なんやかんやと言い合いを続けて約三十分。
ようやく落ち着いた―――というか言いたい事を言い尽くしたのか、ヤンに詰め寄っていたエアリィとエッジも、それから一対一で責任のなすりあいから発展した口喧嘩を繰り広げていたロックとリディアもひとまず言葉を止める。「・・・とりあえず、話は地上に出てからよ」
エアリィはまだ見ぬ恋敵に一人戦意を燃やしていたし、ロックとリディアは口は閉じたものの、見て解るほどに険悪な空気が間に流れていた。
「あのー・・・そろそろ発進しても良いかのー?」
静まったところを見計らって、ルゲイエがおずおずと声をかける。
それを、ロックはちょっと驚いたように振り返って。「なんだ、もしかしてずっと待ってたのか? アンタの性格ならさっさと発進してそうなモンだけど」
「だって、誰も注目してくれんかったんだもん!」もん、とか言うな。
なにやらスネたような仕草を見せるルゲイエに、一同は気味悪そうな視線を投げかける。
だが、ルゲイエは「お! ワシ、見られてる!? 注目されてる!?」などと叫んで、「よっしゃー! テンション上がってきたーーーーー! リダル、発進するぞ!」
「了解ゴブ!」リダルが舵輪についていたボタン―――バブイルの塔で、エッジが考え無しに押したボタンだ―――を押すと、ファルコン号はふわりと浮き上がる。
「そういやこれ、動力はどうなってるんだ?」
段々と高度を上げていくファルコン号の甲板上で、ロックは首を傾げる。
最初、バブイルの塔を飛び出した時は、 “浮遊石” と他の動力を組み合わせているのだと思っていた。
しかし、動力室を覗いてみたところ、浮遊石は使われておらず、よく解らない機械動力があった。「フェッフェッフェ・・・知りたいか? 知りたいなら脳足りんの頭でも解るように説明してやるとじゃな!」
説明するのが嬉しいのか、ウキウキとしながらルゲイエが説明する。
「ぶっちゃけ、浮遊石と同じ機構を持った動力を使っておる! こいつはすごいぞ〜、浮遊石をそのまんま出力を上げまくったようなもんじゃからな! シドの新型飛空艇などぺっぺっぺのぺーじゃ!」
「浮遊石よりも高出力・・・ってのは確かに凄いが、燃料だって食うんだろ?」そのせいで、バブイルの塔を飛び出した時は、あっさりと墜落するハメになったのだ。
しかしルゲイエはにやありと不気味に笑う。「ん。ん。そんなことは無いぞ。確かに浮遊石に比べれば燃料を必要とするがな。ちゃんと比較したわけじゃあないが、このファルコン号の元になった “赤い翼” よりは燃費が良いはずじゃ」
「・・・じゃ、なんで墜ちたんだよ?」
「燃料切れに決まっておるだろうが」ルゲイエは “凡夫とは哀しいものだな” とばかりに肩をすくめる。
そんなルゲイエを、ロックは力任せにぶん殴る。「痛ッ! 頭悪いからと言って暴力に訴え出るのは頭悪い証拠じゃぞ!」
「うるせえ! お前と話してると頭痛くなるんだよ! てゆーか、言ってる事がさっきと違うじゃねえか!」
「違わんわー! 発進した時、燃料が満タンかどうか確認したワケじゃあるまいっ!」言われてロックは「あ」と声を上げる。
確かに、発進した時に燃料がちゃんと入っていたかどうかは解らない。「実はこいつ、周囲の魔力をほんの少しずつ吸収して燃料とするんじゃが、そのチャージ時間が長くてのー。なかなか満タンにならんのじゃよ」
困っちゃうネ☆ と、ウィンクするルゲイエをとりあえず蹴飛ばしてからロックは納得する。
「なるほどな。あん時墜ちたのは、燃料がすでに底をついていたからって事か」
「ちなみに今も満タンではないが、地上に帰るくらいなら問題ないぞ」蹴られてもすぐ立ち上がりルゲイエが付け加える。
ひょろひょろっとしてるくせに、割とタフだなーとロックが思っていると。「博士ー! 指定のポイントに到着したゴブ!」
ファルコン号を操縦していたリダルが言う。
気がつけば、そこはロック達が地上を行き来した場所―――アガルトの村の噴火口の真下だった。
しかし見上げても、噴火口は塞がっていて空は見えない。「んー・・・確かにこうして見ると、先端のドリルで天井開けるってのは無理があるよなあ」
エッジがファルコン号の前方についたドリルと、頭の上の噴火口を見比べる。
ドリルを上に向ければ、当然、甲板上に居るエッジたちは下に墜ちてしまう。
「そうでしょ?」とリディアが当たり前の事のように言う―――のを聞きながら、ルゲイエが高らかに笑い声を上げた。「フェーッフェッフェ! それでは始めるとしようかの! リダル、ファルコンチェンジじゃあ!」
「了解ゴブ! チェェェェンジファルコンツー! スイッチオン!」ぽち、っとリダルは発進の時に押したボタンを押す。やや深く。
同時、ファルコン号の内部から、ウィィィィィィィン! と激しい機械音が鳴り響く。「って、プロペラが倒れる!?」
エッジが叫んだとおり、甲板上に高々と立っていたプロペラの柱が後ろに向かって倒れていく。
さらに、甲板上からでは見えないが、ファルコン号の船体が横から見て三段に分かれ、中段が前方から見て左右に分離しつつ後方ヘスライド、空いた空間に三段目―――つまりは船底が収納される。早い話、前方から見て、船体がドリルに隠れるような形に長細く変形してしまった。
「「「・・・・・・・・・」」」
流石に声を失うエッジとヤンとリディア。
ロックは事前に聞かされていたのか、驚きはせずに呆れた様子で佇み、エアリィは楽しんでいるようで「わー、すごいすごーい!」とはしゃいでいる。アスラは「あらあら、すごいですね」と驚いているんだかいないんだか。「フェーッフェッフェ! どうじゃ、驚いたかー!」
「お、驚いた・・・変形するなんて―――ていうか、プロペラ倒して大丈夫なの!? 墜ちるんじゃ・・・」
「プロペラなんて飾りです! 凡人はそれがわからんのですよ!」
「だったら最初からつけるなあああああっ!」驚きのあまり動揺しているのか、リディアは全力でルゲイエに向かって怒鳴る。
ちなみにファルコン号が墜ちてる様子はない。本当に飾りだったようだ。「ていうか、これからどうしようってのよ! 変形しても、ドリルを上に向けたらあたしたちは落ちちゃう―――」
「リディア、ちょっと周りを見てみようぜ」
「周り?」エッジに言われ、リディアは周囲を見回す。
「あれ、なんか風景が違って見える―――って!?」
何故か前方に、さっきまで見上げていたはずの “塞がれている噴火口” が見えた。
そして、後ろを振り返ればそこには。「・・・あれって、もしかして地面?」
地底の大地が遥か後方に見える―――つまり。
「この飛空艇、垂直に傾いてるって事!?」
どうやら変形に皆が驚いている隙に、姿勢も変えていたらしい。
「なんであたし達落ちないのよ!」
「重力制御してるからじゃ。この甲板上では、甲板が “下” となああああああある!」リディア達が驚いてくれるのが嬉しいのか、ルゲイエはますます調子に乗っていく。
「さあて、驚くのはこれからじゃっ! リダル、発進せい!」
「ラジャー!」ルゲイエの命令を受けて、リダルがファルコン号を再発進! 前に―――噴火口へと飛び込んでいく!
「・・・って、このまま突っ込んだら、あたし達だって無事には―――」
済まない、という言葉をリディアは止めた。
はしゃいでいるエアリィを除けば、喚いているのはリディアだけだったからだ。
他の面々は、あまりの展開に声を失っていただけなのだが、それでも騒いでいるのが自分だけだと気がつくと恥ずかしくも感じる。(いいわよ、こうなったらどうなるか見てやろうじゃない! いざとなったらトリスやボムボム、アスラ様がなんとかしてくれるだろうし!)
覚悟を決め、さり気なくトリス達の傍に寄りながら、リディアは迫る噴火口を見据える。
塞がれた噴火口に、あと数秒で接触する―――その時、「今じゃ!」とルゲイエが叫ぶ。
それに呼応するように、ファルコン号のドリルが急回転。勢いよく回り出し、さらには―――「光―――?」
ドリルが青白く発光する。それは雷撃の光だ。
「今こそ見せい! ファルコンツー必殺の―――」
ドリルテンペスト
ずごごごごごごごっ! と、ドリルが噴火口を塞ぐ火山岩を砕いていく。
だが、そのカケラが甲板上のリディア達に降り注ぐ―――と思った瞬間、ドリルから放たれた雷撃が、砕かれた岩を粉々に粉砕していく! 粉砕され、細かな砂の粒子となったそれらは、回転するドリルが巻き起こす旋風によって撒き散らされ、甲板上には一切降りかからない!「・・・・・・・・・」
目の前に展開する光景に、リディアは完全に言葉を失っていた。他の面々も同様で、相変わらずエアリィだけははしゃいでいたが。
「フェーッフェッフェッ! どうじゃっ、これがワシの科学! 天才ルゲイエ様の実力じゃあああああああああっ!」
ドリルが放つ雷光に照らされながらルゲイエが雄叫びを上げる。
やがて、ドリルは最後の岩を打ち砕き、その先には―――「光だ・・・」
誰かが呟く。
それは久しぶりの外の光。マグマの赤い輝きではない、地上に降り注ぐ太陽の光だ。ファルコン号は、火口を塞ぐ岩を砕き破り、地上へと飛び出した―――
******
「・・・すげえ」
地上に出て、ファルコン号はバロンへと向い、海の上を飛んでいる。
その甲板上でエッジは思わず呟いた。悔しさと共に認めざるを得ない。ルゲイエという狂科学者の力を。
(親父にしたことは許せねえが・・・・・・チッ)
今でも殺意は変わらない。
だがその一方で、このファルコン号を作り上げた力は確かに凄いと思う。
この技術力を私怨だけで殺して良いものかと、僅かにも迷いが生まれる。(・・・なに考えてやがる! その実力とやらだって、親父みたいな犠牲を生み出して得たもんに違いねえ! こいつは生かしておくべきじゃない!)
迷いを心の中に押し殺す。
と、そんな思いを秘めるエッジのことなどつゆ知らず、他の面々はルゲイエの事を賞賛する。「確かに天才と言うだけのことはあるな。記憶を失っているが、おそらくはこれほどのものを見たのは初めてだろう」
記憶を失い、仲間達とルゲイエの確執を知らないヤンが素直に言えば、隣ではエアリィも「うんうん、すごかったわー!」と頷く。
「まあね。なんか認めるのはかなり悔しいけど、認めてやっても仕方ないわ」
本当に認めるのが癪なのだろう。リディアは嫌そうに嘆息する。
そんなリディアの周囲では、久しぶりの地上が嬉しいのか、トリスとボムボムが飛び回り、アスラがにこにこと微笑んでいた。「確かにすげえよな。バロンどころか機械王国フィガロやガストラ帝国の技術力でも同じ事はできねえだろうし―――まあ、シドの親方とどっちが上ってのかは解らんけどな」
ロックが言う―――と、その言葉に反応して「ちょっと待てい!」とルゲイエが抗議の声を上げた。
「明らかにシドよりワシの方が上じゃろ! シドにこんな飛空艇が作れるか!」
「いやだって、ファルコン号に使われてる技術って、バブイルの塔から流用したもんだろ? 同じ条件なら親方だって作れるんじゃないか?」ひょっとすると、もっと良いモノを―――とは、またややこしい事になりそうで言わなかった。
「う・・・ぬぬぬ・・・確かにワシと並ぶかもしれん天才のシドならば―――いやいやいやいや! そんなことはない、そんなことはないぞーーー! ワシの方が絶対に天才だもんねー!」
子供じみた発言をするルゲイエに、ロックは「はいはい」と適当に相づちを打つ。
・・・などとやっていると、操縦しているリダルが声を上げた。「あ、博士ー」
「なんじゃリダル。ワシの事は天才博士ルゲイエ様と呼べ!」
「天才博士ルゲイエ様ー」
「なんじゃい? この天才博士ルゲイエ様になにか用かね?」
「もうすぐ燃料が切れますー」
「ふうむ、そうかそうか。燃料が切れるか」リダルの報告を聞いて、ルゲイエはうんうんと頷く。
その様子を見て、ロックがおそるおそる尋ねた。「なあ天才博士様? 今 “燃料が切れる” って言わなかったか?」
「言ったようじゃな」
「切れたら墜ちるんじゃないか?」
「墜ちるが」・・・・・・・・・。
しばしの間。
やがてロックはルゲイエの白衣の首元を掴みあげる。「なに落ち着いてるんだてめえは! 燃料は保つって言ったろさっきーーーーー!」
「 “地上に帰るまでは問題ない” と言ったんじゃ。ちゃーんと地上にはたどり着けたじゃーん?」
「死ねよお前はッ!」全力で甲板にルゲイエの身体を叩き付け、ロックはリダルに向き直る。
「おい! 今すぐ高度を落とせ! 海の上で良いから不時着を―――」
「あ、今切れたゴブ」そう、リダルが言った瞬間。
ファルコン号は自然落下を開始した。「・・・結局墜ちるんだ」
どこか諦めたようなリディアの呟きを残して。
ファルコン号は、海へと向かって墜落していった―――
******
―――数分後。
海へと墜落したファルコン号は、盛大な水飛沫を上げた――――――
第25章「地上へ」 END