―――そこは広い空間だった。

 ホールと呼べるような広い部屋だ。
 天井も高く、見上げればその高い天井には大きな窓がついている。
 その窓の向こうには、闇―――漆黒の宇宙空間と、その中に浮かぶ青く美しい地球の姿があった。

 ホールの中央。祭壇のように高くなっているその場所に、一人の老人が立っていた。

「・・・来たか」

 彼は部屋の入り口へと目を向ける―――と、そこには五つの人影が現れていた。
 四つの魔人を従い引き連れて現れたのは、漆黒の鎧に全身を包んだ暗黒騎士。

(―――時間稼ぎにしかならんかったか)

 地球でバブイルの塔が起動したと気づいてから、老人はこの場所に至るまで何重もの結界を張っていた。
 それはミシディアにあった “試練の山” に張られていたものよりも強力な結界。それを何枚も重ねておいた―――が、バブイルの塔を起動させ、この月へとやってきた侵入者達は、それをほんの数日で突破してしまった。

「・・・何者だ?」

 暗黒騎士が老人に向かって問いかける。
 「それはこちらの台詞じゃ」と、老人が言い返す。

「バブイルの塔を起動させてこの月に至り、さらには私の張った結界をことごとく打ち破るとは、貴様らこそ何者―――いや」

 フン、と老人は鼻を鳴らせて暗黒騎士を強く睨む。

「貴様らがゼムスの手の者だということは解っている。何者だろうと関係ない。この先へ行かせるわけには行かぬ!」
「ゼ・・・ムス・・・だと?」

 暗黒騎士が不思議そうにその名を呟く。
 困惑した様子の暗黒騎士に、その後ろに控えていた魔人の一人が声をかける。

「お気を確かに。敵の言葉に惑わされることはございません、ゴルベーザ様」
「ゴルベーザじゃと!?」

 魔人の女が口にした名を聞いて、今度は老人が反応する。
 驚愕し、じっと暗黒騎士―――ゴルベーザを見つめる。ゴルベーザは全身を、顔まで覆い包む鎧を身に纏っていた。だからその顔を伺う事は出来なかった、が。

「そのダークフォース・・・確かに覚えがある―――それにお主らは!」

 ゴルベーザの背後に控えていた魔人―――四天王を、老人は見知っていた。
 否、彼の知っている者たちとは随分雰囲気が変わっていたが、それでもそれは間違いなく、老人の知るもの達だった。

 四天王の一人、スカルミリョーネが前に出て老人に告げる。

「フシュルルル・・・・・・久しいな、フースーヤ」
「何故じゃ!? 何故あなた方がゼムスに従――――――そうか!」

 老人―――フースーヤはゴルベーザに視線を戻した。

「そういうことか・・・・・・ゼムスめ・・・!」
「解ったのならそこを退け! 貴様とて我らと・・・ゴルベーザ様とは戦いたくはあるまい!」
「・・・・・・」

 カイナッツォが吼えると、フースーヤは息を呑み立ちつくす。
 一方、ゴルベーザは困惑したまま事の成り行きを眺めていた。

「なんだ・・・? お前達、あの老人が何者か知っているというのか? それにヤツも私を知っている・・・?」

 どうやらゴルベーザ一人だけが状況を把握出来ていない様子で四天王とフースーヤを見回す。
 そんな彼に、バルバリシアが寄り添って優しく囁く。

「ゴルベーザ様が気になさる必要のないことです。今はただ、貴方様の望みを叶える事だけを・・・」
「む・・・そう・・・か、そう、だな・・・・・・わかった」

 バルバリシアに言われ、不思議と他の事は些細と気にならなくなる。
 と、そこで黙っていたフースーヤが声を張り上げた。

「・・・ゼムスの手の者ならば、相手が誰であろうとここを通すわけには行かぬ!」

 手にした杖を振り上げ―――ゴルベーザ達へと向ける。

「ここを通りたければ、この私を倒してみるがいい!」

 

 

******

 

 

 ―――バロン城の謁見の間。

「それではよしなに取りはからうと約束しよう」
「はっ、有り難う御座います。陛下!」

 セシルの言葉を聞いて、陳情に来た民が感謝の言葉と共に退室する。

「さてベイガン、次を―――」
「いえ陛下、そろそろ休憩をとられては如何でしょうか?」

 次の陳情者を呼びだすように促したセシルに、ベイガンがそう提案する。
 セシルは苦笑を浮かべて。

「またかい? ベイガン、最近の君は事あるごとに僕に休めと言うね」
「陛下こそ、先日よりずっと働きづめではないですか! このままではお身体を悪くされます!」
「心配性だなあ」
「陛下っ!」

 まともに取り合おうとしないセシルに、ベイガンは苛立ちを抑えきれずに怒鳴る。
 不敬罪として牢に入れられようとも、ここは無理矢理にでもセシルを休ませるべきかと考え―――た、その時だ。

「無駄よ、ベイガン」

 セシルの隣、王妃の席に座るローザが静かに告げた。

「こうなったセシルをもう止める事なんてできやしないわ。昔からずっと、ずっとそうだったもの」

 彼女のことを良く知る者ならば眉をひそめたかも知れない。
 その言葉は淡々として、まるで感情がこもっていなかった。いつもの無闇に感情を言葉に乗せる彼女にしては珍しい。
 まるでセシルを心配もせず、突き放したような言葉―――だがベイガンは知っていた。これが今、ローザにできる精一杯の事なのだと。

 ともすれば爆発しそうな感情を必死で押し殺し、決して止まる事のないセシルを見守り続ける事―――それが彼女にできる唯一の事だった。

「ローザ様・・・」

 おそらくは誰よりもセシルの事を想っている彼女が耐えているというのに、自分が耐えぬわけには行かない。
 ベイガンは自分の激情を逃がすように静かに長く息を吐く。
 と、そこへセシルが、まるで何事もなかったかのように告げた。

「さてベイガン、次の者を呼んでもらおうか」
「―――ハッ」

 感情を押し殺し、ベイガンは配下の近衛兵に次の陳情者を入室させるように告げる。
 そんなベイガンの様子は部下にも伝播し、またいつもと違うローザの様子を見る者はただごとではないと不安を募らせ―――

 今、バロン城は言いようのない緊張感に包まれていた・・・。

 

 

******

 

 

 青く晴れ渡った空の下。
 大海原のまっただ中で、ロックは釣りに興じていた。
 ファルコン号の中に転がっていたシャフトに糸を結びつけ、即席の釣り竿を作り、保っていた携帯食料を細かくちぎってエサにしていた。

「釣れますか?」

 背後からアスラが声をかける。
 ロックは釣り竿を握ったまま肩を竦めて。

「ぼちぼちってトコ―――ちと今日の晩飯にするには心許ないな」

 ロックの脇にあるバケツには、小さめの魚が三匹泳いでいるだけだった。

「反対側で、ヤンとエッジが素潜りしてましたよ。魚も何匹か取っていたようですが」
「そっちに期待した方が無難だな。昨日は調子よかったんだけどなあ、今日はさっぱりだ」

 ふう、と嘆息して付け加える。

「魚も食い飽きたから、無意識のうちに釣る気無くしてんのかも」
「そうかもしれませんね。かといって、この辺りは鳥も飛んでいませんし」
「飛んでたら、ボムボムかトリスに取ってきて―――あ、くそっ!」

 喋ってる途中で、ロックは慌てて釣り竿を跳ね上げた―――が、その先の釣り針には何もついていない。仕掛けておいたはずのエサもだ。

「・・・本気でやる気ねえなあ、俺」

 ぶつぶつ良いながら、釣り針にエサを付けてもう一度海の中に投げかける。
 携帯食料も残り少ない。これが終わったら、釣った魚の身をすりつぶして練り餌にしてみようか、などと思いつつ、ぼーっと釣り竿の先を眺める。

「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・良い天気だな」
「・・・・・・そうですね」

 本当に良い天気だった。
 のんびりと釣りをして過ごすのも、有意義ではないが悪くないとも思った。

(・・・漂流してなきゃの話だけどな)

 ファルコン号が墜落して三日目。
 ロック達は、全周囲水平線しか見えない海のまっただ中で、絶賛漂流中だった―――

 


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