第25章「地上へ」
X.「地上へ帰る方法」
main character:リディア
location:ドワーフの城・訓練場

 

 

「―――ハァァァァッ!」

 気合いの声が、ドワーフの城の訓練場に響き渡る。
 高速の拳が空を裂き、唸りを上げてヤンを襲う―――一撃、二撃、三撃・・・と、傍目から見ていても霞んで見えるような高速の連続拳を、しかしヤンは苦もなく避け、あるいは受け流した。

「・・・やりますね」

 自分の連打が全て回避されたのを見て、アスラは相手を称える笑みを浮かべつつ間合いを取った。

「朝っぱらからなにやってんだ?」

 アスラの気合いの声を聞きつけてか、エッジが訓練場に入ってきた。
 問いかけたのは、対峙しているアスラとヤンに対してではなく、それをなんとなくと言った感じで眺めているリディアに向かってだった。

 と、リディアが答えるよりも早く、アスラが動く。
 ヤンに向かって拳を振りかぶり拳打を―――と見せかけて、今度は蹴りが飛ぶ。前に踏み込んだ足を、下から上に向かって跳ね上げるような蹴りだ。変則的な蹴りであるため力は乗ってないが、ヤンにしてみれば死角からの一撃。威力は低くとも、無防備に受ければそれなりのダメージとなる。

「―――っ!」

 しかしヤンはそれも寸前で回避―――が、続けてアスラは軸足で地面を強く蹴り、身体を捻りながら前に飛ぶ。蹴り上げた蹴りを、そのまま止めずに回転。身体ごと一回転させて、今度は強烈な回し蹴りを見舞う。

「ぬう・・・っ!?」

 腰の辺りを目掛けて飛んできた蹴りを、ヤンは腕でガードする。
 人間形態のアスラの蹴りだ。速さはあっても体重が軽いため威力は低い―――が、それでも遠心力によって勢いの乗った蹴りはかなりの衝撃で、ヤンの動きが止まる。

 その隙を逃さず、アスラは足を地面に降ろすと同時、踏み込む。
 同時に拳を前に突き出した。

「・・・?」

 それは打撃ではない。ただ拳を前に出して、ヤンの胸に当てただけだ。
 ただそれだけの事だが、ヤンはぎくりと表情を強張らせ、それから逃れようと後ろへと跳ぶ―――しかし。

「無駄です」

 ヤンの動きに合わせてアスラも跳ぶ。拳はヤンの胸元にぴったりとついたまま離れない。
 そして、ヤンが着地した瞬間、アスラも着地すると同時に、やや強く拳を押す―――と、押されたヤンの体勢が僅かに崩れた。同時、アスラはつきだした拳を後ろに引き戻し、連動するようにもう一方の拳を打撃として突き出す!

 

 空破

 

 最小限の動作で僅かに必要分だけ相手の体勢を崩し、絶対必中の一撃を放つ、アスラの得意技だ。
 体勢を崩されたヤンは回避する事も受ける事も出来ずにしかし―――

「―――っ!!!」

 アスラの拳が直撃する寸前、避けられぬと悟ったヤンは打撃に備えて全身に限りなく力を込める。直後、アスラの拳が容赦なくヤンの鳩尾を貫いた。
 その顔を苦痛に歪め、身体が僅かに折れる―――が。

「は・・・あっ・・・」

 しかしヤンは倒れずに、その場に踏みとどまった。
 人間形態のアスラの打撃とはいえ、体勢を崩されたところを的確に急所を打ち抜かれれば、大の大人でも倒れてもおかしくはない。

 「ふむ」と感心したように頷いて、アスラはヤンを見る。

「流石はファブールのモンク僧長を務めるだけはありますね。記憶を失っても、ここまでやれるとは」
「有り難い言葉だ、と返しておきましょうか」

 苦痛を感じながらもヤンは無理に笑ってみせる。
 と、一連の戦いを眺めていたエッジが、もう一度リディアに尋ねた。

「なんだあれ?」
「アスラ様が言うには、モンク僧であるなら組み手をしてみれば、記憶が戻るきっかけになるんじゃないかって」

 そうリディアが説明する視線の先で、アスラがヤンに問いかける。

「それでどうですか? 記憶の方は?」
「ふむ・・・」

 と、ヤンは首を傾げた。

「自分がモンク僧だというのはなんとなく納得出来ましたが、はっきりとした記憶は・・・」
「そうですか。・・・まあ、期待はしてませんでしたが」
「っていうか、単に自分が運動したかっただけと違うか? ・・・そもそも、昨日の今日でよくそんなに動き回れるな」

 呆れたようにエッジが言う。
 ちなみにアスラと呑み比べしたジュエルは、二日酔いでベッドに寝たまま唸りっぱなしである。

「鍛え方が違いますから」

 さらっというアスラに「それは身体が? それとも肝臓が?」と聞こうとも思ったが、どうせ両方だと答えられるような気がして、エッジはそれ以上は何も言わなかった。

「あ〜、いたいたー!」

 唐突に、エッジが開いたままの扉から、騒がしい声が飛び込んできた。
 一同が振り向けば、そこには青い髪の小さな姿。

 代表してヤンが声をかける。

「エアリィ・・・」
「もうヤンったらこんな所に居て! アタシを置いてどっか行っちゃうなんて駄目じゃない!」
「与えられた部屋で目を覚ました時に、お前の姿がどこにも無かったんだが」
「うん。ちょっとそこらへん飛び回ってた。朝の散歩ってヤツ?」

 悪びれる様子もなくしれっというエアリィ。
 「ここ、キレていい場面じゃない?」とリディアがこっそりとヤンに呟くが、彼は苦笑しただけでなにも言わない。

「まあそれはさておきね、なんかすごいのよ! すっごいの!」

 なにやらエアリィがはしゃぎ出す。
 小さな身体を目一杯大きく広げて、 “すっごいの” とやらを表現しようとしている。

「何の話だ?」
「だから―――」
「おい、道案内がさっさと先に行くなよ」

 エアリィが説明しようとしたところで、ロックが文句を言いながら訓練場に入ってきた。
 彼は、リディア達に気がつくと「よう」と手を挙げる。

「殆ど揃ってるな―――お前のオフクロさんは?」
「二日酔いでダウンしてる」

 エッジの返事に、ロックはさもありなん、とばかりに苦笑する。

「・・・ああ、そういえば、なんか昨晩普通に混じってた爺さんは?」
「ラムウ様ですか? ・・・さて、掴み所のない老人ですので」

 口調は丁寧だが、明らかにどうでも良さそうな様子でアスラが答える。

「まあいっか―――んで、地底に戻る方法だけどな、完成したみたいだぞ」
「完成・・・って、飛空艇のことよね? でも、地上への穴は塞がってるでしょ? どうやって―――って、まさかまたマグマの石を!?」

 リディアの言葉にロックは首を横に振る。

「あん時は穴が開いてたから地上に逃げられたけど、逃げ場が無い状態で噴火なんかさせたらただじゃすまないって」
「じゃあ、どうするの?」

 リディアの問いに、何故かロックは苦笑いを浮かべた。

「なんというか・・・多分、見ればなんとなく解ると思う。

 

 

******

 

 

 解った。

 ロックの言うとおり、確かに見れば “どうするか” はなんとなく解った。

 城の外だ。
 そこにはドッグから出された赤い飛空艇―――ファルコン号が鎮座していた。

 あちこちへこんだり、少しはっきりと傷が見えたりするが、それでもドワーフ戦車隊の砲撃を受けた直後に比べれば、おおむね修復されている。
 ただ修理しただけではなく、色々と改修されているようだった。細かなところを上げればキリがないが、大きく以前と異なってる部分が一つ。

「なにあれ」

 解っている。解っているが、なんとなく認めたくない気分で、リディアはファルコン号の先端に突き出たものを指さす。
 しかしロックも同じ気分なのか、答えようとしない。代わりに。

「フェーッフェッフェ! 説明が必要ならば教えて進ぜよう!」

  “それ” をくっつけたであろう張本人が自慢げに叫ぶ―――のを、リディアは蹴り飛ばして黙らせた。
 「のおおおっ!? 暴力反対!?」などと足下で暴れるマッドサイエンティストの事は放っておいて、リディアはロックに再度尋ねる。

「あの馬鹿でかいドリルはなんのつもりなのかって聞いてるのよ!」
「解ってるなら聞くなよ!」

 そう。
 ファルコン号の先端に、大きく鋭く尖ったドリルが生えていた。
 ドリル。説明不要ではあるが、穴を開けたり掘ったりする道具である。

 と、リディアがロックに詰め寄る横では、打って変わってはしゃいだ声が響いていた。

「ねー! ねー! なんかすっごいでしょー!」
「むう、確かに! あれならば天井を掘り進んで地上に出れるはずだな!?」

 エアリィのはしゃぐ声に同調するように、ヤンも興奮を抑えきれる様子で頷く。
 その隣ではエッジまで目をキラキラさせて、鉄色に映えるドリルを見つめている。

「いやあ、まさかこういう手で来るとはなあ! ドリルかぁ、なんつーか男のロマンだよな―――・・・って、なんだよリディア。 “うわ、信じられない馬鹿が居る” とでも言いたげな目つきは?」
「・・・解らないからそう言う目つきで見てるの!」

 軽く目眩でもしてるのか―――というより足下のルゲイエが暴れてるせいか、リディアは軽くふらつきながらファルコン号を指さす。

「飛空艇の先端にドリルなんかつけてどーしようっての! 地上は上にあるのよ! 頭の上!」
「それが?」
「解らない? 先端についたドリルで天井を掘るには、飛空艇を傾けなければならないでしょうが!」
「「「あ」」」

 リディアの指摘にハモる三人。

「傾けたら・・・飛空艇の上から落ちるな」
「いや、でも別に垂直になるまで傾けなくてもいいんじゃね?」
「そうね。でもかなり傾けないと、ドリルよりも先に、上に伸びたプロペラが天井に当たると思うけどね」
「い、言われてみれば・・・」

 エッジはファルコン号の上に船のマストのようにそびえ立つプロペラを見上げる。

「だいだい、それでギリギリ大丈夫だとして、穴を開けるという事は、掘った分だけ土や岩が降り注いでくるってことよ。それも、飛空艇が通れるような穴を開けるという事は、土砂崩れどころのレベルじゃないでしょ」
「た、確かに・・・」
「いや、飛空艇の中に居れば大丈夫じゃねえか?」

 エッジが “いいこと思いついた!” という顔で言う。
 しかし、リディアはさらに視線の温度を下げて告げる。

「飛空艇を操縦するための操舵は甲板上にあるじゃない」
「あ」

 つまり、最低でも一人は甲板上に出ていなければならないという事だ。

「最後に! あのドリルで飛空艇の船体分の穴は空けられても、船体からはみ出てるプロペラがつっかえるでしょうが!」
「「「・・・・・・」」」

 リディアの言葉に、さっきいまではしゃいでいたヤン達は意気消沈。

「つまり、これで地上に出るのはムチャってことなのか?」
「あったりまえでしょ!」
「・・・いや、一応、今言った問題はクリアしてるらしいけどな」

 きっぱりと言い捨てるリディアに、ロックが言う。
 ・・・その声音は、どういうわけかとても力がなかったが。

「クリアしてるってどうやって?」
「・・・・・・言っても信じないっていうか、俺自身半信半疑でなー」
「な、なんか聞くのが怖いような・・・」
「フェーッフェッフェ! 怖くない、怖くないぞぉー!」

 いつの間にかリディアの足下から脱出したらしい、ルゲイエが哄笑を上げる。

「ワシの科学を信じたものは救って見せよう! 地上に帰りたいヤツはほれ乗り込めぃっ!」

 そう言って、ルゲイエ自身ファルコン号へと駆け寄り、甲板上から下げられた梯子を登っていく。

「まあ、ぶっちゃけ」

 ロックが苦笑いを浮かべながら総括する。

「命が惜しいヤツは乗らない方が賢明だと思う」

 とてつもなく説得力のあるロックの言葉に、リディア達は顔を見合わせた―――

 

 


INDEX

NEXT STORY