディアが居なくなってからエッジがロックに尋ねる。

「・・・なあ、お前らって仲が悪いのか?」
「良いも悪いも無いつもりだけどな」

 ロックの方も機嫌悪そうに答える。
 つい最近まで、ロックはリディアと殆ど会話を交す機会が無かった。
 それは互いに避けていたというわけではなく、単に接点が無かったと言うだけだが。

 しかし実際に話してみると、どうにも話が妙な方向に転がってしまうような気がする。相性はかなり悪いのかもしれない。

「そんなことよりも最悪一週間はこのまんまだ。水と食料の確保しなけりゃな」

 

 

******

 

 

 食料は海を泳いでいる魚を獲ってそれを食べ、水はリディアが水魔法『ウォータ』でなんとか確保。
 それでなんとか食いつなぎ、何事もなく無事に二日間が過ぎた。

 ・・・いや、一つだけ。
 リディアの手紙を持って飛び立ったトリスだったが、二日目の昼に魔物の巨鳥――― “ズー” と遭遇。
 必死になって逃げたが逃げ切れず、仕方なくリディアはトリスを召喚して救出した。

 リディアも流石にもう一度飛ばす気は失せて、大人しく飛空艇の燃料が溜まるのを待つ事にした。
 ちなみにその時にロックとまた一悶着あったのだが、それは割愛。

 そして三日目の昼。
 ロックがファルコン号の舳先に座り込み、釣り糸を海にたらしてぼーっとしていると、その様子を眺めていたアスラがふと顔を上げた。

「・・・あら? ロック、あれはなんでしょう?」
「あれ?」

 アスラの示す先、水平線の彼方にさっきまでは無かった影が見えた。
 それは帆船の様に見えた―――が。

「船・・・? それにしては・・・・・・」

 ロックは天を仰ぐ。
 雲一つ無い晴天である。付け加えると風も吹いていない。
 だというのに、その船は次第に大きくなって―――つまりはこちらに向かって向かってきている。

「風がないのに動いてる船・・・・・・ってことは!」

 一つ思い当たり、ロックは思わず立ち上がり、その船を待ち受ける。

 ―――数十分後、その船はファルコン号の元へとたどり着く。
 それはロック達も見知っている船だ。
 船はファルコン号に接舷すると、すぐに一人の青年が跳び乗ってくる。

「よう、久しぶりだな。こんなところで何やってんだよ?」

 ファイブルの海賊―――ファリス=シュルヴィッツは、そう言ってロック達に笑いかけた―――

 


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