第25章「地上へ」
Y.「保険」
main character:ロック=コール
location:ファルコン号

 

 ―――命が惜しいヤツは乗らない方が賢明だと思う。

 と、ロックが皆につげてから一時間後。

 ファルコン号の甲板上で、ロックは先程とほぼ変わらぬ面子を見回して呆れたように言った。

「・・・割と命知らずって多かったんだなあ」

 ロックの目の前にいるのは、さっき訓練場に居た面々―――リディア、エッジ、ヤン、エアリィ、アスラの五人に加え、リディアの連れであるコカトリスのトリスと、ボムのボムボムの二匹だ。
 ロックが言ったように命が要らないというわけでは勿論無く、空を飛べるトリスとボムボムが居れば、最悪の場合にもなんとかなるとリディアは考えたからだ。

 ちなみに、リディアの他の連れ―――ブリットやマインドフレアのレイアはいない。なにかあった時に、人数が多ければトリスとボムボムの二匹だけでは対処しきれないかも知れない。それに必要ならばいつでも召喚出来る。

「まあ、俺としてはあのジジイを野放しにしておくわけにはいかねえしな」

 と、エッジはなにやら操舵の所で、助手のリダルと最終調整だかを行っているルゲイエを睨む。

「もし事故って死ぬなら、その瞬間を確認してなきゃ気がすまねえ」
「物騒だなー・・・まあ、事情は知ってるけどさ」

 ちなみに、先程と同じくジュエルの姿はここにはない。二日酔いで、何かあった時に足手まといになる懸念があるからとエッジは言った。
 まあ、もしも無事に地上に戻れたなら、改めて迎えに来れば良いだけだ。どちらにしろ、別行動中のバッツの事もある、なんにしろ一度は地底に戻ってくる必要がある。

 そんなことを思いながら、ヤンとエアリィに目を向ければ、記憶喪失のモンク僧長は何故か照れたように頭を掻く。

「いや、エアリィが乗ってみたいというんでな」
「だってこんなの初めてだしー! 空飛ぶのよね? アタシがこの羽で飛ぶのとどう違うのか、楽しみー♪」

 楽しみ、というのを行動で示すように、ヤンの頭の上をぐるぐる飛び回るエアリィ。

 こっちはこっちで随分とお気楽だなあと思って、最後にリディアとアスラを見れば。

「まあ、私は墜ちても死ぬ事はないと思いますし」

 アスラの言うとおり、見た目人間だが本性が三面六臂の幻獣は墜ちただけでは死にはしないだろう。
 死ななきゃ良いってもんでも無いと思うが。

「何かあってもあたしには魔法があるし―――最悪、トリスとボムボムがなんとかしてくれるわよ」

 そうリディアは言って、ロックをにらみ返す。

「というか、そう言うアンタはどうなのよ? まさか1回死んだからもう1回死んでも構わないって言うんじゃないでしょうね!?」
「そんなこと思ってるなら生き返ってこねえって」
「・・・そう。なら良いんだけど」

 どこかほっとしたようなリディアの様子に、ロックは悪戯っぽく笑って尋ねる。

「なんだ、俺の事を心配してくれてるのか?」
「はあ? ンなわけないでしょ! ただあたしは、アンタがまた死んだらセリスが―――」

 言いかけて、リディアははっとする。
 にやにやと笑うロックの顔を見て “言わされた” 事に気づいて、リディアは口をぎゅっと閉じてそっぽを向いた。

「ま、そだな。あいつを哀しませたくないってのは同感だ。だから “保険” を用意した」

 言いながら、ロックは上着のポケットから何かを取り出す。

「なんだそりゃ? 石か?」

 ロックが取り出し、掌の上に広げて見せたそれを見て、エッジが首を傾げる。
 エッジの言うとおり、それは石だった。
 但し普通の石ではない。淡く青く発光している。

「 “浮遊石” だよ。飛空艇を空に浮かばせるための石で、シドの親方が開発した飛空艇には全て組み込まれてる」

 正確には、シド=ポレンディーナが開発した飛空艇にしか使われていない。
 シクズスやセブンス、エイトスなどでも飛空艇はあるが、どれも動力は浮遊石ではなく別のものを使っている。

 浮遊石は燃料を必要とせずに飛空艇を飛ばせられるが、その出力は低い。そのため、船体には木材など軽い素材を使わなければならず、鉄など金属を使えば重くて飛ぶ事は出来ない。
 しかし当然だが木製では耐久力が低くなる。下手な設計で木製の飛空艇を使って飛ばせても、ちょっとした突風や気流の変化で空中分解してしまうのだ。

 シド=ポレンディーナの設計した飛空艇は、木製ながらも普通では考えられないほどの耐久性を持つ。
 国としての技術力ならば、バロンよりもシクズスのガストラや、エイトスのガルバディアの方が遙かに上だが、その技術力を持ってしても、バロンの飛空艇の再現は不可能だった。

 そういうわけで、他の国はそのバロンよりも高い水準の技術力で、浮遊石よりも高出力の動力を用いて、金属を使って作られた頑丈な飛空艇を作っている。
 ただしその飛空艇は、速度や強度など基本的なスペックは、バロンの飛空艇よりも高いが、高出力の動力に見合うだけの燃料を必要とし、さらに飛行時間はかなり短い。そのため、バロンのように気軽に運用するには、コストがかかりすぎるという欠点を持つ。

「そんなモンどこで拾ったんだよ?」
「この飛空艇に決まってるだろ。動力室にあったんで貰ってきた」
「・・・ちょっとまて。それってこの飛空艇の動力なんだろ? 持ってきて大丈夫なのか?」

 エッジが不安そうに尋ねる。
 ロックが持っている浮遊石はほんの一握りで、これで動力全部というわけではないだろう。だが、それでも一部には違いない。

「いや、この飛空艇には浮遊石は使われてない。だから問題ねえよ」
「使われてないものが、なんで動力室に転がってるんだよ?」
「理由は簡単。この飛空艇は、元々はシドの親方が作った飛空艇 “赤い翼” だからさ」

 ファルコン号―――と、命名したのはエッジだが―――は、ゴルベーザがバロンから奪った飛空艇を、ルゲイエが改造したものだった。
 外観こそ、かつての “赤い翼” の名残が残っているが、内部は全くの別物。飛空艇技師の技術をある程度学んだロックにもよく解らないものが多く、しかも戦車の砲撃にも耐え抜いたところを見ると、装甲も分厚くなっている―――つまりは重くなっている。

 先程も説明したように、重ければ浮遊石だけでは飛ばせられない。
 つまり、このファルコン号には浮遊石の代わりに、強力な動力が使われているというわけだ。

「で、俺は使われなくなった浮遊石を貰ったって事―――ほれよ」

 と、ロックはポケットからさらに石を取り出すと、それをエッジとヤンに放り投げる。
 それぞれキャッチしたのを見て、ロックは説明する。

「浮遊石は人の “魔力” に反応する。石を使って “飛べ!” とでも念じればいい」
「魔力・・・私は魔法を使う事が出来るのか?」

 記憶喪失のヤンが尋ねる。
 ロックは首を横に振って。

「俺が知ってる限りでは使ったことは無かったな―――風をある程度操ってはいたようだけど―――ともあれ、魔法使いであるかどうかは関係ない。ていうか、俺も魔法は使えないし―――魔力ってのは人間なら大なり小なり持ってるらしくて、なんでも精神力だかに関係していて・・・だからまあとにかく念じればいいって事だ」
「なるほどなるほど・・・飛べ!」

 ロックの説明を聞いて、エッジが浮遊石を握り込んで叫ぶ。
 すると、エッジの手の中で石が輝きを増し、指と指の隙間から光が漏れる。同時に、エッジの身体がふわりと浮き上がった―――約10センチほど。

「お、ホントだ浮い―――おわっ!?」

 エッジが呟いた瞬間、浮遊石から光が失われてエッジの身体は重力に従い落ちる。
 それを見てロックが説明を加えた。

「言っておくけど、念じるのを止めた瞬間に効果は消えるぞ?」
「つ、使いにくくないか? しかもあんまり高く浮かばなかったし!」
「少しでも落下速度が緩和されれば、少なくとも墜落死は無くなるだろ」

 「ホントにただの “保険” だな」とぶつくさ言いながらも、エッジは浮遊石を懐にしまい込む。

「って、あたしの分は無いの?」

 それまで黙っていたリディアが不満そうにロックに言う。エッジとヤンにだけ渡されたのが不服なようだ。
 ロックは彼女を振り向いて苦笑する。

「お前は魔法を使うか、連れに助けて貰う方が安全だし確実だ。さっきのエッジを見たろ? 浮遊石っても、あの大きさじゃあれくらいが限度なんだよ。それなりに体術が使えなきゃ、墜ちた時に飛空艇の残骸や何かに巻き込まれてアウトだぜ」
「でもあたしはエッジなんかより魔力高いし、魔法だって使えるし、もっと高く速く飛べたりしない?」
「しない。浮遊石は魔力に反応するだけだ。魔力に比例して力を増すわけじゃない―――もしもそうだったら、出力の問題は簡単に解決できるだろ?」

 魔力の量で浮遊石の出力が増すのならば、飛空艇の乗組員に魔道士を乗せれば良いだけだ。

「で、でも、もしかしたらってこともあるじゃない?」

 何故かしつこく食い下がる。見れば少しそわそわしているように見える。どうやらリディアは浮遊石を “試したい” らしい。
 それを察して、ロックはリディアの頭をぽんっと叩く。

「遊びたいならバロンに戻ってからにしろよ。とりあえずもうそろそろ―――」
「よーし! 準備完了じゃー! 発進するぞー! 者共、用意はいいかー!」
「おー!」

 ルゲイエが景気の良い声を出し、それにリダルが応えるのを聞いて、ロックが「な?」とリディアを宥めるように言う。
 ロックに頭を撫でられたまま、リディアはしぶしぶ頷いた。

「わ、わかったわよ―――って、なに気安く人の頭の上に手ぇ乗せてるの!」

 ロックの手を振り払い、リディアは顔を真っ赤にして怒鳴る。
 にやにやと苦笑しながらロックは「悪い、悪い」と悪びれなく謝り、

「いやー、なんとなく」
「なんとなくで人を子供扱いするなぁ!」
「だって俺から見れば子供だしな」
「あたしはもう二十歳だっての!」
「俺は二十五だけど」
「へ?」

 ロックの年齢が意外だったのか、リディアはきょとんとしてロックを見つめる。

「にじゅう・・・ご?」
「・・・なんだよ、その信じられないって顔は」
「ウッソだあ! てっきりあたしはバッツやあたしと同じくらいだって思って・・・ていうか、二十五っていったらオッサンじゃん!」
「「オッサンって言うな!」」

 リディアのおっさん宣言に、抗議の声を上げたのはロックだけではなかった。
 そのもう一人に全員の視線が集まる。

「・・・エッジ、あんたまさか―――」
「な、なんだよ? 別に俺は、一般常識的に二十代後半はまだ “お兄さん” と呼ばれる範疇だと言いたかったわけで」
「アンタって何歳だっけ?」
「に、にじゅういっさいくらいカナー?」

 そっぽを向きながら、バレバレの嘘を吐く。
 と、それをアスラが訂正するように。

「確か、二十六歳でしたね」
「なんで知ってるんだよ!?」

 エッジが思わずつっこむと、アスラは「おほほ」と上品に笑い。

「昨晩、ジュエルと飲み比べした時に聞きました」
「い、何時の間に・・・」
「貴方の事は他にも聞き出しましたよ? おねしょの記録から始まって、初恋&失恋の想い出、えっちな本の隠し方のパターン等々も」
「ぐああああああああああああああっ!? なに息子の恥ずかしいネタ暴露してやがるんだあのババア・・・・・・ッ!」

 エッジは殺意を滲ませて、ドワーフの城の方を睨付ける。

「ええと、なんか色々と興味深いネタはあとでじっくり聞くとして―――二十六歳?」
「俺よりもひとつ上かー・・・うわ」
「なんだようわって!」

 リディアとロックの微妙な視線を受けて、エッジがぎりぎりと歯ぎしりする。ちょっと涙目。

「とーにかく! 二十代後半はまだまだお兄さん! まだ若い!」
「ああ、それは俺も異議無し」
「だいたい、俺らなんかよりもよっぽどオッサンがいるだろーが! なあ?」

 と、エッジはヤンに声をかける。
 話を振られ、ヤンは「ふむ」と呟いて。

「先程から考えていたのだが、私は知っての通り、記憶を失っている」
「それが?」
「実はこう見えて、十六歳ということはないだろうか?」
「「「あるわきゃねーだろ!」」」

 エッジ、ロック、リディア(年齢順)のツッコミが入る。

「テメエどうみても三十路超えてるだろ!」
「つか二十代って名乗るのもおこがましいのに! 十六歳ってどんだけイタいんだよ!」
「てゆーか、結婚だってしてるし!」

 最後のリディアの言葉に、不意に場が静まりかえる。
 皆、驚いたようにこちらを見るのに気がついて、リディアは「あ」と声を上げた。

「・・・考えてみれば結婚は関係ないか。若くても結婚してる人は居るし」

 子供もまだいないみたいだしね―――とリディアが言うよりも早く、エアリィがリディアの眼前に飛び込んでくる。

「け、けけけけけけ、けっこんーーーーーーー!? なに!? どゆこと!? ヤンってば私というものがありながら奥さんいるの!?」
「いやどっちかっていうと、奥さんというものがありながらエアリィとイチャついてるのが問題というか・・・」

 リディアが言うが、エアリィは全く聞く耳持たずに、今度はヤンの方へと飛んでいく。

「ヤン! どういうこと!?」
「ど、どういうことと言われても、私は記憶が―――」
「そうだどういうことだテメエ! 上半身裸のくせして既婚者たあ随分な変態じゃねえか!」
「だっ、誰が変態だ!」
「お前だっつーの!」

 エアリィに加え、エッジまでヤンに詰め寄る。
 その様子をロックは「あーあ」と眺めた。そんな彼に、リディアが尋ねる。

「ロックはヤンのおくさんの事、知ってたっけ?」
「一応な。地底に来る前、ゴルベーザの行方を探るためにロイドと一緒にフォールス中を回ったことがあってな。その時にファブールにも何度か立ち寄ったから」

 貫禄たっぷりの奥さんだったなーと回想。
 一度だけ、ヤンが一緒の所を居合わせたが。

「・・・完全に尻にしかれてたよな」
「そうね。それを知ってたらエアリィはともかく、エッジの馬鹿はあんな風に喚いたりはしてないでしょうけど」
「さて、それはどうかな。あの奥さん、若い頃はそれなりに美人だったらしいし」
「というか、止めた方がよいのではないですか?」

 アスラの言葉に、ロックとリディアは顔を見合わせる。

「ヤンが結婚してるって暴露したのはリディアだよな」
「そもそもアンタがあたしを子供扱いしなければこんなことには」
「だって俺からしたら子供だって」
「ならアンタはオッサンじゃない!」
「だからオッサンっていうなっ!」

 こっちでも言い合いを始めたのを見て、アスラは「あらあら」と困ったようなそうでないような笑みを浮かべ、二つの言い争いをきょろきょろと見比べる。
 それはどちらを先に止めるべきかと迷っているようでもあり―――どちらの方が面白そうかと悩んでいるようでもあった。

 そして、そんなアスラのさらに後方では―――

「・・・もうそろそろ、発進したいんじゃがのー・・・・・・・・・」

 蚊帳の外に置いておかれたルゲイエが寂しそうに呟いていたとか。

 

 

 


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